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本編

27 お披露目されたおれ

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 暑い時期は、もやもやしている間にほとんどが過ぎてしまった。
 この先、毎年こうなのかなと思うと、気が重い。

 ゆっくりと朝と夜の暑さがなくなっていって。
 何を食べても美味しい時期になった。

 木の実がうまい。
 魚も肉も脂たっぷりで、食べ過ぎると具合が悪くなるけれど、葉っぱと一緒に食べれば大丈夫。

 幸せすぎて怖い。
 毎日が、おれの知らない日々だ。

 処刑された時のおれは、城内での行事に関わることなんてなかったし、国王と王妃が城からいなくなることもなかった。
 だから、今の兄と共に過ごせる日々は、毎日が幸福でしかない。

 飢えない、怪我もしない、憎いと感じる相手もいない。
 国王と王妃がいなくなっても、おれの生活に変化はない。

 ただ、城内の雰囲気は変わったなと思う。

 前のように、おれを伺ってくるような視線はもうない。
 薄汚い獣を見る時の視線は感じない。
 兄と一緒にいるおれを、うまく言えない感情のこもった目で見てくるくらいだ。

 なんだろうな。
 処刑された時には向けられたことのない視線。

 あざわらう、でもないし、おもしろい、でもない。
 兄とおれが一緒にいる姿は、なにかおかしいのだろうか。





 そんな日々を過ごしている中。
 兄の二十三歳の誕生日を祝う盛大な祝賀会があって、その場で兄が新しい王になることが大々的に広められた。

 これまでも話としては広められていた。
 文章での公布という形で。
 兄が人々の前で言葉を発して、次の王に立つと認めたのは、この時が初めてだったようだ。

 そして、おれも初めて公式の場に出た。
 兄の十歳の誕生日会のことは、無かったことになっている。

 これまでおれの存在は、公にされていなかった。
 けれど、城奥に勤める一部の使用人、護衛、文官は知っていて、口伝で密やかに広くおれのことは広がっていたそうだ。

 城奥に白銀の獣の王子がいると。

 本当に生存しているのかも不明な、おれの存在が公にされ。
 しかも王妃になる。

 そんな発表の場に引きずりだされて、生まれて初めて何百人からもの視線にさらされて。

 おれは兄の背中に隠れたいのを、必死で我慢した。
 この日だけは、次の王妃として凛々しくしなくてはいけない。

 恐れから後退りそうな足を、しっかりと踏ん張る。
 ここに来る前に、しっかりと兄に頼まれた言葉を思い出す。

「良いかいスノシティ、何も言わなくていい、誰にも微笑まなくて良い。
 ただ僕の横に立っていておくれ」

 兄の言葉に従う。

 テーブルマナーは知っていても、王族の教育は受けていない。
 兄の教師が話しているのを聞いてはいても、眠たくて寝ていた時間の方が長い。

 中途半端に聞きかじったものを試すより、兄の言葉に従うべきだ。

 今のおれの格好だけは、王族に相応しいものだから、気後れして背中を丸めている姿なんて似合わない。

 兄の横にいるに相応しい王妃だと、ここにいる奴らに思わせたい。
 自分にそう言い聞かせて、今日のためにぴかぴかに磨かれた爪を、何度もくしけずられて光る被毛を見せつけるように、背筋を伸ばして胸を張る。

 暑いのは苦手だと頼んだので、背中を覆って床に広がるのは、薄手のしなやかなマント。
 剃られ続けている乳首周辺を隠すために、マントの下は袖なしの上着。
 今日だけの特別仕様らしい、きらきら素材の尻尾穴つきまん丸パンツ。

 なぜか手袋が普段の鉤爪だけ覆う仕様ではなく、鉤爪が出るのに手のひらから肩の近くまで覆う形だった。

 王妃は公式の場で顔以外の肌を見せてはいけない、と説明を受けたけれど、それなら鉤爪を出すのは何のためなんだ。
 おれの攻撃力を見せつけておくの?

