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20話

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 クレマチスで初めてのイベントである「たかやま」との合同ハロウィンイベントは大盛況で終了した。

「今日一日お疲れ様でした。予想以上のお客様に来ていただき大変だったとは思いますが、大成功だったと思います。前原さんもいきなりの仕事だったにもかかわらず、有り難うございました。明日から宜しくお願いします」
「えっ、そんな。こちらこそ、お願いします」
 浩介と前原みうは互いにぺこりとお礼をかわした。
 みうはクレマチスで販売されている恋が叶うと言われているクッキーを買いに来てくれたのだが、たまたまイベントの日だったのだ。
 店には同級生の彩華がいて話に花が咲き、ワークショップの参加もしてくれた。
 現在みうはカフェを辞めたばかりで、彼氏とも別れたばかりで仕事を探していると言うのを聞き、巧はみうに初対面にも関わらず問いかけてみた。
「じゃ早速、うちを候補に入れて見ませんか?」と。
 イベント用に余裕を持って作った筈のかぼちゃクッキーが品薄になってきていたので、浩介に作り方を指導してもらいみうに早速作って貰うと(柳原はみうにも猫耳をつけさせた)、以前働いていたカフェではホールの仕事以外にキッチンもやっていたと言うだけあって即戦力になった。
 みうの承諾をもらって、明日からクレマチスで正社員として働く事を決定した。



「今日この後、打ち上げを兼ねた食事会に行く予定にしていたのですが・・・」
 片付けをしていた浩介は中断して、母親の幸江と向かい合って話していた。
 今日はイベントだった為、普段の閉店時間より長く営業をしていた。ようやくイベントが終わり片付けを皆でしていると、彩華の母と菜々が店へとやってきたのだ。
 2人はイベントに来たわけではなく、何やら話が有ってわざわざ来たらしい。
 菜々は彩華達の片付けの手伝いをしながら、明日からクレマチスで働く事になったみうと早くも打ち解け楽しそうにしている。
「一緒に行っていただいて、そちらで話を続けても構いませんか?」
「ええ。それはもう。御免なさいね、中崎さん」
 申し訳なさそうに話す幸江を見て、巧は浩介と彩華に関する問題が起きたのだろうかと思った。
「浩介、何か問題でもあったのか?」
 浩介の方も不安げな表情を浮かべていたので思わず聞いてしまった。
「ちょっと、な・・・後で説明するよ」
 返事は濁らされた。

 巧が打ち上げに予約したのは知り合いの洋食店だ。店内には緑が沢山飾られていてゆったりとした空間に彩られていて、メニューが豊富で美味しいのはもちろん、個室も有って落ち着いて食事出来るのが気に入っている。
 店内に入ると巧は予約していた人数が3人増えた事を告げると大丈夫と言われ安堵した。けれど、人数が増えてしまったので予定していた個室では入りきらない為に、フローリングの最奥で衝立で仕切りを作った一角に案内された。
 最初の飲み物は、彩華の母(車で来た為)、菜々(未成年)、彩華、浩介の4人もアルコールが飲めない為に結局全員がノンアルコールとなった。
 美味しい食事をしながら、今日のイベントの反省点、今後もイベントをやってみようという積極的な案の他、新たに加わったみうと彩華の昔話で盛り上がった。

「ふっふっふっ、中崎さん。実はこんなのあるんですけど、どうですか?要りませんか?欲しくないですか?欲しいですよね?」
 みうはにたりと悪だくみしてるとばかりの笑みを浮かべ、明日から上司となる彩華の恋人に近寄った。
「じゃじゃーーん、高校時代の彩ちゃんの恥ずかしいお宝写真―!!ぱふぱふーっ」
 後ろに隠し持っていたスマホを高く掲げ、イエーイと声高にはしゃぐと、彩華は飲みかけのお茶を文字通り拭き出した。むせて苦しんでいる娘の背中を母親が擦っていた。
 浩介は、一瞬目を見張った後は輝きに代わり、いそいそとスマホをカバンの中から取り出した。
「欲しいです。是非、お願いします」
「恥ずかしい写真って何!?そんなの見ちゃ駄目ですぅーっっっ!」
 被写体の彼女の声はスルーされ、浩介はみうの言う所のお宝写真を手に入れられることを期待してそわそわとしていた。
 昔の写真か・・・。
 巧は菜々の昔の写真を見て見たいなと思った。そう言えば、昔の写真どころか現在の菜々の写真も撮っていないことにいまさらながら気が付いた。
「修学旅行先のバスの中の爆睡写真に、こっちは公園の鹿に追いかけられてるヤツでしょ、他にもですねー・・・、学校際の時のウエイトレス姿でしょー、卒業式が終わった後の泣き顔でしょー、こっちはー・・・」
 トントンっとスマホの画面をスクロールさせて、みうは写真を探している。
「きゃーっっっ、なんっっっつうものを持ってるの!なんでそんなものを未だに記録して保存してるのよぉっ」 
 彩華は必死にみうが浩介に写真を渡すのを阻止しようとしたが、母親に阻まれて成功出来なかった。
 がくりとしていた彩華は、いきなり顔を上げたかと思うと、自分の所へやってきて大学の頃の浩介の写真が欲しいと懇願された。
 あればあげたかったのだが、あいにく写真を撮るのは仕事で使えそうな風景ばかりを撮っていたので無いと告げると彩華はしょぼんとしてしまった。

