CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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23 嫉妬

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 マギ室長の権限と根回しにより、驚異的なスピードで穂叶のシシリアーム行きと、彼女の身の周りを手助けする為の侍女の代わりにと、城で乳母として働いているシェリーが一緒に行けるよう決定した。レナート自身も陛下以下にあっという間に認証させ、自身もその一行に加わった。

 室長のシシリアーム行が決まると同時に、マギ課は有能な副官に一任した。一週間程不在になることを詫びた。
 その際、陛下と副官には別々に自分の計画を包み隠さずに打ち明けておいた。副官からは、室長も物好きですねと言わんばかりに呆れた表情をしていたが、それでも一応了承してくれた。
 陛下は自分の予想していた通りに快く計画に賛同してくれただけではなく、馬車の手配から必要な食類、出発を明日に控える中、城でホノカ嬢が泊れるようにと部屋まで即座に手配してくれた。
 挙句出発には側近が控えているとはいえ陛下自らの見送り付きというおまけを承諾させられたのだった。

***

 レナートの思惑に乗せられた事を知らないまま、穂叶は早朝シェリーさんに起こされて準備を整えた。
 まだ眠いなぁと思いながら向かっているのは、出発場所に指定された敷地の東側にある門だった。朝に二度通った城の表門では無かった。通路が途切れ外に出ると城の外にも明りが用意されていて暗い中でもお互いの表情は分かる程だった。
 私は旅の衣装等は勿論持っていなかったので、シェリーさんが手配してくれたものを着ている。市場で見たような沢山の女の人が着ていたシンプルで実用性重視のブラウスにベストを重ね、くるぶし近くまであるロングスカート姿だ。
 その上に生地の厚みはそんなに無いのに温かなフード付きのコートを着ている。色はアースカラーと言えばいいのだろうか。落ち着いた色合いのものばかりだが、ちょっとした所に細かな刺繍がされている所がおしゃれだと思う。
(私、お留守番をして待っているだけだと思っていたのに、セオドールさんと一緒に行ける事になるなんて嬉しいな)
 昨夜は城の豪華な部屋にシェリーさんと共に泊る事になった時は戸惑いと遠慮と喜びと旅へのわくわくがごちゃ混ぜになっていた。
 かなり早い時間に起きなくてはならなかったのに、気持ちが高ぶって良く眠れなかった。けれど、睡眠不足も気にならない程気分は良かった。
 私の他に旅に行くのは、セオドールさん、シェリーさん、レナートさん、騎士の人達が五人で合計九人だ。
 出発の見送りにはひと際目を引く二十代と思われる男の人を先頭に、副室長のアルベルトさん、身分が高そうな格好をした年配の男性、護衛の格好をした男の人が数人控えている。
 一番目立つ背の高い美形は、着ている服も見るからに高級で凝った作りをしている。その男の人は何故か私の傍まで近づいて、目元を和らげ微笑むと言葉を掛けてきた。

「そなたが、セオドールの想い人か。お初にお目にかかる。私はこのパリス国カリス州を統治しているセラフィード・クレイヴ・フルメヴィーラと言う。そなたの名は?」
 統治してるって、・・・まさかこの国の王様ですかっ!?
「は、はいっ、始めましてっ。私は穂叶 米本と言います」
 護衛や騎士達が見守る中、まるで童話の絵本から飛びたしてきたような、これぞまさしく王子の見本と呼べる金髪碧眼のキラキラしい美形からの自己紹介を受け、思わず緊張して声が上擦ってしまった。
(この国を統治しているって、レナートさんが陛下って呼んでた人だよね!?そんな人が自ら見送りに来て、なんでわざわざ私に挨拶するのっっー!?でも、近くで見られたのは素直に嬉しい、かなっ?陛下なんて偉い人と会えるなんて絶対に無いって思ってたし。それにしても、まだ外は暗いのに髪がキラキラして綺麗・・・)

