上 下
15 / 17

15 いつもの癖

しおりを挟む
 紬親子は伊倉さんから返された体温計に表示されている数字を見ると、本人に確認を求めることなくすぐに薬局から救急病院へと行先を変更した。

「早めに処置出来て良かったですね」
「色々とご迷惑をおかけして・・・。本当にありがとうございました。」
 運転を買ってでた紬の車の中。今は診察が終わってこれから帰宅するところだ。気温は平均気温で一桁と低いが、雪は特に降ることはなく、曇り空が続いている。二人はマスクをしたまま会話をしている。
 休日のまだ早い時間だったこともあって、病院では覚悟していたほどの長い時間を取られることはなかった。紬は待合室にあったテレビをぼうっと眺めて過ごしていた。
 ただ待っている時間というものは、平常であればどうってことはないが病人には辛い時間だっただろうと思う。薬も貰ってきたことだし、すぐに良くなるといいなと思った。
 やはり紬達が予想した通り、伊倉さんは風邪でなくインフルエンザに罹っていた。

「そんな私、運転しかしてませんから。他には特になにもしてませんし」
 救急医療機関の場所を伊倉さんは知らないだろうし、少し離れたところにあるからタクシーではお金が嵩むだろうと思って、紬が勝手に言い出しただけだ。
「いえ、きっと大野さんがいてくれなかったら、ただの風邪だからと思い込んで自分から医者へは行ってないでしょうから。きっと休み明けも仕事へ無理して出勤して周り中にうつしていたでしょうから。だから大野さんにはとても感謝しています。やっぱり思った通り大野さんは優しい人ですね」
 熱が高いからだろう、マスクをして赤い顔をしている伊倉さんは目を細めて嬉し気に紬に礼を言ってくれた。
「そ、そんなこと全然ないですってば」
 照れた紬はもごもごと答えた。
「照れてる大野さん、可愛いですね」
「!?」
 思わず真横に視線を向けてしまった。丁度信号待ちで止まっていたから良かったものの、運転中に何を言い出してくれるんだ、伊倉さんは。
 マスクで顔がほぼ隠れているというのに、イケメン度合いは全く減っていないとはこれ如何に。久々にマスクを付けた自分の残念具合とは大違いだ。気合の入っていない手抜きの化粧を誤魔化せるのには向いていると思うけれど。
 イケメンはどんな時でもイケメンなんだと、助手席に座る伊倉さんを横目にして紬は感心した。
「そういうところも好きですよ」
「!!~~~っっ、熱っ、伊倉さんはきっと更に熱が高くなってきてるんだと思いますっ!だから気のせいですっ」
 熱で頭がぼうっとしているから、色んなことがおかしくなっているに違いない。絶対に目の錯覚だと思う。
 昨日の今日で一体何度可愛いって言うんだ、この人はっ!相手は38℃越えしている病人、重病人!本気にしないっ。
 紬は心の中で、唱えた。
 マスクで顔がはっきりと分からなくなっているし、化粧も急いだから適当だ。こんな車内で近い距離だとはっきり伊倉さんにも知られていることだろう。あまり揶揄って遊ばないで欲しい。
 ぽっぽっと体を熱くさせながら、紬は色の変わった信号に車を発進させた。
 伊倉さんは声を上げずに、くすくすと笑っているらしく肩が震えているのが視界の端に見えた。
 やっぱり揶揄ってたんじゃん・・・・。
 ぷくっとふくれた紬は、暫く運転に集中することしした。

「帰ったら、後で大野さんも忘れずに手荒いとうがいしておいてくださいね。うつってないと良いのですけど」
 暫くして、後もう数分で家に着くという頃、今度は申し訳なさそうに伊倉さんが話し出してきた。紬はようやく平常心にまで戻りつつある感情にほっとしながら答えた。
「大丈夫ですよ。手洗いとうがいは毎日ちゃんと何回もしてますから。それにインフルエンザの予防接種は毎年必ず受けてますし」
 子供の時からそうだけど、大人になった今でも仕事から帰ってきてからや、ちょっとした外出でも帰ってから手洗いとうがいはきちんとしなさいと、お母さんから今でも言われていることの一つだ。
 予防接種は高齢のお祖母ちゃんもいることから、うつしたりしたら大変という事もあって、出費の事を考えると高いなとは思いつつ、大野家では家族全員毎年受けることになっている。
「それにお茶もよく飲んでますし。伊倉さん、知ってます?20分間隔でお茶を一口飲むだけで風邪予防になるらしいですよ」
「えっ!?お茶を飲むだけでですか?」
 知らなかったらしくその声は驚きを含んでいる。
「なんでも喉に着いたウイルスを流し込むことによって胃酸でウイルスの活動が弱まるらしいですよ。お茶だけでなく、水でもいいらしいですけど」
 最後にテレビの受け入れですけどね、と付け加えた。
「そうなんですか。知りませんでした」
「お茶の中でも緑茶が一番いいらしいですよ」
「それで大野さんはマイボトルを持参しているんですね」
 感心しきりという伊倉さんに、紬は苦笑いをした。
「ええーっとこれは、ただ単にお茶好きなだけでなんですけど」
 そう。ついいつもの習慣で、何故か病院の付き添いに行くだけだというのに、マイボトルを持参してしまっただけなのだ。
「中身は冷たいほうじ茶ですよ。ボトルだと暖かいお茶は変色しやすいんで、仕方ないんですよね。出来れば冬なら暖かいお茶がいいんですけど」
 高温が続くボトルでは、カテキンの酸化が進みタンニンが生じるから変色するらしい。渋みも感じてしまうからあまり向いていないのだとか。仕方なく冷たいお茶を入れている。
「今度から自分もそうしようかな。あ、でも、今更ですかね。インフルエンザに罹ってしまったんだし。それによく考えたらマイボトル持ってないですし。あ、でもよく考えたらほぼ毎日コンビニでペットボトル買ってるし。それでいいのか?」
 ぶつぶつ呟く声を聞いている間に、伊倉さんのアパートへと着いた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

処理中です...