43 / 135
二年生 後期
43 雷の魔術
しおりを挟む大混乱のまま授業を終えたら、本当に迎えの騎士がやって来て、有無を言わさず王宮に連れて来られた。
用意された広々とした客室には、すでに寮の私の部屋にあった魔法の資料や私物が運び込まれていた。
さすがにちょっと不安になった。
王宮で保護されるほどのことをしたとは、考えてもいなかったから。
一時的に保護する、と言っていた。
レオナルド殿下が議会を説得して、私に対して良からぬことを考える輩がいなくなるまでの辛抱だと。
一生王宮から出られないとか、国に囲い込まれるとか、そんな怪しい話しになったら王宮の庭に穴を掘ってでも抜け出してやろう。
そう考えて、なんとか自分を落ち着かせようとした。
けど、全然落ち着けなかった。
そして一夜明けた今日。
「魔法に感情を乗せる?」
「そうです」
私はウィルフレッド様と、何故かウィルフレッド様の父親である魔術師団長カルロス様も一緒に、魔術師の塔の隣りにある魔法訓練場に来ている。
ここは魔術師達が魔法の訓練や実験をする場所で、かなり大きな魔法に耐えられるように作ってあるそうだ。
昨夜考えた雷魔法の実験をしたいと言ったら、ここに連れて来られた。
「昨夜、眠れなくて」
「あ、ああ…」
「ちょっとイライラもしていて」
「う…うん」
ウィルフレッド様がどんどんションボリ顔になっていく。
どうやら責任を感じているらしい。
「眠れなかったのもイライラしてたのも、ウィル様のせいじゃありません。そんな顔をしないでください」
「う…ご、ごめん…」
「もう!謝らないでください!」
私達の会話を聞いていたカルロス様の忍び笑いが聞こえた。
カルロス様を振り返って見ると、スッといつもの穏やかな笑みに戻る。
ウィルフレッド様はまだションボリ顔をしているけど、話しを続けよう。
「それで、ちょっと壁の強度を調べてみようと思って」
「…は?!」
「客室の壁に風魔法で穴をあけようとしたんですけど」
「はあぁ?!」
「そうしたら…」
「ちょっと待って!シェリル嬢」
カルロス様からストップが入る。
「どうしたんですか?」
「どうしたんですかじゃなくて、君こそどうしたのかな?」
「何がですか?」
「どうして、王宮の壁の強度を調べようとしたのかな?」
「……ちょっとイライラしてたんです」
昨夜、いざとなったら王宮の庭に穴を掘って逃げようと思ったけど、よく考えたら土魔法を持たない私は、人力で穴を掘るしかないことに気付いた。
さすがにそれは目立つだろう。
それで、自分が持ってる風魔法での脱出方法を考えていて、壁の強度を調べてみることにしたのだ。
「君はイライラすると壁に穴をあけようとするのかな?」
「普段はしません。昨夜はそんな気分だったんです」
カルロス様が頭を抱えて何かブツブツ言い始めた。
と、ウィルフレッド様と目が合う。
「それが、雷の魔法になった?」
「そうなんです!」
うん。
ウィルフレッド様は話しが早い。
「イライラしたまま風魔法を発動しようとしたら、想定していたより多い魔力を放出してしまいました」
ウィルフレッド様が頷く。
魔法を使う時、感情が乱れていると魔力の制御が難しくなる。
だから魔法を習う時、一番最初に教わるのは感情の制御。
どんなに切迫した状況でも、感情が乱れたまま魔法を使うのは危険な行為だと言われている。
「風魔法は発動せず、かわりにバチンッと壁に衝撃が当たりました。大きめの神の悪戯…という感じでしょうか」
衝撃が当たった壁は、少し黒く焦げてしまった。
他の場所にかかっていた絵を飾って誤魔化してあることは言わないでおこう。
「なるほど、それで魔法に感情を乗せる、なのか」
私達はうんうんと頷き合う。
「ユラン様が雷の魔法を発生させた時も、エルダー様に対して苛立っていたと言っていましたし、昨夜の私もイラついていました。雷の魔法…というよりも、風魔法に怒りの感情を乗せることで発生する、雷の魔術なんじゃないかと考えたんです」
頭を抱えたままブツブツ言っていたカルロス様が顔を上げた。
「新しい魔法ではなく、風魔法の新しい術ということ?」
「そうです」
「それは良かった、と言うべきかな」
「どういう意味ですか?」
何が良かったんだろう。
「魔法は創世七柱の神々のお力だからね。新しい魔法が見つかりましたってなったら、創世神話がひっくり返ることになる。そうなったら教会が黙ってないだろうからね」
ええ?!
