125 / 135
三年生
125 マチルダ様の進む道 ※マチルダ視点
しおりを挟む「あ!シェリル!こちらですわ!」
私は朝日に煌めく金色の髪を見つけて声をかける。
「マチルダ様!」
シェリルも私達に気付いて手を上げながら近付いて来た。
シェリルの後ろには、何故か項垂れた様子のウィルフレッド・メーデイア様。
「アンさん!セイラさん!」
シェリルが私の隣りにいたアンさんとセイラさんに飛びついた。
アンさんとセイラさんも、飛びついたシェリルをしっかり受け止めて抱き締める。
魔法学園冬休み最終日の今日、アンさんとセイラさんがまたリーバイ男爵領に行くことになったので、シェリルと一緒にお見送りをするため、朝から正門前の馬車乗り場に来ている。
「ウィルフレッド様も来てくださったんですね」
シェリルの後ろでどんよりしているウィルフレッド様に声をかけると、シェリルがジロリとアンさんセイラさんを睨みながら低い声で言った。
「ウィル様も二人にお世話になったと聞きました」
「ああ~」
「バレちゃったのね」
「ううぅ…」
さらに項垂れるウィルフレッド様。
「え?どうされたんですの?」
私ひとりだけ事情がわからない。
と、シェリルが三人を睨み付けたまま言った。
「ウィル様が、私のバイトの行き帰りをアンさんとセイラさんに護衛させていたんです」
「婚約者が心配で護衛をつけるのはよく聞くわよ」
「マチルダ様、バイトの行き帰りです。まだ婚約していなかった頃です」
シェリルの険しい顔を見ながら、そう言われてみればと考える。
私がキャンベル伯爵家と袂を分った去年の裁定の時には、すでにシェリルは王宮に保護されてバイトを休んでいると言っていた。
シェリルとウィルフレッド様が婚約したのは夏休みが終わる前。
「あら?」
時期が合わない。
「一年生の前期の終わりくらいから、ずっとアンさんとセイラさんに私を見張らせていたそうです」
「あらぁ」
私は思わず残念な目でウィルフレッド様を見てしまった。
アマーリエ様がウィルフレッド様は随分前からシェリルに恋心を抱いていたと言っていたけど、一年生の時からだったのね。
「アンさんとセイラさんも、教えてくれたら良かったのに」
シェリルの矛先が二人に向かう。
「受けた依頼の内容をペラペラ話すわけないだろ」
セイラさんがシェリルの頭をグリグリ撫でながら言った。
「それはそうですけど…」
納得いかないのか、シェリルの頬がぷうっと膨らむ。
私はシェリルの頬を両手で挟むとキュッと押す。
プシューッと空気の抜ける音がした。
「守ってくれていたのならいいじゃないの。シェリルが大切にされていることが分かって、私は安心したわ」
「うむむ~」
シェリルが小さく唸り声を上げながらウィルフレッド様を見た。
「シェリル、ごめん」
「うっ」
涙目でシェリルを見つめるウィルフレッド様。
「もう!その顔ズルいですってば!分かりました!もういいです!」
「うん。ごめん」
ウィルフレッド様がまだ少し拗ねているシェリルをそっと引き寄せ抱きしめる。
シェリルの頬がほんのりピンクに染まった。
その頬にウィルフレッド様が軽い口付けを落とす。
「~~~~~!!!」
シェリルの顔が真紅に染まった。
ウィルフレッド様の腕の中で真っ赤になって震えるシェリルは、それでも必死に耐えている。
「逃げなかったな」
「あまりにもシェリルが逃げ回るので、レオナルド殿下にウィルフレッド様が可哀想だと苦言を呈されたそうですわ」
「初々しいわね~」
そんな二人の様子を、思わず生ぬるい目で見てしまった。
逃げるシェリルにウィルフレッド様が追い縋る様子は、王宮や学園の至るところで目撃されている。
最早日常茶飯事ともいえるけど、いつも半泣きで追いかけるウィルフレッド様がとても可哀想だった。
レオナルド殿下じゃないけど、シェリルにはもう少し頑張ってもらいたいと皆こっそり思っている。
「二人は卒業したらすぐに結婚するの?」
アンさんが聞くと、まだ真っ赤な顔のシェリルが憮然として答えた。
「私もウィル様も卒業後は魔術師団に入ることが決まっていますから、すぐには無理です。マチルダ様とアルノー先輩もしばらく結婚しないんですよね?」
「あら、そうなの?」
話しがこっちに振られてしまった。
「…ええ。魔法騎士団は入隊後五年くらいは地方遠征が多いですし、今は特にスタンピードの影響で魔の森の見回りが強化されていますから、ほとんど王都には戻れないんです。それに私も…」
そう、私も卒業後すぐに結婚するのは抵抗がある。
「マチルダ様は卒業したら、魔術学のファロット先生の助手として教師見習いになることが決まったんですよ」
シェリルが誇らしげに言う。
「まあ、そうなの?マチルダちゃん」
