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夏休み

78 どちらのほうが重いんでしょうか

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「ごめんなさい、シェリル」
「申し訳なかったわ、シェリル様」
「すみませんでした、シェリルお姉様」

アマーリエ様、ディアナ王女、オリビア様が口々に謝罪する。

「ディアナ様とオリビア様はもういいです」

「わ、わたくしは?」

「まだ許しません」

項垂れるアマーリエ様の揺れる紅い瞳を見ながら冷たく言い放つ。

場所はマクウェン男爵家の居間。

あの後、アマーリエ様の首根っこを捕まえて無理矢理我が家に連れて来たら、一緒にディアナ王女とオリビア様がついて来た。

南の離宮に避難する筈のメンバーだ。
正直、この国でも最高位にある女性達が揃って何してるんだと思った。

ちなみにアマーリエ様の護衛と侍女は、無理矢理引きずられる主人をそのまま見守りながらついて来た。

彼等にも私が怒っている理由は痛いほど分かったらしい。

「で、ディアナ様とオリビア様がアマーリエ様に行き先が変わったと言われて我が家に来ちゃったのは分かりましたけど、アマーリエ様は何で我が家に来ようと思ったんですか?」

「うぅ…」

アマーリエ様が小さく唸る。

「王族として思慮深い行動を、とお願いしたのはそれほど前のことではありませんよね?」

アマーリエ様が小さく身を縮める。

「あ、あの…」

ディアナ王女がそっと手を上げた。

「何ですか?ディアナ様」

「あ…アマーリエ様は、今回の避難先を変えるにあたり国王陛下の許可を頂いていましたわ。マクウェン男爵家への連絡が滞ってしまった理由は分かりませんが、手順は踏んでいる筈です。そ、それに、王族をそんなに強く叱りつけるなんて不敬ですわ!」

「…成る程」

私はディアナ王女の青い瞳を真っ直ぐに見据えた。

「不敬というのは、尊敬の念を持たず礼儀にはずれることを言いますが、そもそも尊敬の念を持てない相手に対しても不敬となるのでしょうか?」

「そ、そんな!」
「酷いわシェリル!」
「シェリルお姉様…」

「王族であるというだけで尊敬してもらえるとでも思っているんですか?尊ぶべきものは身を流れる血しかなく、その人となりに敬う要素がない人を尊敬出来るわけないでしょう」

「うっ…」

アマーリエ様の顔が悲しく歪む。

「だからこそ、王族として思慮深い行動をとお願いしたんです。私に私が仕えるべき王家への信頼を失わせないでください」

「…っ!」

アマーリエ様の目が大きくひらかれる。
ディアナ王女もオリビア様も、固まったまま動かない。

王族に対してここまで言うのは確かに不敬だろう。
不敬罪で罰せられるなら罰されてもいい。
でも、アマーリエ様はこのままじゃ駄目だ。

生まれる場所は選べない。
アマーリエ様だって好き好んで王族に生まれた訳じゃないかもしれない。
それでも、平民とは違う豊かで教養ある生活を送ってきたからには相応の責任はあるはずだ。

「…っ、ごめんなさいシェリル。わたくしが浅はかでしたわ」

アマーリエ様の目に反省の色が灯る。
少しは分かってくれたかな?

「シェリル様、わたくしからも再度謝罪をさせてくださいませ。アマーリエ様の軽率な行動に気付いていたのに止められませんでした」

ディアナ王女まで全身から反省が滲み出している。

「シェリルお姉様、わたくしもいけなかったのですわ。南の離宮ではなくシェリルお姉様の所に行けると聞いて、喜んでついて来てしまったんですもの」

オリビア様まで反省しだした。

「お二人は悪くありませんわ。悪いのはわたくしです。ついこの間シェリルに言われて反省したばかりなのに、少しでもシェリルと一緒にいたくて無理を言ってしまったんですもの。お二人にも申し訳ないことをいたしました」

アマーリエ様の目から涙が一粒ポロリと落ちた。

「わたくし、来年学園を卒業したら他国に嫁ぐことになりそうなのです。こうしてシェリルと過ごせるのもあと一年だと思ったら我慢が出来なくて、お父様にお願いして急遽行き先を替えてもらってしまったんですわ」

え?ちょっと待って!

「他国に嫁ぐって、どういうことですか?」

アマーリエ様は潤んだままの目を伏せた。

「エルダーが婚約者候補から外れたので、他国からいくつかお話しが来ているそうなんですの」

「でも、まだユラン様とライリー様がいますよね?」

っていうか、アマーリエ様とライリー様ってどう見ても好き同士だよね?

