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二年生 後期

66 そんなのいらない

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「アマーリエの謝罪を受け入れてくれて感謝する」

そう言ってソファーに座り、優雅に足を組むレオナルド殿下。


アマーリエ様に謝罪された翌日、朝っぱらから執務室に呼ばれた。
執務室にはレオナルド殿下のほかにユラン様とアルノー先輩だけ。

さっきまで文官らしき人達も忙しそうに働いていたけど、私が来たら出て行ってしまった。

「謝罪も何も、今回の事件はアマーリエ様のせいじゃありませんから」

「おや」

レオナルド殿下が怪訝な顔をする。

「エルダーに絡まれたり、そのせいで親衛隊から睨まれたのは、アマーリエのせいだと愚痴っていたと聞いたが?」

なんで愚痴ってたこと知ってるんだ。
っていうか、そんな愚痴ライリー様にしか言ってない。
アイツ、チクリやがったな。

「エルダー様から絡まれたのと、そのせいで親衛隊から睨まれたのはアマーリエ様のせいです」

レオナルド殿下の後ろにいるアルノー先輩の顔色が悪くなった。

「でも、エルダー様が私を誘拐したのは、エルダー様が執着を発症したからですし、親衛隊が私を取り囲んで怪我をさせたのは、親衛隊の人達が暴走したからです」

「ほう」

レオナルド殿下は面白いものを見るような目をして私を見た。
ユラン様の表情は変わらないけど、アルノー先輩はなんだかオロオロしている。

「アマーリエ様の暇つぶしはきっかけではありますけど、エルダー様の執着と私の誘拐はエルダー様の問題ですし、親衛隊の人達だって他の選択肢はあったはずなのに、自分達で私を傷付けることを選んで実行したんですから、彼女達自身の問題です」

どんな物ごとにもきっかけはある。
そしてそのきっかけが、良い方へ向かうか悪い方へ向かうかは、その後の選択と行動によって変わってくる。

エルダー様と親衛隊の人達は、悪い方を選択し行動してしまった。
でもそれは彼らが選んだことで、アマーリエ様は関係ない。

「アマーリエ様にもお伝えしましたが、アマーリエ様が謝罪をしたいと言うんなら、自分の娯楽のために何の関係もない人を巻き込み、迷惑をかけたことを謝って欲しいんです。
特にアマーリエ様は王族です。誰も逆らえないし文句も言えません。アマーリエ様には我が国の王族として、思慮深い行動をお願いしたいんです」

「…成る程」

レオナルド殿下はそう言って、あごの下に手の甲を当て物思いに耽ってしまった。

「アマーリエ様が、エルダー様に私を誘拐するように言ったとか、親衛隊を裏で操ってたとかなら話しは別ですけど」

「いや、それはない」

物思いに耽りながらレオナルド殿下が答える。

「それなら、昨日アマーリエ様から真摯に謝罪して頂きました。どうかアマーリエ様の謹慎とライリー様の懲罰を解いて貰えませんか?」

アマーリエ様は、一連の事件を引き起こした元凶を作ったとされて謹慎していた。
しかも、その責任を取るために修道院に入る準備をしていると言っていた。

確かにアマーリエ様の暇つぶしは、王族としては軽率な行動だったかもしれないけど、そこまでする程の罪じゃないと思う。

ライリー様が辺境に飛ばされた理由は誰に聞いても分からなかったけど、たぶんアマーリエ様の我儘を止められなかったせいじゃないかと思っている。

止めてはいたけど止めきれなかったのは事実だけど、我儘に付き合わされた私の愚痴を聞いてくれたり、何かとフォローしてくれていた。

高みの見物だったユラン様やレオナルド殿下より、よっぽど頑張ってくれていたと思う。

「考えておこう」

レオナルド殿下が素っ気なく答える。

いや、もっとちゃんと考えて欲しい。

「レオナルド殿下…」

「今回の事件についてだが、まだ取り調べ中で細かな調査は残っているが、君に関することについてはほぼ聞き取りを終えた」

私の思いは他所に、話しが進んでしまった。

「その上で、君を脅迫した親衛隊の令嬢達は学園退学。君に怪我をさせた令嬢は修道院に入り社会奉仕をすることになった」

「…はい」

一気に気持ちが暗くなる。

彼女達自身が選択して行動した結果とはいえ、これだけ大ごとになった上での学園退学は、今後の人生の大きな傷になるだろう。
私にナイフを突き立てたカリナ様に至っては、その一生を修道院で過ごすことになる。

自業自得といえばその通りなんだけど、こんなことになる前に自分達のしていることに気付けなかったのかと残念でならない。

「エルダーも学園退学。シュトレの領地で生涯幽閉となる」

「…はい」

さらに気持ちが重くなる。

血の病いである執着は、発症しても自らの感情を制御することで症状を軽減することが出来る。
でも、軽減することが出来なかったら閉じ込めてほかに被害が及ばないようにするしかない。


