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二年生 後期

65 知ってます

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アマーリエ様が謹慎中だと聞いたその週末。
レオナルド殿下からアマーリエ様に会って欲しいと言われた。
とにかくアマーリエ様の話しを聞いてやって欲しいと。

アマーリエ様の謹慎とライリー様の辺境行きについては、あの事件に関わっていたからという噂だけで、何をどう関わっていたのか全く情報が入って来なかった。

私があの事件で分かっているのは、エルダー様が私に対して執着を発症したこと。
シュトレ派の中でも強硬派と呼ばれる人達が、エルダー様の気持ちを利用して、私の誘拐や監禁を唆したこと。
親衛隊は誘拐とは関係なく、暴走していただけだったこと。
シュトレ派の目的は、私の魔法研究と、ユラン様のハイベルグ公爵家率いるハイベルグ派を追い落とし中央議会に入り込むことだった、ということだ。

エルダー様の執着は血の病いだから仕方ないにしても、派閥とか中央議会とか、私に理解出来る範囲を超えている。

貴族の争い怖すぎる。

一体アマーリエ様とライリー様は、あの事件の何に関わっていたんだろう。

例の暇つぶしには困らされていたけど、合同遠征実習では私の心配をしてくれたり、春祭りの準備を一緒に頑張ったりして、悪い人じゃないんだよなーと思っていた。

ライリー様だって、わざわざ私の訓練に付き合ってくれたり、何くれとなく気にかけてくれて感謝していた。

それなのに…。

嫌だな。
なんだか人間不信になりそうだ。



重い気持ちのまま侍女に案内されて来たのは、アマーリエ様の居室のさらに奥にある寝室。

そっとドアを開け中に入る。

カーテンの閉められた薄暗い寝室。
豪奢な天蓋付きベッドの上に、何かがこんもり山になっていて微かに動いている。

「アマーリエ様…?」

「…っ!…シェリル?」

ベッドの上の小山は、小さく蹲ったアマーリエ様だった。

私の声にビクリと身を跳ねさせて、こちらを向いた顔は涙で濡れていた。
頬は痩せ、目は充血して瞳の紅と白目の区別がつかないくらいだ。

アマーリエ様の視線が私の視線と交わり、真っ赤な目から涙が溢れる。

「ああ!シェリル…ごめんなさい…ごめんなさい…わたくし……」

そのままベッドに突っ伏して号泣するアマーリエ様。
美しく波打っていた銀色の髪はボサボサで、所々絡まって固まっている。

洗礼された優雅な仕草と美しさで、女生徒の見本としてみんなの憧れを集める王女様の、あまりにも悲惨な姿。

こんなに泣いて謝らなきゃいけないほど酷いことをされたんだろうか、私。
傷付くのが分かってて、話しを聞かなきゃいけないんだろうか、私。

気持ちがどんどん重くなる。

手の怪我は聖魔法で治してもらえたけど、心の傷は治せないのに…。

でも、話しを聞かなきゃ始まらない。


「アマーリエ様」

「あああぁ!シェリル……ああぁ…」

「アマーリエ様…」

「あああ…ごめんなさい…ごめんなさい…」


…うん。話しを聞くどころじゃなさそうだ。

仕方なく寝室を見渡す。
昼間なのにカーテンが閉められているので薄暗い。
アマーリエ様の悲痛な泣き声も相まって、部屋の中の空気が重苦しい。

私は窓に近寄ってカーテンを開ける。
途端に明るい日差しが差し込んで、薄暗い室内に慣れた目がチカチカした。
ついでに窓も開ける。
警護の関係か少ししか開かないけど、まだ少し冷たい四月の風が、サアッと室内に入ってきた。

