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三年生

125 マチルダ様の進む道 ※マチルダ視点

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「あ!シェリル!こちらですわ!」

私は朝日に煌めく金色の髪を見つけて声をかける。

「マチルダ様!」

シェリルも私達に気付いて手を上げながら近付いて来た。

シェリルの後ろには、何故か項垂れた様子のウィルフレッド・メーデイア様。

「アンさん!セイラさん!」

シェリルが私の隣りにいたアンさんとセイラさんに飛びついた。
アンさんとセイラさんも、飛びついたシェリルをしっかり受け止めて抱き締める。


魔法学園冬休み最終日の今日、アンさんとセイラさんがまたリーバイ男爵領に行くことになったので、シェリルと一緒にお見送りをするため、朝から正門前の馬車乗り場に来ている。

「ウィルフレッド様も来てくださったんですね」

シェリルの後ろでどんよりしているウィルフレッド様に声をかけると、シェリルがジロリとアンさんセイラさんを睨みながら低い声で言った。

「ウィル様も二人にお世話になったと聞きました」

「ああ~」

「バレちゃったのね」

「ううぅ…」

さらに項垂れるウィルフレッド様。

「え?どうされたんですの?」

私ひとりだけ事情がわからない。
と、シェリルが三人を睨み付けたまま言った。

「ウィル様が、私のバイトの行き帰りをアンさんとセイラさんに護衛させていたんです」

「婚約者が心配で護衛をつけるのはよく聞くわよ」

「マチルダ様、バイトの行き帰りです。まだ婚約していなかった頃です」

シェリルの険しい顔を見ながら、そう言われてみればと考える。

私がキャンベル伯爵家と袂を分った去年の裁定の時には、すでにシェリルは王宮に保護されてバイトを休んでいると言っていた。
シェリルとウィルフレッド様が婚約したのは夏休みが終わる前。

「あら?」

時期が合わない。

「一年生の前期の終わりくらいから、ずっとアンさんとセイラさんに私を見張らせていたそうです」

「あらぁ」

私は思わず残念な目でウィルフレッド様を見てしまった。

アマーリエ様がウィルフレッド様は随分前からシェリルに恋心を抱いていたと言っていたけど、一年生の時からだったのね。

「アンさんとセイラさんも、教えてくれたら良かったのに」

シェリルの矛先が二人に向かう。

「受けた依頼の内容をペラペラ話すわけないだろ」

セイラさんがシェリルの頭をグリグリ撫でながら言った。

「それはそうですけど…」

納得いかないのか、シェリルの頬がぷうっと膨らむ。

私はシェリルの頬を両手で挟むとキュッと押す。

プシューッと空気の抜ける音がした。

「守ってくれていたのならいいじゃないの。シェリルが大切にされていることが分かって、私は安心したわ」

「うむむ~」

シェリルが小さく唸り声を上げながらウィルフレッド様を見た。

「シェリル、ごめん」

「うっ」

涙目でシェリルを見つめるウィルフレッド様。

「もう!その顔ズルいですってば!分かりました!もういいです!」

「うん。ごめん」

ウィルフレッド様がまだ少し拗ねているシェリルをそっと引き寄せ抱きしめる。

シェリルの頬がほんのりピンクに染まった。

その頬にウィルフレッド様が軽い口付けを落とす。

「~~~~~!!!」

シェリルの顔が真紅に染まった。

ウィルフレッド様の腕の中で真っ赤になって震えるシェリルは、それでも必死に耐えている。


「逃げなかったな」

「あまりにもシェリルが逃げ回るので、レオナルド殿下にウィルフレッド様が可哀想だと苦言を呈されたそうですわ」

「初々しいわね~」

そんな二人の様子を、思わず生ぬるい目で見てしまった。

逃げるシェリルにウィルフレッド様が追い縋る様子は、王宮や学園の至るところで目撃されている。

最早日常茶飯事ともいえるけど、いつも半泣きで追いかけるウィルフレッド様がとても可哀想だった。
レオナルド殿下じゃないけど、シェリルにはもう少し頑張ってもらいたいと皆こっそり思っている。


「二人は卒業したらすぐに結婚するの?」

アンさんが聞くと、まだ真っ赤な顔のシェリルが憮然として答えた。

「私もウィル様も卒業後は魔術師団に入ることが決まっていますから、すぐには無理です。マチルダ様とアルノー先輩もしばらく結婚しないんですよね?」

「あら、そうなの?」

話しがこっちに振られてしまった。

「…ええ。魔法騎士団は入隊後五年くらいは地方遠征が多いですし、今は特にスタンピードの影響で魔の森の見回りが強化されていますから、ほとんど王都には戻れないんです。それに私も…」

