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本編
28 誕生日をむかえるおれ
しおりを挟む新しい区画に引っ越してきたおれは、ほとんど兄と一緒に過ごしているけれど、城の外には出ない。
出られないではなく、出たくない、だ。
兄は聞いてくれた。
国民へお披露目をするつもりだけれど、城外でのパレードをしたいかと。
ない。
ありえない!
臭いお金持ちっぽい人たち相手のお披露目でもすごく見られたのに、自分から人がいっぱいいる場所に出ていくなんてできるか!
知らない人たちにじろじろ見られたら、怯えて威嚇してしまう自信があるぞ。
王妃が歯を剥き出しにして国民を威嚇するのは、よくないと思う。
というわけで、お披露目は国民をどこかに集めて、遠くから手を振る方式になった。
本当はお披露目をやめてほしいけれど、こればっかりはやめられないらしい。
お披露目しておかないと、妾妃を何人も押し付けられる可能性が高いって。
すっごく嫌だ。
兄にそんなもん押し付けられたら、間違いなく威嚇する!
それでも、人しかいない国の新しい王妃が男で獣人って、大問題だと思うんだよな。
もっと言っていいなら、おれは弟なんだけど。
いくら王妃の仕事が国王の補佐でも、本当に良いのかな。
反対されないかな。
誰に反対されても、兄の側から離れる気はないけどさぁ。
……んー、なんかだめだ、ぐるぐるするからこれ以上は考えないでおこう。
ぷるぷると首を振って、あくびを一つ。
兄は今、暫定国王の仕事で不在。
ざんていってなんだ。
おれがいるのは兄の寝室だ。
いっつも兄の寝室でだらだらしているけれど、王妃の私室、侵入者対策が万全な王妃の寝室も、別で用意されている。
王妃の私室は、国王の私室と繋がっているのだ!
夜に怖い夢を見たら、兄に助けを求められる。
夜に突然腹が減っても、兄に食べさせて~と頼める。
兄の私室にすぐに駆け込める、素晴らしい配置だ。
この部屋の配置を考えた人、天才だろ。
とはいえ、おれは王妃の私室と寝室を一度も使ったことがない。
いっつも兄の部屋にいるしな。
それにおれ、まだ王妃になってない。
暫定王妃。
ざんていがなんなのか、いまさら聞けないなー。
生まれて初めて手に入れた『おれ専用』の部屋は、分厚い木の床板が敷つめられていて、鉤爪を痛めないようになっている。
これまでに城内で使われていた、見た目のきれいな石の床板は、踏ん張りが効かない。
鉤爪が原因だと思うんだけど、思い切り踏ん張った時に足元でペキッと音がすると、地味に落ち込むんだよな。
力が強くなるとかいう謎魔術がいけないんだ。
おれはそこまで重たくないぞ。
まだ、兄の三倍ちょっと超えたくらいだもん。
毛がもこもこだから、大きく見えるだけだ。
でも、歩くだけでお城を破壊して回っているのはおれです、修理の人、ごめんなさい。
とにかく、結論。
兄がおれの生活空間を一階にしてくれてよかった。
床を踏み抜いて下の階に落ちる心配だけはない。
王妃が国王と一緒に療養地に向かったとかで、近頃は暗殺者もめっきり姿を見せなくなった。
とはいえ、おれは油断しない。
おれの十六歳の誕生日は、もうすぐだ。
◆
とうとう雪が降り出した。
そして。
「おはよう、お誕生日おめでとう、スノシティ」
「んぁむ、おはよう、あにうえ」
朝、目が覚めて。
目の前に兄がいる。
すごく幸せだ。
ほんわかと微笑む兄の笑顔が、きらきらと光り輝いている。
「さあ起きて」
「うん、あ、はい」
王妃になるのだから、今までと同じではいけない。
そう思ったおれは、十六歳になってからも生きられると信じて、遅すぎるけれどマナーを習い始めた。
花咲く時期のお披露目で、兄の横にかっこうよく立つために。
もちろん兄も知ってる。
マナーを習うことを兄に秘密にしたかったけれど、おれは油断しない。
もし暗殺者に襲われた時に、おれがどこにいるのかを兄に伝えていなかったら、心配させてしまう。
おれは、自分のちっぽけなプライドと、兄の安全を天秤にかけるような真似はしないのだ。
おれの行動の全てを、兄には伝えてある。
忙しい兄は、おれの一日を全部知っている、はずだ。
手洗いだって、前より服が増えたせいで兄がいないと行けない。
間に合わなかったら、悲惨だ。
特に長い袖なしの上着が邪魔で、股間近くまで布があるから、まくってもらわないと手洗いでどこに座るか見えない。
いつになったら、乳首の周りを剃らなくてよくなるんだろうなー。
兄がいつも嬉しそうに、丁寧に剃ってくれるから、今更やめてほしいって言えないんだよな。
おれも乳首こねこねされるの、すごく好きになったしさー。
乳首をきゅきゅぅってつまんで、転がすようにくりくりってされると、いろいろとすっごい。
そんなことを考えて、にへら、と口元をゆるめるおれに、兄が満面の笑顔を向けてくれる。
すっごくきれいだな。
しかも嬉しそう。
今日って、何かあるのかな。
「今から体をきれいにして、スノシティと愛しあいたい」
「うん、じゃなくてはい……はい?」
兄は朝から、なにを言ってるんだろう。
愛し、あう?
