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二年生 前期

15 ダメダメだった私

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「合同遠征実習でヒュドラだなんて、幼体とはいえ大変だったわね」

アンさんが労いの言葉をかけてくれた。

合同遠征実習から戻った翌週、宿屋の食堂のバイトに出た私は、さっそく威圧技の件で熊を吊し上げ、お詫びの品として最近王都で評判の焼き菓子を献上させた。

高級バターをたっぷり使ったサクサクのサブレを食べながら、大きく頷く。

「魔法騎士隊と魔術師団の調査隊が組まれるそうですよ」

魔の森の奥に生息するヒュドラが比較的浅い場所にいた理由を調査するらしい。
ついでに運びきれなかったヒュドラの素材も回収すると聞いた。

「魔法騎士隊が出るなんて、結構おおごとなんだな」

セイラさんが私のサブレを一枚つまんで言う。

魔法騎士隊は王国騎士団の中でもエリートだ。
なにしろ騎士としての実力と魔術師としての才能の両方が優れている人が選ばれるのだから、ある意味最強である。

王族や要人の警護をする近衛騎士隊も騎士の花形だけど、強さと格好良さでいったら魔法騎士隊だろう。
レオナルド殿下とライリー様は魔法騎士になるための訓練を積んでいる。

「騎士学校や魔法学園の生徒達とはいえ、よく倒せたわね」

アンさんは複雑そうな顔をして言った。

「ヒュドラに遭遇すること自体が稀だけど、素材が高く売れるから、一攫千金を狙う冒険者が無茶をして魔の森の奥に入ることがあるのよ。
大体、戻っては来ないけどね」

セイラさんも、なんともいえない複雑そうな顔をする。
二人はベテランの冒険者だ。
これまでにそうして失った命を知っているのだろう。

「今回のチームは精鋭が集められていて、魔法騎士の訓練を積んでいる人が何人かいましたから、幸運だったと思います」

私も神妙な気持ちで答える。
本当に幸運だったと思う。

レオナルド殿下とライリー様の他にも魔法騎士の授業を受けている生徒が何人かいたし、あの精鋭チームに選抜された人は、ほぼ魔法騎士になることが決まっているくらいの実力者だ。

そういえば、腕を切られた三年生のアルノー先輩も魔法騎士の卵だったはず。

「やっぱ凄いな、魔法騎士」

セイラさんがサブレをまた一枚つまむ。
その手をペンッと叩いて睨み付けたけど、私のサブレはセイラさんの口に放り込まれてしまった。

私もサブレを一枚つまんで齧る。
サクサクホロホロ、口の中でほどけてバターの香りが広がった。

「私、今回ダメダメだったんです」

アンさんとセイラさんが少し驚いた顔をして私を見た。

「あら、珍しい」

「いつも後先考えず突っ走って行くシェリルがどうした?」

ううっ。

「その突っ走るところが良く無かったんです」

撃沈。
後先考えず突っ走っるって思われていたなんて…ショックだ。

「それでなんだか元気が無かったのね」

「何があったんだよ」

しかも元気が無いこともバレている。
いつも通りにしているつもりだったのに。

「ちょっと、ひとりで突っ走ってしまって。
みんなのためになると思っての行動だったんですけど、結果としてみんなに心配かけて泣かせたり怒らせたりしてしまったんです」

なんだろう、二人の目が生暖かい。

「それで?」

セイラさんが先を促す。

「うっ…。それで、反省したんです。
私はひとりでも何とかなると思っていたし、相談したら止められると分かっていたから、みんなに何も言わないで動いてしまったけど、ちゃんと相談したり報告したりしておけば良かったなって」

「そうね、いきなりひとりで動かれると状況が分からないから心配するしね」

「ひとつ賢くなって良かったじゃないか」

うぐっ。
セイラさんめ!

「セイラは余計なこと言わないの。
シェリルちゃんは何かとひとりで抱え過ぎなのよ。
シェリルちゃんはひとりで大丈夫って思っているかもしれないけど、まわりはね、そう思っているシェリルちゃんだからこそ心配なのよ」

「何しでかすか分かんないしな」

うぐぐっ。

「もう、セイラ」

「大事なことだろ。シェリルは魔術師団に入りたいんだろ?魔術師団の仕事は研究だけじゃない。今回のヒュドラの調査みたいに危険な場所に行くこともある。
状況を見て自分で判断できるのはいいことだけど、連絡も相談もなしで単独行動するヤツはチームを危険に晒すんだぞ」

うううっ。
悔しいけどその通りだ。

「失敗しても反省して大切なことに気付けたのなら、次に同じ失敗をしなければいいのよ。今回はシェリルちゃんもチームのみんなも無事に戻れて良かったわ。
いくら反省しても、取り戻せないものもあるから」

アンさんが優しくそう言った。

冒険者として数々の修羅場を潜り抜けて来た二人の言葉には、悲しい重みがある。

取り戻せないもの……なくて良かった。

「もっと周りを信頼しろよ。頼っていいんだよ。シェリルを心配して泣いたり怒ったりしてくれる仲間がいるんだろ?」

セイラさんも優しい声で言った。

仲間…仲間なのかな?

こんな私だけど、みんなのことを仲間だと思っていいのかな?


ムギュッ

頭に強い圧迫感。
セイラさんのたくましい胸に抱きしめられた。

「無事で良かったよ」

ムギュギュッ

さらに強い圧迫感。
反対側からアンさんの豊かな胸に抱きしめられた。

「本当に良かったわ」

ムギュギュッ~!!!

「く、苦しい~!死ぬ~!!!」


魔の森じゃなくて王都の宿屋で死にかけた私は、二人にも心配をかけたお詫びとしてサブレを分けた。

セイラさんからは先に食べた分をしっかり引いてやった。
そもそも貴女から私へのお詫びの品だったのに、食べちゃうっておかしいでしょうが!


「そういえば…」

ふと、思う。

迷惑をかけて心配させてしまったチームのみんな。

あの後コカトリスとキノコのスープを振る舞っておいたけど、何かちゃんとしたお詫びをしたほうがいいのかな。
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