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頚椎症と診断されたのは。
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始めて頚椎症と診断されたのは、今から30年ほど前の事になります(^-^)
もう少しで50の大台ですからね。
頚椎症とは随分と長い付き合いをしています。
最初に就職をしたのは製造業。
立ち仕事をしていたのですが、下を俯き加減でしていると眩暈や吐き気がしてきまして。
余りにも体調不良が続いたので慌てて内科や、整形外科を受診しました。
この時に整形外科で頚椎症ということが分かったのですが、他にも原因があるのかもしれないと色んな科を受診しました。
眩暈や吐き気だったのでね。
まさか首の骨の異常から眩暈や吐き気がするとは思わなかったものですから。
内科では、運動不足と言われ。
脳神経外科や、耳鼻科では異常なしでした。
その時は頚椎症というものを知りませんでした。
ネットで調べてみても、あまり眩暈や吐き気の事が書いてなかったのですよねー。
一番多いのは手足のしびれや痛みなんだとか。
なので、頚椎症の他にも原因があるのではと幾つも病院を変えて調べてもらいましたが、特に異常はありませんでした。
その後、その会社で10年以上働きましたが、年数が経つにつれ時々だった眩暈の発生は多くなりました。
体調不良になると、頭にあまり酸素がいかないのでしょうね、生あくびが凄かったです。
眠いわけでもないのに出で来るのですから、周りの人達には白い目で見られてました。
当然仕事の能率も悪くなります
体調が悪いのですから当然です。
でも見た目はどこも悪くないのです。
本人だけがめまいがして、気持ち悪いのです。
きっと夜更かしでもして、不真面目な奴と思われていたのでしょう。
頚椎症というものを理解してもらうことは出来てなかったと思います。
それと共に、30代前半の頃、体調か悪い時と重なって職場で財布の盗難に合いました。
当然ストレスも重なり、会社で過呼吸を起して病院に運ばれました。自力で歩けなくなりましたし。
これが仕事を辞めようと思ったきっかけともなりました。
仕事を辞める少し前に、ストレスからドクターストップで一カ月程休業していたことがあるのですが、家にいると一切眩暈や吐き気は出ないのです。
盗難に合ったストレスで軽い鬱になりかけていたみたいです。精神科へとも行きましたよ、この時。
財布を盗んだ犯人は結局分からず、周りの人も積極的に財布をさがしてはくれませんでした。
仕事の能率は悪いし、ストレスばっかり貯めこむので思い切って辞めて良かったと思います。
ここまで読んで、同じように頚椎症になって困っている人がいるでしょうか?
周りの人には分からない、本人にしか分からない症状で困っている人、いますか?
仕事を続けるのは大切なだというのも分かります。
生活がかかってますからね。
でも、私は俯き加減の仕事を続ければ続ける程症状は悪化していきました。
仕事を辞める事、もの凄い体力と決意が要りました。
でも、辞めて良かったと思います。
今もし同じ症状で困っている人がいれば、転職も一つの考えだと思いますよ?
俯かなくてもすむ仕事があれば、職場変更してもらうのが一番いいのだと思います。
頚椎症というものを理解してもらわないといけませんから、中々難しいかもしれませんけど。
その後就職できた会社はあまり俯かなくてもよく、こちらも10年以上と長く続けられたのですが、人間関係のごたごたで今年の新たに就職しました。
新しい会社の面接のとき、勿論、面接した時は頚椎症があることも伝えていました。
その時面接してくれた方は、頚椎症をご存知の方でした。
で、就職してそろそろ二か月近くです。
今の会社に働き出して、数日もしないうちに左手の小指、薬指がしびれ始めました。
予想していたより重いものを持つことが増えたのと、俯く仕事が多いからです。
そしてあっという間に、薬を飲んでもしびれが軽減するどころか悪化していき、左手全体、左足の指までもがしびれ始めました。
で、昨日、今日と造影剤投与という検査入院をしてきました。(実は二回目。15年ほど前は手術は見送られました)
ようやく来月に、手術が決まりました。
細かなところは後日決めますが、やっと手術が出来るんだという感じが強いです。
手術なんて絶対に拒否ではなく、やっと手術がうけれるといった感が強いです。
体調が悪い時には起きていられないのですから、随分と家族には迷惑を掛けましたから。
これでようやく治るのなら、お金もかかりますが数日位の入院は頑張ります。
手術が終わったら後日談を書こうと思います。
もう少しで50の大台ですからね。
頚椎症とは随分と長い付き合いをしています。
最初に就職をしたのは製造業。
立ち仕事をしていたのですが、下を俯き加減でしていると眩暈や吐き気がしてきまして。
余りにも体調不良が続いたので慌てて内科や、整形外科を受診しました。
この時に整形外科で頚椎症ということが分かったのですが、他にも原因があるのかもしれないと色んな科を受診しました。
眩暈や吐き気だったのでね。
まさか首の骨の異常から眩暈や吐き気がするとは思わなかったものですから。
内科では、運動不足と言われ。
脳神経外科や、耳鼻科では異常なしでした。
その時は頚椎症というものを知りませんでした。
ネットで調べてみても、あまり眩暈や吐き気の事が書いてなかったのですよねー。
一番多いのは手足のしびれや痛みなんだとか。
なので、頚椎症の他にも原因があるのではと幾つも病院を変えて調べてもらいましたが、特に異常はありませんでした。
その後、その会社で10年以上働きましたが、年数が経つにつれ時々だった眩暈の発生は多くなりました。
体調不良になると、頭にあまり酸素がいかないのでしょうね、生あくびが凄かったです。
眠いわけでもないのに出で来るのですから、周りの人達には白い目で見られてました。
当然仕事の能率も悪くなります
体調が悪いのですから当然です。
でも見た目はどこも悪くないのです。
本人だけがめまいがして、気持ち悪いのです。
きっと夜更かしでもして、不真面目な奴と思われていたのでしょう。
頚椎症というものを理解してもらうことは出来てなかったと思います。
それと共に、30代前半の頃、体調か悪い時と重なって職場で財布の盗難に合いました。
当然ストレスも重なり、会社で過呼吸を起して病院に運ばれました。自力で歩けなくなりましたし。
これが仕事を辞めようと思ったきっかけともなりました。
仕事を辞める少し前に、ストレスからドクターストップで一カ月程休業していたことがあるのですが、家にいると一切眩暈や吐き気は出ないのです。
盗難に合ったストレスで軽い鬱になりかけていたみたいです。精神科へとも行きましたよ、この時。
財布を盗んだ犯人は結局分からず、周りの人も積極的に財布をさがしてはくれませんでした。
仕事の能率は悪いし、ストレスばっかり貯めこむので思い切って辞めて良かったと思います。
ここまで読んで、同じように頚椎症になって困っている人がいるでしょうか?
周りの人には分からない、本人にしか分からない症状で困っている人、いますか?
仕事を続けるのは大切なだというのも分かります。
生活がかかってますからね。
でも、私は俯き加減の仕事を続ければ続ける程症状は悪化していきました。
仕事を辞める事、もの凄い体力と決意が要りました。
でも、辞めて良かったと思います。
今もし同じ症状で困っている人がいれば、転職も一つの考えだと思いますよ?
俯かなくてもすむ仕事があれば、職場変更してもらうのが一番いいのだと思います。
頚椎症というものを理解してもらわないといけませんから、中々難しいかもしれませんけど。
その後就職できた会社はあまり俯かなくてもよく、こちらも10年以上と長く続けられたのですが、人間関係のごたごたで今年の新たに就職しました。
新しい会社の面接のとき、勿論、面接した時は頚椎症があることも伝えていました。
その時面接してくれた方は、頚椎症をご存知の方でした。
で、就職してそろそろ二か月近くです。
今の会社に働き出して、数日もしないうちに左手の小指、薬指がしびれ始めました。
予想していたより重いものを持つことが増えたのと、俯く仕事が多いからです。
そしてあっという間に、薬を飲んでもしびれが軽減するどころか悪化していき、左手全体、左足の指までもがしびれ始めました。
で、昨日、今日と造影剤投与という検査入院をしてきました。(実は二回目。15年ほど前は手術は見送られました)
ようやく来月に、手術が決まりました。
細かなところは後日決めますが、やっと手術が出来るんだという感じが強いです。
手術なんて絶対に拒否ではなく、やっと手術がうけれるといった感が強いです。
体調が悪い時には起きていられないのですから、随分と家族には迷惑を掛けましたから。
これでようやく治るのなら、お金もかかりますが数日位の入院は頑張ります。
手術が終わったら後日談を書こうと思います。
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