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二年生 後期
54 男達の密談 ※俯瞰視点
しおりを挟むシェリルに続いて神殿長も出て行き、部屋の中はレオナルドとユラン、ユランの父である宰相と魔術師団長のカルロスの四人だけになった。
「シェリル嬢の魔力濃度には驚いたね」
カルロスが口をひらく。
「レオナルド殿下の支配の術に抵抗を見せたというのも納得の濃さだったな」
宰相も驚きを隠せないようだ。
「この結果を知ったら、ますますシェリル嬢を欲しがる輩が増えるのではないでしょうか?」
ユランが心配そうな顔をしてレオナルドに尋ねる。
「ひとまず一番煩かった教会は、シェリル嬢自ら断ったからしばらくは大人しくなるだろう」
「心配なのはシュトレでしょうか」
「シュトレというより、その派閥の連中だね。老公爵にはもう派閥を抑える力はないし」
ユランの心配にカルロスが答えた。
シュトレ公爵家を頭とする派閥は、内部でさらにいくつもの派閥を作り、各々勝手に行動している。
年老いたシュトレ公爵の手に負えるものではなくなっているのだ。
「中央議会に食い込むことに積極的だったハリソン伯爵は、しばらく表立って動くことはないだろう」
普段無表情を通り越し冷ややかな顔をしていることが多い宰相が、少し頬を緩めて言う。
ハリソン伯爵は今、キャンベル伯爵家の出来の悪い娘を必死で教育しているらしい。
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ドアをノックする音がしてライリーが入ってきた。
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「ウィルは呼ばなくていいのか?」
「シェリル嬢のことになると、冷静ではいられないようだからね」
レオナルドが答えると、ウィルフレッドの父であるカルロスが楽しそうに笑った。
そんなカルロスにライリーが聞く。
「どうでした?」
「素晴らしい魔力濃度だったよ。ウィルの魔力を気持ちいいと言い、レオナルド殿下の支配に抵抗しただけのことはある」
カルロスの答えを聞いて、ライリーはチラリとユランを見たが、ユランはいつもと変わらない表情をしている。
「ライリーのほうはどうだった?」
レオナルドが聞くとライリーは首を横に振った。
「これまで派閥に興味のなかったエルダーが、ハリソン伯爵の周辺貴族と頻繁に会っていたってことと、最近エルダーが休日ごとに王都を出ていることはわかったけど、今のところ調べられたのはそこまでだ」
「本当にエルダーはマクウェン嬢に執着しているのか?」
宰相の小さな呟きに、反応したのは息子のユランだった。
「学園での様子を見る限り、かなり強く執着していると思われます。もともとはアマーリエ殿下の遊びに付き合って声をかけ始めたのですが、今は逆に声をかけることはせず、シェリル嬢に近付く男子を牽制しながらひたすら後を付けては見つめています」
「一時期のウィルもそんなだったな」
「男子に牽制はしていなかった」
ライリーの言葉にレオナルドが反論する。
「執着を発症してるとしたら厄介だね」
カルロスが軽い口調で言ったが、宰相は沈痛な面持ちを隠せない。
そんな宰相を見てカルロスが言った。
「ネイサン、エルダーはフェリックスとは違う。君や陛下がエルダーにフェリックスの面影を見ているのは知ってるけど、今は感傷に浸っている場合じゃないよ」
「…わかっている」
宰相が小さな声で答える。
普段と立場が逆転した会話を、レオナルド達が驚いた様子で聞いていた。
それに気付いたカルロスが三人に笑いかける。
「国王陛下と宰相と、エルダーの父親のフェリックスは、騎士学校から魔法学園卒業まで、ずっと同級生だったんだよ。国王陛下とフェリックスは騎士学校での寮も同室だったんだ」
レオナルドとライリーが顔を見合わせる。
まさしく二人と同じ関係だ。
「フェリックスは頭が良くて、騎士としての訓練も欠かさない責任感の強い男だった。
貴族として次期シュトレ公爵として、自分に何が出来るのか、そのために今何が必要なのかを常に考えていた」
カルロスが懐かしそうに目を細める。
「あの頃は老公爵も元気だったし、派閥内で争いが起こるなんて考えられなかった。シュトレ公爵家に問題なんて見当たらなかったんだよ。だからアマーリエ殿下とエルダーを結婚させて、シュトレを中央議会に戻すことにしたんだ」
カルロスの言葉に亡くした友を思い出したのか、宰相のネイサンも懐かしそうに目を細めた。