『愛してるよ』と言って、美しく微笑むエルダー様の顔が脳裏に浮かぶ。


あの愛に私が応えられたら、執着するほど恋しい私を手に入れることが出来たら、エルダー様は落ち着いて普通に生きることが出来る筈だ。

名門シュトレ公爵家を守るために、エルダー様の物になれと強要されてもおかしくなかったのに、レオナルド殿下をはじめ、誰も私にエルダー様の物になれとは言って来なかった。

ありがたい反面、私の犠牲ひとつで名門シュトレ公爵家の跡取りと体面を守ることが出来ると考えると複雑な気持ちだ。

いや、だからって犠牲になりたいわけじゃないけど。


「実はまだ研究段階なのだが…ウィルが獣人族の番への衝動を抑える魔道具を、魔族の執着を抑えられるように改良していて、エルダーにその被験者になってもらうことが決まっている」

「え?!」

そんなこと出来るの?
確か番への衝動を抑える魔道具って、メネティス初代国王陛下が作った魔術式が解明出来てないんじゃなかったっけ?

「君のおかげだ」

「ええ?」

「解明出来ていなかった魔術式に、癒しの魔術が組み込まれていることが分かったんだ。おかげで研究が一気に進んだ。後は臨床試験とさらなる改良という段階だ」

「おお!」

それは素晴らしい!
もしその魔道具が執着を抑えられるなら、魔族の血を引く者には朗報だ。
先祖代々苦しめられてきた、執着という血の病いを克服することが出来るんだから。

「良かった。それならエルダー様も、生涯幽閉にならなくてすみますね」

心のつかえが取れたような気がする。
私の犠牲がなくても、エルダー様が社会復帰出来る可能性があるならそれに越したことはない。

「君は……」

レオナルド殿下が呆れたような声で言った。

「いや、いい。…エルダーが執着を抑えられた場合のことはまだ決まっていない。臨床試験も始まったばかりだからな」

「そうですか。上手くいくといいですね」

「……ああ」

と、ユラン様がレオナルド殿下にそっと耳打ちをする。
一瞬、レオナルド殿下が私を見てニヤついたような気がした。

え?ナニ?
何だか嫌な予感がする…?

レオナルド殿下が私の方へ向き直っておもむろに話し始めた。

「君に危害を加えた令嬢達の家から慰謝料が出る。もちろんシュトレ公爵家からと王家からも。金額を確認してサインするように」

レオナルド殿下がそう言うと、ユラン様がテーブルの上に何枚かの書類とペンを置いた。

「あと、君に叙爵の話しが出ている。ここ数十年無かった新しい魔術の発見とその有用性。それにルーベル王国の聖神殿から聖女にと望まれる程の希少性から、女性としては初めてになるが男爵位を…」

「待ってください!!!」

叙爵?男爵位?
なにそれ!いらない!!!

「た、大変光栄なお話しですが、爵位なんてもらっても面倒…じゃなくて、邪魔…じゃなくて、ええと、とにかくそんなのいりません!」

「おや、女性初の魔術師団入りを狙う野心家なのに、女性初の爵位は要らないのか?」

レオナルド殿下は慌てる私を面白そうに見て言った。
その後ろでユラン様も薄っすら笑っている。
アルノー先輩は顔が青くなっている。

確かに女性初の魔術師団入りは目指しているし、アイツを見返すためにこの世界の歴史に名を残したいと思ってはいたけど、爵位が欲しいと思ったことはない。

そうじゃなくても、派閥争いに巻き込まれて貴族社会にげんなりしてるのに、爵位なんて絶対いらない!

「魔術師団に入りたいのは魔法の研究がしたいからです。爵位が欲しいわけじゃありません。…あ、そうだ!私の功績はマクウェン男爵家の功績にもなりますよね。マクウェン男爵家を陞爵するのはどうですか?」

お父様に押し付けてみよう。

「君の叙爵の前に、マクウェン男爵に陞爵の話しを持っていったが、そんなのいらないと断られた」

すでに断られていた!
お父様に押し付け作戦失敗!

「い、嫌です。爵位なんていりません」

これって断れないんだろうか。
どうしよう、本気でいらない。

「叙爵が嫌なら、癒しの魔術の発見に対して国から報奨金を出すことにしてもいい」

「そっちでお願いします!」


そして私は安堵のあまりよく確認もせず書類にサインをしてしまい、後日目を剥くような金額を手して卒倒しかけた。

レオナルド殿下に嵌められたと気付いたけど、お金を受け取らないなら叙爵だと言われて黙るしかなかった。

取り敢えず学費の支払いをしたけど、ちっとも減ったように見えない。


まだ十五歳の学生にこんな大金持たせて、身を持ち崩したらどうしてくれるんだー!!!
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