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夏休み
93 護身用の魔道具
しおりを挟む翌日、私達はマクウェン領の荒れ地に来ていた。
ガード子爵領に近いこの辺りは土地が痩せていて、代々土壌を改良したり努力を重ねてきたけど作物が実らず、数代前から荒れるに任せている。
土と石だけの荒涼とした景色が広がるこの場所は、かつての戦場跡地だと言われている。
「素敵ですわ!ここなら遠慮なく魔道具の実験ができますわね」
そう言って私の隣りで満面の笑みを浮かべるのはオリビア様。
「そうですね。私も子供の頃ここに来て魔法の練習をしてました」
そして魔力不足でぶっ倒れては、心配して様子を見に来たお兄様やお姉様、果ては領民に担がれてうちに帰ったものだ。
「オリビアが作った魔道具、護身用じゃないのか?」
周囲の景色を見て、不思議そうに問いかけてきたのはウィルフレッド様。
「ええ、ウィル兄様。護身用ですわ」
笑顔で答えるオリビア様を見ながら、微妙な顔をするディアナ王女。
きっと私も同じような顔をしているだろう。
昨日、ディアナ王女からオリビア様の護身用魔道具について相談があった。
護身用の魔道具なのに殺傷力が高すぎる、と。
うちに来てすぐの時に天高く打ち上げた水の柱と火の柱は、暴漢撃退用の煮えたぎる熱湯を出す魔道具の失敗作だったと聞いて、私は固まってしまった。
死んじゃうよ!
煮えたぎる熱湯なんてかけられたら死んじゃうよ!
どうして護身用の魔道具がそんな殺傷力の高いものになったのかわからないけど、取り敢えず作った魔道具を見てみようと今日はこの荒れ地にやってきたのだ。
魔道具のことならとウィルフレッド様も一緒に来ることになり、ついでにアマーリエ様もついてきた。
正直、まだウィルフレッド様にどんな顔して接すればいいのか分からない。
どうしよう。
「ではまず、わたくしが初めて作った護身用魔道具をお披露目させて頂きますわ」
私の気持ちなんてお構いなしの満面の笑みで、ブローチ型の魔道具を取り出すオリビア様。
ゴオウッ!!!という音と共に火炎放射器のように前方に炎が広がる。
荒れた大地が扇形に黒焦げになった。
うん。
荒れ地を選んで正解。
「次は一点突破型ですわ」
シュンッ!!!という音と共にジュジュジュッと地面が一直線に焼けていく。
「レーザービーム…?」
私の隣りで驚愕の面持ちのアマーリエ様が呟いた。
その後も、護身用というには殺傷力の高すぎる魔道具が次々とお披露目されていく。
「最後はとっておきの魔道具ですわ!」
オリビア様は赤茶色の魔石がはまった魔道具を取り出して魔力を込めた。
ドオォン!!!
と、凄まじい音と共にうねりをあげて上空に土の柱と火の柱が打ち上がる。
咄嗟にウィルフレッド様が私達の周りにシールドを張る。
上空で分散した土塊が炎を纏い、土を核にした火の塊が大量に大地とシールドに叩き付けられた。
ドドドドドーーーン!!!
「あら、灼熱の溶岩になるはずだったのに…失敗ですわね。属性の違う魔法を融合させようとすると、どうしても上手くいきませんわ」
残念そうに言うオリビア様に、最早誰も何も言えない。
いくら相手が女性に害をおよぼす暴漢だとしても、これじゃ過剰防衛だ。
しかも魔道具の効果が広範囲すぎて、確実に周囲を巻き込む仕様になっている。
「オリビア、これは本当に護身用なのか?戦闘用ではなく?」
ずっと固い表情でお披露目される魔道具を見ていたウィルフレッド様が、オリビア様に問いかける。
「ええ。女性達の身を守り、悪事を働く輩を懲らしめるための魔道具ですわ」
意気揚々と答えるオリビア様に、固い表情のままのウィルフレッド様が冷たく言った。
「これは人を守る魔道具ではない。人を傷付ける兵器だ」
普段穏やかなウィルフレッド様の厳しい声に、オリビア様が驚いた顔をする。
「魔道具というのは、人々の生活を助け、豊かにするものだ」
ウィルフレッド様から重みのある魔力が漏れはじめた。
ウィルフレッド様から漏れ出た魔力から、ウィルフレッド様の怒りを感じる。
「オリビア、自分が作った魔道具で誰かが命を落としたら…それがたとえ暴漢だったとしても、君は何とも思わないのか?何よりこの魔道具が悪用されて、何の罪もない人が傷付けられたらどうするんだ?」
オリビア様が大きく目を見開いた。
「道具というのは便利なものだけど、使い方を変えれば危険な武器になることもある。特に魔道具は普通の道具よりも威力が高い。この魔道具は確実に、女性達の身を守るためではなく害するために使われるようになるだろう」
オリビア様の顔が衝撃に染まる。
確かにその通りだ。
護身用といいながら殺傷力が高すぎるオリビアの魔道具は、悪用されれば危険な武器でしかない。
