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16.見えなかったもの

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カント会長から恋人ライアンの衝撃の事実を聞かされた。
まさかこの歳になって騙されるとは!情けなくてショックで家に篭っている。

私は最初から聖女がらみのターゲットにされていたのね。
いくら私に聖女の力が無いと認識されていても人を騙す奴からしたら、聖女と繋がればラッキー、ワンチャン聖女に化ければ超ラッキーなんだわ。

ライアンはたった1人の家族の妹の為に休みは必ず神殿の女神に祈りに行く優しい兄だった。
そうすっかり信じてしまって、私も一生懸命お祈りしたわ。

いつも「願いは叶えられたか?」「何か感じないか?」と聞かれ、呑気な私は、妹の回復のご利益を少しでも確認しているんだと思っていた。
今思えば、アレは私が聖女に化けるのではと思って聞いていたのね。

あーヤダヤダ。人間不信になる。
好意を持たれてデートに誘われたら、好印象なら行くでしょ?
信頼関係が出来て惹かれていくのは自然でしょ?
力に慣れる事が有ればって思うじゃない?
イヤイヤ、私はそもそも最初から好意なんて持たれてなかったんだわ。はは。

ハァー、こんなんだから赤髪から「嬢ちゃん」「甘い」と言われてしまうのかな、、、。

一日中、こんな事ばかりグルグルと考えてしまう。
食欲は無いくせに衝動的にパイをホールで食べて気分が悪くなって、、、何も食べたく無くなる毎日。

幸か不幸かカント会長からたっぷりの高級菓子をプレゼントされているので食べ物が尽きる事はない。

こんな時、日本に居たら友達に愚痴って飲んでカラオケに行って憂さ晴らしをしていただろうに。
ここだとそんな友達も居ないし、気晴らしに旅行へ行くのも叶わない。

ただ窓の外をボッーと眺め形を変える雲を無心で眺めていた。
何日そうしていただろうか。
突然、2階の住居のドアを叩く音がした。

「誰?何の用?」

この家の鍵を持っているのは私以外には1人しかいない。

「俺だ。アルベルト・ルドヴィカだ。」

やはりそうね。赤髪のルドヴィカ騎士総団長。フン。遠慮の要らない相手でよかったわ。
今は誰とも会いたくないし話したくもない。

「帰って。用は無いわ。」

「俺があるんだ。開けてくれ。」

「何?」

「だから開けてくれ。」

「嫌。帰って。」

コンコンコン、コンコンコン、コンコンコン。

小さくドアをノックし出した。
あっ~本当に鬱陶しい。
その音が感に触ってイライラとさせる。
私はただ、ゆっくりと静かに過ごしたいのに。何で邪魔をするの?
怒りに任せてドアを開け怒鳴りつけた。

「アナタね、いい加減にしてよ!しつこぃ、、、。」

しつこい、と言い切る前に彼が私を胸にキツく抱きしめた。
突然の事で言葉が詰まってしまった。

「心配したぞ。店を閉めてるなんてお前らしくない。皆んな心配をしている。」

その言葉にハッとして言葉が出てきた。

「わかったから。まずは離してよ。ちょっと!」

赤髪の腕がギッシリと私の両腕ごと体をホールドしていて全く身動きが取れない。

「エリコ、お前は暖かいな。」

突然、彼がポツリと言った。
何を言ってるんだろ?勝手に人の事を抱きしめて、詫びでは無くそれ?

「何をバカ言って、、とにかく離して。身動きできず苦しいわ。」

「それはすまん。」

手を緩め私の手を握るとリビングのソファに座らせた。

「ここで待っていろ。」

そう言うとドアの外へ荷物を取りに行きキッチンへ持って行くとカタカタと何かをしだした。

ああ、アレはやかんにお茶を淹れているんだろう。
それにしてもいきなり抱きつくなんて! 本当に失礼ね。

しばらくキッチンの音を聞いているとさっきまでカッカッとしていたのが落ち着いてきた。
そう言えば部屋で私以外が発する音を聞くなんて久しぶり。何だか新鮮で心地いい。

フワッと温かい食べ物と紅茶の香りが漂った。彼はお盆に2人分のお茶とポット、パイとサンドイッチを山盛り運んで来た。

「食べろ。俺の自信作だ。」

「アナタが作ったの?パイも?まさか?」

「まさかだ。食べてみろ。」

彼のガサツな見た目とは違い出来栄えは上々。パイの焼き上がりもいいしサンドイッチもハムと野菜が挟まっていてバランスも良さそう。
だけど、、。

「食欲が無いの。」

「最後に食べたのは?」

「昨日の昼間。でもいらない。」

「ふーん。異世界では客人の手料理をむげに断るのが礼儀なのか?」

フン。またそうやって馬鹿にして。
突き刺すようにパイをフォークで刺して一口食べた。

「うん?美味しい!」

思わず彼の顔を見上げた。

「やっと目が合ったな。」

ボサボサの赤髪を無造作に束ね無精髭が顔を覆って小汚い顔の中にある緑色の瞳が微笑んでいる。相変わらず瞳だけは綺麗ね。

そのとおり。彼と目を合わせてなかった。こんな姿を誰にも見られたく無かったから。
恥ずかしさを隠すようにサンドイッチに手を伸ばし頬張った。

「どうだ?これも合格だろ?」

「そうね。」

自分で合格と言うなんて何て自信家なのとツンと言ったけど、本当に美味しい。
悔しい事に紅茶も申し分ない。
この荒くれ者感満載の男が作ったとは本当に信じられない。

赤髪は手づかみでゆっくりとパイを食べ私から視線を外さない。
そんなに見なくってもちゃんと食べるわよ。

「パイは出来立てならなお美味いんだ。今度はここで焼いてやる。お前の好きな料理は?」

「肉じゃが。」

「何だそれ?初めて聞いたぞ。どうやって作るんだ?」

「ここじゃ作れないわ。醤油がないもの。」

「ショーユ?何だ?美味いのか?」

彼はさっきから食べ物の事しか話さない。それが有り難かった。
一つ甘えてお茶のお代わりを頼むと素直にキッチンへ淹れに行ってくれた。

お湯を沸かす音、ポットを洗う音をジッと聞いていた。
アレ?今度は違う茶葉を淹れたみたいね。爽やかな香りが漂ってくる。
こうやって私の為に世話を焼いてくれるのは悪くないな。
そう言えばまだ、お花のお礼を言ってないわ。

「ねぇ、お店のお花。アナタでしょ?」

「ああ。嫌だったか?」

「ううん。えっと、ありがとう。その、、とても綺麗だわ。」

「ああ。殆どが我が家の花だ。花は好きか?」

「ええ。凄いのね、あの種類の花を育てているなんて。」

「庭仕がな。我が家は久しく花を愛でる者が居ないから俺が温室に花を摘みにいくと喜んでいる。」

「温室って、アナタ貴族だったの?その風貌で?」

しまった!口を押さえたけれど出た言葉は戻らない。

「ごめんなさい。」

「ははは!褒め言葉だ。俺は城の奴らとは少し違うからな。気にするな。」

初めて会った時の好奇心一杯の目でも挑発する目でも無い、屈託の無い笑顔で笑っている。笑顔で人の印象はこんなに変わるのね。
きっと何があったのか全て知っているのだろう。でも彼は何も聞いてこない。その事がとても有り難かった。

「その、、ライアンの事を知っていたのね。」

「ああ。俺は仕事柄、色んな情報が入って来るからな。残酷な話だ。」

「だから、、、花をくれたの?」

「まあな。ガラにはないか?」

彼の笑顔がニヤリとしたものに変わった。

「ライアンの企みは全く気がつかなかったわ。だから私は甘いと言われるのね。」

そうだと叱責されるだろうと思っていたら意外な言葉が返ってきた。

「お前は悪くない。自分を攻めるな。悪い奴はわずかな隙をつく。悪いのは奴だ。それだけだ。」

ああ、何で今一番欲しい言葉をこの赤髪がくれるんだろう。
グッと来てしまったでしょ。涙が、、出て来たじゃないの。
うつむき顔を隠す私に更に以外な言葉がかけられた。

「綺麗な物は心を癒す。この部屋にも花を置くといい。」

赤髪の口から出た不似合いなロマンチックな言葉に、涙が溢れるクシャクシャの顔を上げて笑ってしまった。

「ふふ。アナタがプレゼントしてくれるの?」

「お前が望むなら。」

真顔で返事が返って来て驚いて涙が止まってしまった。返事に困って言葉が直ぐに出て来ないわ。咳払いをして何とか言葉を繋いだ。

「コホン。ありがとう。そう言ってもらうと嬉しいものね。私はもう大丈夫。明日から店を開けるわ。皆んなに心配かけたわね。」

「それは良かったが、それは叶わないんだ。エリコ、今回のライアンの件は、偽祝福付き折り紙が現れて事件になってるんだ。騒動が収まるまでここを出てもらう。」

「私の祝福無しの折り紙が悪用されたって事?」

「そうだ。誰でも折れる物ではないからお前が誘拐される可能性が出て来た。
安全上、事態が収束するまでお前は再び城で保護する事になった。」

やっと城の外の自由な生活が手に入ったのに逆戻りなんて。

「嫌よ。もう2度城になんて行きたくないわ。」

「そう言うと思ってもう一択用意した。
騎士総団長の家に住むのはどうだ?家も庭も広いからゆっくり出来るし警備隊も常駐しているから安全だ。」

「それって、アナタの家じゃないの!それも嫌だわ。」

「そう嫌がるな。警備上、どちらか一択だ。他では警備をしても周りにも迷惑をかけるからな。さぁ、どっちにする?」

真っ直ぐな視線がこれ以上のワガママを聞かないと無言で言っている。
選べと言われるだけましなのか。
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「アナタの家にお世話になるわ。」

「よし。では今から荷物を整理しろ。家財道具は要らない。大切な物と着替えだけでいい。護衛騎士に手伝うように言う。」

「そんなに急なの?」

「ああ、今直ぐでも出発したい位だ。急げ。」

彼は立ち上がるとキッチンへ荷物を取りに行き私の頭を軽くポンと叩くと急いで部屋を出て行った。
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