上 下
10 / 20

第10話

しおりを挟む
 朝起きてすぐ私は自分の部屋へエミリーを連れて戻ったのだ。
 私の部屋に入った途端エミリーは昨日の仕返しと言わんばかりに、ふかふかのソファに一目散に向かって昨日の新聞を取り読み始めた。

 私は身に纏った煌びやかなドレスをヒラヒラと揺らしながら、全身鏡でその姿を隈なく観察する。粗があっては困るからね。

 全身今日の端に映るエミリーは、紅茶の入ったカップを口に近づける。湯気でエミリーの表情が霞んだ。お化けみたいって言ったら変なコーデにされそうだし黙っておいた。

「変じゃないわよね」
「変じゃない。早くしないと間に合いませんよ」

 手を追い払うようにしっしっと動かしてこれ以上話しかけるなとジェスチャーした。エミリーがそんなことをしても私はお構いなしに話し続けるのが私たち二人の通常だ。
  
「そんな急かさないで、落ち着けないじゃない」
「昨日の夜から落ち着けてなかったじゃない。いまさら何を言うんですか」
「だって、アイザック殿下とのデートなのよ!?」

 私は鏡越しに目を合わせていたエミリーにバッと振り向いた。

 エミリーは何があっても表情変えることはないけど、私はそういうことが大の苦手なのよ!落ち着けないわよ!

 鏡に向き直り、鏡に映る自分の頬を触ったり侍女が整えてくれた前髪をいじったり、ドレスに髪の毛とか塵がついていないか確認する。

「かわいい?」

 最後の確認に、とエミリーに振り向いてそう確認する。
 
「かわいいかわいい」

 相変わらずそっけない返答が飛んできた。
 
 新聞ばっかりで全く私のこと見てないじゃない……。その新聞に穴でもあけてあげましょうか!?

「顔怖……」
「なんですって!?」
「あ、もう時間じゃない?遅刻するよ」

 エミリーは膝下に置いていた懐中時計に目線を落とした。

 仕方なく部屋を出ることにした。
 覚えていなさい、エミリー!そう思いながら私の部屋を後にした。

 扉を開ければ、焦った顔のアイザック殿下が駆け寄ってきた。

「あ、殿下。おはようございます」
「おはようございます、ローゼ。自分の部屋にいたんですね」

 なんでそんなに焦った表情なのかしら。もしかして私がいると思っていた場所にいなかったから?昨日いた場所はエミリーの部屋だけど……もしかして窓が開いていたのはエミリーとアイザック殿下が密会していたから!?

 だから相談した時にエミリーはあんなに狼狽えていたのね!?わかったわ、エミリー。

「殿下、昨日エミリーの部屋にいらしたでしょう」

 私は歩きながら淡々とそう聞いた。
 
「え!?いや!え!?」

 慌てた様子で口元を手で覆う。

 私はそれを見て図星なのね、と心で落胆する。でも、殿下と私を繋ぎ止める理由を必死に心の中で探した。
 
「エミリーとどんな関係であれ、私、ベルたちと闘うために手段は選ばないことにしたんです。エミリーも快くアイザック殿下と共闘するように言ってくれましたし、アイザック殿下は乗りかかった船に最後まで乗っていてくださいね!」

 私はさも気にしていないかのように振る舞った。
 
「え!?勘違」
「あ!もちろん私、アイザック殿下に恋愛感情を抱いたりしませんので!お気になさらず!さあ!行きましょう!」

 アイザック殿下が何かを言いかけたが、その言葉を聞かないように遮った。

 やっちゃったよー、また自分守るために思っても無いことを……。

 二人で仲良く出掛けるはずのデートは、気まずい空気が流れたままだった。馬車に乗り、二人はそれぞれ窓から外を眺めている。

「エミリー殿とは、ローゼが思っているような関係ではありません」
「嘘つかなくても大丈夫ですわ」
「ローゼ、私の目を見てください」

 窓に反射している自分を、見続ける。

「エミリー殿とは、ただの契約関係です。僕が主で、エミリーが従者として。昨日エミリー殿の部屋にいたのは情報の共有をしに行っていました。ローゼが考えるような関係では無いです。誤解です」
「そうなのですね。別にエミリーの部屋で会わなくても……」

