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それぞれの思い

73 エルダー様の思い ※エルダー視点

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黒ずくめの魔法騎士隊に囲まれて、魔術師の塔に戻って来た。

僕は執着を抑える魔道具をつけてから、魔術師の塔にある被験者用の客室で過ごしている。
貴族牢よりはマシだけど、ドアの外に見張りがいて外に出られないことは代わりない。

僕はベッドに横になって、首につけた魔道具に触れた。


シェリルを誘拐した罪で貴族牢に入っていた僕の所に、ウィルの父親のカルロス様が来て、新しい魔道具の被験者になってみないかと言われた。
魔族の血を引く者の血の病いである執着を抑える魔道具を、ウィルが開発したのだと。

僕は迷わず頷いた。

貴族牢に入ってからずっと考えていた。
僕は、執着を発症したせいではあるけれど、シュトレ公爵家の名に泥を塗ってしまった。

お爺様は僕を許さないだろう。

僕は正直、お爺様やシュトレ公爵家のことなんてどうでもいい。

でももしかしたらお爺様が、シュトレの名を守る為にシェリルに手を出すかもしれない。

だから被験者になる代わりに、シェリルのことをお爺様から守って欲しいとお願いした。

本当なら犯罪者の僕が被験者になるのに、交換条件なんて出すのはおかしいけど、カルロス様は国王陛下に話しておくよと言ってくれた。


その翌日にはウィルとユランが来て、僕に執着を抑える魔道具をつけてくれた。

もっと早く作れていたら僕を犯罪者にしなくて済んだのにと、泣きながら謝るウィルを見て僕も泣きそうになってしまった。
でも同時に、ウィルは変わってないなと思って笑ってしまった。

