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二年生 後期

43 雷の魔術

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大混乱のまま授業を終えたら、本当に迎えの騎士がやって来て、有無を言わさず王宮に連れて来られた。

用意された広々とした客室には、すでに寮の私の部屋にあった魔法の資料や私物が運び込まれていた。

さすがにちょっと不安になった。
王宮で保護されるほどのことをしたとは、考えてもいなかったから。


一時的に保護する、と言っていた。
レオナルド殿下が議会を説得して、私に対して良からぬことを考える輩がいなくなるまでの辛抱だと。

一生王宮から出られないとか、国に囲い込まれるとか、そんな怪しい話しになったら王宮の庭に穴を掘ってでも抜け出してやろう。

そう考えて、なんとか自分を落ち着かせようとした。

けど、全然落ち着けなかった。



そして一夜明けた今日。


「魔法に感情を乗せる?」

「そうです」

私はウィルフレッド様と、何故かウィルフレッド様の父親である魔術師団長カルロス様も一緒に、魔術師の塔の隣りにある魔法訓練場に来ている。

ここは魔術師達が魔法の訓練や実験をする場所で、かなり大きな魔法に耐えられるように作ってあるそうだ。
昨夜考えた雷魔法の実験をしたいと言ったら、ここに連れて来られた。


「昨夜、眠れなくて」

「あ、ああ…」

「ちょっとイライラもしていて」

「う…うん」

ウィルフレッド様がどんどんションボリ顔になっていく。
どうやら責任を感じているらしい。

「眠れなかったのもイライラしてたのも、ウィル様のせいじゃありません。そんな顔をしないでください」

「う…ご、ごめん…」

「もう!謝らないでください!」

私達の会話を聞いていたカルロス様の忍び笑いが聞こえた。
カルロス様を振り返って見ると、スッといつもの穏やかな笑みに戻る。
ウィルフレッド様はまだションボリ顔をしているけど、話しを続けよう。

「それで、ちょっと壁の強度を調べてみようと思って」

「…は?!」

「客室の壁に風魔法で穴をあけようとしたんですけど」

「はあぁ?!」

「そうしたら…」

「ちょっと待って!シェリル嬢」

カルロス様からストップが入る。

「どうしたんですか?」

「どうしたんですかじゃなくて、君こそどうしたのかな?」

「何がですか?」

「どうして、王宮の壁の強度を調べようとしたのかな?」

「……ちょっとイライラしてたんです」


昨夜、いざとなったら王宮の庭に穴を掘って逃げようと思ったけど、よく考えたら土魔法を持たない私は、人力で穴を掘るしかないことに気付いた。
さすがにそれは目立つだろう。

それで、自分が持ってる風魔法での脱出方法を考えていて、壁の強度を調べてみることにしたのだ。


「君はイライラすると壁に穴をあけようとするのかな?」

「普段はしません。昨夜はそんな気分だったんです」

カルロス様が頭を抱えて何かブツブツ言い始めた。
と、ウィルフレッド様と目が合う。

「それが、雷の魔法になった?」

「そうなんです!」

うん。
ウィルフレッド様は話しが早い。

「イライラしたまま風魔法を発動しようとしたら、想定していたより多い魔力を放出してしまいました」

ウィルフレッド様が頷く。

魔法を使う時、感情が乱れていると魔力の制御が難しくなる。
だから魔法を習う時、一番最初に教わるのは感情の制御。
どんなに切迫した状況でも、感情が乱れたまま魔法を使うのは危険な行為だと言われている。

「風魔法は発動せず、かわりにバチンッと壁に衝撃が当たりました。大きめの神の悪戯…という感じでしょうか」

衝撃が当たった壁は、少し黒く焦げてしまった。
他の場所にかかっていた絵を飾って誤魔化してあることは言わないでおこう。

「なるほど、それで魔法に感情を乗せる、なのか」

私達はうんうんと頷き合う。

「ユラン様が雷の魔法を発生させた時も、エルダー様に対して苛立っていたと言っていましたし、昨夜の私もイラついていました。雷の魔法…というよりも、風魔法に怒りの感情を乗せることで発生する、雷の魔術なんじゃないかと考えたんです」

頭を抱えたままブツブツ言っていたカルロス様が顔を上げた。

「新しい魔法ではなく、風魔法の新しい術ということ?」

「そうです」

「それは良かった、と言うべきかな」

「どういう意味ですか?」

何が良かったんだろう。

「魔法は創世七柱の神々のお力だからね。新しい魔法が見つかりましたってなったら、創世神話がひっくり返ることになる。そうなったら教会が黙ってないだろうからね」

ええ?!
そんな問題があったの?!