「執着さえ発症しなければ、シュトレは真面目な人格者が多い。この国の貴族は多かれ少なかれ魔族の血を引いている。執着の強さは魔族の血を濃く引くものの定めでもあるが、シュトレは特にその傾向が強いからな」
宰相はそう言うと溜息を吐いた。
シュトレが中央議会から遠ざけられたのも、数代前のシュトレ公爵が王太子妃に執着したことが原因だ。
王太子妃を自らのものにしようと、王太子を廃嫡し、第三王子を王太子として擁立しようと画策したのだ。
首謀者のシュトレ公爵と第三王子は密かに生涯幽閉とされ、シュトレは中央議会を追われたが、これまでの功績から公爵家は残された。
「ここに来て、また執着で表舞台から遠ざかるのか。フェリックスに顔向け出来ないな」
「フェリックスなら、そんなことより執着に囚われた息子を助けてくれって言うと思うよ」
「そう…だな」
それまで宰相と魔術師団長の話しを聞いていたレオナルドが反応する。
「その執着だが、獣人族の番への衝動を抑えるピアスが使えるかもしれない」
部屋にいた全員がライリーの耳に注目する。
ライリーは居心地悪そうに四つのピアスをつけた耳をピクリと震わせた。
カルロスが怪訝な顔をしてレオナルドに言った。
「獣人の番への衝動と魔族の執着は違うものだよ。獣人族のピアスが我々に効かないことは分かってるじゃないか」
これまで多くの人々の人生を狂わせてきた魔族の血の病いである執着。
治す、あるいは軽減するための研究は、遥か昔から今日に至るまで続けられている。
獣人族のピアスも散々研究されてきたが、魔族の執着には効果がなかった。
メネティス王国初代国王が作った、獣人の番への衝動を抑えるピアスは、魔術式を丸写しすることで複製を作ることは可能だが、組み込まれた魔術式はいまだ解明すら出来ていないのが現状だ。
カルロスに答えたのはユランだった。
「獣人族のピアスの魔術式の一部が、解明できたんです」
カルロスが目を丸くする。
その隣りの宰相も驚きを隠せないようだ。
そんな二人を見ながらレオナルドが言う。
「あのピアスに強い感情を抑える効果があることは分かっていた。魔族の執着も自身で抑え切れない強い感情だ。魔術式が解明できたことで、魔族の執着も抑えられる希望が出てきた」
「だとしたら、我々魔族の血を引くものにとっては光明だが」
唸るように言った宰相にレオナルドが頷く。
「魔族の血を濃く引くメネティスの貴族は、物や人に執着して身を滅ぼすものが多い。獣人族のピアスが我々の執着にも有効になれば、これから先執着で落ちていくものを減らせるかもしれない。
特にシュトレは強い執着のせいで、何度も危機的状況に陥っている」
ユランが口をひらいた。
「それに、私達にとってエルダーは子供の頃よく遊んだ幼馴染です。成長とともに距離が出来てしまいましたが、大切な存在であることに変わりはありません。執着で身を滅ぼす前に、何とか救いあげてやりたいのです」
ユランの言葉を聞き、宰相が表情を改めた。
「陛下とシュトレ公爵には私から伝えておこう」
レオナルドはユランとライリーに目線を送った。
レオナルド達には、エルダーの父である愛息子を失ってから、領地に引きこもっているシュトレ老公爵を引っ張り出すことは難しかった。
宰相なら可能だろう。
「それにしてもシェリル嬢は人気者だね。エルダーもだけど、うちのウィルもシェリル嬢に夢中なんだよ。我が息子ながら気持ち悪いくらい、シェリル嬢のことをこと細やかに調べ上げているんだ」
カルロスがそう言うと、宰相が興味深そうに言う。
「不思議なお嬢さんだな。見た目は儚げなのに確固たる信念を持っていて、王族であるレオナルド殿下や神殿長に対しても臆することなく意見を述べる」
レオナルドはシェリルの出て行ったドアを見ながら、考え深げに言った。
「たまに無礼だが不思議と腹は立たない。彼女は私を、王族である前にひとりの人間として見ている。立場の違いはあれど、人としては平等であると考えているのを感じるんだ」
「誰に対してもそうだな。アルノーが孤児院出身と聞いても、まったく態度が変わらなかったそうだし」
ライリーがそう言うとレオナルドが頷いた。
「彼女にはあのまま彼女らしくいてほしいものだ。今や魔法研究の期待の新星とまで言われているが、狭い囲いの中で飼い慣らしたら彼女の自由な発想は失われてしまうだろう。
その為にも、シュトレの強硬派をなんとかしなくてはならない」
「どちらにしても、シュトレの強硬派は増長していて危険だ。ここらで一旦抑える必要がある」
宰相の言葉に男達が頭を寄せ、広い室内に低く囁く声がしばらく続いていた。
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