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三年生

124 ユラン様の進む道 ※ユラン視点

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「父上」

「ああ、ユラン」

父は舞台の上から目を離さず答えた。

舞台の上には国王陛下始め王族の方々と、妹のオリビアがいる。


星祭りの今日、王宮で行われている夜会の興奮は最高潮を迎えていた。

メネティス王国建国以来、千年以上に渡って切望されてきた執着を軽減させる魔道具が開発されたと発表があったからだ。

そして執着を発症し暴走したアーサー第二王子殿下が、罪を償う為王族籍から抜け、その身を持って魔道具の被験者となると宣言している。


「本当にこれで良かったのでしょうか」

今日のオリビアは、ハイベルグ公爵家の色である濃い灰青に金糸の刺繍が施されたドレスを身に纏っている。

美しく結い上げた金色の髪が大広間のシャンデリアの灯りを受けて煌めいて、まるで女神のように神々しい。

そのオリビアの前にアーサー殿下が跪き、騎士の誓いを述べ始めた。

「余程情報に疎い者でなければ、アーサー殿下がオリビアに執着していたことは知っている。そのアーサー殿下が自らオリビアの騎士になり守護すると言えば、馬鹿なことを考える輩への牽制になるだろう」

周囲に聞こえないよう囁くように言う父の声が私の耳に届いた。

メネティス王国の次期王はレオナルド殿下と決まっているが、それでもまだ政権を諦めきれない馬鹿共がアーサー殿下を持ち上げようとしているのだ。

中心だったシュトレ強硬派は廃したが、おかしな考えに取り憑かれた連中全てを刈り取ることは出来なかった。

アーサー殿下の幽閉も王族籍からの排斥も、奴等にとっては大打撃となる。

アーサー殿下も母である側妃様にも、そのような考えは一切無いのに、敢えて国を乱そうとする馬鹿共の矛先を、またオリビアに向けさせるわけにはいかない。

そこでレオナルド殿下が出してきたのが、アーサー殿下をオリビア個人の騎士にするという案だった。


「オリビアも幽霊じゃなければアーサー殿下が側で見守っていてもいいと言っていた」

「それは、幽霊になって見守られるくらいなら、生きて付き纏わられた方がマシという消極的選択ではないですか?」


父の目線の先で、女神のように美しいオリビアが慈愛の笑みを浮かべながらアーサー殿下にその手を差し出す。

アーサー殿下が差し出されたオリビアの指先に恭しく口付けをした。

その途端、会場中が割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。

オリビアは穏やかな笑みでアーサー殿下を見ていたが、ふいにその目にチラリと怒りが浮かんだ。
アーサー殿下がいつまでもオリビアの手から唇を離さないからだろう。

「あの魔道具は、本当に効いているんですか?」

「効いている。あれでもかなり抑えられているんだ」


ウィルが新しく作った腕輪型の執着軽減の魔道具は、アーサー殿下の両手と、念のため両足にもつけられている。

足にもつけると首輪型よりも強く執着を抑えられると聞いたのに、アーサー殿下のオリビアに対する執着はそれを超えているようだ。

「メネティスの王族は愛情が強いからな。暫くは様子を見るしかあるまい。アーサー殿下がまたおかしなことをしたら、今度こそ北の離宮に幽閉するしかないが」

父はそう言うと、やっとオリビアから目を離した。

「オリビアは可愛い過ぎるんだ。見たか?まるで天使のようじゃないか」

「私は女神かと思いました」

父は大きく頷いた。

「男共がオリビアに執着してしまうのは致し方ないことだが、オリビアに危害を加える輩を放っておくわけにはいかない。アーサー殿下の剣術は騎士学校でも上位だ。王族だけに魔力も多い。オリビアを守るには打って付けだ」

「そのアーサー殿下からオリビアをどう守るかが問題では?」

父が少し困った顔になった。

「オリビアが、自分を守る道具として雷の魔術を用いた魔道具を開発した」

雷の魔術?