そんな問題があったの?!
見るとウィルフレッド様も頷いている。
なるほど、王宮に保護されるわけだ。
「それで、実際に雷の魔術を検証したいんだろう?」
ウィルフレッド様が期待に満ちた目を向けて言った。
黒い瞳がキラキラ輝いている。
「そうなんです。昨夜私が発生させられたのは大きめの神の悪戯でした。でも、魔力が多いウィル様なら、神の怒りを、雷を発生させられるんじゃないかと思うんです」
「ああ、それは楽しみだね」
カルロス様も明るい顔になり、ウィルフレッド様と同じ黒い瞳を輝かせた。
「想定していたより多い魔力を放出してしまったと言っていたけど、体感的にどのくらいだったかな?」
「倍くらいでしょうか」
ふむ、と頷いてカルロス様がウィルフレッド様を見る。
「ウィル、四分の一くらいの魔力でどうかな?」
「魔力は問題ないです。でも、怒りの感情が…」
それは…確かに。
何もないのに怒れと言われても難しいよね。
どうしたらいいだろうと考えていたら、カルロス様がウィルフレッド様の耳元で何か話し始めた。
みるみるうちにウィルフレッド様の顔が険しくなり、頬は赤くなり握りしめた拳が震え始めた。
「うわっ!」
ウィルフレッド様から凄まじい量の魔力のうねりが押し寄せてくる。
「よし!ウィル!南の魔石板を狙え!!!」
「くっ!!!」
バリバリバリ!!!
ドオーン!!!
ガラガラガラ!!!
凄まじい魔力のうねりに続けて、激しい音と衝撃。
立っていられなくて、耳を押さえてしゃがみ込んでしまった。
まだ空気がパリパリ音を立てているなか顔を上げると、高揚した様子のカルロス様と、グッタリと座り込むウィルフレッド様が見えた。
ウィルフレッド様が狙った南の魔石板は……
……無かった。
というか、魔法訓練場の南側は壁が崩れ落ちて何もなくなっていた。
壁のあった向こう側に、まだ何も植えられていない畑らしきものが広がっていて、その畑も一直線に黒く焦げている。
「凄い!これは素晴らしい!風魔法で間違いないけど、これまでの風魔法のどんな術より威力が高い!」
藍色の長い髪を静電気でぼわぼわに広げたまま、興奮気味に捲し立てるカルロス様。
私はなんとか立ち上がると、座り込んだまま茫然としているウィルフレッド様の側に行った。
「ウィル様、大丈夫ですか?」
私の問いかけに小さく頷いたけど、一気に大量の魔力を放出したせいか顔色が悪い。
私はウィルフレッド様の隣りに座り、その手を握る。
「あっ…シェリル…」
ゆっくり少しずつ、自分の魔力をウィルフレッド様に流し込んでいく。
「あっ…アアッ…」
ウィルフレッド様の顔が赤く色付き、何だか苦しそうに悶えはじめた。
「気持ち悪いですか?」
魔力の譲渡は相性が悪いと、余計に気分が悪くなる。
「い…や…アッ…きもちいい…」
良かった。
私にとっては、ウィルフレッド様の魔力は温かくて気持ち良いものだったけど、逆も同じとは限らない。
ウィルフレッド様にとっても、私の魔力が気持ち良く感じるというのはなんだか嬉しい。
「…ッハ、シェリル…もう大丈夫、だから…」
「おや、ウィルはシェリル嬢から魔力を貰っているのか?」
少し興奮が醒めて、周りを見られるようになったカルロス様が私達に気付いた。
ウィルフレッド様がそっと私の手を外す。
もういいのかな?
