上 下
17 / 76
それぞれの苦悩

再会 ③

しおりを挟む

 鼻歌交じりに出て行ったナールに、ノアは苦笑した。

 王家に囚われた悪魔、『選定』の能力を持つナール。彼とノア自身の移動の自由は手に入れた。

 あとは父と母の死の真相を探り、ナールに『ノア・マリーツ・エリオット・ルイス・ファン・デル・ライ』を殺して貰えば、エリスを迎えに行ける。やっと『ミニアム村のノア』に戻ることが出来る。
 そんな風に一週間ほど前までは思っていた。

 しかしエリスに再会し、王城に帰りジーニアスに確認し、それはとんでもない勘違いだと気付いた。

「あの指輪だって、仕方ない。自業自得だ……」

 深いため息を吐き、ノアはその場にしゃがみこむ。

 エリスがとある商人の次男と結婚すると聞いたのは、両親の死を探っている最中だった。
 噂を聞いたときは俄に信じられず。またその時は自分の伝言がきちんと彼女に伝わっていると思い込んでいた事もあり、サラからエリスの様子も聞いていた。だから、どうせ噂だろうと特別に気にとめることも無かった。

 しかし再会してみれば、噂を信じないわけにはいかなくなった。それどころか、長い間自分が犯していた罪も、知ってしまった。

 初めて身体をつなげた次の日に突然「すぐ帰るから」といなくなり、三年以上も音信不通だった恋人が。いきなり現れ、訳のわからない事を告げてまた王都に戻っていった。

 自分のしたことを振り返っただけで目眩がする。そんな不誠実な恋人との再会を、喜べる人間がいるだろうか。

 ノアとしてはエリスと別れたつもりは無い。だが、彼女の中でノアとの結婚の約束が過去になっていることは大いにあり得る。それどころか恋人や友人という関係さえも危ういのではないか。最低最悪な人間に分類されている気しかしない。

(本当に僕は最低だ……。サラ姉の事だって、感謝することはあっても責めることなんて出来ない。サラ姉が僕の伝言を伝えていたら……僕はエリスの命を奪っていたかもしれない……)

 恐ろしさにノアは身震いする。思い出すのは、ジーニアスに魔法をかけられた時に一緒に告げられた言葉だ。

 『お前は少し頭を冷やして王族の責務について考えた方が良い。未練がましく連絡を取るな。取ればお互い不幸になる』――その言葉の可能性をもっと考えるべきだった。

(直接連絡を取らなければ、エリスに影響は出ないだろうなんて、なんて僕は馬鹿だったんだ。ジーニアス兄さんがそんな甘いことをするわけがないのに……!)

 突然消え、すぐ帰るとの約束も破り、三年以上連絡も取らず。ノアは愛する人の心を踏みにじるような事をし。そればかりか、身体まで、彼女を危険にさらした。ノアの高熱から考えても、エリスが体調を崩したとの報告は真実だったと考えるのが自然だ。義姉に守られなければノアは最愛の人の命を奪ってしまっていた。

 そんなノアが、エリスを迎えに行く事なんて許されるのだろうか。散々傷つけて、心も身体もボロボロに痛めつけて。今更愛しているなどと、共に生きたいなどと、きっとこの身が滅んでも願ってはいけないことだ。

 それなのに、ノアは諦めきれない。近くに居たい。頼って欲しい。想って欲しい。もう一度口付けて、どろどろに溶け合うまで愛し合いたい。それは三年以上経った今も変わらない。もっと言えば、彼女に恋をした幼き日から一瞬たりとも、変えられたことは無い。

「エリス……」                                                           

 再びノアの唇から苦しげな吐息が漏れた。罪悪感と焦燥感、激しい恋情に、自分がきちんと呼吸できているかもわからなくなる。

「僕が苦しむなんて、間違ってる。もう一度迎えに行くなんて、もっと……」

 それでもノアには、このまま引き下がるなど出来ないのだ。どんなに後悔し、罪の意識に苛まれ、彼女と幸せになる資格が自分に無いと知っても、この想いを断ち切ることなんて出来ない。彼女の口から、別れを告げられない限りは、もう二度とノアを選ぶことはないと言い切られない限りは、儚い望みを追い続けるだろう。

 ノアの澄んだ青の瞳が揺れ、その深さを増していく。今からでも全てを隠して、辻褄を合わせてしまおうか。最悪合わせられなくとも、悪魔の力を完全に手に入れた後なら――。

(だめだ……! 絶対に)

 僅かに生まれた仄暗い感情に、浮かんだ汚い手段に、ノアは首を振る。
 絶対にだめだ。そんなことをしたら、それこそ彼女の傍に居られない。ノアが欲しいのはそんなまがい物では無い。


「ノア殿下、よろしいですか?」
 牢の中央で蹲るノアに、低い男の声が届いた。

「ああ。入ってくれ」

 ともすれば崩れ落ちてしまいそうな身体を叱咤する。ノアは立ち上がり、姿勢を正すとゆっくりと振り向いた。
 視線の先、十数年来の付き合いの髭の男にノアは薄く笑む。


「例の取引先の商人達は見つかったか?」

 冷たい声とその顔は、既に第三王子のものだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる

一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。 そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...