上 下
51 / 135
二年生 後期

51 春祭りデート争奪戦

しおりを挟む

「まあ!シェリルさん!これは何ですの?!」

「…人形の衣装です」

「そんな筈ありませんわ!こんな血塗れの衣装は予定にありません!」

アマーリエ様に言われて、自分の手元の布を見る。
確かに血塗れだ。

放課後、クラスの女子達が集まって、春祭りでやる人形劇で使う衣装を縫うことになったんだけど…。

「洗えば…」

「縫い目も、何処がどうなってしまったんですの?!」

あぁ、うん。
縫い目は少し前から行方不明になっている。
もはや自分でも何処をどう縫っているのか分からない状況だ。

アマーリエ様の声を聞いて、クラスの女子が集まって来た。

「あ、あああぁぁ…」

「シェリル様…」

みんな私の手元を見て、悲痛な声を上げる。
だから最初に言ったのに。

「お裁縫が苦手と仰っていたのは、謙遜では無かったのね」

「まさかここまでとは…」

パンパンパン!

「皆様!シェリルさんの可愛いおてては、わたくしが責任持って光魔法で治癒致しますわ!皆様は作業をお続けになって!」

アマーリエ様が手を叩きながら集まってきた女子達を作業に戻す。

可愛いおててって何ですか?って突っ込みたいけど出来ない。
相手は王女様だ。

「アマーリエ様、光魔法を使って頂くほどのことではありません。医務室に行って手当てをしてもらえば大丈夫です」

王族の光魔法で治してもらうなんて恐れ多すぎる。

「怪我したの?シェリル」

ふいに後ろから声をかけられて、ギョッとする。
いつの間にかエルダー様がいたらしい。

最近のエルダー様は、どことなく暗い表情をしていて顔色も悪く、以前は無駄にキラキラ光らせていた紫の瞳もどんより濁っている。

「あら、エルダー」

アマーリエ様がエルダー様を見て、何か思い付いたような顔をする。

うわぁ、嫌な予感。

「エルダー、シェリルさんを医務室に連れて行って差し上げてちょうだい」

「……分かりました。行こう、シェリル」

ええー!
嫌だー!!

「ひ、ひとりで行けます」

「駄目だよ。さっきシェリルの護衛、レオナルド殿下に呼ばれて行っちゃったし、ひとりにはさせられないよ」

確かに、何故かこんな時に限って護衛がいない。
必要な時にいない護衛ってどうなんだろう。
しかも呼んだのはその護衛を私につけた張本人のレオナルド殿下だ。

「護衛が戻って来たら、医務室に向かわせますわ」

ニッコニコのアマーリエ様に見送られて教室を出る。

結局エルダー様に付き添ってもらって医務室に行くことになってしまった。
親衛隊に見つかったら厄介なことになりそうだから、ご遠慮したかったのに。

王宮に保護されてから、エルダー様の親衛隊によるあからさまな虐めはなくなった。

教室の外では護衛がつくようになったから、物理的に近付くのが難しくなったせいもあるだろうけど、さすがに国に保護されている相手の教科書を破いたり、足をかけて転ばせるのは不味いと考えたんだろう。

ただ、遠くから恨みがましい目で睨みつけられてはいる。


「シェリル、この間はごめんね」

廊下を歩きながら、エルダー様が謝ってきた。

「え?何のことですか?」

この間?何かあったっけ?
正直エルダー様には謝って欲しいことが沢山あり過ぎて、何のことだか分からない。

「シェリルが痛がっていたのに、手を離さなかったから。怒ってる?」

ああ、ユラン様が雷の魔術を発動した時か。

「それは別に何とも思っていませんよ」

むしろ壁ドンしたこととか、キスしようとしたこととか、親衛隊を制御しきれてないことを謝ってほしい。

「怒ってないの?」

「はい」

それに関しては。

「良かった」

エルダー様が少しだけ口の端を上げた。
以前と違い、あきらかに無理して作った笑顔。
最近のエルダー様はずっとこんな調子だ。

「ねえ、シェリル」

「はい」

「シェリルは、ユランのことが好きなの?」

「はあ?」

おっとしまった。
高位貴族様に、はあ?とか言ってしまった。

「失礼しました。それは恋愛感情の好きという意味ですか?」

「うん」

「そういう感情は、今のところ誰に対してもありません」

「本当に?」

「はい」

「本当の本当?」

「…はい」

何だコレ。
何の確認なんだろう。

「そっか」

エルダー様は小さくそう言うと、フッと表情が明るくなった。


医務室に着くと、エルダー様が私の傷の手当てをしたいと言い出した。

「いや、医務員の先生にやってもらいますから」

「この前の合同遠征実習のあと練習したんだ。先生、いいでしょう?」

小首を傾げた可愛いおねだりポーズで、医務員の男性教諭を翻弄するエルダー様。
女好きなのは知ってたけど、そっちもいけるのか。

守備範囲の広いエルダー様をぼんやり見ていたら、剣の練習中に足に切れ目を入れてしまったという生徒が来て、医務員の先生は私をエルダー様に任せてそちらに行ってしまった。

