ジョージと讓治の情事

把ナコ

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ぬくもり

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 ジョージのお腹の筋肉の起伏が頬を押して、ゆっくりと心音が聞こえた。 
 ドクンドクンと耳に届くリズムが妙に心地よくて、温かいお腹に知らず顔を擦り付けていた。

「ふふ、くすぐったいよ。讓治」

「あの、言葉、流暢になってません?」

「あ、バレちゃった」

「わざとだったんですか?」

「ごめんね。初対面の人には日本に慣れていない外国人と思われた方が色々と都合よくて」

「それ、ちょっとわかります」

 イントネーションは英語訛りのままだけど、明らかに流暢な日本語に変わって喋りやすくなった。

 少し緩んだ腕の間からジョージを見上げると、目尻を下げて柔らかく微笑んでいた。

「僕にバレちゃいましたけど」

「君は大丈夫かなと思って」

 飛ばしてくるウィンクが様になって、凄くかっこいい。

 外国人だからかな。ハグされても変な感じがないし、なんだかほっとする。
 抱きしめられたのなんて、家族以外には初めてかもしれない。


 それに、このポコポコしてるお腹は、多分世に言うシックスパックだよな。
 さすが、トレッキングが趣味の人は鍛えてるんだろうか? 
 ぷにぷにの僕の腹とは大違いだ。

 硬く押し返してくるお腹の弾力に、どうしても触りたい衝動に駆られて、両手で触れた。
 本当にすごい腹筋だな。
 優しい笑顔で見下ろすジョージをじいっと見つめていると、頬を挟まれた。
 ゆっくりと降りてくる俳優さんみたいにかっこいい顔にうっとりしていると、ジョージがふいと横を向いって咳払いした。
 もう一度僕を向いた時は明るい笑顔になっていた。

 今のは、なんだろう?

「涙、おさまった?」

「へ?」

 頬をするりと撫でられると、涙は既に引っ込んでいたことに気づいた。

「ネルソンネさんのおかげです」

「ジョージでいいよ。あと名前はネルソン」

 鼻の頭に指をポンと置かれて、名前を訂正された。どうりでおかしな名前だと思った。

「あっ、すみません。えーとジョージ、さん……ふふふ」

「なんだかおかしいね。讓治にジョージって呼ばれるのは」

「すごい偶然ですね」

「運命だね」

 少しおどけた表情でまたウインクを飛ばしてきた。
 本当に何をやってもかっこいいな、この人。

「そういうのは、可愛い女の子に言った方が喜ばれますよ」

「君はとても可愛いよ」

 何を言ってるんだろう、この人。
 僕を女の子だと勘違いしてる? さっき裸を見られてるからそんなはずないよな。
 場を和ませようとしてくれてるのかな。

「それにしても、止みませんね」

「そうだね。今朝の予報では曇りだったのにな。ここまで降るのは流石に予想外だよ」

「天気予報が確認できたらいいんですけど」

 あれ? おかしいな。僕が聞いた予報は晴れだった気がするんだけ……そっか。
 予報を聞いたのはグループチャットだ。
 こんな細かいところまで、手が込んでるなぁ。
 
 今おさまったばかりの涙がまた溢れそうになったけど、ぐっと堪えた。
 今一緒にいるのはジョージ。今日初めて会った人だけど、奴らとの時間より大切にしたいと思っていた。
 あんな奴らのことなんてすっかり忘れてしまおう。

──

「ウェザーニュースでは深夜まで降る予定に変わってるよ」

「あれ? ここ電波入るんですか?」

「衛星携帯持ってるから」

「へぇ?」

「いざというときは救助を呼べる」

 衛星携帯ってなんだろう?

 旧式の携帯を思い出すような機械を振って、笑顔で教えてくれた。
 古いドラマでしか見たことない形だな。

「今日は一晩ここで過ごすことになりますかね?」

「そうだね。夜の山を降りるのは危険だ。明日雨があがったら一緒に降りよう。何か食べるものは持ってきてる?」

「はい、チョコレートと、飴と、おにぎりとインスタント麺です」

「インスタント麺?」

「休憩所で食べようかと」

「もしよかったら分けてくれないかい」

「構いませんけど……」

「やったね! ワタリガニフネだよ!」

 渡に船わたりにふね、のことか? ワタリガニフネってなんだよ。

「日本料理で一番好きなんだ」

 インスタント麺は日本料理なんだ?
 僕はワタリガニの方が好きだよ。

「私はチョコレートとエナジーバー数本だ。いつも出来るだけ減らして登ってるのが裏目に出たね」

「いえ、僕はみんなで食べようと思ってたんで何個かあるんですよ。一緒に食べましょう」

「ありがとう!」

 ジョージはインスタント麺を食べられることがよほどうれしいのか、おいしそうにがっついていた、お礼に、と、僕にエナジーバーを渡してくれた。

 食欲もそこそこに雨足が収まるのを待つことにした。

 日が落ちる時間になって、一気に冷え込んで来た。
 今は10月。
 麓の日中時間の気温はまだ25度を超えるけど、山は流石に冷える。
 日が落ち始めるとぐんぐんと下がっていく気温に不安を覚えた。

「コレ、使えますかね?」

 アルミ製の保温シートを取り出した。
 
「良いもの持ってるね。実は私のシート、来る時に子供にあげちゃって」

「子供に?」

「雨が降り始めた頃に、下山中の子連れの家族に出会ってね。気温はそこまでじゃなかったけど体調が悪そうだったし、雨で随分と濡れてて、お父さんがおろおろしてて。思いつくものがそれしかなくて」

「優しいんですね」

「山は助け合いが大事だよ。讓治のおかげで私も助かってる」

 そういって、さっき食べたインスタント麺のカップを指さした。


「僕のはたまたま……」

「君の潤沢な備えのおかげだ」

 また、優しい笑顔で笑う。なんだか安心する顔だ。
 あんなこと話しちゃった僕を気遣って言ってくれているのかと最初は思っていたけど、何となくそうでない気がしてきていた。
 僕が今まで会ったことのないタイプだ。言葉の裏を感じない。
 何か確証があるわけじゃないのに、漠然とそう感じた。
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