CLOVER-Genuine

清杉悠樹

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15 植栽

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「これとこれを頂戴」
 午後から休みだというシェリーさんと一緒には家路に向かいながら夕食の買いだしをしている所だ。セオドールさんはまだ仕事があるので、渋々ながら私の事は母さんに任せますって言っていた。なので、ちょっとだけ緊張気味で帰宅しているのです。

 買いだしに寄った店は、今朝物珍しさに立ち止っていた露店も含まれていて、野菜を中心に肉やパンも買った。パン屋では見た限りハード系ばかりで、食パンや菓子パンの類の柔らかいものは見当たらなかった。
 パンを見てしゅんとしている私に気付いたシェリーさんはどうしたのか聞いてくれた。
「こちらでは、硬いパンしかないんだなぁって思って」
「硬いパン?」
 長期保存には向いているんだろうけど、何種類か大きな籠に種類別に分けて売られていたのは、固そうなパンばかりだった。
「普段主食として食べていたのは米と言うものでしたけど、パンも良く食べていたんです。でも、食べていたのはもっと柔らかいものばかりで。今朝、頂いたパンは硬くてセオドールさんに薄く切ってもらってようやく食べれたんです。もしかしてこのお店になら柔らかいパンもあるかなぁって期待していたんです」
 セオドールさんが言った通り固そうなものばかりだった。
「あらあら。じゃあ、穂叶さんはそのパンの作り方って知ってるかしら?」
「一応、知ってます」
 家で何度か作った事があるから、材料さえ手に入れば作れると思う。
「それは良かったわ。なら、作っちゃいましょう。柔らかいパンって私も食べて見たいわ」
 無邪気にはしゃぐシェリーさんに連れられて、今度はパンを作る為の材料を売っていそうな店へと向かった。

「必要なのはこれぐらい?良かったわ、全部材料が揃って。穂叶さん有り難う、荷物を持ってもらって」
 流石にこの世界にはイースト菌は売られていなかった。ならば自分で酵母菌を作るしかない。
 以前育てていたハーブが沢山取れたので、それを使って自家製酵母を作った事がある。酵母が出来れば後は強力粉、薄力粉、バター、砂糖、塩、卵があればパンは作れる。
 けれど、酵母が出来上がるまで日数がかかる。今買ったのは干しブドウと砂糖だ。他に要る材料は重さを変えが得たうえで後日また買いに来ることにした。
 干しブドウを買ったのには理由がある。ハーブはあるにはあるのだけれど、穂叶がこの世界へ落ちた時に手に持っていたのはまだまだ小さいハーブの苗。だから今はまだ使えない。代わりに干しブドウを使う事にした。その方が失敗のリスクが少ないというのも知っているからだ。
「いいえ、これぐらい大したこと有りません。それより済みません、お金を使わせてしまって」
 買った荷物の半分以上を持っている。この世界のお金の価値はまだ全く分からないが、自分が硬いパンの事を言わなければ使わなくて済んだ材料だ。
「何言ってるの。この位遠慮しないで?それじゃあ行きましょうか」
 セオドールさんからは大らかな性格の人だと聞いていたが、確かにそうらしい。
会ってまだ数時間だというのに、優しい笑みとこちらを緊張させない会話は私の緊張をすぐさま溶かしてくれた。
 私より少しだけ背が低いシェリーさんは、ややふくよかな体型に髪はきっちりと結いあげられて清潔感を纏っている。着ている服は、乳母という職柄決まっている服装だそうで、黒のワンピースに白いエプロン姿だ。今の季節は肌寒いので上からショールを羽織っている。歩く姿勢は凄くピンとしている。

 買い物をしながら服装に付いて少しだけ教えてもらった。
 今私が着ている服装は長袖Tシャツにフード付きのパーカーを重ね着してさらにセオドールさんのお母さんの物だという大判のショールも借りて羽織っている。下はジーンズにスニーカーというラフさで、こちらの世界では無い服装。
 女性はくるぶし近くまで有る長いスカートを穿くのが一般的で、ズボンを穿くのは乗馬する事がある一部の女性だけだとか。ショールを羽織っているおかげであまり目立っては居ないようだ。
「あの、済みません。勝手にシェリーさんのショールをお借りしてしまって」
「そんなこと気にしないの。さ、買い物も済ませたし、帰ったらお昼は簡単に済ませる代わりに、夕食は腕によりをかけて作るわね。楽しみにしてて」
「私も手伝います」
 仕事で料理を作るのは別として、最近はプライベートでもお姉ちゃんが結婚をしてからというもの、食事を誰かと一緒に作る機会が減って一人で作ってばかりだったから、誰かと一緒に作れるということがなんだか嬉しい。
 2人並んで歩きながら、出会ったばかりとは思えないくらい穏やかな時間が流れて行った。