「それは…危険すぎるからと禁術にする予定だったのでは?」

「そうなんだが、雷の魔術は氷の魔術と違い非常に多くの魔力が必要なことが分かったんだ。神の怒りを起こすほどの魔力を持つ者はそういない。魔術師団でも数人程度だ」

「しかし…」

「オリビアが作ったのは、神の悪戯を使った魔道具なんだよ。指輪型で、身につけている間に少しずつ魔力を蓄え、使用者が一定以上の怒りを感じると相手に対して神の悪戯を発生させる。少しピリッとするくらいから暫く体が痺れるくらいに調節中だそうだ」

「調節中…」

「カルロスが面白がって許可してしまったんだ。ディアナ殿下に叱られていたよ」

私は父に頼まれていた要件の報告をしていなかったことを思い出した。

「そのカルロス様ですが、先程シェリル嬢が無事捕獲しました」

魔術師団長のカルロス様は、魔力が多い上二人の息子達が魔術師団に入ったのをいいことに、ここ数年星祭りの魔法花火から逃げ回っていた。

「それは良かった。年またぎの大花火はカルロスがいないと締まらないからな」

満足そうに頷く父を見て、私は次の言葉を言い淀んだ。

「ユラン?」

「……実は、カルロス様を捕獲する際シェリル嬢が魔道具を使ったのですが…投げつけた魔道具から飛び出した投網が絡み付いた時、カルロス様が痙攣を起こして数分意識を失ったのです」

