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夏休み
98 おかえりなさい
しおりを挟む「昨日、王宮から緊急通信が入っただろう」
翌日、やっと戻って来たレオナルド殿下が開口一番ドヤ顔で言った。
玄関ホールに集まり迎え撃つ女性陣は、みんな若干額に青筋を浮かべている。
「何がどうなっているのか説明してください!」
あの緊急通信の後、大変だった。
まず、慌てたお父様が居間に飛び込んで来たはいいけど、マチルダ様を見てフローラ!と叫んで走って逃げてしまった。
混乱する私を宥めながらオリビア様がユラン様と連絡を取ろうとしてくれたけど、通信魔道具が繋がらなくてオリビア様がブチギレてしまった。
何も知らないマチルダ様も困惑していて、アマーリエ様とディアナ王女が説明をしてくれたんだけど、甥っ子は通信魔道具の音に驚いて泣き叫んでいるし、お爺様は面倒なことになってきたからお婆様を連れて旅に出るとか言い出すし、そりゃもう大変な混乱状態に陥ったのだ。
とりあえずマチルダ様は、マクウェン領にはもう泊まれるところがないので、隣りの伯爵領の宿屋にアンさんとセイラさんと向かってもらい、お父様の捜索隊を出し、オリビア様と甥っ子とお爺様をなんとか宥めて解散になったけど、ひとりになって考えていたら、フツフツと怒りがわいてきて全然眠れなかった。
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それに、レオナルド殿下が戻って来ないなとは思っていたけど、アズバン王国を制圧したってどういうことなんだ!
朝になってレオナルド殿下がマクウェン領に戻って来ると連絡があってから、おそらく私同様眠れなかったディアナ王女達と、詳しい説明をしてもらおうと悶々としながら待っていたのだ。
「君の献身に報いると言っただろう」
私の質問を受けたレオナルド殿下の紅い瞳が楽しそうに細められる。
いや何楽しそうにしてるんだよ。
「意味が分かりませんけど?」
「今回の誘拐は計画段階で防げたことにして、さらに君に危害を加えるとメネティス王国が制裁を下すと大々的に知らしめることにした。君に手を出すと危険だと世間が周知することで、君の身は安全になる」
「はあ?」
何それ。
「まるで私のせいで家が潰されたり国が潰されたりするような言い方ですね」
「その通りだ」
なんだとう!
いつかの仕返しに盛大に舌打ちをしてやろうと歯を食いしばったら、レオナルド殿下の後ろからウィルフレッド様が顔を出した。
「シェリル」
久しぶりに見たウィルフレッド様の笑顔に、ちょっと動揺してしまう。
「あっ…う…ウィル様……お、おかえりなさい」
「え?…あっ…た、ただいま、シェリル」
パッと顔を赤くするウィルフレッド様。
その顔を見て私まで恥ずかしくなってしまった。
二人で照れあっていたらレオナルド殿下が冷たい声で言った。
「イチャつくな」
「「イチャついてない!」」
レオナルド殿下の言葉にウィルフレッド様と私が綺麗に揃って言い返した。
そして思わず顔を見合わせてしまって……また恥ずかしくなって下を向いてしまった。
こっそりウィルフレッド様を見たら、同じように下を向いていた。
その様子を見ていたレオナルド殿下が、ディアナ王女に向かって言った。
「ディアナ、ただいま♡」
「説明が先ですわ」
「おかえり♡って言ってくれないのか?」
「説明が先ですわ」
ディアナ王女が冷たく答える。
「つれないな。私が居なくて寂しかったくせに」
「さ、寂しくなんてありませんでしたわ!大体レオナルド殿下は…キャアアア!」
「ディアナの部屋は何処だ?」
レオナルド殿下は叫ぶディアナ王女を横抱きにして客室のほうへ行ってしまった。
お仕置きだとか言っている。
「二人きりにするな!」
「ディアナ様を守るのよ!」
護衛と侍女が緊迫した声を上げながらその後を追いかけて行った。
訳がわからず呆然とその様子を見守ってしまった私達の中で、いち早く正気に戻ったオリビア様がウィルフレッド様を見た。
「ええと、ウィル兄様、諸々ご説明願えますか?」
「あ、ああ、うん」
「とりあえず居間に移ってお茶にしましょう。ウィルもお兄様に振り回されて大変だったでしょう」
続いて正気付いたアマーリエ様がそう言って、我が家のメイドにお茶の支度を言い付ける。
