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21話 最終話

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 21 最終話

 昨日打ち上げで、巧が突然告白をした後、なんとか騒ぎが収まってから菜々の母には翌々日の日曜日に橘家に挨拶をしに行く事を約束して、当日は菜々の父と長い時間をかけて、まだ若い高校生の菜々の事を真剣に想って、ゆくゆくは結婚をしたいと言う事を伝えた。
 最初は不機嫌そうな顔をしていた父親も、母親から菜々がバイトしていた時、巧から勉強を教えてもらって数学の点数が上がった事や、わざわざアパートまで毎日送り迎えなどをして貰っていたことを聞くと徐々に態度は軟化していき、最後には巧が本気である事を分かってもらえて了承を貰った。もちろん巧が婿に入るということを約束して。

 その約束をした前日の土曜日は菜々のバイトの日だった。
 突然の巧からのプロポーズに菜々の動きは一日中ぎこちない物だったが、なんとかバイトを終わらせた菜々に巧は自分の事を正直に打ち明けた。
 突然のプロポーズした事と自分の持っている力について。

「他人には無い不思議な力?色んなものが視える力って?」
 菜々は巧が特異な力を持っていると聞いて、目を見張った。
 店の奥にある事務室で巧と菜々は簡易テーブルを挟んで話をしている。

「幽霊は最近はもうほとんど見る事がないけれど、他人の赤い糸は今でも時々見えたりするんだ。それがきっかけで公園でくろを拾ってきたし」
 くろの持っている力の事も菜々に説明すると、普段から大きい目が驚きで更に広がっていた。
「未来が視える出来事はそんなに視た事は多くないけど、実は菜々さんと初めて会ったカフェで視た事がきっかけで気になり始めて付き合いたいと思うようになったんだ。バイトの面接に来た菜々さんの表情が豊かな所が好みだなって思ったのが最初。それからは明るい笑顔が好きになって、将来パティシェになりたいと言う真直ぐな姿勢にも魅かれたよ。クレマチスで作ってくれたスイーツには菜々さんの優しさが分かるような優しい味わいで出来ればずっと食べたいって思ったしね。まあ、正直言うと自分の為だけに作って欲しいって本音は有るけどね。それは無理だと分かってるけど」
 昨日の巧の突然のプロポーズにどうして私にそんな事を言ったのか、分からないで一晩中悩んでいた菜々は、好きになった所をひとつひとつ言われて、ようやく昨日の事は彩華達の結婚を無事に挙げさせるために嘘を吐かれたのではなく、本心から言われた事なんだと認める事が出来た。

 自分の目の前に居るとんでもなく整った顔をしている綺麗な人が、優しそうに、愛おしくも見つめている。そんな人が私の事を好きなんだ言ってくれて、両想いなんだと自覚すると、ぼぼぼっと頬が熱くなった。
「好きだって言う気持ちを伝えるのはまだ高校生の菜々さんに早いと思ってたから、卒業するまでは言わないと決めてたんだけどね。けれど昨日の菜々さんのお母さんの話を聞いて黙っていられなくて、あんないきなりのプロポーズになって菜々さんを混乱させたよね?」
 菜々はまだ赤い顔をしたまま、首を横に振った。
「全然っ!驚いたけど、嬉しかったしっ」
「ほんとに?」
 こくこくと菜々は必死に頷いていた。
「なら良かった。じゃあ、これから本題に入ろうと思うけど、今さら何言いだすのかって後になって怒るかも知れない。いっそのこと知らないままにしていて欲しかったと言うかも知れない。けれど黙ったまましておくことは自分を偽ったまま付き合うってことだから知って欲しいんだ」
 そう言ってさっきとは打って変わって真剣な趣で控えめな声で話しだした。

「実は過去の事も相手に触る事で視える事があるんだ。小さい頃は今よりももっと頻繁に視えてね。その中には両親の浮気現場なんてものもある」
 内容に驚きに顔色を失くした彼女は自分の手で口元を押さえた。微かに震えてもいるようだ。
 さらに追い詰める事になるだろうが、昔見た両親の事や学生の頃にあった事を淡々と話した。感情を交えず、他人の事のように。
 向かい合っている彼女の顔は見る事が出来なくて、視線はテーブルに置いた自分の両手から最後まで動く事は無かった。

 昔、両親がそれぞれ浮気をしていたこと、学生の頃に付き合った事がある女性が巧の事を容姿だけで付き合っているということを友人に自慢げに話している所が視えた事、それからというもの他人と接触する事が苦手になった理由。
 現在も実の家族とは疎遠になっていて、縁が切れたように何年も顔も見ていない事を告げると、菜々はテーブルに乗った指を組ませて冷たくなっている巧の両手をそっと優しく包み込んだ。
 他人に触ると視える事があると告げたのにもかかわらず、迷いが一切ない動きだった。
「辛かったですよね、きっと。私には全部が理解は出来てないかもしれないけど、隠さず話してくれて私は嬉しいです」
 包み込まれた手からは優しさといたわりの温もりが伝わってくる。人とはこんなにも温かいものだったかなと温まってきた手を見ながらぼんやりと思った。
 小さな頃から手を繋げば振り払われ、拒絶され、巧はいつしか人との関わりを持たない様になった。
 力の事は知られないようにして、偶然誰かの過去や未来が視えたとしても無言を決め込んだ。
 例外として、浩介と遼一がいるが、巧が他人と触れ合うことを恐れているのを知っているから、なるべく触れ合う事が無いようにしてくれている。力の事を知っても普通に接してくれているのは2人だけ。それだけで生きていけると思いこんでいた。

 けれど、ずっと欲しかった。
 要らない、欲しがってなんていないと思わせる態度を取りながら、心の奥底ではずっと欲しくて欲しくて堪らなかった人の温もり。
 一度は知っていたはずなのに、失ってもう自分は手にする事が出来ないと諦めていた。けれどもう一度、過去と同じように温かいこの温もり、いやそれよりずっと温かな小さな手に縋ってしまいそうだ。
 心の底から離したくないけれど、人とは違うこの力の事を知ると誰もが自分から離れて行ってしまうのは分かっている。
 実の親でさえそうだったのだから。
「―――結婚して欲しいと言って菜々さんからも了承を貰ったけれど、無理だと思ったら正直に言って欲しい。今ならまだ引き返せる。見かけに騙された、そんな力は気持ち悪い・・・。この見た目だけで近づいてくる人は昔から多かったから、そういうのは慣れてるんだ」
 菜々から拒絶の言葉を吐く瞬間なんて直視することなんて出来る筈がなく、ただ俯いて心にもない事を弱弱しく告げるだけ。
 子供のように泣いて見捨てないでと渇望さえしてしまいそうなのに。
 手に感じるこの温もりが去ってしまう事にどれだけ怯えているのかさらけ出してしまいそうだ。彼女の同情を買って引き止められるなら、試してみるかと仄暗い気持ちがじわりと湧いてくる。
 
「なんで気持ち悪くなんて思うの!私が好きになった人の事だよっ!」
 断りの言葉を予想していたのに、何故か巧は彼女に猛烈に叱り付けられた。
「私の作ったスイーツを美味しそうに食べてくれて、苦手な数学の勉強だって分かるまで教えてくれて、バイトの送り迎えなんてめんどくさいだけなのに、絶対時間に遅れずにしてくれたしっ。すっごい優しくて、カッコ良くて、私の事好きって言ってくれて結婚の申し込みまで言ってくれたんだもん。そんなの、もっともっと好きになるのに決まってるじゃん!」
 菜々によって包まれている手には、ぎゅっと力が加えられた。
「だってそんな力なんて、巧さんが一方的に見たくも無いのに勝手に視えてるだけで、相手の事を呪ったりするもんじゃないんでしょ?ならそんな力なんて怖くないよ。その力のお陰で私の事を見つけてくれたのなら感謝こそすれ、気持ち悪くなんて思わないよっ!」
 菜々は怒りを滲ませて立ち上がると巧へと詰め寄って力説した。
 予想外の言葉を受け巧は体から何かが融けて剥がれていくのを感じた。

 ありのままの自分を受け入れてくれる人が居るなんて思ってもいなかった。

「ええーっっ、巧さんっ!?うそーっっ、私が巧さんを泣かしちゃったーっっっっ!?」
 巧は自分でも気付かない内に涙を流していたようだ。
「やだっ、どうしようっ、ハンカチもティッシュも持ってないし、うーん、うーん、取りあえず私がハンカチ代わりになります!だから好きなだけ泣いてくださいっ」
 菜々は簡易テーブルの向かいの席から巧の横へと急いで走り寄ってくると、ドラマや漫画で見る事がある、体を抱きしめてハンカチ代わりになるというのを実践した。
 巧は頭を両手で抱きしめられ腕の中に閉じ込めた。された側の巧はその行動に驚いて涙なんて一瞬で止まってしまった。
 眼鏡をしているけれど痛くはならない程度には緩めて抱きしめられてはいるが、顔はもろ菜々の柔らかい胸の上だ。
 年下の女の子に慰められている気恥かしい現実から逃げだそうと顔を上げようと一旦は思ったものの、頬に感じるその柔らかい弾力に、自分の手をそこへ直接触れようとする煩悩を必死で止めることに集中しなければならなかった。