見るとウィルフレッド様も頷いている。

なるほど、王宮に保護されるわけだ。

「それで、実際に雷の魔術を検証したいんだろう?」

ウィルフレッド様が期待に満ちた目を向けて言った。
黒い瞳がキラキラ輝いている。

「そうなんです。昨夜私が発生させられたのは大きめの神の悪戯でした。でも、魔力が多いウィル様なら、神の怒りを、雷を発生させられるんじゃないかと思うんです」

「ああ、それは楽しみだね」

カルロス様も明るい顔になり、ウィルフレッド様と同じ黒い瞳を輝かせた。

「想定していたより多い魔力を放出してしまったと言っていたけど、体感的にどのくらいだったかな?」

「倍くらいでしょうか」

ふむ、と頷いてカルロス様がウィルフレッド様を見る。

「ウィル、四分の一くらいの魔力でどうかな?」

「魔力は問題ないです。でも、怒りの感情が…」

それは…確かに。
何もないのに怒れと言われても難しいよね。

どうしたらいいだろうと考えていたら、カルロス様がウィルフレッド様の耳元で何か話し始めた。
みるみるうちにウィルフレッド様の顔が険しくなり、頬は赤くなり握りしめた拳が震え始めた。

「うわっ!」

ウィルフレッド様から凄まじい量の魔力のうねりが押し寄せてくる。

「よし!ウィル!南の魔石板を狙え!!!」

「くっ!!!」


バリバリバリ!!!
ドオーン!!!
ガラガラガラ!!!


凄まじい魔力のうねりに続けて、激しい音と衝撃。
立っていられなくて、耳を押さえてしゃがみ込んでしまった。

まだ空気がパリパリ音を立てているなか顔を上げると、高揚した様子のカルロス様と、グッタリと座り込むウィルフレッド様が見えた。


ウィルフレッド様が狙った南の魔石板は……

……無かった。


というか、魔法訓練場の南側は壁が崩れ落ちて何もなくなっていた。
壁のあった向こう側に、まだ何も植えられていない畑らしきものが広がっていて、その畑も一直線に黒く焦げている。

「凄い!これは素晴らしい!風魔法で間違いないけど、これまでの風魔法のどんな術より威力が高い!」

藍色の長い髪を静電気でぼわぼわに広げたまま、興奮気味に捲し立てるカルロス様。

私はなんとか立ち上がると、座り込んだまま茫然としているウィルフレッド様の側に行った。

「ウィル様、大丈夫ですか?」

私の問いかけに小さく頷いたけど、一気に大量の魔力を放出したせいか顔色が悪い。
私はウィルフレッド様の隣りに座り、その手を握る。

「あっ…シェリル…」

ゆっくり少しずつ、自分の魔力をウィルフレッド様に流し込んでいく。

「あっ…アアッ…」

ウィルフレッド様の顔が赤く色付き、何だか苦しそうに悶えはじめた。

「気持ち悪いですか?」

魔力の譲渡は相性が悪いと、余計に気分が悪くなる。

「い…や…アッ…きもちいい…」

良かった。
私にとっては、ウィルフレッド様の魔力は温かくて気持ち良いものだったけど、逆も同じとは限らない。
ウィルフレッド様にとっても、私の魔力が気持ち良く感じるというのはなんだか嬉しい。

「…ッハ、シェリル…もう大丈夫、だから…」

「おや、ウィルはシェリル嬢から魔力を貰っているのか?」

少し興奮が醒めて、周りを見られるようになったカルロス様が私達に気付いた。

ウィルフレッド様がそっと私の手を外す。

もういいのかな?
ちょっとしか魔力送れなかったけど。

「私は以前、ニ回もウィル様に魔力を譲渡してもらっているんです。そのお返しです」

私がそう言うと、カルロス様が心配そうに私を見た。

「それは…大丈夫だったのかな?余計に気分が悪くなったんじゃない?」

「え?いいえ。そんなことはありませんでした」

「へえ。珍しいね。ウィルの魔力は多くて濃いから、大体気分が悪くなるんだけどね」

怪訝な顔をするカルロス様。

「ウィル様の魔力は、温かくてぽかぽかして気持ち良かったですよ」

「あっ!シェリル!」

何故かウィルフレッド様が慌てている。

「へ~え!」

カルロス様の黒い瞳が輝いた。

「良かったね、ウィル!シェリル嬢がお前の魔力と相性がいいなんて、こんな幸運あるんだねぇ」

「ち、父上!止めてください」

「何言ってるのさ。魔力の相性がいいってことは体の相性がいいってことだし、子供が出来る確率も上がる。良いこと尽くめじゃないか」

「父上!」


ん?
今、何て言った?

私はウィルフレッド様を見た。
ウィルフレッド様は顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。


カラダノアイショウ

って、言ってたような…キガスル……。

カラダノアイショウ……

ッテ……ナニ………?


そのまま何も考えられなくなって、固まってしまった私の耳に、緊迫した人々の呼び声と、沢山の足音が聞こえてきた。
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