 紐とか玉の飾りは減らしてもらったのに、動きにくい。
 採寸も我慢して、何度も試着して作ってもらった服でも、自前の被毛があるおれには動きにくいとしか思えない。

 でも、今日だけは我慢。
 王妃になるおれが馬鹿にされることは、兄も駄目な王だと思われる。
 それくらい、教えられなくても分かる。

 蔑みの視線だけは、誰にも教えられなくても知っている。
 処刑された時の記憶が薄れていっても、向けられていた悪意を忘れることはできない。

 二足歩行で、流れるような模様の入った石床をかちゃかちゃと爪で鳴らし、おれが兄の後ろについていくと、大広間を埋め尽くす大勢の人々が、ざわめきながらわずかに下がった。

 なんだよ、やんのか。
 かかってこんかい、という気持ちで胸を張る。

 相変わらずくっさい。
 人が多いから?

 鼻で呼吸をすると倒れてしまう予感がして、薄く口を開いて呼吸をする。
 牙が見えないくらいなら、問題ないだろう。

「大丈夫かい?」

 声を潜めた兄が、おれに視線を向ける。
 どうして何も言わなくても、おれの苦痛を理解してくれるんだろう。
 兄の優しさに胸がときめく。

 こくりと頷いた。
 話さない約束は、きちんと守る。

「さあ、手を」

 おれは緊張して、慎重に、兄を傷つけないように細心の注意をはらって、白い手袋をはめた手のひらに、自分の白い手袋もどきに包まれた手のひらを乗せた。

 静まり返った祝賀会場を見回して、兄がゆっくりと口を開く。

「我が身に流れる血への誓いは果たされている、王にいたりし暁にはこの国のさらなる繁栄を、ここに約束する」

 祝賀会の中で兄が口を開いたのは、この一回のみ。
 この言葉にどんな意味が込められているのか、おれは知らない。
 けれど、まるで破裂するように、人々が一斉に歓喜の声を上げたのを見て思った。

 兄はきっと素晴らしい王様になる。
 おれにできる全てで兄を支えていこう。

 顔が緩む。
 格好良い姿が素敵だ。
 兄との約束は誰にも微笑まないだから、兄に対して笑顔を向けるのは大丈夫だ。

 おれと揃いの色のマント。
 服も兄の着ているものは飾りがたくさんついているけれど、兄の存在感の方が強くて負けてない。

 左右対称の広い肩をそびやかし、ほどけば足元まで届く長い髪を編み込んで、肩口に巻いている。
 筋肉質な長い手足。
 引き締まった胴体。

 外見だけでもここにいる中で一番美しい兄。
 処刑の時の兄は細くてはかない雰囲気だったけれど、今の兄には包み込んでくれる雄大な優しさは感じられても、ひ弱さはない。

 その中身が外見以上に素敵だと、この中の何人が知っているだろう。

 知られたくない。
 兄の一番近くにいるのはおれ。
 これからもそうだと嬉しい。

 王妃として、仕事をする。
 国王になる兄を支える。

 頑張ろう。
 おれはきっと、兄を守れてる。

 運命の日まで、あと季節ひとつ分。



  ◆



 今年の寒い時期はあまり眠くならない予感を感じた。
 ここ数年、どんどん眠くならなくなっている。

 あれは、飢えと寒さから起きていられなかったのかもしれない。
 獣人の本能的なものだと思ってた。

 気温と昼が短いことが関係しているのか、普段より眠っている時間は伸びているけれど、何日も眠り続けることがなくなった。

 寒くなってから、おれの被毛は量を増した。
 兄の手がすっぽりと埋もれて見えなくなるくらい分厚く生え揃っていて、毎日手入れしてもらうのでふっかふかだ。

 時期王妃としてお披露目された日から、おれは新しい兄の寝室で眠るようになった。

 これまで兄の私室があった周辺はまるごと改装されるとかで、これまで入ったことのない区画で暮らすことになった。
 一階だから、体重も重ければ体も大きなおれが走っても、床が抜ける心配がなくなった。

 壁も床も木造で、派手派手しい飾りはない。
 おれが歩き回っても、調度品を壊したりひっかけたりするのを心配しなくて良い。

 新しい木の匂いが最高に落ち着く。
 きっと兄が、気を配ってくれたんだろうな。
 嬉しい。
 兄の優しさがしみる~。

 外から人が入る場所は、見目の良さが優先される。
 派手で豪華で重厚な王城らしさが必要だそうだ。

 でも王族が生活をする場所は、好みに合わせて良いらしい。

 それなら、どうして以前の国王と王妃の私室は、あんなにぎらぎらでぎとぎとした、落ち着かない雰囲気だったのか。
 目にチカチカする部屋を好んでいたのか、見栄を張っていたのか、永遠の謎だ。

 
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