 やだ、なんかアイザック殿下に嫉妬してるみたい。

 また私は窓の外にある街並みを眺める。
 そんなに速く無いスピードの馬車は、さほど激しく揺れることはなく乗り心地は良い。

 重苦しい雰囲気の中殿下が口を開いた。

「ローゼの……ローゼの相談をしにエミリー殿の部屋へ行きました」

 なんだか申し訳なくなってきてちらっとでんかをみれば、膝に肘をつけて項垂れる殿下の姿があった。顔は隠れて見えないが、耳が赤くなっていることがはっきりとわかる。

 どんな契約であれ、好きな人がいるのなら異性の部屋に行くべきではありませんわ。

「泣き落としなら無駄ですよ、人生の先輩である私は騙されません」
「ローゼ、信じてください」

 アイザック殿下が私の手を取り、甲にキスをする。

 そんなことしたってだめですわ。
 
「信じるにも何を信じたら良いか分かりませんもの」
「ローゼを好きだという気持ちも信じてもらえなかったということですか……?」

 殿下は顔を上げてまた苦しそうな顔をする。
 
「それは……」

 私に都合のいい言葉ばかり信じている自分に気づいてしまった。

 殿下は体を私に近づける。
 
「本当に好きなんです。ずっと、ずっと昔から、ローゼの婚約が決まる前から。……どうしたら信じてもらえますか?腕の一本でも捧げたらいいですか?」

 殿下の気迫に私は何も言えなかった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

【4話完結】聖女に陥れられ婚約破棄・国外追放となりましたので出て行きます~そして私はほくそ笑む

リオール
恋愛
言いがかりともとれる事で王太子から婚約破棄・国外追放を言い渡された公爵令嬢。 悔しさを胸に立ち去ろうとした令嬢に聖女が言葉をかけるのだった。 そのとんでもない発言に、ショックを受ける公爵令嬢。 果たして最後にほくそ笑むのは誰なのか── ※全4話

やり直し令嬢は何もしない

黒姫
恋愛
逆行転生した令嬢が何もしない事で自分と妹を死の運命から救う話

【完結】無能な聖女はいらないと婚約破棄され、追放されたので自由に生きようと思います

黒幸
恋愛
辺境伯令嬢レイチェルは学園の卒業パーティーでイラリオ王子から、婚約破棄を告げられ、国外追放を言い渡されてしまう。 レイチェルは一言も言い返さないまま、パーティー会場から姿を消した。 邪魔者がいなくなったと我が世の春を謳歌するイラリオと新たな婚約者ヒメナ。 しかし、レイチェルが国からいなくなり、不可解な事態が起き始めるのだった。 章を分けるとかえって、ややこしいとの御指摘を受け、章分けを基に戻しました。 どうやら、作者がメダパニ状態だったようです。 表紙イラストはイラストAC様から、お借りしています。

婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪致します。

久方
恋愛
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!」  煌びやかな舞踏会の真っ最中に突然、婚約破棄を言い渡されたエミア・ローラン。  その理由とやらが、とてつもなくしょうもない。  だったら良いでしょう。  私が綺麗に断罪して魅せますわ!  令嬢エミア・ローランの考えた秘策とは!?

【短編】捨て駒聖女は裏切りの果て、最愛を知る

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「君には北の国境にある最前線に行ってもらう。君は後方支援が希望だったから、ちょうど良いと思ってな。婚約も生活聖女としての称号も暫定的に残すとしよう。私に少しでも感謝して、婚約者として最後の役目をしっかり果たしてくれ」と婚約者のオーギュスト様から捨て駒扱いされて北の領地に。そこで出会った王弟殿下のダニエルに取り入り、聖女ベルナデットの有能さを発揮して「聖女ベルナデット殺害計画」を語る。聖女だった頃の自分を捨てて本来の姿に戻ったブランシュだったが、ある失態をおかし、北の領地に留まることはできずにいた。それを王弟殿下ダニエルが引き止めるが──。

追放された令嬢は英雄となって帰還する

影茸
恋愛
代々聖女を輩出して来た家系、リースブルク家。 だがその1人娘であるラストは聖女と認められるだけの才能が無く、彼女は冤罪を被せられ、婚約者である王子にも婚約破棄されて国を追放されることになる。 ーーー そしてその時彼女はその国で唯一自分を助けようとしてくれた青年に恋をした。 そしてそれから数年後、最強と呼ばれる魔女に弟子入りして英雄と呼ばれるようになったラストは、恋心を胸に国へと帰還する…… ※この作品は最初のプロローグだけを現段階だけで短編として投稿する予定です!

エメラインの結婚紋

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

処理中です...