子供の頃、ウィルは泣き虫だった。
体が小さくて気が弱かったウィルは、アマーリエ様やオリビアに引っ張り回されてはよく泣いていた。

そのことを話したらユランまで笑い始め、結局ウィルも笑い出し、まるで子供の頃に戻ったように三人で笑った。


ウィルとユランは、同い年で爵位も同じということもあって、子供の頃からよく顔を合わせては一緒に遊んでいた。
ユランはいつも妹のオリビアを連れていた。

王宮に行くと、レオナルド殿下とライリーも一緒になって遊んだり、たまにアマーリエ様やアーサー殿下も加わって、みんなで庭でピクニックをしたりした。

そうやって遊んでいると、親達が様子を見に来ることがあった。

王妃様がレオナルド殿下を、側妃様がアマーリエ様とアーサー殿下を、宰相がユランとオリビアを、魔術師団長と王姉様がウィルを、騎士団長がライリーを。

時には国王陛下がレオナルド殿下やアマーリエ様、アーサー殿下の様子を見に来ては、微笑ましげに笑顔を向けて行く。

そして気付いた。

僕のことは、誰も見に来ない。


僕の両親は、僕が二歳の時に事故で亡くなってしまった。
夫婦揃って出掛けた帰り、突然の大雨に降られて馬車が横転したのだそうだ。

あまりに幼い頃のことだから全然覚えていないけど、僕は王都の屋敷で乳母と留守番をしていたから無事だったのだと聞かされた。

それ以来僕は王都の屋敷で、乳母と家庭教師と使用人に囲まれて育って来た。

お爺様は遠く離れたシュトレ公爵領にいて、王都には一年に一度来るか来ないかで、王都に来ても忙しく、会えない時のほうが多かった。

たとえ会えても、お爺様はいつも怖い顔で僕を睨みつけて、『シュトレの嫡男として成すべきことを成すように』と言うお決まりのセリフしか言わなかった。

でも、それが普通だと思っていた。
二歳の時から僕はずっとそうだったし、それ以外を知らなかったから。


友人達を通して、『家族』という存在を知るまでは。


親達が見に来ると友人達は嬉しそうに駆け寄って、抱きしめられたり頬にキスをされて笑っていた。
親達も優しげに目を細めて我が子に手を差し伸べていた。

『家族』と誰かが言ったのを聞いて、それが何なのか分からず、屋敷に帰って使用人に聞いたら泣かれてしまった。


僕には『家族』が居なかったから。


唯一家族と言えるのはお爺様だけど、お爺様は領地にいて滅多に会えないし、会えば怖い顔で睨み付けられ決まりきった注意をされるだけ。

誰かが、お爺様は自慢の息子だった優秀な僕の父を亡くしたことで、絶望して領地にこもってしまったんだと教えてくれた。

それを聞いて僕は納得した。

僕は優秀じゃない。
勉強も剣術も魔法の技も、誰に聞いても素晴らしかったと言われる父と比べて、僕は勉強も剣術も魔法の技もそこそこしかない。

だからお爺様はいつも僕を睨み付けて、『シュトレの嫡男として成すべきことを成すように』としか言わないんだろう。

僕は自慢の息子だった父と違って、自慢の孫ではないんだろう。

あんな風に睨み付けるくらいだ。
自慢どころか嫌われているんだろう。


納得はしたけど悲しかった。


僕は、僕には無い『家族』と楽しげにしている友人達を見るのが辛くて距離を置くようになった。

代わりに前々から僕に良くしてくれていた、年上の女性達に辛い気持ちを聞いてもらい慰めてもらった。
彼女達は僕を優しく抱きしめ、それまで知らなかった人肌の温かさを教えてくれた。

友人達と距離を置いたことで、僕の周りにはシュトレ公爵家を頭とするシュトレ派の人間が集まって来た。

派閥や政治に興味は無かったから放っておいたけど、いつの間にか友人達との距離がさらに遠くなっていた。

でもどうでもよかった。

適当に周囲に合わせて愛想を振り撒き、ひとときの快楽に溺れ、考えることを止めた。

考えなければ、傷付くことはないから。

そうやって、逃げていた。

あの時、自分に『家族』がいないことを認め、現実から目を背けずに乗り越えていたら、僕はもう少しマシな人間になっていたんだろうか。

優秀で自慢の息子だったという、父のようになれたんだろうか。
そうしたらお爺様も、僕のことを血を分けた孫として、家族として認めてくれたんだろうか。


「今さらだよね」

小さく呟くと、チクリと胸が痛んだ。

罪を犯し罪人となった僕は、シュトレを名乗ることさえ許されなくなるだろう。

愛情はなくても、シュトレという同じ名を名乗ることだけがお爺様との繋がりを感じさせてくれる唯一のものだったのに、それすら無くなってしまうのだろう。

お爺様にとって僕は、本当に何の価値もないものになってしまったのだ。

その証拠に、シェリルの誘拐事件の後からお爺様は王都に出て来ていて、王宮にも顔を出しているのに、僕の所には一度も来ていない。

さっきシェリルに頭を下げていたのを見た時は驚いたけど、本当なら僕なんかのために頭を下げるのは嫌だっただろう。



「シェリル…」

僕は首につけられた魔道具を触りながら呟いた。

この魔道具をつけてから、シェリルに対する欲望や渇望が薄くなり、純粋に愛情を感じるようになった。

「愛してる、シェリル」

何もかも諦めて、どうでもいいと思っていた僕が、どうしても欲しかったシェリルの笑顔。

「幸せになって欲しい」

本当は僕が幸せにしてあげたかった。
でも僕にはシェリルを笑顔にすることは出来ない。

「いつも、本当に欲しいものは手に入らないな」



コンコン


軽いノックの音に慌てて身を起こす。

ウィルかユランが来たのかもしれない。

あの二人とレオナルド殿下は、こんな僕のことをまだ大切な幼馴染だと言ってちょくちょく会いに来てくれる。
それにライリーも、スタンピード討伐に向かう直前の忙しい時にわざわざ会いに来てくれた。

「無くしたものばっかりじゃなかったな」

友人達の顔を思い浮かべ少し気持ちが明るくなった僕は、来客を告げる見張りに了解を伝えた。



「エルダー」

部屋に入って来たのは、白髪混じりの黒髪に紫の瞳。

「お爺様…?」

ガシッ!!!

「うぐっ?!」

いきなり抱き締められた。


「すまなかった、エルダー」


ギチギチと僕を抱きしめながらそう言うお爺様の声は、微かに震えていた。
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