上 下
117 / 135
三年生

117 ライリー様の進む道 ※ライリー視点

しおりを挟む

「オリビアがアーサー殿下と話し合いをするんだって?」

王宮の廊下でバッタリ会ったユランにそう聞くと、端正な顔を顰められた。

学園の盗聴事件から一週間。
王宮はオリビアとアーサー殿下の話し合いの噂で持ち切りだ。

「止めてください」

「俺が?無理だろ!」

オリビアは一度決めたら梃子でも引かない。
王子妃教育のせいで自信を無くし引きこもってしまったが、元々は王宮に集まる子供達の中でも群を抜いて気が強くて頑固だった。

話し方が穏やかで沸点が高いから気付かない者も多いが、実は怒らせると誰よりも厄介だ。

「シェリル嬢にも説得を頼んだんですが、むしろきちんと話し合ったほうが良いと言われてしまって、父も頭を抱えているんです」

「ああ…」

オリビアはおそらく、その話し合いでアーサー殿下に最終通告を下すだろう。

オリビアとの婚約解消は、アーサーにとって納得のいくものではなかった。
オリビアの体調が戻ればまた婚約出来ると信じて、なんとか正気を保ってきたのだ。

「話し合いの場では、アーサー殿下に魔力を封じる手枷をつけてもらえることになりましたが、執着を抑える首輪は、やはり難しいようです」

「まあ、あの見た目だからな…」

エルダーに使った執着を抑える首輪は、犯罪者の魔力を封じる首輪にそっくりなのだ。
そんな物を王族がつけるわけにはいかないだろう。

「ウィルが、なんとか腕輪くらいになるように研究を続けてくれていますが、オリビアの回復が思いの外早かったこともあって、後手に回ってしまいました」

俺は小さく頷いた。

確かに、ここ最近のオリビアの回復はめざましい。
一時期は自死を図ろうとしたり修道院に入ろうとしたりして心配したものだが、元気になったら元気になったで違う問題が出てきてしまった。

「アーサー殿下が、壊れなきゃいいけどな」

俺の言葉に、ユランが大きく溜息を吐いた。



ユランと別れ、歩き慣れた王宮の廊下を進む。

向かうはメネティス王国の第三王女であり、俺の婚約者でもあるアマーリエの部屋。

八歳の時、初めて会ったアマーリエの前に跪いて騎士として忠誠を誓ったあの日から、ほとんど毎日通った道だ。


見ているだけでいい。
なるべく側で、あの笑顔を見守れればそれでいい。
そう思っていたのに……。

まさか俺がアマーリエの隣りに立てる日が来るなんて、夢見ていたことが現実になったら逆に落ち着かなくてソワソワする。

まあ、結婚するのは三年後だけど。


三年…三年……

あと三年。


長いな、三年。


「ライリー様?」

これからの三年間に思いを馳せていたら、後ろから声をかけられた。
振り向くと金髪のちんまいのがいた。

「シェリル嬢」

名前を呼ぶと、金色の髪がふわふわと揺れた。

「アマーリエ様のところに行くんですか?」

「ああ」

シェリル嬢が俺の隣りに並んで歩き始めた。

スタンピードが終わって王都に帰ってきたら、アマーリエとシェリル嬢が仲良くなっていて驚いた。

アマーリエは前からシェリル嬢を気にしているようだったけど、シェリル嬢はなるべく関わりたくないという感じだったのに、俺がいない間に何があったんだか、親友になっていた。