そう、私も卒業後すぐに結婚するのは抵抗がある。

「マチルダ様は卒業したら、魔術学のファロット先生の助手として教師見習いになることが決まったんですよ」

シェリルが誇らしげに言う。

「まあ、そうなの?マチルダちゃん」

「凄いな!魔法学園の教師ってエリートばっかなんだろ?」

アンさんとセイラさんも嬉しそうに笑う。

「エリートというより実力者だ。魔力の高い王族や高位貴族も通う学園で教えるんだから」

ウィルフレッド様がそう言って、私を見て穏やかに微笑んだ。

「私なんてまだまだですわ。でも、せっかく頂いた教師になるチャンスですから、ファロット先生にしがみついてでも魔法学園の教師になってみせますわ」


魔法学園はメネティスのみならず大陸で最高峰の魔法教育の場だ。
魔法の主軸である魔術学の教師であり、魔法学園唯一の女性教師であるファロット先生は私の憧れだった。

女性が教師になるといえば貴族家の家庭教師が一般的な中、ファロット先生の助手として魔法学園に雇って貰えるなんて、幸運としかいいようがない。

結婚は教師として独り立ち出来てからが良いとアルノーにも話してある。
アルノーは少し残念そうだったけど、自分も魔法騎士として新人であることから、仕事に慣れてからという私の気持ちを理解してくれた。


それに、貴族女性は行儀見習いとして侍女や家庭教師をすることはあっても、結婚したら家庭に入ることが一般的だけど、私は結婚しても教師の仕事を続けたいと考えている。

妊娠出産で休まなくてはならない時はあるだろうけど、出来る限り多くの生徒に勉強の楽しさを教え、知識を得ることの大切さを知ってもらいたい。

その気持ちをディアナ王女に話したら、結婚して子供が出来ても女性が働くことが出来る仕組みを考えましょうと仰ってくれた。

ディアナ王女は今、女性騎士隊を作ろうと動いていらっしゃるけど、そちらでも問題となっているのが結婚後の働き方だそう。

私と同じく卒業後魔術師団で働くことになっているシェリルも含めて、妊娠出産休暇について構想を練っているところだ。

まだ女性が働くことに懐疑的な中央議会を説得するのに時間がかかりそうだけど、これから先、私達のように夢を持ち働きたいと考えている女性達のためにも、実現させなくてはならない。

ディアナ王女がリーダーを務める女性解放革命の会の会員にもして頂いたので、私に出来ることは精一杯やらせてもらうつもりだ。


「そろそろ時間だな」

セイラさんがリーバイ領方面に向かう乗り合い馬車を見ながら言った。

「またすぐ帰ってくるんですよね?」

シェリルが慌てたように聞いた。

「毎年頼まれている仕事があるから夏前に一度戻る予定だけど、フローラ様からリーバイ領の専属にならないかとお誘いを頂いてるから、条件によっては拠点をリーバイ領に移すことになるわ」

「チッ!フローラ様めっ!」

…シェリルのお義母様に対する不穏な言葉は聞かなかったことにしよう。

「お義母様とお義父様によろしくお伝えください。あとお義兄様達にも」

「ああ、マチルダも卒業したら一度帰るんだろ?」

「その予定です」

セイラさんに帰る、と言われて不思議な感覚に落ち入る。

私がリーバイ男爵領で過ごしたのは、ほんの半年あまり。
でもお義母様やお義父様、お義兄様がいるあの場所が私の帰るところだとすんなり思えた。


長年共に暮らした実の家族より、ほんの少し共に過ごした親戚である彼等は、これまで私がいくら欲っしても与えられることの無かった愛情をこれでもかと与えてくれた。

私達は家族だよと、何かと遠慮してしまう私に何度も何度も言ってくれていた。



私の脳裏に、この夏に見送った小さな馬車の後姿が蘇る。


お母様は泣いていた。
お父様は私を見つめていた。
妹は……いつも通りだった。


お父様とお母様は私のことも愛していたと人伝てに聞いたけど、長い時間をかけてすっかり家族に絶望していた私には、どうしても実感が湧かなかった。

あの家の中に、私の居場所はなかったから。



「前はマチルダ様を見送ったのに、今度はアンさんとセイラさんが行っちゃうなんて…」

シェリルが憎々しげに馬車を睨み付けた。

「マチルダちゃんは戻ってきたでしょう?」

「かわりばんこにリーバイ領に行く意味がわかりません」

「しょうがないヤツだなぁ」

セイラさんが笑いながらシェリルをギュッと抱きしめた。
その上からアンさんも加わりギュウギュウと抱きしめる。

「ぐっ…苦しい…」

シェリルの唸り声が微かに聞こえた。

「ウィルフレッド様、シェリルちゃんのことお願いね」

アンさんが笑いながらそう言うと、ウィルフレッド様が頷いた。

ついで私もギュウギュウ抱きしめられた。
二人共女性だけど冒険者でもあるので力強い。

解放されて一息ついている間に二人はサッと馬車に乗り込んでしまった。


馬車が動き出す。

実の家族を送り出した時とは違う、淋しいけど温かい気持ち。

ふと気付くと、シェリルが私の手を握っていた。

シェリルの反対側はウィルフレッド様に繋がれている。


「さあ、寮に帰りましょう」

そう言って微笑むシェリル。
繋いだ手からシェリルの温もりを感じる。


ほんの一年前は、帰る場所も居場所もないと途方にくれていたのに、今の私には帰る場所も居場所も沢山ある。

きっとこれからも増えていくことだろう。


「ええ、シェリル。帰りましょう」


私はシェリルに微笑み返した。
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