「シェリルお姉様、お兄様はアマーリエ様の婚約者候補を下りる予定ですの。すでに国王陛下にはお話し済みと聞いていますわ」

オリビア様が気まずそうに言う。

「それならライリー様一択じゃないですか!」

何でわざわざ他国に嫁ぐなんて話しが出てくるんだ。

「メネティス王国では、王族に嫁すのは伯爵家以上のものと決まっていますが、それは男性王族に関してで、女性王族は公爵家か辺境伯家、または他国の王族か同等の貴族家にしか嫁がれたことはありませんわ。ライリー・トリスタン様は伯爵家のかたですから対象外なのでしょう」

ディアナ王女が難しい顔をして教えてくれる。

「じゃあ、何で婚約者候補になってたんですか?!」

意味が分からなくて声が大きくなってしまった。

壁際に控えるアマーリエ様の侍女達が悲しげに俯くのが見えた。

「ライリーは、わたくしの降嫁先を巡って、シュトレとハイベルグの派閥争いが激化するのを緩和するために婚約者候補として名を入れられただけですわ。最初からわたくしの降嫁先としては考えられていませんでしたの」

アマーリエ様の目から、またポロリと涙が溢れる。




『結婚出来ないと、決まっているような言い方ですね』

『そうだな』


私の耳にふと、いつかのライリー様との会話が蘇る。


『アルノーみたいに、追いかけて行けたらいいんだけどな…』


あの時は、ライリー様は婚約者候補だけど、身分の高いエルダー様やユラン様には敵わないのかなと思っていた。
アマーリエ様は王族だし、想い合う人がいても国のために諦めなくてはいけないんだろうと。



「それに、わたくしの騎士としてだけでなく婚約者候補という立場もあったほうが、護衛につける場面が多くなるのですわ。ライリーは、いつもわたくしを守ろうとしてくれていましたから」

アマーリエ様が小さく笑ってそう言った。

「シェリル、ありがとう」

まだ涙の残る瞳を真っ直ぐに上げて、アマーリエ様が私を見た。

「王族として、国の為国民の為に嫁がなくてはいけないことは分かっていても、踏ん切りがつかなかったんですの。わたくし、きっとシェリルに叱って欲しかったんですわ。王族という立場上こんな風にわたくしを叱ってくれる人はほかにいないもの。
ごめんなさいシェリル。ありがとう。でもこれで覚悟が決まったわ」

そういって微笑むアマーリエ様。

ディアナ王女とオリビア様も複雑な表情をしてアマーリエ様を見ている。


私…私は……。

この国で、この世界で、女性であるということを理由に、当たり前に自分の夢や希望を押し殺して生きる人達の道しるべになりたいと考えていた。

意思や行動に制限をかけられ、守るべき存在という理由のもとに虐げられている女性達をその束縛から解放したいと思っていた。

それなのに、今、まさしくアマーリエ様は、自身の意思も夢も希望も諦めようとしている。


「ア、アマーリエ様…」

「迷惑をかけてごめんなさいシェリル。マクウェン男爵家の方々に謝罪をしたら、南の離宮に向かいます」

「待って!待ってください!」

少し考える時間が欲しい。


アマーリエ様はただの女性ではない。
王族だ。
王族としてその座に在るからには、相応の義務と責任がある。

でもだからといって結婚という人生を大きく左右する大切なことを、自身の意思とは関係なく、国の利益や関係性のために使われていいんだろうか?

「シェリルお姉様?」

黙り込んで悶々と考え始めた私を心配したのか、オリビア様が声をかけてくれた。

「オリビア様…」

私は混乱したままオリビア様のブルーグレーの瞳を見た。

「私…私は、女性だからといって自分で自分の人生を選ぶことのできない今の状況を変えたいと、そう考えてきました」

オリビア様のブルーグレーの瞳がチラリとアマーリエ様を捉える。

「アマーリエ様は王族です。ただの女性ではありません。でもだからといって自分で自分の人生を選択出来ないのはおかしいと思うんです」

「シェリルお姉様…」

「私は下位の男爵家で気軽な立場ですが、貴族としての義務や責任は理解しています」

話しながらも混乱が深まる。

「義務と責任、人としての権利は、どちらのほうが重いんでしょうか?」


王族として貴族としての義務と責任。
ひとりの人としての権利。

何より私自身が、アマーリエ様に対して王族としての義務と責任を果たせと言っていたのではないか。
それはアマーリエ様の人権を無視してでも、国の為に犠牲になれと言っていたことにほかならない。



「私が目指していたことは、ひとりよがりの無責任な夢物語だった…?」

私は混乱したままポツリと呟いた。
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