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第13話

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 公爵邸についた私たちは、公爵様のいる応接間にまず先に挨拶へ向かった。
 道中私はアイザック殿下の腕に手を置き、パートナーとしてしっかりと振る舞う。唯一心配なのは化粧が落ちていないかだわ。殿下にさんざん誉められて熱くなりすぎましたわ。

 煌びやかな部屋に王座のような背もたれが高く伸びた椅子に腰かけている男性。このかたが公爵様であり、国王の弟、アイザック殿下の叔父に当たる方だ。

 「よく来てくれた。アイザック、イルローゼ殿」

 騎士として今も前線で活躍しているためか、肩幅が広くてがっしりとした体は固く鍛え抜かれ老いを感じさせない風貌だ。
 血筋だろうか、アイザック殿下と公爵様は似ている気がする。声は全然似ていなくて、公爵様はおじさまって感じで渋くて低い声でずっと聴いていたら耳が痺れそうですわ。
 
「叔父様、お久しぶりです」

 アイザック殿下は軽く頭を下げてあいさつする。その声は少し喜びを含んでいたように思える。
 
「お久しぶりです。公爵様」

 私も殿下に続けて挨拶をした。
 
「二人が並んでいるのは初めて見るが、何か事情があるのだろうな。最後に会場に向かうといい。それまで部屋を貸そう。最後になったら呼びに行かせよう」

 公爵様は私とアイザック殿下が隣で並んでいるのを不思議そうに見た。鋭い眼光でそうみられると、やはり不安が湧き上がってくる。
 ベル達と同じことを堂々とこれからしようとしているのだ。
 
「心遣いありがとうございます」

 殿下は深々と頭を下げてそう言った。

「積もる話があるが私はまだこれから来客の対応があるのでな。プライベートでゆっくり語らおう」

 私たちが部屋を出ると、すれ違いでまた参加者が公爵様の部屋へ入って言った。

 忙しいのは当然よね。王の弟なんですもの。もしかしたら、アイザック殿下も公爵様のようになるのかしら。殿下が客人のもてなしね……毅然とした感じで対応しそうですわね。

 用意されていたお茶を飲みながら呼ばれるのを数十分待っているとついに部屋の扉がノックされた。

「遂に、ローゼとパーティーに……」

 椅子から立ち上がると同時に零れ落ちるように譫言を呟いた。
 パーティーからは隔離された部屋では服の擦れる音でさえ響く。無視するわけにもいかず独り言かわかりようがないので、私は殿下の譫言を拾い上げた。
 
「そんなにいいものではないかもしれませんわ」

 私にとって婚約破棄への第一歩であると同時に、ベル達と戦うための出来事になるのだ。それに、アイザック殿下の気持ちも利用することになる。罪悪感がないとは言い切れない。

 慣れたように殿下は私に肘を突き出す。私も戸惑うことなく殿下の腕に手をそっと置いた。
 
「ローゼと一緒なら何でもいいさ」
「……嬉しいです」

 そうよ、私にはアイザック殿下がいるのよ。怯えることはない。

 馬車の中で散々計画を練ったじゃない。それ通りにやればいいのよ、私。
 
 キラキラと眩しい笑顔を私にぶつける。馬車の中、いえ、迎えに来た時から心なしかずっとわくわく、そわそわしているように見える。
 久方ぶりのパーティーがよほど楽しみなのね。

 廊下を進むと会場が見えてくるが、そこは大層眩しく香水の匂いや酒の匂いが風に乗って運ばれてくる。

 不安そうな顔はやめるのよ。堂々としないと、アイザック殿下にも申し訳ないですわ。

「あのお方はアイザック王子ではないか!?その隣はイルローゼ嬢……!?」

 会場がざわついた。
 アイザック殿下は眩しそうに目を細める。視界が一瞬白に包まれるが、目が慣れると橙色の暖かな光が出迎えた。
 
 中に進めば令嬢たちからは悲鳴のような歓声が上がる。私たちのことを怪訝そうに見る人たちの中には見慣れた顔もあった。
 
 お父様だわ。
 
 自分の父親を見ると今の行動に自信が持てず、背筋がゾワっとする。怒られるのではないか、見放されるのではないかと考えると手が震えてきた。
 弁明、いいえ、挨拶に行かないと、と足がそちらに向かおうとしたらドワッとざわつきをかき消す歓声が生まれた。

「公爵様の登場よ!」

 誰かがそう叫べば、二階の内廊下から公爵様が現れた。
 
「今日は参加してくれてありがとう!心行くまで楽しんでくれ」

 瞬時に歓声と拍手にこの会場は包まれた。少しホッとした。

 なるほど、私とアイザック殿下という異色のパートナーが現れてざわついた後に公爵様の登場で黙らせてくださったわけね。まぁ、それだけでこの貴族たちが鎮まるわけないのですが……。

「ニアンベル殿下の婚約者ってイルローゼ様では?捨てられたのかしら」
「逆にイルローゼ様が呆れて捨てた可能性もありますわ」
「ニアンベル様が王になられるわけではないのか?」
「アイザック殿下はこの期に及んで王座を狙いに来たか」
「ダブル不倫かしら、堂々としてられるわ」
「王は何を考えておられるのだ」
「侯爵様もよ……娘があんな尻軽ではねぇ?」

 やっぱり好き放題言われているわね。ベルがマリアンヌを隣に連れていた時も一人でパーティーに出たら色々言われましたもの。
 
「というか、ニアンベル殿下はまだ来ていないようですわね」

 ベルがまだ来ていない!?

 それを聞いてアイザック殿下を見ると、合図のように片目を閉じた。

「ローゼ、義父様に挨拶しに行こう」

 そう言いながらアイザック殿下は私の腰に手を回しておでこにキスをした。

 それを見た周囲の一部がざわつく。私の心も同時にざわついた。
 段取りとすべてが違うーー!!

 馬車の中での段取りはこうだ。
 ベルに飽きられて可哀そう、な私を演出しながら、支えてくれたアイザック殿下に惹かれてしまっている、という妄想を令嬢たちにさせまずは令嬢たちを巻き込む。そうすれば自ずとベル最低、早くイルローゼ様と別れろ派が出来上がり、優柔不断なベルは評判に流され私に婚約破棄宣言。アイザック殿下お優しい派の令嬢たちが出来上がる。
 稚拙な策ではあるが、お互いの評判を落とさずにベルに婚約破棄を申し出てもらう最高の策だと自負していたのに……。

 評判どうこうじゃありませんわ!アイザック殿下の私を想う気持ちが先走ってますわ!私を見る目、骨抜きにされてる感じじゃないですか!
 でも、でもでも断れないし、私も好きだし、別にお父様になら言ってもいいかもしれない!

「お父様、その、お久しぶりですわ……」
「お久しぶりです、侯爵殿」

 歯切れの悪い私と打って変わって、殿下は堂々とお父様に挨拶をする。背中に刺さる視線たちが痛いですわ……。それに、お父様のアイザック殿下を見る目、冷徹な瞳ですわ……。

「あぁ」

 その一言だけですか!?殿下が挨拶しているというのに。
 もしかして、隣にいるのが無理言って婚約させてもらったベルじゃないから怒っていらっしゃるのかしら。

 黙ったままお父様は私たちの顔を見比べるように視線を移した。

 どうか、どうか、アイザック殿下を叱るなんてことはありませんように!
 

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