 私は頬を染めて王様との挨拶を終えた。そんな様子をすぐ傍で見ていたセオドールは苦い顔をしていた。本人は周りに気付かれていないと思っているようだったが実はバレバレで、眉を寄せ不機嫌そうにしているのを見た陛下や周りの騎士達は笑いを堪えていた。
 既にすべての騎士達・・・いや、城中に穂叶とセオドールが恋愛中だというのは二人が手を繋いで登城してから有名な話となっていて、二人の事はここにいる皆から微笑ましく見守られているのだった。
「うむ、我に嫉妬か。いつもは仮面を被った様な無表情が多いセオドールのその顔が見られただけでも見送りに来た甲斐があったというものだな」
「うぐっ」
 セオドールさんは喉に物を詰まらせたような変な声を出すと、それを誤魔化す為なのか自分の馬にすらりと飛び乗って馬上の人となった。
「隊長、準備は既に出来ているんですから出発しましょう」
 今回の討伐隊に近衛第一部隊から選ばれた隊長のヨハンネスに向かって声を掛けた。
「ああ、分かった。では陛下、行ってまいります」
「うむ」
 隊長と陛下の声は明らかにどちらも笑いを含んでいた。セオドールさんは恥ずかしそうにあらぬ方向を見ていた。

 セオドールさんが慣れた様子でいとも簡単に馬に乗ると言う姿が余りにも素敵過ぎて、私は思わずほうっとため息を吐いて呟いていた。
「格好いい・・・」
 無意識に呟いたその台詞はその場にいた殆どの人の耳に届いた。
 恋人からの素直すぎる賛辞に顔を赤くしているセオドールを見た陛下は、つい堪え切れなくなって声を出して笑った。
「くっ。あははは。私相手に嫉妬は無用の様だぞ?良い相手を見つけたな、セオドール。それでは、全員の無事な帰還を待っている。『武運を祈る』」
 フルメヴィーラ陛下は、この国の未来さえも変えてしまうかも知れない可能性をもつ魔法使い候補を頼んだぞと無言でレナートに目で合図を送ると、受けた側も神妙に頷き返していた。
 まだ夜が明けきらない寒くて暗い中、案外お茶目な陛下に見送られながら、穂叶達一行は危険が伴う任務にも関わらず明るい雰囲気に包まれて城を後にしたのだった。

***

 始めて乗った馬車は案外揺れた。外の景色は夜が明けきっていない時間だったから殆ど見えなくて薄らと建物の形が分かるだけだった。
 馬車へと運び入れた私物が入ったバッグは昨日シェリーさんとセオドールさんと一緒に一度家に戻って荷造りしたものだ。
 荷造りしたと言ってもこの世界へと落ちた時のボストンバッグ1つと、パンを作る為の作成中の酵母菌が入ったビンだけだ。
 馬車は穂叶の他にレナートさんとシェリーさんが同席している。馬に乗ったセオドールさん含む騎士六名に守られながらシシリアームへ進んでいる。マレサの実を届けるという口実の魔獣の討伐任務には、馬車の護衛という任務も追加されている。

 昨夜の内にレナートはセオドールに穂叶嬢と母親も一緒にシシリアームへ行く事が決定したことを話すと最初は難色をしめしていた。
 どうしてそういうことになったのか予め用意しておいた筋書を言った。
 ホノカ嬢の魔法の特性を調べた結果五つもの特性を持つのを聞いてかなり驚いていた。穂叶嬢にはマギ課の一般職員として就職してもらいその為にはきちんとした身分証明の発行が不可欠であること、その為にシルヴィオ家の身分発行の了承を陛下にも承諾を貰っていて、だから己が動いているんだと説明すると納得してくれた。
 他の騎士達には行き先がシシリアームなのを聞いて、レナートは実家がある場所だから久々に里帰りしたいのと、ついでに遠縁の娘(穂叶のこと)も同行させると説明する予定だとも言った。
 もちろん、その時レナートがセオドールに伝えたのは身元証明の件だけだ。
 義妹予定のホノカ嬢と、セオドールを義弟にする為にシシリアームに滞在している間に略式結婚させるというとんでもない予定を組まれていることは本人に隠したままだ。
 しかし、セオドールにはしなかった説明も、母親のシェリーさんには全て伝えた。ホノカ嬢が持つ力の事と、結婚させるすべての計画を打ち明けられると予想以上に喜んでくれた。シルヴィオ籍になることにも了承を貰った。
 当事者の二人にだけにはくれぐれも結婚の事は内緒にするように重ねてお願いをした。シェリーさんからは快く承諾をもらったが、実は昨日息子からは任務が終わった後、時期を見て穂叶さんとは結婚をしたいと言われたんですと聞いて、逆にレナートが驚かされたのだった。
 本人達にもう結婚の意思があるのなら、何も問題ないことが分かった。

 自身の聖獣・ランタナに細かな計画を認(したた)めた直筆の手紙を一足早く届けて貰っている。明日の朝にでも父の手元に届く予定になので、レナート達一行が実家のシルヴィオ家に到着さえしてしまえばレナートの秘密計画は実行可能となるだろう。
 不安があるとすれば父の説得だが、異世界から来た本人と直接会えばそれも納得するだろうと思っている。

 いきなり見知らぬ他人を連れて来て紹介したかと思えばいきなり身内にしてくれとお願いする訳だが、自分が認めたホノカ嬢の人となりと、魔法の底知れぬ素質を持っている事、そして穂叶嬢が自在に魔法を使えるようになれば、今後シルヴィオ家に新たな事業の開拓が望めるというメリットが付随してくる。その点が間違いなく父には魅力として映るはずで、恐らく抗えないだろうと考えている。
そしてシルヴィオの身内となれば全力でサポートしてくれることだろう。
 後面倒なのは、自分が滞在期間中、両親からの結婚への催促がますます増えるだろう小言を覚悟しなければならない事位か。ホノカ嬢の養女の件よりも、恐らくそっちの催促の方が遥に時間がかかるだろうと思い心底げんなりするのだった。

***

 レナートの実家があるシシリアームという地区へは当初二日弱の予定だったが、馬車も加わったことで(馬に乗れない私とシェリーさんの為)丸三日の予定となった。
 始めこそ馬車からの景色珍しくて外を眺めていたが、変わらない長閑な草原ばかりが続くと飽きてしまい、時間の有効活用のために魔法の勉強をしてもらえないかとレナートさんに頼んだ。

「私の特性は、空と風と水と地と光ですか。特性が有れば魔法が使えるんですよね?どんな事が出来るんですか?」
「どんな魔法が使えるかはもう少し詳しく調べてからだな。シェリー殿、済みませんが聖獣の魔力を少し貸してもらえませんか?」
 現在レナートの聖獣ランタナは実家へ手紙の配達中の為不在とのことなので、シェリーさんの聖獣に手伝って貰えないかと頼まれた。
「分かりました。おいで、ストケシア」
 シェリーさんの肩の上にチワワの聖獣がちょこんと現れた。
 紛れもない癒しだわ。
「魔力を穂叶さんに貸してあげて。お願いね」
 ストケシアは喜んで私の膝へとジャンプして飛んでくると、小さな口からぽっと魔力を出してくれた。
 特性を五つも持つ最高レベルの魔法使いも、練習しなければ宝の持ち腐れであり、唯の人でしかない。
 レナートさんは馬車に必要な身の回り品の他、マギ室から特性をもっと詳しく調べる事が出来る魔方陣が描かれた紙と、簡単な魔方陣の説明と使い方が分かる本や道具も持ちこんでくれていた。
 レナートさんは私が持つ特性の一つ一つを詳しく調べる為に時間をかけて丁寧にしてくれた。
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