恐らく雷の魔術を用いてオリビアが作った魔道具だと思われる。

「……自業自得だな」

「そうですね」

雷の魔術を使った魔道具の作製を許可したのも、そもそもやらねばならない自身の仕事から逃げ回っていたのもカルロス様だ。

捕獲方法が何であろうと、魔術師団長であるカルロス様が自分の仕事をしてくれれば問題ない。


「そろそろだな」

大広間に集まった人々がバルコニーや庭園に向かう。

星祭りの今日は、日が暮れてから朝日が差すまで花火が打ち上げられているが、年をまたぐ深夜零時の花火は規模が違う。

一年の終わりと始まりに感謝して、一番大きな大花火が打ち上げられるのだ。


「行くぞ」

父がそう言って、一緒に大広間を出る。

いつの頃からか、毎年年をまたぐ大花火は父の執務室で二人で見るようになっていた。
忙しくてなかなか会えない私への、父なりの配慮なのだろう。

執務室に向かって歩きながら、父が聞いてきた。

「例の話しはどうするか決めたのか?」

「それは…」

私は思わず言葉に詰まった。

つい先日国王陛下から、私と隣国カーヴァス帝国の皇女との婚約の打診があった。

国の為の婚姻なら否はないが、この縁談は国王陛下が王女達をカーヴァス帝国に取られた腹いせに、皇帝が可愛がっている末姫を寄越せと駄々をこねたものだ。

国益とはあまり関係がない。

しかし、ハイベルグ公爵家の嫡男としていつまでも独身ではいられないだろう。

「まぁ、お相手もまだ九歳だ。今後の情勢によっては無かったことになるかもしれん。お前の判断に任せる」

「……お受けして頂いてかまいません」

そう答えると父が小さく頷くのが見えた。



シェリル嬢への淡い気持ちは、いまだ私の中に燻っている。

私のために流された涙を見た時に、健気な彼女を守ってやりたいと思ったけれど、代々宰相を勤めるハイベルグ家の人間として、彼女だけをひたすらに守ることは出来ない。


でもウィルなら、魔術師になりたいと突き進む彼女を支え守ることが出来るだろう。
だったらシェリル嬢を守る役割はウィルに譲り、私は私に出来ることをしよう。


シェリル嬢への想いに蓋をして、シェリル嬢を、オリビアを、そして私の大切な人達が暮らすこの国を守って行こう。




『貴方のお父様は、その胸に秘めた想いを抱えていらっしゃるのよ』


突然、幼い頃に亡くなった母の声を思い出した。


『秘めた恋が叶うことはないと諦めて、わたくしと結婚したのよ』

そう言って微笑む母は、シェリル嬢に似ていたように思う。

『わたくしと貴方のお父様とは政略結婚だったけれど、お父様は最初からとても優しくてわたくしを大切にしてくださったわ』

日々弱っていく体に自らの死を悟っていた母は、体調が良い時はなるべく私と幼かったオリビアを枕元に呼んで、残された時間を一緒に過ごしてくれていた。

そして、私達の拙い話しを聞いては笑っていた。

『なによりも、ユランとオリビアという宝物をくださったわ』

思い出の中の母は、いつも笑顔だ。

『ねえ、ユラン。貴方はきっと好きになった人と結ばれることは難しいわ。わたくしや貴方のお父様がそうだったようにね。でも、縁あって嫁いできた奥様を大切にしてあげて欲しいの。だって折角夫婦になるんですもの』

その日は珍しくオリビアがいなくて、私と母の二人きり。
恥ずかしがる私を無理矢理膝の上に乗せて、大きくなったとご満悦な母が、内緒よと言って話してくれたのだ。

『わたくし、幸せだったわ。恋は出来なかったけど、代わりに愛を知ることが出来たもの。あの人と夫婦になれて良かったわ。ユラン、貴方も…どうか幸せになって……』


母の笑顔とシェリル嬢の笑顔が重なる。

私は……




「ユラン」

ふと気付くと、父が立ち止まり私を見ていた。
母を思い出しぼんやりしている間に、父の執務室に到着していたようだ。

「たとえ政略結婚であっても、縁あって夫婦となるのだ。大切にしてあげなさい。どんなに小さな不安でも、丁寧にひとつずつ話し合うんだ。そうやって二人で問題を解決していけば、いつか心から信頼し合える夫婦になることが出来る。
まぁ、どうしても分かり合えないこともあるかもしれないが、それでも誠実に向き合うことを忘れてはいけない」

私と同じブルーグレーの瞳が優しく細められる。

「私とお前達の母親も政略結婚だった。彼女ともそうやって関係を築いたのだよ。今でも私にとって彼女はかけがえのない存在だ。
彼女がどう思っていたか聞く機会はなかったが、少なくとも私は、彼女と夫婦になれて良かったと思っている」

「父上…」

胸の奥がグッと熱くなった気がした。

「母上が亡くなる前、同じことを仰っていました」

父が問いかけるように私を見た。

「父上と夫婦になれて良かったと」

父の目が大きく見開かれ、あっと思った時には顔を背けられてしまった。


母が亡くなって以来、久しぶりに見た父の涙。


「…っ、そうか…」

そう言うと私に背を向けてテラスに行ってしまった。




私は……

父のように、妻になる女性を幸せにすることが出来るだろうか。

家を、国を守りながら、大切な人達を、妻を守ることが出来るんだろうか。


いつもいつも、追いつきそうで追いつかない父の背中。



父の後を追い、私もテラスに出る。

年をまたぐ大花火を見る為だ。


もうすぐ一年が終わり、新しい年が始まる。

年が変われば私は十六歳になり成人となる。
魔法学園を卒業したら、王宮官僚として父の補佐を務めることが決まっている。


「ユランが成人したら飲もうと用意していたんだ」

そう言ってワインのボトルを持ち振り返った父に、すでに涙のあとはない。


ドンッ

と、一際大きな音がして、年をまたぐ大花火が上がる。

魔術師団長がその職務を果たしたであろう大花火が、夜空を虹色に染めて行く。

虹色の光はキラキラと輝きながら小さな粒になり、メネティス王国中に散らばって行く。


「成人おめでとう、ユラン」

父がグラスに入れて寄越したワインに、落ちてきた虹色の光が吸い込まれていった。
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