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第20話
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「国王陛下のご入場です!」
もう夕刻なのね。そう思いながら壁から離れ、グラスを近くのテーブルに置いて胸に手を当て陛下の方を見る。隣にいるエミリーも同様に胸に手を当て、陛下の方を向き目を閉じている。
ファンファーレが鳴り響き、皆が陛下が登場するであろう方向を見ていると後ろから肩を二回叩かれた。
「ギリギリアウトですか?」
小さな声でそう言うアイザック殿下。
「エミリーといたのでセーフですわ」
「私はこれで。失礼いたします、殿下」
エミリーは軽く頭を下げてから颯爽とこの場から離れていった。
私をじっと見つめる殿下に私は首を傾げる。首後ろに手を当てて少し俯く殿下はそわそわしている。首がかゆいのかしら。
はーそれにしてもやっぱり正装なだけあっていつもより綺麗。常に下ろされている前髪は上げられて海のように碧く輝いている。白い肌はホワイトシャツと相まって儚さを醸し出している。
「……お綺麗です、殿下」
「ローゼは妖艶な魔女のようで、一際目を引きます」
「エミリー以外から話しかけられませんでしたから目を引くと感じるのはアイザック殿下だけですよ」
「その方がいいです」
陛下は側近からワイングラスを受け取り、高く突き上げる。
「我が国の平和とさらなる発展を願って、乾杯!」
「「乾杯!!」」
私とアイザック殿下も会場の隅でグラスをカチンッと鳴らした。
再び動き出したパーティーは息を吹き返したかのように騒がしくなり、アイザック殿下が来たことによって会場の隅から中心へと流され怒涛の挨拶ラッシュが始まった。
一息ついたとき、会場を見渡してもニアンベルの姿はない。
まだ城下から帰ってないようね。いつまで遊び歩いているのよ。陛下の座っている方を見ればまだかまだかと息子の帰りを待っている。なにか発表でもあるのかしら。
アイザック殿下は会場の出入り口ばかり気にしている。
「父上!ただいま戻りました!」
ニアンベルは会場にマリアンヌを引き連れてずいぶん遅れた登場になった。会場は静寂に包まれ、陛下に歩んでいく二人を皆避けるように道が開ける。陛下までの一本道が出来上がるが、それはずいぶん歓迎されていない、茨の道のように見えた。
開かれた道はニアンベル殿下だからではなくて、無節操な男であり敬遠されてあまり関わりあいたくないからだろう。
「お前が皆の前で発表することがあるからと待っていたんだぞ」
陛下は肘掛に肘をつき頬杖をついている。内心怒っているようで鬼の形相をしている。
陛下が恥をかかされたようなものですものね。
「はい、お待ちいただき感謝します」
ニアンベルはすっきりしているのか、私が指輪をはめられていた時よりも表情が明るくなっている。マリアンヌの慰めがうまくいったのね。
「それでなんだ、言いたいこととは」
ため息交じりのその言葉は、自分の子どもに話す声色ではないように感じた。
ニアンベルはマリアンヌと目を合わせて頷き、二人で仲良く手をつないだ。それが見える角度にいる人たちはどよめいた。
「私、ニアンベルはイルローゼとの婚約を破棄させていただく!そしてマリアンヌを新たな婚約者として迎え入れることをここに宣言する――!!」
はー!やっと言ってくれましたわ!これで私はニアンベルから解放されて誰にも何も言われずに堂々とアイザック殿下と生活できますわ!ニアンベルもマリアンヌにシフトチェンジしているようですし、もう関わることは無いでしょうね!