「凄いな!魔法学園の教師ってエリートばっかなんだろ?」
アンさんとセイラさんも嬉しそうに笑う。
「エリートというより実力者だ。魔力の高い王族や高位貴族も通う学園で教えるんだから」
ウィルフレッド様がそう言って、私を見て穏やかに微笑んだ。
「私なんてまだまだですわ。でも、せっかく頂いた教師になるチャンスですから、ファロット先生にしがみついてでも魔法学園の教師になってみせますわ」
魔法学園はメネティスのみならず大陸で最高峰の魔法教育の場だ。
魔法の主軸である魔術学の教師であり、魔法学園唯一の女性教師であるファロット先生は私の憧れだった。
女性が教師になるといえば貴族家の家庭教師が一般的な中、ファロット先生の助手として魔法学園に雇って貰えるなんて、幸運としかいいようがない。
結婚は教師として独り立ち出来てからが良いとアルノーにも話してある。
アルノーは少し残念そうだったけど、自分も魔法騎士として新人であることから、仕事に慣れてからという私の気持ちを理解してくれた。
それに、貴族女性は行儀見習いとして侍女や家庭教師をすることはあっても、結婚したら家庭に入ることが一般的だけど、私は結婚しても教師の仕事を続けたいと考えている。
妊娠出産で休まなくてはならない時はあるだろうけど、出来る限り多くの生徒に勉強の楽しさを教え、知識を得ることの大切さを知ってもらいたい。
その気持ちをディアナ王女に話したら、結婚して子供が出来ても女性が働くことが出来る仕組みを考えましょうと仰ってくれた。
ディアナ王女は今、女性騎士隊を作ろうと動いていらっしゃるけど、そちらでも問題となっているのが結婚後の働き方だそう。
私と同じく卒業後魔術師団で働くことになっているシェリルも含めて、妊娠出産休暇について構想を練っているところだ。
まだ女性が働くことに懐疑的な中央議会を説得するのに時間がかかりそうだけど、これから先、私達のように夢を持ち働きたいと考えている女性達のためにも、実現させなくてはならない。
ディアナ王女がリーダーを務める女性解放革命の会の会員にもして頂いたので、私に出来ることは精一杯やらせてもらうつもりだ。
「そろそろ時間だな」
セイラさんがリーバイ領方面に向かう乗り合い馬車を見ながら言った。
「またすぐ帰ってくるんですよね?」
シェリルが慌てたように聞いた。
「毎年頼まれている仕事があるから夏前に一度戻る予定だけど、フローラ様からリーバイ領の専属にならないかとお誘いを頂いてるから、条件によっては拠点をリーバイ領に移すことになるわ」
「チッ!フローラ様めっ!」
…シェリルのお義母様に対する不穏な言葉は聞かなかったことにしよう。
「お義母様とお義父様によろしくお伝えください。あとお義兄様達にも」
「ああ、マチルダも卒業したら一度帰るんだろ?」
「その予定です」
セイラさんに帰る、と言われて不思議な感覚に落ち入る。
私がリーバイ男爵領で過ごしたのは、ほんの半年あまり。
でもお義母様やお義父様、お義兄様がいるあの場所が私の帰るところだとすんなり思えた。
長年共に暮らした実の家族より、ほんの少し共に過ごした親戚である彼等は、これまで私がいくら欲っしても与えられることの無かった愛情をこれでもかと与えてくれた。
私達は家族だよと、何かと遠慮してしまう私に何度も何度も言ってくれていた。
私の脳裏に、この夏に見送った小さな馬車の後姿が蘇る。
お母様は泣いていた。
お父様は私を見つめていた。
妹は……いつも通りだった。
お父様とお母様は私のことも愛していたと人伝てに聞いたけど、長い時間をかけてすっかり家族に絶望していた私には、どうしても実感が湧かなかった。
あの家の中に、私の居場所はなかったから。
「前はマチルダ様を見送ったのに、今度はアンさんとセイラさんが行っちゃうなんて…」
シェリルが憎々しげに馬車を睨み付けた。
「マチルダちゃんは戻ってきたでしょう?」
「かわりばんこにリーバイ領に行く意味がわかりません」
「しょうがないヤツだなぁ」
セイラさんが笑いながらシェリルをギュッと抱きしめた。
その上からアンさんも加わりギュウギュウと抱きしめる。
「ぐっ…苦しい…」
シェリルの唸り声が微かに聞こえた。
「ウィルフレッド様、シェリルちゃんのことお願いね」
アンさんが笑いながらそう言うと、ウィルフレッド様が頷いた。
ついで私もギュウギュウ抱きしめられた。
二人共女性だけど冒険者でもあるので力強い。
解放されて一息ついている間に二人はサッと馬車に乗り込んでしまった。
馬車が動き出す。
実の家族を送り出した時とは違う、淋しいけど温かい気持ち。
ふと気付くと、シェリルが私の手を握っていた。
シェリルの反対側はウィルフレッド様に繋がれている。
「さあ、寮に帰りましょう」