って、アマーリエ様は当たり前に仕切っているけど、我が家の人間ではないですよね。
あと、レオナルド殿下に連れ去られたディアナ王女を助けようとは誰もしないんですね。
まぁ、私もあの二人の間に飛び込む勇気はないですが。
「俺はもう行ってもいいか?詳しいことは後で教えてくれればいいから」
一応、王太子殿下の出迎えに来ていたお父様が私にこっそり耳打ちする。
お父様は昨日の夜遅くに、荒れ地の辺りを彷徨っていたのを領民に発見されて連れ戻された。
どうやら領地を走り回っていたらしい。
まだ疲れが滲んだ顔をしている。
そんなにフローラ様のことが嫌なのか。
お父様の学生時代に一体何があったんだろう。
いつか聞いてみたい。
「構いませんよ。お父様は少し休んでいてください」
「あ、マクウェン男爵」
ウィルフレッド様がお父様に声をかけた。
「ヒィッ!カルロス?!」
「お父様、違います!ウィルフレッド様です!」
また走って逃げようとしていたお父様の袖を掴んで引き留める。
「ハッ!し、失礼しました」
カルロス様も駄目なのか。
この前ウィルフレッド様が来た時は、麦刈り祭りの準備で忙しくて顔を合わせなかったから分からなかった。
ウィルフレッド様は私とお父様の様子を見て黒い瞳をキョトンとさせている。
「え?っと、マクウェン領には二、三日逗留する予定です。宿泊場所が無いと聞いているので、町の外れにテントを設営する許可を頂きたい」
「「「テント?!」」」
そうだった。
我が家の客室はアマーリエ様達で埋まっているし、宿屋も関係者で満杯なんだった。
だからマチルダ様達には隣りの領地の宿屋に行ってもらったんだし。
「しかし、王太子殿下やカル…メーデイア公爵のご子息をテントに泊らせるわけには…」
「この前一晩泊まった時もテントを張らせてもらいました。マクウェン男爵にお会い出来なかったので、夫人に許可を頂きました」
え?
そうだったの?
「はい!はい!わたくしがテントに泊まりますわ!お兄様とウィルはわたくしが使っている客室に泊まればいいわ!」
アマーリエ様が勢いよく手を上げて言った。
「駄目だ。アマーリエをテントに寝かせるわけにはいかない。レオも私もスタンピードや遠征で慣れているから気にしなくていい」
ウィルフレッド様がそう言ってアマーリエ様を宥める。
うん。
多分アマーリエ様は二人に気を使ったんじゃなくてテントに泊まりたかっただけだと思うけど、さすがに王女様をテントに寝かせられないよね。
あれ?そういえば、
「アーサー殿下が見当たりませんね」
「ああ、アーサーは先に王都に帰らせた。レオと私はアストロス領からずっと強行軍だったし、マクウェン領で少し休ませてもらってから王都に帰ろうと思ってるんだ。アマーリエ達も帰る準備が必要だろうし」
「え?帰るんですの?」
アマーリエ様が驚いたように言う。
「もうすぐ八月だ。スタンピードも終わったし夏休みも予定通り終わるから、そろそろ帰らないと学園に間に合わない」
「ええー!」
いや、アマーリエ様、いつまで居る気ですか?
とっとと帰ってください。
「シェリルも一緒に王都に向かうようにと、宰相から言われている」
「ええー!」
早く王都に向かったら、それだけ王宮保護生活が早く始まるということだ。
少しでも保護生活を短くする為に、目一杯ギリギリまでうちにいる予定だったのに。
しかも王都に向かう間ずっとレオナルド殿下やアマーリエ様と一緒とか、出来れば御免被りたい。
ウィルフレッド様は、そんなことを考えている私からお父様に視線を移した。
「よろしいですか?マクウェン男爵」
「え?ああ、はい。承知致しました」
ああ!
お父様がさっくり承知してしまった!
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お父様も返事をした後に気付いたようで、申し訳なさそうに私を見た。
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溜息を押し殺していたら、お父様が悲哀に満ちた目で私を見ていた。
「すまん。頑張れ、シェリル」
「ううっ」
私も走って逃げ出したい。
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