ニアンベルに指をさされる私は、お前は敵だと言わんばかりに睨まれる。マリアンヌを見れば何でもなさそうな顔でニアンベルの背中にひっついている。
会場は広大で、夜だというのに輝かしい会場が一気に重苦しい雰囲気へと変貌する。喜んでいるのは私と、隣で固く拳を握っているアイザック殿下だけのようだ。
「はぁ…………」
陛下は深くため息をつく。
「とんでもない爆弾を遺していかれたわね」
なんて馬鹿なことを、と頭を悩ませる王妃。
「もちろん、喜んで!」
返事はアイザック殿下と出会った時から決まっていました。ニアンベルの世相の無いふるまいには呆れましたけど、むしろ私の解放につながってラッキーでしたわ。
でもこの婚約、ニアンベルが覚えているかは定かではありませんけれどあの約束がありますの。
「ですがこの婚約、私と貴方でどうにかできる問題ではありませんのよ。――陛下」
陛下を見れば眉間に皺が彫り込まれそうなほど眉頭を寄せている。
「あぁ、ここまでとはな。イルローゼ、迷惑をかけた。此度の息子の愚行を詫びる」
陛下が頭を下げた。私はやめてください、と飛び出しそうになったがそれをアイザック殿下が首を振って止めた。
「……ベル、その宣言受け入れよう」
陛下は重い腰を上げて王座から立ち上がった。
「陛下、お待ちください」
隣にいたはずのアイザック殿下は私よりも一歩前に出て陛下にそう声をかけた。
「なんだアイザック。お前まで変なことを言い出したら頭がおかしくなりそうだ」
「変なことではありませんのでご安心を。……マリアンヌ嬢の家について調査しましたところ、ニュロンデ男爵の人身売買が発覚いたしました。マリアンヌ嬢もそれに関与していたようです」
「これまたなんと……」
がっかりだ、という風に首を気だるげに振る陛下。
「な、そんなことは無い!そうだろう!?マリアンヌ!」
ニアンベルは恥ずかしげもなく声を荒らげマリアンヌの両腕をがっしりと掴む。
そんなこと聞いていないとマリアンヌを問い詰めるニアンベルは実に見もので、ニアンベルは必死に現実から目を背けマリアンヌはニアンベルの瞳をまっすぐ見つめるだけだった。
「こんな人を王族の一員として招き入れることに私は反対いたします」
「……見る目のない王など不必要ではあるな」
「それにニアンベルは男爵家に預けていた家宝を使ってイルローゼ嬢を傷つけ、あまつさえ聖女であるマリアンヌ殿と肉体関係にあったと諜報員から報告を受けています。直ちに処すべきです」
「ふむ、それぞれの立場を考慮して今断言できることはニアンベル、お前に上に立つ資格はないということだ」
「……俺は第一王子で、王位継承権第一位だぞ……?」
「お前が王になることは無いということだ」
アイザック殿下を見ると勝ち誇った顔をしていた。
「二人について調べる必要がある。二人を拘束し取り調べをした後に、この国から出て行ってもらおう。そのあとは二人で好きに生きるといい」
ニアンベルは拘束される際に激しく抵抗し、マリアンヌは怖いほどにおとなしく拘束された。ニアンベルはボロボロと大きな涙を流し謝辞を大声で叫び続けた。皆が目を背けて見ないようにしている中、私はじっとニアンベルを見つめた。
「建国記念日という光栄な日に次期国王について話すつもりだったが、一人しか王子がいなくなってしまった」
「光栄です、陛下。ではイルローゼ嬢の結婚相手は私ということですね」
アイザック殿下の切り替えの速さに驚いたのか、陛下は口を開けて珍しく間抜けな顔をしている。
「まあ、そうだが、イルローゼ嬢もそれで良いのか?」
「私は構いません」
「なぜだ、イルローゼもただの侯爵令嬢に戻るのではないのか……?」
「あら殿下、なにか誤解をなさっているようですけれど。私、あなたと婚約したわけではないのですのよ?」
ニアンベルはそれからは心神喪失したのか、ピクリとも動かなくなってしまった。
それからは先の事件は消えたように和やかな雰囲気でパーティーは進んでいった。深夜になれば酔い潰れた夫を介抱する妻や少なくなった料理が片付けられていった。
私とアイザック殿下はそんな会場を傍目に庭園へと酔い覚ましに出かけた。月明かりに照らされる植物たちは、サワサワと風に動かされている。
「んー!すっきりですわー!」
のびーっと腕を高く伸ばして身体の力を抜く。
「僕はうれしい」
「殿下、ありがとうございました」
私はアイザック殿下に深々と頭を下げる。短い間の戦友としての関係は良かった。いい顔を見れたし、幸せな時間を過ごせた。
「ザックって呼んで?結婚するんだから」
スルッと自然に手を繋ぐ。
「はい、ザック。これからもよろしくお願いしますわ」
「これからはまず婚約者として、それからは僕の妃として末永くよろしく」
もう夕刻なのね。そう思いながら壁から離れ、グラスを近くのテーブルに置いて胸に手を当て陛下の方を見る。隣にいるエミリーも同様に胸に手を当て、陛下の方を向き目を閉じている。
ファンファーレが鳴り響き、皆が陛下が登場するであろう方向を見ていると後ろから肩を二回叩かれた。
「ギリギリアウトですか?」
小さな声でそう言うアイザック殿下。
「エミリーといたのでセーフですわ」
「私はこれで。失礼いたします、殿下」
エミリーは軽く頭を下げてから颯爽とこの場から離れていった。
私をじっと見つめる殿下に私は首を傾げる。首後ろに手を当てて少し俯く殿下はそわそわしている。首がかゆいのかしら。
はーそれにしてもやっぱり正装なだけあっていつもより綺麗。常に下ろされている前髪は上げられて海のように碧く輝いている。白い肌はホワイトシャツと相まって儚さを醸し出している。
「……お綺麗です、殿下」
「ローゼは妖艶な魔女のようで、一際目を引きます」
「エミリー以外から話しかけられませんでしたから目を引くと感じるのはアイザック殿下だけですよ」
「その方がいいです」
陛下は側近からワイングラスを受け取り、高く突き上げる。
「我が国の平和とさらなる発展を願って、乾杯!」
「「乾杯!!」」
私とアイザック殿下も会場の隅でグラスをカチンッと鳴らした。
再び動き出したパーティーは息を吹き返したかのように騒がしくなり、アイザック殿下が来たことによって会場の隅から中心へと流され怒涛の挨拶ラッシュが始まった。
一息ついたとき、会場を見渡してもニアンベルの姿はない。
まだ城下から帰ってないようね。いつまで遊び歩いているのよ。陛下の座っている方を見ればまだかまだかと息子の帰りを待っている。なにか発表でもあるのかしら。
アイザック殿下は会場の出入り口ばかり気にしている。
「父上!ただいま戻りました!」
ニアンベルは会場にマリアンヌを引き連れてずいぶん遅れた登場になった。会場は静寂に包まれ、陛下に歩んでいく二人を皆避けるように道が開ける。陛下までの一本道が出来上がるが、それはずいぶん歓迎されていない、茨の道のように見えた。
開かれた道はニアンベル殿下だからではなくて、無節操な男であり敬遠されてあまり関わりあいたくないからだろう。
「お前が皆の前で発表することがあるからと待っていたんだぞ」
陛下は肘掛に肘をつき頬杖をついている。内心怒っているようで鬼の形相をしている。
陛下が恥をかかされたようなものですものね。
「はい、お待ちいただき感謝します」
ニアンベルはすっきりしているのか、私が指輪をはめられていた時よりも表情が明るくなっている。マリアンヌの慰めがうまくいったのね。
「それでなんだ、言いたいこととは」
ため息交じりのその言葉は、自分の子どもに話す声色ではないように感じた。
ニアンベルはマリアンヌと目を合わせて頷き、二人で仲良く手をつないだ。それが見える角度にいる人たちはどよめいた。
「私、ニアンベルはイルローゼとの婚約を破棄させていただく!そしてマリアンヌを新たな婚約者として迎え入れることをここに宣言する――!!」
はー!やっと言ってくれましたわ!これで私はニアンベルから解放されて誰にも何も言われずに堂々とアイザック殿下と生活できますわ!ニアンベルもマリアンヌにシフトチェンジしているようですし、もう関わることは無いでしょうね!
ニアンベルに指をさされる私は、お前は敵だと言わんばかりに睨まれる。マリアンヌを見れば何でもなさそうな顔でニアンベルの背中にひっついている。
会場は広大で、夜だというのに輝かしい会場が一気に重苦しい雰囲気へと変貌する。喜んでいるのは私と、隣で固く拳を握っているアイザック殿下だけのようだ。
「はぁ…………」
陛下は深くため息をつく。
「とんでもない爆弾を遺していかれたわね」
なんて馬鹿なことを、と頭を悩ませる王妃。
「もちろん、喜んで!」
返事はアイザック殿下と出会った時から決まっていました。ニアンベルの世相の無いふるまいには呆れましたけど、むしろ私の解放につながってラッキーでしたわ。
でもこの婚約、ニアンベルが覚えているかは定かではありませんけれどあの約束がありますの。
「ですがこの婚約、私と貴方でどうにかできる問題ではありませんのよ。――陛下」
陛下を見れば眉間に皺が彫り込まれそうなほど眉頭を寄せている。
「あぁ、ここまでとはな。イルローゼ、迷惑をかけた。此度の息子の愚行を詫びる」
陛下が頭を下げた。私はやめてください、と飛び出しそうになったがそれをアイザック殿下が首を振って止めた。
「……ベル、その宣言受け入れよう」
陛下は重い腰を上げて王座から立ち上がった。
「陛下、お待ちください」
隣にいたはずのアイザック殿下は私よりも一歩前に出て陛下にそう声をかけた。
「なんだアイザック。お前まで変なことを言い出したら頭がおかしくなりそうだ」
「変なことではありませんのでご安心を。……マリアンヌ嬢の家について調査しましたところ、ニュロンデ男爵の人身売買が発覚いたしました。マリアンヌ嬢もそれに関与していたようです」
「これまたなんと……」
がっかりだ、という風に首を気だるげに振る陛下。
「な、そんなことは無い!そうだろう!?マリアンヌ!」
ニアンベルは恥ずかしげもなく声を荒らげマリアンヌの両腕をがっしりと掴む。
そんなこと聞いていないとマリアンヌを問い詰めるニアンベルは実に見もので、ニアンベルは必死に現実から目を背けマリアンヌはニアンベルの瞳をまっすぐ見つめるだけだった。
「こんな人を王族の一員として招き入れることに私は反対いたします」
「……見る目のない王など不必要ではあるな」
「それにニアンベルは男爵家に預けていた家宝を使ってイルローゼ嬢を傷つけ、あまつさえ聖女であるマリアンヌ殿と肉体関係にあったと諜報員から報告を受けています。直ちに処すべきです」
「ふむ、それぞれの立場を考慮して今断言できることはニアンベル、お前に上に立つ資格はないということだ」
「……俺は第一王子で、王位継承権第一位だぞ……?」
「お前が王になることは無いということだ」
アイザック殿下を見ると勝ち誇った顔をしていた。
「二人について調べる必要がある。二人を拘束し取り調べをした後に、この国から出て行ってもらおう。そのあとは二人で好きに生きるといい」
ニアンベルは拘束される際に激しく抵抗し、マリアンヌは怖いほどにおとなしく拘束された。ニアンベルはボロボロと大きな涙を流し謝辞を大声で叫び続けた。皆が目を背けて見ないようにしている中、私はじっとニアンベルを見つめた。
「建国記念日という光栄な日に次期国王について話すつもりだったが、一人しか王子がいなくなってしまった」
「光栄です、陛下。ではイルローゼ嬢の結婚相手は私ということですね」
アイザック殿下の切り替えの速さに驚いたのか、陛下は口を開けて珍しく間抜けな顔をしている。
「まあ、そうだが、イルローゼ嬢もそれで良いのか?」
「私は構いません」
「なぜだ、イルローゼもただの侯爵令嬢に戻るのではないのか……?」
「あら殿下、なにか誤解をなさっているようですけれど。私、あなたと婚約したわけではないのですのよ?」
ニアンベルはそれからは心神喪失したのか、ピクリとも動かなくなってしまった。
それからは先の事件は消えたように和やかな雰囲気でパーティーは進んでいった。深夜になれば酔い潰れた夫を介抱する妻や少なくなった料理が片付けられていった。
私とアイザック殿下はそんな会場を傍目に庭園へと酔い覚ましに出かけた。月明かりに照らされる植物たちは、サワサワと風に動かされている。
「んー!すっきりですわー!」
のびーっと腕を高く伸ばして身体の力を抜く。
「僕はうれしい」
「殿下、ありがとうございました」
私はアイザック殿下に深々と頭を下げる。短い間の戦友としての関係は良かった。いい顔を見れたし、幸せな時間を過ごせた。
「ザックって呼んで?結婚するんだから」
スルッと自然に手を繋ぐ。
「はい、ザック。これからもよろしくお願いしますわ」
「これからはまず婚約者として、それからは僕の妃として末永くよろしく」
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