ちょっとしか魔力送れなかったけど。
「私は以前、ニ回もウィル様に魔力を譲渡してもらっているんです。そのお返しです」
私がそう言うと、カルロス様が心配そうに私を見た。
「それは…大丈夫だったのかな?余計に気分が悪くなったんじゃない?」
「え?いいえ。そんなことはありませんでした」
「へえ。珍しいね。ウィルの魔力は多くて濃いから、大体気分が悪くなるんだけどね」
怪訝な顔をするカルロス様。
「ウィル様の魔力は、温かくてぽかぽかして気持ち良かったですよ」
「あっ!シェリル!」
何故かウィルフレッド様が慌てている。
「へ~え!」
カルロス様の黒い瞳が輝いた。
「良かったね、ウィル!シェリル嬢がお前の魔力と相性がいいなんて、こんな幸運あるんだねぇ」
「ち、父上!止めてください」
「何言ってるのさ。魔力の相性がいいってことは体の相性がいいってことだし、子供が出来る確率も上がる。良いこと尽くめじゃないか」
「父上!」
ん?
今、何て言った?
私はウィルフレッド様を見た。
ウィルフレッド様は顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。
カラダノアイショウ
って、言ってたような…キガスル……。
カラダノアイショウ……
ッテ……ナニ………?
そのまま何も考えられなくなって、固まってしまった私の耳に、緊迫した人々の呼び声と、沢山の足音が聞こえてきた。
6
お気に入りに追加
1,283
あなたにおすすめの小説
俺だけ皆の能力が見えているのか!?特別な魔法の眼を持つ俺は、その力で魔法もスキルも効率よく覚えていき、周りよりもどんどん強くなる!!
クマクマG
ファンタジー
勝手に才能無しの烙印を押されたシェイド・シュヴァイスであったが、落ち込むのも束の間、彼はあることに気が付いた。『俺が見えているのって、人の能力なのか?』
自分の特別な能力に気が付いたシェイドは、どうやれば魔法を覚えやすいのか、どんな練習をすればスキルを覚えやすいのか、彼だけには魔法とスキルの経験値が見えていた。そのため、彼は効率よく魔法もスキルも覚えていき、どんどん周りよりも強くなっていく。
最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。
魅了魔法の正しい使い方
章槻雅希
ファンタジー
公爵令嬢のジュリエンヌは年の離れた妹を見て、自分との扱いの差に愕然とした。家族との交流も薄く、厳しい教育を課される自分。一方妹は我が儘を許され常に母の傍にいて甘やかされている。自分は愛されていないのではないか。そう不安に思うジュリエンヌ。そして、妹が溺愛されるのはもしかしたら魅了魔法が関係しているのではと思いついたジュリエンヌは筆頭魔術師に相談する。すると──。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
漆黒の私刑人〜S級パーティーを追放されたので今度は面倒事から逃げてのほほんとしたいのに・・・〜
KeyBow
ファンタジー
この世界では15歳になった秋に何かしらのギフトを得る。
ギフトを2つ得たランスタッドは勇者パーティーに入るも7年経過したある日、嫉妬からパーティーを追放され、ショックから腐っていく。
ギフトを2つ持つ者は記録になかったが、期待外れとされた。
だが、皮肉にもそれにより第2のギフトが覚醒。それは超チートだった。
新たに修行で得た力がヤバかった。
その力を使い秘密の処刑人になり、悪を断罪していく。
また、追放されて腐っている時に知り合ったルーキーを新たな仲間とし、立ち直ろうと足掻く。そして新たな出会い?
悪い奴は情け容赦なくぶった斬る!
夜な夜な私刑を行う。表の顔はお人好しな中級〜上級冒険者!
ここにダークファンタジー開幕!
やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?
桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」
やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。
婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。
あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?
【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる