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第3話・クロ、反対する
しおりを挟む「絶対にダメです!!!!」
城の前の少し開けた場所で、俺達が出発準備をしていた時。
そこまで黙っていたクロが顔を真っ赤にして憤怒しながら、大きな声で叫んだ。
「いやでも、やっぱりこれが最善策じゃ……」
「そうだぞ女騎士! 潔く諦めろ!」
「クロ様、ここは何卒……」
勝ち誇った顔で「フハハ」と笑うジュリィを放ったらかし、俺とギースさんは何とかクロを説得しようとしていた。
その要件はというと。
~回想シーン~
「うーん、とりあえず何すればいいんだろうな……」
俺はこの場を丸く収める方法、そしてその後どうするかを考えていた。
誤魔化すために言ったとはいえ、これでもうジュリィの求婚を受け入れたも同然みたいになっちまったしな……。断じて嫌ではないが。
あの時からずっと変わらずに俺なんかのことを好いていてくれたなんて、それだけで涙腺が崩壊してジュリィに襲いかかりそうになる。
「そうですね……まずは人間界の王様に魔族軍との和平協定の締結を申し出て、異種族間での結婚を正式に許してもらう、といったところでしょうか」
冷静沈着にギースさんが言う。この人は本当に頼りになる。
クールだし、カッコイイし、それでいてジュリィや俺たちの事も真剣に考えてくれている。まさに忠臣、といった人だ。
唯一の疑問点とすれば、見た目だろうか。
ギースさんは見た目が人間としか思えないほど、周りのモンスターたちとのギャップがあるのだ。ジュリィのように角もなければ尻尾もない。至って普通のイケメンに見える。
ただまあ、そういうことは根掘り葉掘り聞くべきじゃないと思うから触れないでおく。
誰しも言いたくないことの1つくらいあると思うし。
「そうですね……あ、でも異種族間での結婚については大丈夫だと思います。周りがどう思うかはともかく、法律的な禁止事項はないので。それに実例が無かったわけでもありませんし」
それは俺達人間界に伝わる有名な逸話だ。
その昔、俺達の国が怪物たちに襲われて滅ぼされそうになった時、王国最強と謳われていた戦士と異族の魔法使いが共に戦って国を救った。2人は結婚し、国は異族を受け入れた、と。
おとぎ話のようにも聞こえるが、老人達は揃って「これは本当にあった話だ」と言う。
「なるほど……それでは、まずは和平協定の締結ですね。その後はユウ様のお仕事やご家庭のこともありますから、ゆっくりと進めていきましょうか」
「ですね。とりあえず和平協定はさっさと結ばないと……」
異種族間での結婚、ましてや勇者と魔王ともなれば異論を唱える者も出てくるはずだ。
だが、それはあくまでもジュリィ達が自分たちの敵だから、のはずだ。和平協定を結んで人間と魔族が友好関係を築ければ、他にも異種族間結婚を夢見る人も出てくると思う。
間違った認識が原因で起こる迫害ほど恐ろしいものはない、と書いてあったのは誰の本だっただろうか。
戦争も迫害も何もかも、年月が経てば経つほど理由を見失って泥沼に嵌っていく。無駄な血を流し、意味もなく憎み合い、また怨念の連鎖が続いていく。
それだけは避けなきゃいけない、と俺は思う。
少なくとも俺は、ジュリィのことを魔族だから~なんて思ったことは1度もない。
人と魔族、何が違うというのか。どちらも自分の大切なものを守るために戦っているし、どちらにも悪者はいる。
その極々一部分の悪にばかり焦点を当てて、これ以上種族間のヒビを深めてもしょうがないじゃないか。
色々と考えながらうんうんと唸っていると、ギースさんはそんな俺を見て小さく笑った。
「フフ、本当にユウ様はお人が良い」
「え、そうですか?」
故郷じゃ家の手伝いサボってばっかだったんだけどな……。ここじゃ言えないけど。
「はい。最初に魔王さまがユウ様と結婚したいと仰った時は本当に困りました。このお方は一体何を言っているのか、と」
「あはは……まあそうですよね」
「自由奔放にも程がある、と。ですが、ユウ様の様子を見ていて私のその考えにも変化が起き始めました」
「え、見ていた?」
ストーカーでもされてたのかしら。全然分からなかったけど。
「はい、1年ほど前から」
めっちゃ見とるやんけ。
「水晶玉で見たり、時にはユウ様の村まで行ってみたり」
「マジですか……」
「この方なら、魔王さまの言葉を信じていいかもしれない。私も信用してもいいかもしれないと、そう思い始めたのです」
な、なんかそう褒められると照れるな……。
「ユウ様は魔族に対する偏見も持たれていないようですし、魔王さまを倒す気も無かったのでしょう?」
「はい、まあ……」
倒す気っていうか倒せるわけないから諦めていただけですスミマセン。
「そんな人間は滅多にいません。ですから、私もユウ様にならばこの先の世界の舵取りを任せてもいいかもしれない、と考えたのです」
「世界の舵取りって、そんなに大きなこととは……」
ジュリィとの結婚が、そこまで大きな影響を与えるとは思っていなかった。
俺も、まだ覚悟が足りてないってことか。
「いえ、決して大袈裟ではありません。仮に和平協定が順調に締結され、人間と魔族が同盟を組んだとなれば、他の種族、つまり妖族や神族も黙ってはいないでしょう」
妖族と神族。聞いたことはある。だが、魔族と違って接触する機会はほとんどないと聞いていたのであまり親しみのない種族だ。
「つまり、戦争がおきたりする……と?」
「それは最悪の場合ですが、可能性は捨て切れません」
「そんな……」
覚悟が足りてないどころじゃない。俺は、自分の気持ちばかりを優先して全然現実が見えてなかった。
もしギースさんの言う通り、同盟が原因で戦争が起こりでもしたら。俺のせいで、数え切れないほどの命が失われることになる。他にも様々な事象に信じられないほどの影響が出るだろう。
「ユウ様」
表情を暗くして感情の狭間で揺れていると、ギースさんが、
「そんなに深く考える必要はありません。本当に大事なのは、貴方がどうしたいか、ですよ」
優しく笑いながらそう言った。
そして、その言葉で吹っ切れた。
「……ありがとうございます、ギースさん」
「……それではどうしますか? ユウ様」
バチン、と強めに1度自分の頬を叩く。
「ゆ、ユウ?」
それまでずっと俺とギースさんの会話を聞いていたジュリィが、心配そうな顔で俺を呼んだ。
俺はそんなジュリィの頭に手を置き、胸を張って言った。
「行きましょう、王都へ」
俺は、ジュリィが好きだ。
今すぐにでも結婚したい。
だが、それは口には出さない。出したらきっと、すぐに決意が折れてしまうから。
俺がやるべき事をすべてやり切ってから、この気持ちをジュリィに伝える。
そう決めた。
「分かりました。皆の者、準備だ!」
「「「「「オオオッ!!!!」」」」」
ギースさんがそう言うと、整列していたモンスターたちが大きな声で返事をして一斉に動き出した。やはり部下からの信頼も厚いようだ。
「ユウ様」
「はい」
「私達魔族軍一同、この身が朽ち果てるまで魔王さまのため、ひいては貴方様のために尽くすことを誓います」
そう言ってギースさんはその場に跪いた。
俺はそんなギースさんに、
「ギースさん、立ってください。何も俺のために尽くす必要なんてありません」
「ですが……」
「俺は俺がやるべきだと思ったことをやります。ジュリィのために。だけど、俺1人じゃあきっと何も出来ない」
相変わらず心配そうな顔を浮かべるジュリィの頭を撫でながら、俺は続けた。
ジュリィは嬉しそうに俺の手を握っている。
「だからギースさんたちにも手伝って欲しい。俺たち人間も、ジュリィたち魔族も、みんなが笑って暮らせるようにしたいから」
「……もちろんです」
「その途中でもしも俺が道を間違えそうになったら、その時はギースさんが俺を殺してください」
人間の決意なんてものは揺らぎやすいもんだ。心に突き刺さる何かがあれば、決意なんてすぐに壊れる。
だからこそ、もし俺が自分を見失ったら信頼できる人に止めて欲しい。
すると、ギースさんはまたもや小さな笑みを浮かべて、
「残念ですがそれは出来ません。そんなことをしたら私が魔王さまに殺されてしまいます」
「そ、そんなことしないぞ!」
「本当ですか?」
「……分かんないけど」
「私は信じております。ユウ様ならば、たとえ道を違うことがあったとしても必ず正しい道に戻ってくると」
「……」
やっぱり俺はバカ野郎だった。
止めて欲しい、なんて言う前にそんなことにならないようにするべきだったんだ。俺の命は、今や俺だけのものじゃないんだから。
「すみませんでした」
「いえいえ、構いませんよ。そうやって悩んで、困って、人は成長するものです」
なんだかすっごい年増なセリフだなぁ。
なんて風にギースさんの大人っぷりに惚れ惚れしていると、大きな鎧を身につけたモンスターさんが1人、俺たちの近くに歩いてきた。
「ギース様、魔王様、出発の準備が完了しました」
「ああ、ご苦労。それではユウ様、魔王さま、クロ様、行きましょうか」
「はい! よし、行くぞジュリィ」
「おーう!」
こうして、俺たちは城の前に用意されたでっかいドラゴンに乗ろうと準備を進めた。
~回想シーン終わり~
顔を真っ赤にしたクロは、俺とギースさんの説得をものともせずジュリィに突っかかっていく。
「認めんぞ! これが罠じゃないとどうして証明できる!」
「見苦しいぞ女騎士! ワタシたちの中にこれ以上戦いを望む者はいない!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!」
一際大きな、そして今にも泣き出してしまいそうなクロの声があたりに響いた。出発準備を進めているモンスターたちの視線も集まっている。
「戦いを望まないだと!? そんな戯言、いくら並べても無駄だ!」
「だとしたら貴様らは何なんだ! これ以上無駄な血を流して何になるんだ!」
「…………」
「ユウ様……?」
2人の言い合いをどうにも出来ず、辛そうに見えるであろう表情を浮かべる俺にギースさんが心配そうに声をかけてくれた。
だが。
「ギースさん……俺は、どうすれば……」
どうしたらいいのか分からない。
俺はジュリィのことが好きだし、魔族は悪者だ、なんて言う気もない。けど。
クロに何があったか、よく知っている。国の騎士をしている間にどれだけ辛い思いをしたか、よく知っている。泣きながら話してくれた時の顔を、よく知っている。
だからこそ、どちらも否定出来ない。どうすればいいのか分からず、ただただ見ていることしか出来なかった。
「まったくもう、何してるの? 2人とも」
「もう、ギーちゃんしっかりしてよ」
そんな時、現れたのは意外すぎる2人だった。
「メルミ!? お前どこ行ってたんだよ!?」
「リーマ……その呼び名はやめろと何度も言っているだろう」
俺たちのことなどお構い無しに仲良くお喋りをしていた、メルミとリーマさんだった。
気付いたらいなくなっていたが、どこで何をしていたのか。そして明らかにこのシリアスな雰囲気に合っていない2人だが大丈夫なのか。
「メルミ……何しに来た」
「リーマ……貴様、言葉によっては許さないぞ」
ほらやっぱりお怒りじゃないですか!
火に油注いでどうすんだよ!
「「おバカ!」」
「あだっ」
「いたっ」
え、えぇ~……。
俺もギースさんも、周りで見守っていたモンスターたちも、みんながそんな顔をした。
メルミは持っていた杖で、リーマさんはしなやかに動く尻尾で、クロとジュリィの頭を叩いた。
「メルミ……」
「リーマ、何するんだ」
なおも怒りの色を露わにする2人に、とうとうメルミがキレた。うん、初めて見るよメルミがキレるとこ。
「なんでケンカしてるの2人とも! バカなの!?」
「えっ、メルミ……?」
「ば、バカ……」
見たことのないメルミの表情に、2人とも思わずキョトンとしている。俺もだけど。
「今更いがみ合ったってしょうがないじゃない! そもそも、2人は何のために何をしようとしてるの!?」
「「何のために、何を……」」
「それを見失ってケンカなんてしてたら、結局また仲が悪くなるだけだよ! せっかく機会が出来たのに無駄にするようなことしないで!」
「す、すまん……」
おお、メルミがクロを言い負かした……。
「ワタシは……ワタシは、ユウのために……」
シュン、と下を向き、小さな声で呟くジュリィにメルミは言った。
「魔王ちゃん」
「……?」
「魔王ちゃんの、ユウくんのために何かしたい! っていう気持ちはすごく素敵なものだよ。でもね?」
なんであいつ上から目線?
「それを理由に人とケンカしちゃダメ。クロも悪気があって止めようとしてるんじゃないんだよ」
「でもワタシは、ユウのために……」
「大丈夫大丈夫」
分かりやすく落ち込むジュリィの頭を、メルミは優しく撫でた。ウラヤマシイ。
「魔王ちゃんは間違ってないよ。ただ、クロの気持ちも理解してあげてほしい、ってこと」
「……」
クロの方を申し訳なさそうにチラッと見るジュリィ。目が合うと、クロもばつが悪そうに目を逸らした。
メルミはスッと立ち上がり、クロに向き直った。
「クロ」
「……何だ」
「ユウくんと魔王ちゃんはすぐ結婚するの?」
「いや、今すぐにではないが……和平協定を初めとした、結婚の準備が整えばする、と」
「だったらさ」
「……?」
「結婚の準備が終わる前にユウくんを惚れさせちゃえばいいんだよ!」
いやお前は何を言っている。
「そ、そんなこと……」
「あれれ、やる前から諦めるの? クロらしくないよ?」
「私は、ユウの嫌がることはしたくない……」
クロ……そこまで俺のことを……。
「だーかーらー。無理矢理じゃなくて、ユウくんの方から結婚を迫ってくるくらいに惚れさせちゃえばいいんだよ! 恋は障害が多いほど燃えるんだよ!」
いや、お前経験皆無だろうが……。
「……ふっ」
話自体はめちゃめちゃだが、それでも仲間の言葉でクロも吹っ切れたようだった。
先程とは表情を変え、クロはジュリィの方を向いた。
「さっきは済まなかった。無礼を許してくれ」
「わ、ワタシの方こそ、ごめんなさい」
「まだそちらのことを信用することは出来ないが、それでも私も変われるように努力する。だから、これからよろしく頼む」
差し出されたクロの右手を、ジュリィはグッと握り締めた。
「こちらこそよろしく頼む。ワタシたちのせいで辛い思いをさせてしまったのなら、これから一生かけて償うよ、女騎士」
はぁ、なんとか丸く収まって良かった……。この様子なら旅も問題なく出来そうだ。収めたのがメルミってのは微妙なところだが。
「た、だ、し」
てっきりこのまま終わると思ったのだが、2人はそうはいかないようだった。
「ユウは渡さないからな、女騎士」
「ハッ、望むところだ。そんな貧相な体ではユウは満足させられないということを思い知らせてやる」
「なっ……!? うるさいおっぱいお化け!」
「誰がおっぱいお化けだ!」
「お前だ変態騎士め!」
「なんだとぉー!」
第2ラウンド。またもや言い争っている2人だが、さっきとは全然違う様子だし心配はいらないだろうな。
「ユウ様」
「あ、はい」
少しだけ疲れたような笑顔で話しかけてきたのはギースさん。
「一時はどうなることかと思いましたが、クロ様も魔王さまも分かり合えたようで良かったです」
「ほんとですね……まさかあのバカ魔法使いが収めるとは……」
そんなこんなで、どうにか出発できそうな魔族たちの様子をみながら安堵するギースさんと俺なのであった。
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