太陽の光と新鮮な空気で、少し気持ちが明るくなる。

今から落ち込んでいても仕方ない。
とにかくアマーリエ様の話しを聞かなくちゃ。

寝室の全ての窓を開けてまわりアマーリエ様を見ると、頭から掛布をすっぽり被ってまたベッドの上で小山になっていた。

泣き声は小さくなっている。

「アマーリエ様、喉乾きませんか?」

小山に声をかけたけど返事はない。
隣りの部屋で待機していた侍女に飲み物を頼むと、お茶と果実水にお菓子まで持って来てくれた。

「アマーリエ様、お茶飲みましょう」

 泣き声はもう聞こえない。
でも小山が動く気配はない。

これはもしかして、大泣きしたあと恥ずかしくなって出て来れなくなってるパターンかな?
それなら…。

私はベッドに近寄って小山のカバーを一気に取っ払った。

「きゃあ!な!何をなさいますの?!」

涙と鼻水でぐしょぐしょのアマーリエ様が現れた。
昼間なのに寝衣を着ている。

「はい、涙を拭いてください。鼻水も。酷いことになってますよ」

そう言ってアマーリエ様にハンカチを渡す。
と、私のハンカチを見たアマーリエ様が目を剥いた。

あ、しまった。
今日は王宮療養生活が暇過ぎて、私が刺繍したハンカチだった。

「これは……血溜まり?」

「苺です」

いくら私でも、刺繍のモチーフに血溜まりは選ばない。

「シェリル…わたくし…」

「取り敢えずお茶です。果実水でもいいですけど、一杯飲むまで話しは聞きません」

ちょっと強めにそう言うと、アマーリエ様は案外素直にハンカチで涙を拭いて、お茶が用意されたテーブルに向かった。

私もアマーリエ様の向いに座る。

私が紅茶を一口飲んでいる間に、アマーリエ様は果実水を一気に飲んだ。

まあ、あれだけ大泣きすれば喉も乾くだろう。

ふうっと大きく息を吐き出すと、居住まいを直すアマーリエ様。
覚悟を決めたように真っ直ぐ私を見た。

「取り乱してしまってごめんなさい」

アマーリエ様の真っ赤に腫れた瞳が微かに揺れる。

「わたくし、シェリルに謝罪してもしきれない程のことをしてしまいましたの」

私は飲んでいた紅茶のカップをゆっくりテーブルに置いた。

さあ、アマーリエ様は一体私に何をしたんだろう。

私も覚悟を決めてアマーリエ様を見た。
アマーリエ様の膝に置いた手が微かに震えていた。


「エルダーが、貴女にしつこく言い寄っていたのはわたくしのせいなの」

アマーリエ様の手がギュッと握られる。

「ごめんなさい。貴女が怪我をしたり、エルダーに攫われたりしたのは、わたくしのくだらない我儘のせいなの」

……ん?

「貴女を辛い目に合わせてしまったわ。なにより、貴女の将来に傷をつけてしまったわ」

あれ?

「わたくしを許して欲しいとは言いません。ですが、償いはさせて欲しいのです」

「あの」

「本当にごめんなさい」

そう言って頭を下げるアマーリエ様。
握りしめた拳にポタポタと涙が溢れる。

「あの、アマーリエ様」

アマーリエ様の頭は下がったままだ。

「くだらない我儘って…」

握りしめた拳がさらに固く握られる。

「わたくしがエルダーに…いいえ、エルダーとユランとライリーに、貴女を恋に落とすように命令したの。あの三人はわたくしの婚約者候補でしたから、降嫁のことをチラつかせて無理矢理言うことをきかせたのですわ。そのせいで貴女は…」

それは…

「知ってます」

「…え?」

アマーリエ様が顔を上げた。

「っていうか、最初から知ってました。アマーリエ様が暇つぶしに私を…えっと…あのガリ勉女を恋に落としなさい!って言ってるとこ聞いてましたから」

「ええ?!」

アマーリエ様の目が大きく大きく見開かれる。

「あの、アマーリエ様が私にしたのって、その暇つぶしだけですか?」

「え?ええ、そ、そうですけど…」

アマーリエ様からの返事を聞いて、肩から力が抜けるのを感じた。
知ないうちに緊張していたらしい。

「なんだ、良かった。今回の事件に関わっていたって聞いたから、実は黒幕でしたとか、殺そうとしていましたとか、そんな怖いこと言われるのかと思ってました」

「えええ?!」

今回派閥争いなんてドロドロしたのに巻き込まれたせいで、疑心暗鬼に陥っていたようだ。

寧ろ例の暇つぶしだけなら問題ない。

いや、問題なくはない。
迷惑は迷惑だった。

「確かに、アマーリエ様の暇つぶしのせいでエルダー様に付き纏わられて面倒でしたけど、こうして謝ってくれたから、もう気にしなくていいですよ」

そう言ってにっこり笑って見せる。

普通なら、高位貴族が下位貴族相手を多少虐げても、謝罪なんてしてもらえない。
アマーリエ様は王族なのに、あんなに泣きながら謝ってくれた。
それで充分だと思う。

「で、でも、エルダーに誘拐されたことが噂になっていると聞きましたわ。痛ましいことは無かったとお兄様は仰っていましたけど、貴族子女にとって、そのような噂が流れた時点で醜聞ではありませんか。わたくしの暇つぶしのために、シェリルの幸せな未来を潰してしまいましたわ…」

アマーリエ様が辛そうな顔でそう言った。

私の幸せな未来って…。

「アマーリエ様が気にしているのは、私が結婚出来るかどうかについてですか?」

「ええ…そうよ。わたくし、シェリルに素敵な恋をして愛のある結婚をして欲しかったの。奨学金の返済や生活費のためにバイトをしたり、女性の身で魔術師団で働いたりしなくてもいいように…それなのに…」

「アマーリエ様、私はお金のために魔術師団に入りたいわけではないですよ。魔法の研究がしたいから魔術師団に入りたいんです」

「え?」

「それに、私、結婚は考えていません。結婚したら仕事は続けさせてもらえないでしょう?私の目標は、自分のやりたい仕事に就いて、自分の生活を自分で支える、自立した女性になることなんです」

「えええー?!」


その後、私とアマーリエ様はお茶を飲みながら女性達の現状や自立について議論を交わした。


実に有意義な時間だった。
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