 夕食は肉を使った煮込み料理の予定だそう。その手伝いをしようと思っていたんだけど、家の中に入るとリビングに見慣れない植物が大量にあったのをシェリーさんに問われた。私が居た世界から持って来たハーブと言う植物で、お茶として主に飲むんですって伝えた。(あ、異世界から来たということは自分で説明済み。最初は驚いていたけれど、掌を見せたら何故かすんなりと納得されちゃいました)
 淹れ方を聞かれたので、まだ小さい苗なので今はまだ使えなくて、土に植えて育てれば繁殖力が強い植物なので簡単に育てられる事を伝えると、それなら裏庭が空いているから好きに植えていいと言われた。折角の苗が置きっぱなしで可哀そうだから、早く植えてあげなさいと。夕食の手伝いもしなくていいからとも。
 ならば酵母を作ることだけはさせて下さいってシェリーさんに頼んで、大きめのガラス瓶を貰って煮沸消毒をして早速仕込みを終えた。後は、温かめの部屋で発酵するのを数日待つだけ。
 酵母菌の準備が終わった後はまだ外が明るかったのでシェリーさんに頼んで裏庭を見せてもらった。
 シェリーさんの仕事の時間帯は不規則なことが多いらしく、畑はあまり手のかからないものしか育てたことが無いのと、最近は何も育てて無いらしい。空いている所は好きに使ってくれて構わないと言われて、早速道具を借りて一人で苗を植える準備をした。

 まずはミント、レモンバーム、オレガノ、フェンネル、ベルガモット、コモンセージ等を植え、次に見頃が過ぎた花、育ちが多少悪い花等の多年草の苗を次々と植えた。
 ブルーベリー、クランベリー等のベリー系の苗とスダチとレモンの柑橘類は木なので、明日以降に場所を決めてもらって植えることにして、畑の隅において置く。他にもまだハーブの種が何種類もあるが、これは何時でも良いだろうと思ってタネの袋も一緒に隅に置いておいた。
 手に付いた泥を叩いて落としながら立ちあがった。苗を植え終わった3m×5m程の自分専用の畑を見て満足した。
 ハーブは繁殖力が強いものが多いので、季節的には秋だけれど大丈夫だろうと思う。中には霜に弱いものも有るから、まずは様子見で駄目そうなら後で移植しようと思った。

 この世界にずっと生きて行かなくてはならないかも知れない漠然とした不安も有るけれど、馴染みのものを育てていれば少しはその不安も安らぐのだろうか。
 そんな事を考えながら植えたばかりのハーブを見ながらぼんやりしていた。

「寒くなってきましたから、そろそろ家に入りませんか?それに陽が暮れてきましたからそんな薄着では風邪を引きますよ」
 後ろから急に声をかけてきたのは、いつの間にか仕事を終えて帰宅したらしいセオドールさんだった。まだ騎士服を着たままの姿だった。
 夢中で植えていたから気付かなかったが、空の色は青から蒼と赤が混じった夕暮れにいつの間にか変化していた。作業を始めた時は陽が当たっていた畑も、今は家の陰に覆われている。頬に受ける風も冷たく感じる程になっていた。
「お帰りなさい、セオドールさん。シェリーさんにも畑に植えていいと言われたので、ハーブを好きに植えさせてもらいました」
 仕事から帰宅したセオドールさんに普通に挨拶を言ったのだが、言われた方は何故やら照れているようだった。なんで?
「1人で大変だったでしょう?」
「そんなこと無いですよ。楽しかったです。まだ全部植え終わって無いので、それはまた明日にでも植えようと思ってるんです。『木』はどの辺に植えればいいですか?3m位の高さになっちゃうので、一人では決められなくて・・・」
 ハーブとはまた違い、木は一度植えると移植が困難だからだ。私はまだ植えていない植物を指差しながらセオドールさんに聞いた。
「そうですね。・・・あの辺なら」
 考えてから指示されたのは、畑の横に植えてある高さが4m程も有る木の横だ。その木の辺りは何も植えて無くて広々とした地面が空いている。
「あの木が今朝言っていたマレサの木です。ちょっとここへ来たついでに実を取って行きますね」

***

 セオドールは植えられたばかりの苗の踏まないように気をつけて横を通ってマレサの木へ向かった。後ろには穂叶さんも付いてきていた。
 一緒に銀色の実を摘みながら今日午後から聞いた話を整理し始めた。

 昨日レナートから聞いたばかりだった討伐の話。
 午後からの王との略式の面会の時に異世界から来た穂叶さんの話とは別に、近衛騎士団へ魔族の討伐隊が決定されることが内示として告げられた。
 明日には正式発表され、明後日には先発隊としてセオドールも編成されるということも。今回は、本格的な討伐ではなく、まずはマレサの実を確保して辺境に届けるのが第一使命とのこと。期間は一週間程度になるのではないかと言われた。

 目の前にはマレサの実は例年通りにたわわに実っている。もう少しすれば寒さのために数は少なくなってくるだろうが、一年を通して実がなる木だ。
 ここより北の辺境ではマレサの実が生らなくなってきていると言う。
 レナートはその辺境の出自で、屋敷もそこにあると聞いた。そこからマレサの実を送ってもらっているので中に手紙が添えられていて不作を知ったらしい。
 その辺境から更に奥にある森には魔族の出没が多い地域だ。その森の中にもマレサの木は有るらしいのだが、辺境のマレサの木が不作となれば、恐らく森の中も同じく不作になっているのだろう。魔獣が森から出て、近くの村のマレサの実を食べに来て人に見つかり、そのまま襲う可能性が出て来る。
 マレサの実を届けるだけでは根本的な解決にはならない。不作が何故起こったのか、これを解決しないことには本当の解決にはならない。
 マレサの実を配達する仕事はマギ課が請け負う事になっているが、不作など初めての事例でどうしていいのかまだ解決の糸口は見つかっていないとレナートはぼやいていた。
 セオドールが考え事をしながら次々と実をもいでいたら、穂叶さんは苗が入っていた段ボールの空き箱を持って傍に来た。
「私も取るのを手伝います。こうですか?」
 穂叶さんは白い手を伸ばして2cm程の実を掴んで引っ張った。
「あ、あれ?ごめんなさい、枝まで付いてきちゃった・・・」
 力任せに引っ張ったらしく、実とともに5cm程に枝が折れてしまっていた。
「構いませんよ、枝を取れば実は食べれます」
 セオドールはそう言って咎めることなく穂叶さんに優しく微笑むと、白くて細い手の上に自分の手を重ねた。
 自分より一回りも小さな手。そして、俺の運命の人。
 思わぬ役得に心の中では歓喜が湧いていた。

***

「これは下から掬いあげて、こうやって上に持ち上げると簡単に取れるんです。・・・穂叶さんの手、冷え切っているじゃないですか」

 ななななな、なにっ!?近いっ、セオドールさんの顔が近いっっ!

 自分の背にくっつくようにして立ったセオドールさんは耳の傍で優しく取り方を説明してくれているのだが、どうやらドキドキしているのは自分だけらしい。平然と見えるセオドールさんは触れた私の手が冷たいといって両手で温めてくれた。
「な、なっ、なっ」
 後ろから抱きしめられたような格好になっているので、いきなりの出来事に感情が追い付かず顔が熱くなって言葉が出ない。
 これは何事っ。抱きしめられてるみたいで恥ずかしいんですけどーっっっ!
「これを着てて下さい。後は俺がやりますから」
 セオドールさんは私の手が温まったので両手を離した後、騎士服の青色の丈の短い上衣を脱いで私の背に掛けてくれた。
 掛けてくれた服には彼の体温がまだ残っていて温かかった。それ以外にも微かに洗濯した時の香りのようなものがふわりと漂ってきて、穂叶は体ごと彼に包まれているような気がして眩暈を起こしそうになった。いっそ、気絶したい。
 今朝も思ったけど、絶対セオドールさんは天然のタラシだと力いっぱい断言したい。
 手際良くマレサの実を取っていくセオドールさんの広い背中を見て、私は顔を赤くしてそう思ったのだった。
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