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新しい企画が始まりました。

3 ハロウィンイベントはどうですか?

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「ご馳走様、美味かったよ。たまにはこうやって夫婦揃って窓際で満月を見ながら晩酌というのも風情があっていいね。環菜の料理を更に美味く引き立ててくれる」
 私が出した企画が通ったお祝いにと冷酒を買ってきたら、それならばと宗司さんに手伝いを頼まれてわざわざキッチン横に据えてある二人用のダイニングテーブルを窓際まで移動させてから食事をすることになったのだ。

 付き合い始める以前からずっと宗司さんが住んでいたこの部屋は、12階建てのアパートの8階にある。近くにも他のアパートなどがあるのだが、小さな公園などがあり外からの眺めは結構見晴らしがいい。だから環菜の最近のお気に入りは晴れた日の午後からクーラーが効いた窓際のソファに横たわってのお昼寝なのだ。

 や、確かに窓からは大きなまん丸な月も見えて、雰囲気も良くてご飯も美味しかったけどね?でも、食べてる最中に意味深な目つきで正面から見つめられたら、動揺するってば!
 だって、なんか宗司さんの目つきがものすっごいやらしさ満載なんだもん。

 さっきの意味深な台詞を思い出してしまってどうにも宗司さんの顔を直視出来なくて、タンブラー型のグラスに入った冷酒を両手で持って窓ガラス越しに見える月を見ながらちびちび飲んだ。クーラーの冷気を感じながら、気恥ずかしさで火照った頬の熱をどうにか逃(のが)せないかと悩んでいた。

「ねえ、環菜。少しくらいは俺を見て。―――『月が綺麗ですね』」
 私が照れているのを分かった上でこんなことを言ってくる。時々宗司さんは意地悪だ。
「あ、うん、そうね。月が綺麗だね」
 ずっと大きな月を見ていたからすぐに同意した。今日は満月なのか、丸い月は見ていて飽きなかった。
「違うって、俺の事を見ろって言ってるんだ」
 何なのよ、もう。
 俺の事を見ろって確かにさっきそう言ったけど、その後に今度は月が綺麗ですねっていうから窓の外の月を見たのに俺の事を見ろってどういうこと!?それって矛盾してない?

 性的欲求が籠った視線を自分に向けられているのが恥ずかしいから宗司さんの顔はまともに見れないっていうのに。
 それでも、心の中では求められていることに喜びを感じていることも確かで。しぶしぶといった体で月明りから室内の明かりへと見ていた景色を変え、テーブルから、骨ばった手、肩へと移動してようやく対手の目を見つめた。
 予想していた通り、そこには愛しさと欲情とが入り混じった目があった。
「月が綺麗ですね」
 また、同じ台詞を聞かされた。

「『月が綺麗ですね』。夏目漱石の結構有名な逸話だけど知らない?漱石が教師をしていた頃に生徒からアイラブユーの訳し方について問われて、月が綺麗ですねとでも訳しなさいって言ったこと」
「?知らない」
 ふーん、夏目漱石って名前は勿論知ってるけど、小説は読んだことがないなぁ。って、えっ、ちょっと待って。じゃあさっきから月が綺麗ですねって宗司さんが言っているのって、私に愛してますって告白してるってことなの!?
 ようやく何度も言われた台詞に理解が及ぶと、かぁと体中が熱くなった。
 環菜が理解するまでかかった時間が過ぎても尚熱い視線は注がれたままだ。外したいのに自分からは磁石で吸い寄せられたように外せなくなってしまった。

(やだ、どうしよう。今までだって何度も好きだとか、愛してるって言われたことはあるけど、なんだか直接的な台詞を言われるより心臓にキタっていうか。心が揺さぶられたっていうか。やだ、もー、どうしていいのか分からないよーぅ)

 久々にアルコールを飲んだせいも多少は影響を及ぼしているかもしれないが、多分顔は真っ赤だと思う。自分の両手でそんな染まった見られたくなくて顔を隠したけれど、きっと宗司さんにも見えたことだろう。



 食事の片づけもそこそこに、環菜は宗司に抱きかかえられるようにして寝室へと運ばれた。
 明かりは仄かに感じられるほどに落とされ、予め予告されていたとはいえ、これからされることに未だに緊張と期待とが入り混じりドキドキが凄まじい。
「環菜と課を離れてしまっていつも見えていた姿が見えなくて寂しい。そう思っているのは俺だけか?」
 ベッドに横たえられた状態で、そうぽつりとつぶやかれた言葉に環菜は驚いた。てっきり夕食前に少しだけされた前戯があったから、早急に抱かれるのかと思い込んでいた。けれど宗司さんの様子は違っていた。
 自分も同じことを思っていたから。私だけじゃなかったの?
「宗司さんも?」
 逞しい腕の中、至近距離で上から覗き込まれた宗司さんの両頬に自分の手のひらを当て同じように覗き込んだ。その目には私を欲する以外にも寂しさの影がちらついていた。

 いつだって、宗司さんからは愛情の言葉を注いでくれるのが当たり前という風になっているけれど、私は心の中で思うだけで言葉として伝えるのはとても少ない。伝えたとしても「私も」と簡単な言葉だけが圧倒的に多い。
 そんな一方的なのはやっぱり駄目だよね?自分が愛情の言葉を言われて嬉しいのなら、それは相手だって同じだということ。結婚をしたからといって、いい加減にしていい訳がない。

 普段は恥ずかしくて言えないけれど、思い切って私から言ってみてもいいのかな?
 私も新しく企画部に異動して仕事は楽しいけれど、ずっと何かが足りてないって感じてるって。宗司さんの姿が見えなくて寂しいからだって。

「私も、ずっと寂しいって感じてた。でも、言っちゃいけないって思ってたの。我慢しなきゃって。だって、宗司さんとは結婚もしたし、同じ会社で家に帰れば会えるんだからって」
 頬に当てていた手を相手の首へと回し、頭を引き寄せた。自分の上に重みが加わった。首筋に当たる髪が少しくすぐったく感じた。
「月が綺麗な夜の内に、寂しいなんて思わなくなる程して?」
 環菜は広い背中にしがみ付いて、今言える精いっぱいの気持ちを伝えた。
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