「あーあ、とうとう卒業式も終わっちゃったねー。どうする、この後ファミレスにでも寄ってく?」
 まだ寒さが残る3月初旬の平日。桜のつぼみも小さな時期に菜々は高校の卒業式を迎えた。
「あっ、私お母さんに伝えてくるから、ちょっと待ってて」
「分かったー。ここで待ってるからー。菜々、なるべく早くねー」
「ん。りょーかい」
 仲のいい友達とはまだ離れがたくて、喋り足りないのを補うために何処かでご飯を食べに行こうということになった。
 卒業式にはお母さんが来ている筈なので、その姿を探し出す。けれど正門近くには大勢の卒業生とその保護者達が記念写真を撮っていたりしていて何処に居るのか分からない。
「何処だろ?」
 きょろきょろしていると、校門近くにお母さんと何故か巧も居るのが見えた。
 菜々とぱちりと目が合うと巧は片手を上げて柔らかく微笑んだ。
「な、なんで巧さんまで居るの?」
 彼は黒い細身のスーツを着て、さらにいつもの髪型とは違いセットされてすっきりさせた顔立ちを隠そうともしないで、周りにいる同級生やその母親達までもが、手をあげて微笑んだ巧を見て頬を染めるものまでいる始末。
 そんな様子の人達を見た菜々はむかっときて、走り寄って私のものだ、見るなと主張したくなった。
(むぅー、カッコいい姿を見れるのは嬉しいけど、周りの視線を集め過ぎだよ、巧さんっば!)
 ぷりぷりと嫉妬しながら、母と巧の元へと走り寄る。その菜々の姿を目で追って見ていた仲のいい友達も校門近くに周り中の視線を浴びている美形に気が付いた。
「誰あれ?もの凄いカッコいい人いるんだけど、誰の身内?」
「横に居るの確か菜々のお母さんじゃない?遊びに行った時に見たこと有るよ」
「ええー?じゃあお兄さん?」
 とにもかくにも紹介してもらおうと言う事になり、菜々の元へと行く事に決定した。

「卒業おめでとう、菜々さん」
 周りの視線なんてなんのその。傍にきた菜々の腰を引き寄せたかと思うと、おでこに軽くキスを落とした。
 秋にプロポーズをされたとは言え、手を繋ぐ以上の事は一切ない菜々にとっては青天の霹靂だった。
 言葉を紡ぐ事が出来ずにぱくぱくとしている菜々に、巧はにこりと微笑んだ。
「その制服姿、菜々さんに良く似合ってますね。今日が最後だから記念写真を撮った後、役所に行きますよ?」
「や、役所?」
 なんでそんな所に?疑問を続けそうな菜々の唇に、巧は自分の人差し指を乗せた。
「菜々さんには黙ってましたけど、これから市役所に行って入籍をした後、挙式の準備が待ってるから」
「えっ?えっ?」
 何か今途方も無い事を聞かされたような・・・。菜々は理解出来ずに困惑顔だ。
「大丈夫、衣装も全部手配済みで、ホテルにはお義父さん、彩華さん、陸さんも待ってるから。後は婚姻届に菜々さんが記入するだけ。それじゃあ、お義母さん、済みませんが写真を撮ってもらえませんか?」
 巧はポケットから小さなデジタルカメラを取り出して、義理の母となる幸江に手渡した。
「いいわよー。ほら、菜々、呆けた顔してないでこっち向いて笑って、笑って」
「幾らなんでもサプライズすぎるでしょー!?」
 菜々の大声を皮切りに周りも巻き込んでの大騒動。
 巧が立てたサプライズに菜々は驚きすぎて付いていけない。撮ってもらった折角の記念写真も後で見ると、説教している女子高生とそれを受け止めている年上の情けない男の姿だった。

 巧の運転する車で市役所に着き、その場で菜々は婚姻届に制服姿のまま記入した。保証人の欄は浩介に書いて貰っておいた。
 晴れて夫婦となった姿を見たお義母さんは俺達を見て涙ぐんでいた。

 それから式を挙げる予定のホテルへと移動して、菜々は姉や兄とろくにしゃべる事も出来ないまま慌ただしくウエディングドレスを選び着替える羽目になった。
 かなりの時間が経ってようやく現れた花嫁姿に巧は見惚れた。

 身内だけの小さな挙式。
 その式に、巧側は平日にも関わらず兄だけが参列してくれている。10年以上も顔を合わせていなかった2人の間のわだかまりが無くなった訳ではないけれど、式の前に顔を合わせた兄からは無表情だったけれど、次の新刊は何時だと聞かれた。続けて、幸せになれよと言われたときは無性に胸が熱くなった。
 両親とはまだまだ向き合えないが、兄とは時間がかかるかも知れないが少しは兄弟らしく出来るかも知れないと思えた。式を挙げると連絡を取ろうと思えるようになったのも、菜々のお陰と言えた。

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
 牧師の朗々とした誓いの言葉がチャペルに響き渡る。
 
 二度と自分には感じられないと思っていた温もりを笑顔と共に与えてくれる大切なかけがえのない人。
 君が与えてくれた温もり以上に返していけるように、幸せだと思ってもらえるように、大切にすると君に誓う。

 灰白色のタキシードに身を包んだ巧は、妻となった菜々の白のウエディング姿をしっかりと目にしてから正面を向き答えた。

「はい、誓います」
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