そう言って微笑むシェリル。
繋いだ手からシェリルの温もりを感じる。
ほんの一年前は、帰る場所も居場所もないと途方にくれていたのに、今の私には帰る場所も居場所も沢山ある。
きっとこれからも増えていくことだろう。
「ええ、シェリル。帰りましょう」
私はシェリルに微笑み返した。
10
お気に入りに追加
1,276
あなたにおすすめの小説
ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します
たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』
*書籍化2024年9月下旬発売
※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。
彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?!
王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。
しかも、私……ざまぁ対象!!
ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!!
※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。
感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。
あなたに愛や恋は求めません
灰銀猫
恋愛
婚約者と姉が自分に隠れて逢瀬を繰り返していると気付いたイルーゼ。
婚約者を諫めるも聞く耳を持たず、父に訴えても聞き流されるばかり。
このままでは不実な婚約者と結婚させられ、最悪姉に操を捧げると言い出しかねない。
婚約者を見限った彼女は、二人の逢瀬を両親に突きつける。
貴族なら愛や恋よりも義務を優先すべきと考える主人公が、自分の場所を求めて奮闘する話です。
R15は保険、タグは追加する可能性があります。
ふんわり設定のご都合主義の話なので、広いお心でお読みください。
24.3.1 女性向けHOTランキングで1位になりました。ありがとうございます。
愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」
リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」
「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」
「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」
リリア
リリア
リリア
何度も名前を呼ばれた。
何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。
何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。
血の繋がらない、義理の妹ミリス。
父も母も兄も弟も。
誰も彼もが彼女を愛した。
実の娘である、妹である私ではなく。
真っ赤な他人のミリスを。
そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。
何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。
そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。
だけど、もういい、と思うの。
どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。
どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?
そんなこと、許さない。私が許さない。
もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。
最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。
「お父様、お母様、兄弟にミリス」
みんなみんな
「死んでください」
どうぞ受け取ってくださいませ。
※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします
※他サイトにも掲載してます
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる