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10.新しい出会い

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一階の店舗に赤髪の番犬が住み着いて1ヶ月半。
どうやらルドヴィカ総団長の朝は早いみたい。私が開店の為に一階に降りるといつもいないし夜も私が起きてる間は帰宅して無い。顔を合わせないのは嬉しい事だけど、本当にここで寝てるの?と思ってしまう。
私物袋がカウンターの内側の隅に置かれているから出て行くつもりは無いみたいなんだけど。
ま、ここは私の家だもん。透明人間の赤髪なんて気にせず自由に生活するわ。


王都の花祭りが始まった。期間は1ヶ月と長い。そのせいか目の前のメインストリートに観光客がグッと増えた。おかげで店にもお客様が来る様になったし外国の貿易商の人が買い付けに来た事もある。この調子なら仕事としてやっていけそうね。

今日も昼下がりに近所の女将、ハンナさんとマーガレットさんがやって来た。

「花祭りの最終日は聖女ナオ様のお披露目が行われるんだって。あんた同郷だろ?会いたいだろ?」

マーガレットさんは心配してくれるけど全くの他人的な関係だから会わなくても平気だ。

「彼女とは初対面だったし城では立場が違うって事で交流も無かったんです。」

「ヤダね立場って。これだからお貴族様は敷居が高いよ。アンタ町に住んで正解だよ。」

ハンナさんも肩を軽く叩き慰めてくれて「いい頃合いか。」とつぶやくと私の顔色を伺って切り出した。

「ところでさ。この世界に来て2ヶ月半だろ?まだ早いかなと思ったんだけどさ。うちのお客さんがエリコちゃんを何度も見かけて気になるんだってよ。気の利く男前だし身なりも良いしどうだい?一度会ってみたら?」

これはベストタイミングかも。良い人だったら彼氏になって赤髪を追い出す事が出来るかもしれない。

「一人より二人が楽しいですよね。ハンナさんのお勧めなので会ってみます。」

「そうかい。そうかい。段取りするから任せておくれね。誰かが寄り添ってくれたら私達も安心だからね。」

二人は自分の事のように上機嫌で帰って行った。
早い方が良いとなり週末にはハンナさんの店「コッコ亭」で会う事になった。

当日は、流行りの服と髪型で決めて店に30分前に着いてしまった。

「気合が入りすぎたかな。」

呼吸を一つしてドアを開けると先方は既に来られていた。
シルバーの短髪に緑色の瞳のキリリとした美男子。姿勢が良く目が会うと爽やかに微笑えんでくれた。
これは聞いていた以上じゃないの!
ハンナさんがいつもよりワントーン高い声で手招いている。

「さあ、さぁ、こっちへ座って。」

言われるままに紹介相手の向かいの席に近づくと彼が立ち上がった。
レディファーストだわ!
こんな事をされるのは初めて。
年甲斐もなく頬が熱くなってしまったわ。
私より頭一つ以上に背の高い彼に会釈をして着席をするとハンナさんは肘をグイグイさせて来てささやいた。

「な、良い男だろ?」

「もう、ハンナさんたら。」

「紹介するよ。こちら常連さんでライアン・テイラーさん。隣国のオルラント王国出身だよ。ライアン、こちらはエリコ・カワムラさん。聖女様と同じ異世界出身だよ。聖女様召喚に巻き込まれてね。めげずに頑張ってるんだよ。」

「ライアン・テイラーだ。32歳で貿易商をしていて今はこの国を拠点にしているんだ。気軽にライアンと呼んで欲しい。」

「エリコ・カワムラです。30歳で折り紙屋の店主をしています。エリコと呼んで下さい。」

第一印象は、なかなか爽やかで良い。
ライアンは興味を隠さない瞳で迷いなく見つめてくる。
こんな真っ直ぐに瞳を向けられるのはいつぶりだろうか?何だか小っ恥ずかしい。

「今日は会ってくれてありがとう。市場で貴方をよく見かけて気になってたんだ。いつも騎士が側にいるから声がかけれなくてね。」

「こちらこそお声をかけてくれてありがとう。私はこの世界に不慣れで無防備らしいの。だから少しの間だけ外出は騎士を付ける事になってるの。」

「そうだったんだね。ここの生活には慣れた?」

「ええ。町の女将さん達が良くしてくれてるから。この国に住んで長いの?」

「イヤ、まだ半年だよ。エリコは聖女様と同じ黒髪黒目だよね。珍しいよね。エリコにも聖女の力があるの?」

「いいえ。私の国は黒目黒髪の人種が殆どなんだけど、聖女は純潔な者だけなんだって。私は既婚者だった事があるから聖女の力は無いの。」

あー恥ずかしい。こんな席で自ら経験済&離婚したと告白するのは。
ライアンは気に留めてない顔で笑顔で話を続けた。

「そうなんだ。この町1番の観光名所の神殿にはもう行ったの?」

「それがまだなの。直ぐに商売を始めたし連れがいないから足が重くて。」

「なら、俺と行こう。案内するよ。良いよね?女将さん?」

「勿論だよ。ふふふ。ライアンもやっと話が出来たんだもんね。頑張りなよ。」

「勿論です。」

照れる私と違いライアンはニッコリと笑うと日にちを詰めてきた。
トントン拍子に話が進み次の休みにデートが決まった。
お見合いなんてした事が無かったけど思ったより好感を持てたわ。
離婚した時とここに召喚された時は何もかも諦めたけれど、また新しい人生が始めたのだもの。恋愛も前向きに考えてみよう。
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