上 下
98 / 135
夏休み

98 おかえりなさい

しおりを挟む

「昨日、王宮から緊急通信が入っただろう」

翌日、やっと戻って来たレオナルド殿下が開口一番ドヤ顔で言った。

玄関ホールに集まり迎え撃つ女性陣は、みんな若干額に青筋を浮かべている。

「何がどうなっているのか説明してください!」



あの緊急通信の後、大変だった。

まず、慌てたお父様が居間に飛び込んで来たはいいけど、マチルダ様を見てフローラ!と叫んで走って逃げてしまった。
混乱する私を宥めながらオリビア様がユラン様と連絡を取ろうとしてくれたけど、通信魔道具が繋がらなくてオリビア様がブチギレてしまった。

何も知らないマチルダ様も困惑していて、アマーリエ様とディアナ王女が説明をしてくれたんだけど、甥っ子は通信魔道具の音に驚いて泣き叫んでいるし、お爺様は面倒なことになってきたからお婆様を連れて旅に出るとか言い出すし、そりゃもう大変な混乱状態に陥ったのだ。

とりあえずマチルダ様は、マクウェン領にはもう泊まれるところがないので、隣りの伯爵領の宿屋にアンさんとセイラさんと向かってもらい、お父様の捜索隊を出し、オリビア様と甥っ子とお爺様をなんとか宥めて解散になったけど、ひとりになって考えていたら、フツフツと怒りがわいてきて全然眠れなかった。


春祭りで起きたことについての処分は聞いていた。
私の事件を逆手に取って、シュトレ強硬派と呼ばれる人達を粛清することも知っていた。

でもこんな大々的に、しかも私の名前を使って世間にお知らせするなんて聞いてなかった。

それに、レオナルド殿下が戻って来ないなとは思っていたけど、アズバン王国を制圧したってどういうことなんだ!


朝になってレオナルド殿下がマクウェン領に戻って来ると連絡があってから、おそらく私同様眠れなかったディアナ王女達と、詳しい説明をしてもらおうと悶々としながら待っていたのだ。



「君の献身に報いると言っただろう」

私の質問を受けたレオナルド殿下の紅い瞳が楽しそうに細められる。

いや何楽しそうにしてるんだよ。

「意味が分かりませんけど?」

「今回の誘拐は計画段階で防げたことにして、さらに君に危害を加えるとメネティス王国が制裁を下すと大々的に知らしめることにした。君に手を出すと危険だと世間が周知することで、君の身は安全になる」

「はあ?」

何それ。

「まるで私のせいで家が潰されたり国が潰されたりするような言い方ですね」

「その通りだ」

なんだとう!

いつかの仕返しに盛大に舌打ちをしてやろうと歯を食いしばったら、レオナルド殿下の後ろからウィルフレッド様が顔を出した。

「シェリル」

久しぶりに見たウィルフレッド様の笑顔に、ちょっと動揺してしまう。

「あっ…う…ウィル様……お、おかえりなさい」

「え?…あっ…た、ただいま、シェリル」

パッと顔を赤くするウィルフレッド様。
その顔を見て私まで恥ずかしくなってしまった。

二人で照れあっていたらレオナルド殿下が冷たい声で言った。

「イチャつくな」

「「イチャついてない!」」

レオナルド殿下の言葉にウィルフレッド様と私が綺麗に揃って言い返した。

そして思わず顔を見合わせてしまって……また恥ずかしくなって下を向いてしまった。

こっそりウィルフレッド様を見たら、同じように下を向いていた。


その様子を見ていたレオナルド殿下が、ディアナ王女に向かって言った。

「ディアナ、ただいま♡」

「説明が先ですわ」

「おかえり♡って言ってくれないのか?」

「説明が先ですわ」

ディアナ王女が冷たく答える。

「つれないな。私が居なくて寂しかったくせに」

「さ、寂しくなんてありませんでしたわ!大体レオナルド殿下は…キャアアア!」

「ディアナの部屋は何処だ?」

レオナルド殿下は叫ぶディアナ王女を横抱きにして客室のほうへ行ってしまった。

お仕置きだとか言っている。

「二人きりにするな!」
「ディアナ様を守るのよ!」

護衛と侍女が緊迫した声を上げながらその後を追いかけて行った。



訳がわからず呆然とその様子を見守ってしまった私達の中で、いち早く正気に戻ったオリビア様がウィルフレッド様を見た。

「ええと、ウィル兄様、諸々ご説明願えますか?」

「あ、ああ、うん」

「とりあえず居間に移ってお茶にしましょう。ウィルもお兄様に振り回されて大変だったでしょう」

続いて正気付いたアマーリエ様がそう言って、我が家のメイドにお茶の支度を言い付ける。

って、アマーリエ様は当たり前に仕切っているけど、我が家の人間ではないですよね。

あと、レオナルド殿下に連れ去られたディアナ王女を助けようとは誰もしないんですね。
まぁ、私もあの二人の間に飛び込む勇気はないですが。

「俺はもう行ってもいいか?詳しいことは後で教えてくれればいいから」

一応、王太子殿下の出迎えに来ていたお父様が私にこっそり耳打ちする。

お父様は昨日の夜遅くに、荒れ地の辺りを彷徨っていたのを領民に発見されて連れ戻された。
どうやら領地を走り回っていたらしい。
まだ疲れが滲んだ顔をしている。

そんなにフローラ様のことが嫌なのか。
お父様の学生時代に一体何があったんだろう。
いつか聞いてみたい。

「構いませんよ。お父様は少し休んでいてください」

「あ、マクウェン男爵」

ウィルフレッド様がお父様に声をかけた。

「ヒィッ!カルロス?!」

「お父様、違います!ウィルフレッド様です!」

また走って逃げようとしていたお父様の袖を掴んで引き留める。

「ハッ!し、失礼しました」

カルロス様も駄目なのか。
この前ウィルフレッド様が来た時は、麦刈り祭りの準備で忙しくて顔を合わせなかったから分からなかった。

ウィルフレッド様は私とお父様の様子を見て黒い瞳をキョトンとさせている。

「え?っと、マクウェン領には二、三日逗留する予定です。宿泊場所が無いと聞いているので、町の外れにテントを設営する許可を頂きたい」

「「「テント?!」」」

そうだった。
我が家の客室はアマーリエ様達で埋まっているし、宿屋も関係者で満杯なんだった。

だからマチルダ様達には隣りの領地の宿屋に行ってもらったんだし。

「しかし、王太子殿下やカル…メーデイア公爵のご子息をテントに泊らせるわけには…」

「この前一晩泊まった時もテントを張らせてもらいました。マクウェン男爵にお会い出来なかったので、夫人に許可を頂きました」

え?
そうだったの?

「はい!はい!わたくしがテントに泊まりますわ!お兄様とウィルはわたくしが使っている客室に泊まればいいわ!」

アマーリエ様が勢いよく手を上げて言った。

「駄目だ。アマーリエをテントに寝かせるわけにはいかない。レオも私もスタンピードや遠征で慣れているから気にしなくていい」

ウィルフレッド様がそう言ってアマーリエ様を宥める。

うん。
多分アマーリエ様は二人に気を使ったんじゃなくてテントに泊まりたかっただけだと思うけど、さすがに王女様をテントに寝かせられないよね。

あれ?そういえば、

「アーサー殿下が見当たりませんね」

「ああ、アーサーは先に王都に帰らせた。レオと私はアストロス領からずっと強行軍だったし、マクウェン領で少し休ませてもらってから王都に帰ろうと思ってるんだ。アマーリエ達も帰る準備が必要だろうし」

「え?帰るんですの?」

アマーリエ様が驚いたように言う。

「もうすぐ八月だ。スタンピードも終わったし夏休みも予定通り終わるから、そろそろ帰らないと学園に間に合わない」

「ええー!」

いや、アマーリエ様、いつまで居る気ですか?
とっとと帰ってください。

「シェリルも一緒に王都に向かうようにと、宰相から言われている」

「ええー!」

早く王都に向かったら、それだけ王宮保護生活が早く始まるということだ。
少しでも保護生活を短くする為に、目一杯ギリギリまでうちにいる予定だったのに。

しかも王都に向かう間ずっとレオナルド殿下やアマーリエ様と一緒とか、出来れば御免被りたい。


ウィルフレッド様は、そんなことを考えている私からお父様に視線を移した。

「よろしいですか?マクウェン男爵」

「え?ああ、はい。承知致しました」

ああ!
お父様がさっくり承知してしまった!


我が家ではお父様もお兄様も女性だからと言って本人の意思を聞かないなんてことはないけど、対外的には当主であるお父様の意思だけ確認すれば全て通ってしまうのだ。

お父様も返事をした後に気付いたようで、申し訳なさそうに私を見た。

まあ、宰相閣下の要請に逆らうなんて基本的にはあり得ないから、仕方ないんだけど。

溜息を押し殺していたら、お父様が悲哀に満ちた目で私を見ていた。

「すまん。頑張れ、シェリル」

「ううっ」

私も走って逃げ出したい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

あなたに愛や恋は求めません

灰銀猫
恋愛
婚約者と姉が自分に隠れて逢瀬を繰り返していると気付いたイルーゼ。 婚約者を諫めるも聞く耳を持たず、父に訴えても聞き流されるばかり。 このままでは不実な婚約者と結婚させられ、最悪姉に操を捧げると言い出しかねない。 婚約者を見限った彼女は、二人の逢瀬を両親に突きつける。 貴族なら愛や恋よりも義務を優先すべきと考える主人公が、自分の場所を求めて奮闘する話です。 R15は保険、タグは追加する可能性があります。 ふんわり設定のご都合主義の話なので、広いお心でお読みください。 24.3.1 女性向けHOTランキングで1位になりました。ありがとうございます。

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」

リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」 「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」 「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」  リリア  リリア  リリア  何度も名前を呼ばれた。  何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。  何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。  血の繋がらない、義理の妹ミリス。  父も母も兄も弟も。  誰も彼もが彼女を愛した。  実の娘である、妹である私ではなく。  真っ赤な他人のミリスを。  そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。  何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。  そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。  だけど、もういい、と思うの。  どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。  どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?  そんなこと、許さない。私が許さない。  もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。  最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。 「お父様、お母様、兄弟にミリス」  みんなみんな 「死んでください」  どうぞ受け取ってくださいませ。 ※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします ※他サイトにも掲載してます

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

処理中です...