「トレーニング続けてるんだって?」

そう聞くと、シェリル嬢は俺を見上げてニコリと笑った。

「腕立て十二回出来るようになりました」

そして腕まくりをしてフンーッと言いながら腕を曲げてみせる。

「………」

多分、筋肉を見せたかったんだと思うが、残念ながら細い腕を剥き出しにしただけだった。

「あ~、そっか、頑張ってるな」

「はい!」

満足そうにニコニコ笑うシェリル嬢。

うん。
頑張ってるならいいことだ。

「ライリー様、国王陛下にアマーリエ様の護衛を外されたって本当ですか?」

「ああ、まあな」

俺は思わず顔を顰めた。

そう。
俺はアマーリエの騎士なのに、国王陛下の命令で護衛を外されてしまったのだ。

お前が護衛につくことのほうが危険だと言われた。

だよな!と納得する気持ちもあるが、アマーリエと一緒に過ごす時間が減ってしまってちょっと苛ついている。

そうじゃなくても、番であることをあちこちに言ってしまったことをアマーリエが恥ずかしがって、学園では逃げ回られているのに。

婚約者になる前のほうが一緒にいる時間が多かったってどういうことだよ!

「大変ですね、ライリー様」

「大変だと思うなら、アマーリエに番のことで怒るのもう止めてくれって言ってくれよ」

「ええー」

あ、こいつ!
今、面倒臭いって顔しやがった。

「あれはライリー様がいけませんよ。誠意を持ってアマーリエ様に謝罪をしてください」

「してる。毎日してる。それなのに許してもらえない」

もうどうしたらいいのか分からない。

「う~ん。あ、そうだ!薔薇の花束持って片膝ついて、どうか許してくださいってやったらいいんじゃないですか」

「ええー」

何か、どっかで聞いたことあるな、ソレ。

「アマーリエ様、そういう芝居がかったの好きじゃないですか」

「うう~ん」

確かに好きだけど。

でもソレをやるには、俺の中の何か大事な物を捨てなきゃならないような気がする。

「…考えておく」

「そうしてください」

シェリル嬢は満足気に頷くと、思い出したように言った。

「そうだ、ライリー様。カルロス様見ませんでしたか?」

カルロス様?

ああ、そういえば、シェリル嬢が魔術師団で見習いを始めたとウィルが言ってたな。

「いや、今日は見てないな」

「副団長に頼まれてずっと探してるんですけど、見つからないんです。心当たりはありませんか?」

逃げたな。
カルロス様。

「さあ。カルロス様は神出鬼没だからな」

「う~ん、図書室かなぁ。行ってみよう」

シェリル嬢はそう言って、図書室のほうへ歩いて行った。

その後ろ姿を見送りながら俺は思う。


ごめん。
シェリル嬢。

多分カルロス様は見つからない。

あの人は面倒な仕事があると、すぐに逃げてしまうんだ。

カルロス様の専属助手が長続きしないのは、仕事の大半がカルロス様を探すことで、嫌気がさして辞めて行くからなんだ。


「頑張れ、シェリル嬢」

俺は心の中でシェリル嬢にエールを送った。




「ライリー!」

アマーリエの部屋に通されると、涙でグシャグシャのアマーリエに飛びつかれた。

「うわっ!ど、どうした?アマーリエ?!」

「ライリー!ごめんなさい!お願い、どうかわたくしを嫌いにならないで!!!」

「はあ?」

そう言ってワンワン泣きながら俺にしがみついてくるアマーリエ。

何だかよく分からないけど、愛しい婚約者が泣いて縋ってくるならやることはひとつだ。


俺はアマーリエを横抱きにすると、奥にある寝室へ……

行こうとしたら、滅茶苦茶怖い顔の侍女が扉の前で仁王立ちしていた。


回れ右してアマーリエをそっとソファーに下ろす。


俺はその隣に座ると、アマーリエの背中を宥めるようにポンポンと叩いた。

「どうした?アマーリエ」

「うっ、ううっ」

アマーリエの侍女達が穏やかな顔でお茶の準備を始めるのが見えた。

「わ、わたくし、番のことですっかり意固地になって、ライリーにずっと冷たく当たってしまったわ。ライリーは謝ってくれていたのに…」

「ああ…」

どうやら仲直りしてくれる気になったらしい。

良かった。
本当に良かった。

薔薇の花束持って片膝つく羽目にならなくて本当に良かった。

「ディアナ様に言われてしまったの。意地を張って謝罪を受け入れないでいると、ライリーとの間に溝が出来てしまうと」

そう言って、ヒックと小さくしゃくりあげる。

「わたくし、シェリルに謝罪をした時のことを思い出したの。許してくれるとは思っていなかったけど、許して欲しいと願ってはいたわ。
でもいざシェリルを前にしたら、怖くて…怖くて堪らなかったわ。
本当に悪いことをしてしまったと反省しているのに、この気持ちを受け取ってもらえなかったら、わたくしはどうしたらいいんだろうかと…。
自分が悪いことをしたのに、いざ謝ろうと思ったら、自分の罪の重さに尻込みしてしまったの」

ヒック

と、また小さくしゃくりあげるアマーリエ。

「あの時、シェリルが許してくれなくて、わたくしがライリーにしたように冷たい言葉を投げ付けたり避けて回られたら、とても耐えきれなかったわ。
ごめんなさい。ライリー。わたくし、貴方に酷いことをしてしまった」

そう言って、涙に濡れた紅い瞳を見せた。

「お願い、ライリー。わたくし貴方のことがずっとずっと好きなの。これまでも、これからも、ライリーのことだけが好きなの。だからどうか、わたくしのことを嫌いにならないで。側にいさせて」

「アマーリエ!」

俺は堪らずアマーリエを抱きしめた。

涙でグシャグシャな顔。
鼻水まで出ている。

正直不細工だ。


でも、この不細工なアマーリエが可愛い!

いや、アマーリエならどんな姿でも世界一可愛い!!!


「俺がお前を嫌いになるわけないだろう!出会った瞬間から今まで、これからもずっと、俺にとってお前はただひとりの唯一なんだから!」

そう言ってギュッと腕に力を込める。

アマーリエの甘い花のような香りが鼻腔を満たす。

「グッ!く、苦しい!」

「あ!すまない!」

力を入れすぎたらしい。

腕の力を緩めると、泣き笑いのアマーリエが顔を出した。

どうしよう。
泣き笑いの変な顔でもアマーリエが可愛い。


「アマーリエ、愛してる」

「…わ、わたくしも、愛していますわ。ライリー」

俺達はお互いの目を見つめ合い、そっと唇を合わせた。


やっと、やっと手に入れた、愛しい愛しいアマーリエ。

これまでも今もこれからも、俺はアマーリエの笑顔も泣き顔も変な顔もすべて、大切に守って行こう。


アマーリエの柔らかい唇の感触を楽しみながら、チラリと寝室の扉を見たら、仁王立ちの侍女が二人に増えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫
恋愛
婚約者と姉が自分に隠れて逢瀬を繰り返していると気付いたイルーゼ。 婚約者を諫めるも聞く耳を持たず、父に訴えても聞き流されるばかり。 このままでは不実な婚約者と結婚させられ、最悪姉に操を捧げると言い出しかねない。 婚約者を見限った彼女は、二人の逢瀬を両親に突きつける。 貴族なら愛や恋よりも義務を優先すべきと考える主人公が、自分の場所を求めて奮闘する話です。 R15は保険、タグは追加する可能性があります。 ふんわり設定のご都合主義の話なので、広いお心でお読みください。 24.3.1 女性向けHOTランキングで1位になりました。ありがとうございます。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」

リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」 「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」 「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」  リリア  リリア  リリア  何度も名前を呼ばれた。  何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。  何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。  血の繋がらない、義理の妹ミリス。  父も母も兄も弟も。  誰も彼もが彼女を愛した。  実の娘である、妹である私ではなく。  真っ赤な他人のミリスを。  そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。  何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。  そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。  だけど、もういい、と思うの。  どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。  どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?  そんなこと、許さない。私が許さない。  もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。  最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。 「お父様、お母様、兄弟にミリス」  みんなみんな 「死んでください」  どうぞ受け取ってくださいませ。 ※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします ※他サイトにも掲載してます

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

処理中です...