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二年生 前期

22 薔薇の花束

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「シェリル・マクウェン嬢、僕にウィンターパーティーのエスコートをさせてください」

エスコート争奪戦開幕、翌日の放課後。
私の前で片膝をつき、可愛いピンクの薔薇の花束を差し出しながら言うのはエルダー様。
場所は学園の中庭。

向こうの木の影にアマーリエ様の銀色の髪がキラリと光るのが見えた。

片膝ついて薔薇の花束…ライリー様がやらされそうになってたヤツだな。
まるでお芝居の一幕のようだけど、自分がされていると思うと恥ずかしくて走って逃げたい気持ちで一杯だ。

これはアマーリエ様の趣味なんだろうか。

「申し訳ありません。ウィンターパーティーは婚約者のいない女子達で一緒に行く約束をしているんです」

今日の朝、クラスメイトの女子達に声をかけてもぎ取った約束だ。
良かった。
朝一で教室に行って、婚約者のいない女子を待ち構えていた甲斐があった。

「女の子達と行くの?」

「はい。婚約者がいなかったり都合がつかない女生徒は、みんなでまとまって行くんですよ。私も婚約者はいませんから」

普通ならパーティーのエスコートは婚約者や家族がするものだけど、学園のパーティーは学生しか出席出来ないので、エスコートを頼める相手がいない人も多い。

エルダー様のように学生の間は気軽に男女の付き合いを楽しむ人もいるけど、度が過ぎれば醜聞になる。
身持ちの固い人は同性同士で誘い合って参加するのだ。

「シェリルは僕より女の子達の方が大切なの?」

「はい」

「ええ?!」

あっ、しまった。
本音が口から出てしまった。
って言うか、そもそもエルダー様を大切だと思ったことはない。

「先にした約束を反故にすることは出来ません」

これでなんとか誤魔化せるかな?

「シェリル…」

エルダー様の紫の瞳が涙で潤む。
うわあ、嫌な予感。

「立ってください、エルダー様。冷たい地面に膝をついたりしてたら風邪を引きますよ」

「シェリルは僕のこと嫌いなの?」

やっぱり来た!
嫌いだ!って言いたい!

「好きとか嫌いとかではありません。早く立たないと体が冷えてしまいますよ」

なるべく優しく聞こえるように言ってみる。
泣かれると面倒だ。
それに誰かに見られる前に、この恥ずかしい状況を何とかしたい。

「シェリルがエスコートさせてくれるまでこうしているよ」

差し出した薔薇の花束を両手でギュッと握りしめ、私を見上げるエルダー様の頬に涙がひと筋流れる。
恐ろしいほど美しく流れていく涙。
計算されつくしている。

ヒィィィ!
怖い!怖いよ!!!
どうしよう、どうしたらいいの?!

「シェリル、お願い…」

「エルダー!」

真っ白になっていた私の頭に、男性の鋭い声が響いた。
ハッとして声のした方を見ると、美しい顔に氷のような冷たい表情を張り付かせたユラン様がいた。

「何をしているんですか?」

声も冷たい。

「ユラン、邪魔しないでよ!」

エルダー様が拗ねたように言いながら立ち上がって涙を拭いた。
流石にエルダー様も、ユラン様に片膝ついて泣いているところを見られたくはないらしい。

良かった。
もう貴族令嬢の最後の手段"意識を失う"を使うしかないかと思っていた。

「今のは明らかにやり過ぎです。どう見てもマクウェン嬢は困っていましたからね」

はい。
とても困っていました。

「……シェリル、やっぱりエスコートはダメ?」

まだ諦めていないのか。

「申し訳ありません。先に約束した友人達を優先させてください」

「…わかった。無理言ってごめんね」

エルダー様は肩を落とし悲しそうな顔をした。
お芝居はまだ続いているようだ。

「せめて、この花束だけは受け取って貰えないかな?君のために用意したんだよ」

そう言って花束を差し出してくる。
見事なくらい可愛らしいピンクの薔薇の花束。

「あぁぁ、ありがとうございます」

ここで強情を張ってもまたお涙頂戴されるだけだ。
花に罪はない。
受け取っておこう。

「エスコートは諦めるけど、その代わりダンスは踊ってね」

「え?あっ!待って…!」

薔薇の花束を私に押し付け、言うだけ言って去って行くエルダー様。

嫌だ。

エルダー様と強制的に至近距離になるダンスなんて踊りたくない。
変に色気のある超絶美形を間近に見ながら踊るなんて、とても正気を保てるとは思えない。

どうしよう。

「差し出がましいことをしてしまいました。申し訳ありません」

エルダー様の後ろ姿を唖然と見送る私に、ユラン様が声をかけてきた。

おっと、そうだった。
ユラン様が助けてくれたんだった。

「いえ、助かりました。ありがとうございます」

そう答えて頭を下げる。
本当に助かった。

エルダー様とのダンスという悪夢に気を取られて、一瞬存在を忘れてたけど。

「エルダーの行動が目に余るようでしたら、私に言ってください」

いやもう目に余るどころじゃないんだけど。

「お気遣いありがとうございます」

顔を上げて、ニッコリ他所行きの笑顔を向ける。

今まで私がどんなにエルダー様に言い寄られて困っていても、助けてくれたことなんて無かったのに、今になってこんなこと言ってくるなんて怪しすぎる。

アマーリエ様の降嫁先を得るために、ついにユラン様まで暇つぶしに付き合って、エスコートの申し込みに来たのかもしれない。

向こうの木の影から、全然隠し切れていないアマーリエ様の熱視線も感じるし。

「では、私はこれで…」

「聞きたいことがあります」

さっさと逃げよう作戦が失敗した。

「…何ですか?」

「少し、歩きながら話していいですか?」

嫌だ。
でも言えない。
相手は国を牛耳る宰相閣下のご子息だ。

「少しなら」

精一杯の抵抗でそう言ってみる。
ユラン様は私に背を向けクラブ棟の方へ歩き始めた。
試験前はクラブ活動が休みになるので、クラブ棟の方は人影がない。

後ろの木の影から、アマーリエ様が飛び出して来るのがチラッと見えたけど、クラブ棟までの道は左右が薬草畑になっていて隠れる所がないから、追いかけて来てこっそり見るのは無理だろう。

「マクウェン嬢が、闇魔法の癒しの魔術で、アルノーを助けたというのは事実ですか?」

歩きながらユランが聞いてきた。
エスコートの話しじゃなかった。
ちょっとホッとする。

ただ、ユラン様の歩く速度が思いのほか早くて、着いて行く為に私はほぼ小走りだ。

「…じ…事実です…」

遅れまいと足を動かしながら答えたら、呼吸が乱れてしまった。
ユラン様が気付いて歩く速度を緩めてくれた。

「申し訳ない。少し、気が急いてしまって」

「いえ、ありがとうございます」

ユラン様は、今度は私の歩く速度に合わせてゆっくり歩き出した。

両側の薬草畑は秋の収穫が終わり、今はただ何も植っていない畑が広がっている。

ユラン様は、何か考えるような難しい顔をしながら歩いて行く。

そう、アルノー先輩を癒しの魔術で助けたことが、いつの間にか広まっているのだ。
おかげで、眠りの魔道具の実験に協力してくれる人が増えてきたのは良かったんだけど、最近違う問題が発生している。

「マクウェン嬢に、頼みたいことがあるんです」


エスコートの話しと、同じくらいやっかいな問題が降り注いで来たのを感じながら、私はエルダー様から押し付けられた薔薇の花束に溜息を吐いた。
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