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二年生 前期
25 婚活?
しおりを挟む十二月十五日。
魔法学園の前期終業日であり、学期末ウィンターパーティーの日である。
女子寮は朝から大変な大騒ぎだった。
侍女がいる人はいいけど、いない人達は食堂に集まって友人同士で着替えを手伝ったり髪を整えたりする。
私も一緒に会場に行くクラスメイトの女子三人に囲まれて、散々髪をいじられた。
結果、後ろで軽く纏めてサイドの髪を多めにおろすことになった。
ドレスはお姉様のお下がりで、お義兄様の瞳の色である黄緑色のAラインのドレスだ。
レースのオフショルダーはお姉様の手作り。
仮縫いの時に胸元がパカパカだったから、急遽夜なべして作ってくれたらしい。
お姉様の優しさと自分の胸部の寂しさに涙が出そうだ。
「シェリル様とこんな風にお話し出来るようになるなんて、思っていませんでしたわ」
「いつも難しい本を読んでらして、成績も優秀だし、闇魔法の研究は国王陛下も期待していると聞きましたから、私達とは違う世界の方なんだと思っていたんですのよ」
「もっと早くお話ししてみたら良かったですわね」
クラスメイトの女子三人が口々に言う。
ふたりは伯爵家のご令嬢でひとりは子爵家のご令嬢。
この三人とは一年生の時から同じクラスだったのに、ほとんど話したことが無かった。
合同遠征実習の後、今世での人との付き合い方について私なりに考えた。
前世の記憶を思い出した当初は、前世の記憶を生かしてアイツにギャフンと言わせつつ、シェリル・マクウェンとしての新しい人生を楽しもうと考えていたはずだった。
でも、前世の人達の思い出が徐々に薄れていくことに、罪悪感を感じるようになっていた。
だから、前世の思い出を上書きされないように、なるべく人と関わならいようにして、楽しむことを拒否するようになった。
忘れたくないという気持ちが、忘れちゃいけないという鎖になって、私を縛り付けていたのだ。
でも、時と共に忘れてしまうのは仕方がないことなんだ。
それは楽しんでも楽しまなくても変わらない、自然な現象なんだと気が付いた。
だったら心許せる友達を作り、楽しく過ごしたほうがいいだろう。
「さあ、参りましょうか」
伯爵令嬢が明るい声をあげる。
「私、昨年度は三年生に婚約者がいたので、こうして女性だけでパーティーに参加するのは初めてですわ」
「成人後の社交界では、エスコートなしの女性だけでパーティーに参加するなんて出来ませんものね」
「学生の間だけの特権ですわ。私は婚約者が他校に通っているので、昨年も女性達で参加しましたけど、変に気を使わなくて気楽で楽しかったですわよ」
一年生の時の前期ウィンターパーティーも後期サマーパーティーも、私はひとりで参加して食べるだけ食べて帰った。
ご馳走が並んでいて美味しかった記憶しかない。
「シェリル様、気合いですわよ!」
伯爵令嬢のひとりが私を見て意気込んで言う。
「え?気合い?」
「シェリル様も婚約者はいらっしゃらなかったでしょう?学園で出会ってご結婚する方も多いですからね」
え?
学校行事でまさかの婚活?
まだ十四歳だよ?
「あら、シェリル様はエルダー様と親しくされているんじゃないんですの?」
とんでもない誤解を招いている!
「あれは男慣れしてない私をからかって遊んでいるだけですよ。そもそも、エルダー様はアマーリエ様の婚約者候補じゃないですか」
私がそう返すと、三人は顔を見合わせた。
「では、シェリル様はエルダー様のことは何とも思っていないのですか?」
「迷惑な人だとは思ってますよ」
「まあ!」
むくれて返すと三人は驚いた顔をして、揃って笑い出した。
「確かに、いつも迷惑そうにしていますわね」
「エルダー様はアマーリエ様の目の前で何をなさっているんでしょうか」
「シェリル様、お互いこのパーティーで素敵な人を見つけましょうね」
誤解が解けて良かった。
若干一名それどころじゃない人がいるようだけど、婚活はともかく今日はパーティーを楽しもう。
会場である講堂に着くと、すでに着飾った生徒で一杯だった。
他の女子達と合流して賑やかに話していると、レオナルド殿下が学園の一年生で婚約者のディアナ・バレンシア王女をエスコートして、アマーリエ様は自身の騎士であるライリー様にエスコートされて入場してきた。
学園長先生の挨拶が終わり、ウィンターパーティーが始まる。
最初はパートナーがいる人達がダンスを踊る。
アマーリエ様は瞳の紅に合わせたのか、ライリー様の赤い髪に合わせたのか、大人びた深紅のマーメイドドレスで楽しそうにライリー様と踊っていた。
「マクウェン嬢」
女子達と豪華ビュッフェを堪能していたら、後ろから声をかけられた。
振り向くとユラン様が立っていた。
落ち着いた青いフロックコートが、スラリと背の高いユラン様を引き立てている。
「踊って頂けませんか?」
「うぐっ」
驚いて頬張っていたローストボアを喉に詰まらせてしまった。
「大丈夫ですか?」
ユラン様は心配そうな顔をしながら私に近づき囁いた。
「妹の件でお話しがあります」
「踊ってらして、シェリル様!チャンスよ!チャンス!!」
一緒に来た婚活中の伯爵令嬢が、鼻息荒く私をせっつく。
他の人達もキャアキャア興奮している。
「ヨ…ヨロコンデ」
マナーの授業で習った通りにそう言って手を差し出すと、ユラン様がさっとその手を取り、ホールの中央までエスコートしてくれる。
曲に合わせてステップを踏みながら、ユラン様の足は踏まないように慎重に体を動かす。
「ダンスは苦手ですか?」
「あまり踊る機会がないですから」
正直苦手だ。
「ステップは覚えているようですし、動きも悪くありません。あとはそんな風に固くならなければ、かなり上手になりますよ」
「あ…ありがとうございます」
と、グイッと手を持ち上げられ、その場でくるんと回らされた。
「や!止めてください!」
ステップ!ステップがわからなくなっちゃう!
慌てる私をなんだか楽しそうに見ているユラン様。
「妹が貴女に会えることをとても楽しみにしているんです。出来れば冬休み中に会ってもらえませんか?」
なんとか体勢を取り戻しステップを踏み始めた私に、普通に話しかけてくるユラン様。
鬼!鬼だよこの人!
「風の日ならバイトが休みなので行けますよ」
私もなるべく何事も無かったように普通に話す。
「では、冬休み最後の風の日でもいいですか?」
「大丈夫です」
寮の前まで公爵家の馬車で迎えに来るというのを固辞し、曲が終わる直前にもうひと回りくるんとさせられ、ユラン様とのダンスが終了した。
なんだか疲れた。
ご飯を食べてさっさと帰ろう。
気持ちを切り替えビュッフェに向かう私の背中に、今一番聞きたくない人の声が響いた。
「シェリル!なんで僕より先にユランと踊っちゃったの!」
うんざりしながら振り向くと、黒いタキシードの胸元に紫のチーフを覗かせた、エルダー様がそこにいた。
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