愛ってのは、ええと、相手を大事にすることだよな。
教師が言ってた。
すごく嬉しいけど。
なんか、普段の言い方と違うような気がする。
まだおれが寝ぼけているから、そんな気がするのかな。
困惑するおれに、きらっきらな笑顔の兄が手を伸ばす。
「さあ、おいで。
今日までずっと待ったんだ、絶対に逃がさないよ」
おれの大好きな、きれいな兄のほんわかした笑顔なのに。
なぜだか、恐ろしい。
そう思ってしまう。
ああそうか。
いつもと違って、目が、笑ってないんだ。
おれの大好きな薄い青色の兄の瞳に、くすぶるような熱が見える。
なんでだろう。
怖い。
でも。
おれが、兄に、逆らえる、わけがない。
焚き火に引き寄せられる虫のように、火傷するかもと知りながら逃げられない。
寝室から兄の私室に連れられていくと、きれいな模様の入った紙に名前を書くように言われた。
「婚姻予約契約書へ御署名を」
見たことがない服の使用人らしき人たちが、何人も集まってきていて、おれと兄が名前を書くと、深々と頭を下げて部屋から出て行った。
今の人たち、本当に使用人か?
こんいんよあくけーあくしょへごしょめい、ってなんだろう。
おれの名前の所だけ、すごく字が大きかったけど大丈夫?
一仕事した気持ちになっていると、使用人たちがわらわらと集まってきた。
そして、兄と風呂に入った。
朝起きてすぐに風呂なんて、これまで入ったことないのに。
全身をぴかぴかに磨かれて、もこもこになるまで乾かされて。
外に出ないのに、鉤爪を覆う手袋をはめてもらう。
夜でもないのに、尻にいつもの倍以上の大量の魔術薬を注がれて、いつもよりも大きな栓をされた。
馴染むのを待つ間に、兄の私室で手ずからに朝食をとる。
落ち着かない。
兄がひどくご機嫌なのに、落ち着かない。
兄に食べさせてもらう食事はいつでも美味しいはずなのに、味がしない。
なんだこれ。
なんだろう。
なんか変だ。
今日は、おれが処刑された日。
十六歳の誕生日。
今のおれは処刑されるはずがないのに、どうして落ち着かないんだろう。
兄は笑顔だ。
目の奥が笑っていなくても、すごく笑顔だ。
兄の長く伸ばしたきれいな白銀の髪は、使用人の手で丁寧に編み込まれて、今日は頭に巻きつけてある。
剣術の訓練をする時みたいに。
どれだけ体を動かしても、邪魔にならないように。
「スノシティ、緊張しているの?」
「きんちょう?」
緊張するって、なんで?
なんでおれが緊張しないといけないんだ。
兄と一緒にいるだけなのに。
「スノシティ、僕と愛しあうのはいや?」
「え」
兄のほんわかきらきらの笑顔が、しゅん、と音をたてそうなほどにしぼんで。
おれの胸がぎゅうっと痛くなった。
だめだ、兄にこんな顔をさせたくない。
「いやじゃない、おれ、兄上と愛しあいたい!」
「ほんとうに?」
「うん、おれ、兄上がいい!」
「……嬉しいよ、スノシティ」
道具や食事を部屋に運んできていた使用人たちが、おれを複雑そうな目で見ていることに気がついても、その意味は知らないままで良い。
◆
成人後の婚約は本人の意思のみで可能、婚前交渉は本来なら認められてないけれど……
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