「さあ、シェリル。手を出して」

何だか楽しそうなエルダー様に言われて、仕方なく手を出した。

「うわあ、痛そう」

エルダー様が綺麗な布を濡らして、私の傷だらけの指先を拭いてくれる。

聖魔法や光魔法の回復や治癒なら、こんな怪我はすぐに跡形もなく治せるけど、そもそも聖魔法や光魔法を持つ人は貴重なのだ。

たいした怪我じゃなければ、魔法じゃなくて薬を使って治すのが一般的だ。

エルダー様は私の指先に丁寧に薬を塗って、くるくると包帯を巻いていく。

「上手ですね、エルダー様」

「本当?嬉しいな。練習したかいがあったよ」

思わず褒めると、嬉しそうににっこり笑った。
無理して作った顔ではなくて、心からの笑顔。

「良かった」

「え?」

「エルダー様、最近暗かったから。久しぶりにちゃんと笑ってる顔が見れて良かったです」

「…っ、シェリル…」

エルダー様が下を向いてしまった。
胸を押さえて、何かに耐えるように体を強張らせている。
どうしたんだろうと手を伸ばしかけた所で、ちょうど護衛が迎えに来た。

「僕、この後用事があるから、護衛と一緒に教室に戻ってて」

エルダー様が下を向いたまま言った。

「…わかりました。傷の手当て、ありがとうございました」

お礼を言って医務室を出る。

エルダー様の様子がなんだかおかしかったけど、ここは医務室だ、具合が悪ければ医務員の先生に相談するだろう。

様子がおかしいのはここ最近ずっとだけど、それは私が関与することじゃない。

ふぅ

思わず小さな溜息を吐く。

エルダー様には迷惑をかけられた覚えしかないけど、目の前で暗い顔を見せられると気になってしまう。

何かあったんなら誰かに相談すればいいのに…。

と考えてふと気付く。
そういえば、エルダー様が特別に誰かと親しくしているのを見たことがない。
いつも笑顔でみんなと話していた。

それに、ウィルフレッド様やユラン様はレオナルド殿下の側近として生徒会の役員に名を連ねているけど、同じ歳で公爵家子息のエルダー様は側近でも生徒会役員でもない。

アマーリエ様の婚約者候補なのに、どことなく国の将来を担う人達とは一線を引いている?いや、引かれている?

「相談できる人、いないのかなぁ」

エルダー様の、何かに耐えるように張り詰めた肩を思い出しながら呟いた私の目に、たぶんエルダー様の親衛隊だろう女生徒の恨みのこもった視線がぶつかった。

エルダー様を心配するのは止めよう。



「あら、シェリルさん。戻られたのね」

教室に戻ると、満面の笑みを浮かべたアマーリエ様に出迎えられた。

「シェリルさんに衣装作りは難しいことが分かりましたので、魔道具班一筋で頑張って頂くことに決まりましたわ」

アマーリエ様の言葉にクラスの女子達が大きく頷いた。
だから、最初からお裁縫は苦手だって言ったのに。

「シェリル様にも苦手なものがあると分かって、何だか安心しましたわ」

クラスの女子が話しかけてきた。

「私もお裁縫は苦手でしたけど、シェリル様を見て自信がつきましたわ」

他の女子がそう言うと、何人かが力強く頷いた。

「それは…良かったです」

何だろう、何か釈然としない。

そういえば、マチルダ様は私が刺繍したハンカチを記念にと言って持って帰った。
何の記念なのか謎だけど、渾身の三つ首ヒュドラの刺繍だ。
ぜひ大切にしてもらいたい。

私は明らかにかったるそうなオーガスト先生監修のもと、ゴーレムの心臓ミニを作る班に回された。

これから三月末の春祭りまで、生徒達は放課後や休み時間まで春祭りの準備に追われることになる。

私はクラブ活動をしていないけど、クラブでも出し物のある人や、執行部の生徒会や委員会の人達はさらに忙しくなる。


春祭りに向けて着々と盛り上がって行く中、ライリー様に声をかけられた。

「知らせておいた方がいいと思ってな」

ライリー様はそう言って、真っ赤な髪をカリカリ掻きながら申し訳なさそうに言った。

「アマーリエの例の我儘がまた出たんだよ。今度は春祭りデート争奪戦だとさ」

「ええー!!!」

何それー!!!


アマーリエ様。
このクソ忙しい時に何やってるんですかね?
少なくとも暇ではないはずなんですけどね。

って言うか、もういい加減、私を巻き込むのやめてもらえないですかー?!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

空気スキル・・・異世界行っても空気なの!?(完)

ファンタジー
いつの間にか異世界に行っていた 神崎 愛人。 前世界、存在空気 異世界、完全空気 空気になって何でも出来ちゃう! 読みずらかったら言ってください。修正を頑張ってします! あと、誤字などもありましたら報告お願いします! 不定期で投稿します。 早い時は早いですが、遅い時は遅くなります。 p.s2017/01/06 22時 不定期じゃなくなってる気がするのは気のせいでしょうか?? p.s2017/03/04 13時 異世界なんてなかった。いいね? p.s2017/03/22 22時 タイトル詐欺でしかない p.s2017/05/14 9時 本当に読みますか? p.s2017/06/28 17時 読まない方がいい。 p.s2017/07/29 午前0時 読んだら死にます。 p.s2017/08/29 午後5時 死んだ p.s2017/11/26 午前9時 ナニコレ

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

パーティー会場で婚約破棄するなんて、物語の中だけだと思います

みこと
ファンタジー
「マルティーナ!貴様はルシア・エレーロ男爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺の妃として相応しくない。よって貴様との婚約の破棄そして、ルシアとの婚約をここに宣言する!!」 ここ、魔術学院の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、ベルナルド・アルガンデ。ここ、アルガンデ王国の王太子だ。 何故かふわふわピンク髪の女性がベルナルド王太子にぶら下がって、大きな胸を押し付けている。 私、マルティーナはフローレス侯爵家の次女。残念ながらこのベルナルド王太子の婚約者である。 パーティー会場で婚約破棄って、物語の中だけだと思っていたらこのザマです。 設定はゆるいです。色々とご容赦お願い致しますm(*_ _)m

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜

秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』 ◆◆◆ *『お姉様って、本当に醜いわ』 幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。 ◆◆◆ 侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。 こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。 そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。 それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

処理中です...