そもそも護身用なのに、なんでこんなに殺傷力の高い魔道具作っちゃったんだ。
「わ…わたくし…わたくしは…」
「オリビアは魔道具師になりたいと言っていると聞いた。オリビアは人を殺す魔道具を作りたいのか?」
ウィルフレッド様の問い掛けに、オリビア様が大きく首を振る。
「いいえ!いいえ、ウィル兄様!わたくしが作りたいのは、人々を守り、役に立つ魔道具ですわ!命を奪ったり、傷付ける道具を作りたいわけではありません!」
オリビア様の目から涙が溢れる。
ふっと、私達を包んでいた重苦しい空気が軽くなった。
見るとウィルフレッド様の表情が少し和らいでいた。
「良かった。オリビアが、自分が作った魔道具が人を殺したり傷付けることに何も感じない人間だったら、軽蔑するところだった」
「ウィル兄様…」
いつも穏やかで、どちらかというとあまり他者と関わることのないウィルフレッド様が、こんな風に怒りをあらわにするなんて珍しい。
「今ある戦闘用の魔道具は対魔物用で、人を傷付けないように制限がかけられている。
でも、昔…大陸が荒れていた頃は、対人用の殺戮魔道具が沢山開発されたんだ。人々の生活を豊かにする為に開発された魔道具を、兵器に作り変えたりもした。当時の魔道具師達の苦悩を集めた本が、魔法学園の図書室にある」
ウィルフレッド様は苦しそうな表情を浮かべた。
「人々を助けたいと作った魔道具が、人々を苦しめる兵器になる。魔道具を作るなら、魔道具師になりたいのなら、その危険性を常に念頭に置き、悪用されないように出来うる限りの対策を立てなくてはいけないんだ」
オリビア様は、自分が作った魔道具が悪用されたり人を傷付ける可能性を考えていなかったんだろう。
「オリビア、魔法学園入学前のその年齢で、この威力の魔道具が作れることは素晴らしいけど、まずは何が良くて何がいけないのかを判断できる知識を身につけなくては駄目だ。焦る気持ちは分かるけど、知識と経験と実力が伴わなくては、良い魔道具は作れない。
そのために魔法学園があるんだ。しっかり学んで諦めずに経験を積み実力をつけて行けば、オリビアが望む女性達を守る魔道具を作ることが出来るようになる」
ウィルフレッド様の言葉に、オリビア様がほろほろと涙をこぼす。
そうだった。
オリビア様はまだ魔法学園にも入っていない。
魔法や魔道具の知識はあくまでも独学なんだ。
「オリビア様」
「シェリルお姉様…」
「焦らなくていいんです。しっかり勉強して、経験と実力を積んでいきましょう。それに、ひとりで頑張らなくてもいいんです。知識や経験や実力が足りないなら、それがある人に助力を求めてもいいんです。むしろ求めましょう。私も闇魔法の癒しの魔術を完成させるために、学園の先生方のお力を散々借りたんですから」
「……っ、はい!」
涙を流しながらも顔を上げ、笑顔を見せるオリビア様。
ウィルフレッド様がその肩に手を置き、オリビア様の手を私が握る。
「わたくし頑張りますわ。シェリルお姉様、ウィル兄様、これからもご指導よろしくお願いいたします」
オリビア様と私の手の上に、ディアナ王女とアマーリエ様の手が重なる。
「微力ながらわたくしもお手伝いしますわ」
「わたくしも!」
手を取り合って微笑みながら見つめ合う。
あちこちに焦げ跡の残った荒れ地に爽やかな風が吹く。
う~ん。
なんだか青春って感じ。
夕日に向かって走ったほうがいいんだろうか?
まだ昼過ぎだけど。
そんなことを考えながら顔を上げると、ウィルフレッド様と目が合った。
穏やかに微笑みかける黒い瞳。
その微笑みに安心すると同時に、胸の奥がキュンッと締め付けられるような音がした。
いつも優しくて、困った時は助けてくれるウィルフレッド様。
私の魔法の研究も、女のくせになんて言わずにちゃんと話しを聞いてくれた。
オリビア様の魔道具のことだって、真剣に考えたからこそ叱ってくれたんだろう。
魔法に対しても、魔道具に対しても、真剣に取り組むウィルフレッド様。
そして人に対しても、真摯に、誠実に向き合ってくれる。
魔力の相性がいいとか、カラダの相性がいいとか、そういうのは置いといて、私は、ウィルフレッド様の人となりに惹かれている……。
ウィルフレッド様の穏やかな笑顔を見ながら、私は私自身の気持ちを認めるしかなかった。
私、ウィルフレッド様のこと、好きになっちゃったんだな。
自分の気持ちをしみじみと自覚する私の耳に、遠い過去から、かつての私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
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