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三年生
117 ライリー様の進む道 ※ライリー視点
しおりを挟む「オリビアがアーサー殿下と話し合いをするんだって?」
王宮の廊下でバッタリ会ったユランにそう聞くと、端正な顔を顰められた。
学園の盗聴事件から一週間。
王宮はオリビアとアーサー殿下の話し合いの噂で持ち切りだ。
「止めてください」
「俺が?無理だろ!」
オリビアは一度決めたら梃子でも引かない。
王子妃教育のせいで自信を無くし引きこもってしまったが、元々は王宮に集まる子供達の中でも群を抜いて気が強くて頑固だった。
話し方が穏やかで沸点が高いから気付かない者も多いが、実は怒らせると誰よりも厄介だ。
「シェリル嬢にも説得を頼んだんですが、むしろきちんと話し合ったほうが良いと言われてしまって、父も頭を抱えているんです」
「ああ…」
オリビアはおそらく、その話し合いでアーサー殿下に最終通告を下すだろう。
オリビアとの婚約解消は、アーサーにとって納得のいくものではなかった。
オリビアの体調が戻ればまた婚約出来ると信じて、なんとか正気を保ってきたのだ。
「話し合いの場では、アーサー殿下に魔力を封じる手枷をつけてもらえることになりましたが、執着を抑える首輪は、やはり難しいようです」
「まあ、あの見た目だからな…」
エルダーに使った執着を抑える首輪は、犯罪者の魔力を封じる首輪にそっくりなのだ。
そんな物を王族がつけるわけにはいかないだろう。
「ウィルが、なんとか腕輪くらいになるように研究を続けてくれていますが、オリビアの回復が思いの外早かったこともあって、後手に回ってしまいました」
俺は小さく頷いた。
確かに、ここ最近のオリビアの回復はめざましい。
一時期は自死を図ろうとしたり修道院に入ろうとしたりして心配したものだが、元気になったら元気になったで違う問題が出てきてしまった。
「アーサー殿下が、壊れなきゃいいけどな」
俺の言葉に、ユランが大きく溜息を吐いた。
ユランと別れ、歩き慣れた王宮の廊下を進む。
向かうはメネティス王国の第三王女であり、俺の婚約者でもあるアマーリエの部屋。
八歳の時、初めて会ったアマーリエの前に跪いて騎士として忠誠を誓ったあの日から、ほとんど毎日通った道だ。
見ているだけでいい。
なるべく側で、あの笑顔を見守れればそれでいい。
そう思っていたのに……。
まさか俺がアマーリエの隣りに立てる日が来るなんて、夢見ていたことが現実になったら逆に落ち着かなくてソワソワする。
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三年…三年……
あと三年。
長いな、三年。
「ライリー様?」
これからの三年間に思いを馳せていたら、後ろから声をかけられた。
振り向くと金髪のちんまいのがいた。
「シェリル嬢」
名前を呼ぶと、金色の髪がふわふわと揺れた。
「アマーリエ様のところに行くんですか?」
「ああ」
シェリル嬢が俺の隣りに並んで歩き始めた。
スタンピードが終わって王都に帰ってきたら、アマーリエとシェリル嬢が仲良くなっていて驚いた。
アマーリエは前からシェリル嬢を気にしているようだったけど、シェリル嬢はなるべく関わりたくないという感じだったのに、俺がいない間に何があったんだか、親友になっていた。
「トレーニング続けてるんだって?」
そう聞くと、シェリル嬢は俺を見上げてニコリと笑った。
「腕立て十二回出来るようになりました」
そして腕まくりをしてフンーッと言いながら腕を曲げてみせる。
「………」
多分、筋肉を見せたかったんだと思うが、残念ながら細い腕を剥き出しにしただけだった。
「あ~、そっか、頑張ってるな」
「はい!」
満足そうにニコニコ笑うシェリル嬢。
うん。
頑張ってるならいいことだ。
「ライリー様、国王陛下にアマーリエ様の護衛を外されたって本当ですか?」
「ああ、まあな」
俺は思わず顔を顰めた。
そう。
俺はアマーリエの騎士なのに、国王陛下の命令で護衛を外されてしまったのだ。
お前が護衛につくことのほうが危険だと言われた。
だよな!と納得する気持ちもあるが、アマーリエと一緒に過ごす時間が減ってしまってちょっと苛ついている。
そうじゃなくても、番であることをあちこちに言ってしまったことをアマーリエが恥ずかしがって、学園では逃げ回られているのに。
婚約者になる前のほうが一緒にいる時間が多かったってどういうことだよ!
「大変ですね、ライリー様」
「大変だと思うなら、アマーリエに番のことで怒るのもう止めてくれって言ってくれよ」
「ええー」
あ、こいつ!
今、面倒臭いって顔しやがった。
「あれはライリー様がいけませんよ。誠意を持ってアマーリエ様に謝罪をしてください」
「してる。毎日してる。それなのに許してもらえない」
もうどうしたらいいのか分からない。
「う~ん。あ、そうだ!薔薇の花束持って片膝ついて、どうか許してくださいってやったらいいんじゃないですか」
「ええー」
何か、どっかで聞いたことあるな、ソレ。
「アマーリエ様、そういう芝居がかったの好きじゃないですか」
「うう~ん」
確かに好きだけど。
でもソレをやるには、俺の中の何か大事な物を捨てなきゃならないような気がする。
「…考えておく」
「そうしてください」
シェリル嬢は満足気に頷くと、思い出したように言った。
「そうだ、ライリー様。カルロス様見ませんでしたか?」
カルロス様?
ああ、そういえば、シェリル嬢が魔術師団で見習いを始めたとウィルが言ってたな。
「いや、今日は見てないな」
「副団長に頼まれてずっと探してるんですけど、見つからないんです。心当たりはありませんか?」
逃げたな。
カルロス様。
「さあ。カルロス様は神出鬼没だからな」
「う~ん、図書室かなぁ。行ってみよう」
シェリル嬢はそう言って、図書室のほうへ歩いて行った。
その後ろ姿を見送りながら俺は思う。
ごめん。
シェリル嬢。
多分カルロス様は見つからない。
あの人は面倒な仕事があると、すぐに逃げてしまうんだ。
カルロス様の専属助手が長続きしないのは、仕事の大半がカルロス様を探すことで、嫌気がさして辞めて行くからなんだ。
「頑張れ、シェリル嬢」
俺は心の中でシェリル嬢にエールを送った。
「ライリー!」
アマーリエの部屋に通されると、涙でグシャグシャのアマーリエに飛びつかれた。
「うわっ!ど、どうした?アマーリエ?!」
「ライリー!ごめんなさい!お願い、どうかわたくしを嫌いにならないで!!!」
「はあ?」
そう言ってワンワン泣きながら俺にしがみついてくるアマーリエ。
何だかよく分からないけど、愛しい婚約者が泣いて縋ってくるならやることはひとつだ。
俺はアマーリエを横抱きにすると、奥にある寝室へ……
行こうとしたら、滅茶苦茶怖い顔の侍女が扉の前で仁王立ちしていた。
回れ右してアマーリエをそっとソファーに下ろす。
俺はその隣に座ると、アマーリエの背中を宥めるようにポンポンと叩いた。
「どうした?アマーリエ」
「うっ、ううっ」
アマーリエの侍女達が穏やかな顔でお茶の準備を始めるのが見えた。
「わ、わたくし、番のことですっかり意固地になって、ライリーにずっと冷たく当たってしまったわ。ライリーは謝ってくれていたのに…」
「ああ…」
どうやら仲直りしてくれる気になったらしい。
良かった。
本当に良かった。
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そう言って、ヒックと小さくしゃくりあげる。
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自分が悪いことをしたのに、いざ謝ろうと思ったら、自分の罪の重さに尻込みしてしまったの」
ヒック
と、また小さくしゃくりあげるアマーリエ。
「あの時、シェリルが許してくれなくて、わたくしがライリーにしたように冷たい言葉を投げ付けたり避けて回られたら、とても耐えきれなかったわ。
ごめんなさい。ライリー。わたくし、貴方に酷いことをしてしまった」
そう言って、涙に濡れた紅い瞳を見せた。
「お願い、ライリー。わたくし貴方のことがずっとずっと好きなの。これまでも、これからも、ライリーのことだけが好きなの。だからどうか、わたくしのことを嫌いにならないで。側にいさせて」
「アマーリエ!」
俺は堪らずアマーリエを抱きしめた。
涙でグシャグシャな顔。
鼻水まで出ている。
正直不細工だ。
でも、この不細工なアマーリエが可愛い!
いや、アマーリエならどんな姿でも世界一可愛い!!!
「俺がお前を嫌いになるわけないだろう!出会った瞬間から今まで、これからもずっと、俺にとってお前はただひとりの唯一なんだから!」
そう言ってギュッと腕に力を込める。
アマーリエの甘い花のような香りが鼻腔を満たす。
「グッ!く、苦しい!」
「あ!すまない!」
力を入れすぎたらしい。
腕の力を緩めると、泣き笑いのアマーリエが顔を出した。
どうしよう。
泣き笑いの変な顔でもアマーリエが可愛い。
「アマーリエ、愛してる」
「…わ、わたくしも、愛していますわ。ライリー」
俺達はお互いの目を見つめ合い、そっと唇を合わせた。
やっと、やっと手に入れた、愛しい愛しいアマーリエ。
これまでも今もこれからも、俺はアマーリエの笑顔も泣き顔も変な顔もすべて、大切に守って行こう。
アマーリエの柔らかい唇の感触を楽しみながら、チラリと寝室の扉を見たら、仁王立ちの侍女が二人に増えていた。
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