 食事も後はデザートを残すのみとなった時、ようやく彩華の母がクレマチスへわざわざ足を運んだ理由を話し始めた。
 内容は浩介と彩華の結婚というよりは、彩華の兄である陸と結婚相手に付いての話だった。
「私もお父さんも陸が結婚することには、反対して無いんだけれど、ね。お会いして相手のお嬢さんも良い人だなって思ったし」
 母親は、ため息を吐いた。
 陸の結婚相手と言うのは、彩華の同僚で二つ年上の玉岡真央(たまおかまお)だ。2人の仲を取り持ったのは他ならぬ彩華で、2人は付き合い始めて直ぐに子供を身ごもった為に急きょ年内にも結婚する事になっているのだ。
「でもね、向こうのご両親に結婚の了解は貰えたのだけれど、陸をお婿さんにと望まれたのはちょっと予想外で・・・」
「えっ私、真央さんがうちにお嫁に来てくれるものだとばかり思ってた」
 彩華はその話は初耳だったらしく、浩介も同様に驚いていた。
「そうなの、うちもてっきりそのつもりだったんだけど、真央さんのお兄さん、海外勤務が決まったそうよ。で、数年は戻ってこないらしくて。下手をするとそのままかも知れないなんて言われちゃったら、陸の結婚を決めた理由が理由じゃない?あまりこちらから無理も言えなくてねー」
 最近は授かり婚も珍しくはないとはいえ、あまり褒められた事ではないと考える親も多いのだろうと巧は思った。
「そうなんだ・・・」
 彩華も母親の話を聞き、複雑そうな表情をしている。
「お母さんとしては、陸が婿に行くのも仕方ないかなと思うんだけど、お父さんがねぇ。駄々捏ねちゃったと言うか。へそを曲げちゃったと言うか。菜々がうちの跡取りしないのなら、陸の婿入りは絶対に許せんとか言い始めちゃって・・・。菜々はまだ高校生なのに、そんな先の話したってねぇ。うちは別に稼業継がなくちゃならない家柄でもない一般家庭だから今の時代別に良いじゃないって言ってるんだけど。もしお父さんから何か言ってきても、断ってねって言う話を中崎さんに頼みに来たの」
「えー、お父さんって古―い」
 菜々は、バッサリと見事に自分の父の事を切っていた。
 しかし、最後の断るという一言が気になったのは巧だけでは無かった。彩華は詳しく母親に聞いた。
「お父さんが、浩介さんに何を言うの?」
「・・・中崎さんにうちに婿入りしてくれ、とか」
「そんなこと、出来るの!?」
 浩介達は婚約を正式に交わしていて、彩華が中崎家に嫁入りする事になっている。
「言えるわけないでしょ、そんな事。だからここだけの話にしておいて欲しいの」
 彩華と母親は同時に深いため息を零した。周りいる他の人たちも一様に黙ったまま無言が続いた。
 その静寂の中、巧は有る決意をし発言した。

「要するに、菜々さんが嫁に行かずに、婿を貰えば丸く収まる話ですよね」
 巧はめぐるましく頭を働かせ、これから1つの提案を出そうとしている声を震わせない様にゆっくりと、しっかりとした口調で言い始めた。緊張から手が冷たくなってきた。
「それは、そうなんですけど・・・まだ高校生の娘が今後どうなるかなんて分かりませんから・・・」
 そう、巧は菜々に想いを伝えるのは高校生で無くなってからと思っていたのだが、浩介達の話を聞いて自分の気持ちに蓋をしたままでいるのは、もしかすると菜々との仲を望むのなら今が最適なんじゃないか、自分の気持ちを正直にさらけ出した方がいいのではないかと思ったのだ。

「では、僕が立候補しましょう」

「はい?」
 何を言われたのか理解できない母親はきょとんとしている。
 突然の告白に全員の目が巧へと集まった。
 巧は椅子から立ち上がり、呆然として座ったままの菜々の前に立つと方膝を立ててしゃがみ込んだ。
 菜々の心に残るようなものにしたくて、突然思い立ってプロポーズするにはどうすればいいかと考えて行動したのは、膝に置いていた菜々の右手を緩やかに手に取り甲に軽くキスを落し、気障と呼ばれても仕方がない程のものだ。
 いきなりの事で吃驚して告白なんて信じられないと菜々は言うかも知れないが、これから言うのは本心からだと分かって欲しいと切に願いを込める。
 目を合わせ、ありったけの気持ちを注ぐ。どうか本心からだと信じて欲しい。

「菜々さん」
「は、はぃっ!」
 菜々の声は裏返っていた。そんな事には構わず俺は真剣な眼差しで続けた。
「僕は貴方の事が好きです。良かったら僕と結婚していただけませんか?」
「えっ!?」
「返事は?」
「だっ、だってそんな事急に言われてもっ」
 10才も年下の、それも現役高校生に告白と同時に結婚を迫るのは、自分でもどうかしていると思う。浩介が付き合って数日で彩華にプロポーズをしたと聞いた時も、呆れたものだ。それが自分はそれ以上の事をしているのだから。
「でも菜々さんは、僕の事が好きでしょう?だったら何も問題は有りません」
「な・な・なんで、そんな事っ!言った事無いのにっ」
 自分に対する態度を見ていれば、菜々は自分に好意を持ってくれているのは分かっていた。ただ、憧れかそれ以上なのかは特定できないでいたのだが。けれど、今の言葉を聞いて確信した。憧れ以上の異性に対する恋慕の気持ちだったと。
 特定出来たことで、余裕が持てた。張りつめていた気持ちが和らいで、頬笑みを浮かべて菜々を見つめ続けた。
「ほら、もう既に言ったも同然ですよ?・・・それで、返事は?」

「・・・・っ!・・・はいっ」
「良く出来ました」
 晴れやかに笑いかけると巧は立ち上がり、菜々を正面から軽く抱き寄せて背中をポンポンと叩いた。
 抱き寄せていた菜々の体を放して頭を撫でると、呆然としている菜々の母に向き合った。
「という訳で、これで問題は解決です。という訳で宜しくお願いします、お義母さん」
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