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本編

02 やり直したいおれ

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 目の前の光景は、なにもできないおれを引きずるように、次々と変わっていく。
 ふわふわと浮かびながら、なにもできないことを恨むだけ。
 怒りに吠えることもできない。

 兄は、王妃がおれに差し向けていた暗殺者を、自分の護衛に頼んで退治してもらっていた。
 ずっと長い間。

 王妃にとって、おれはいてはいけない存在だ。

 物珍しさから、面白半分で獣人の使節団の一員を寝所へ連れ込んだようだ。
 獣人のタフさを、火遊び気分で楽しんだつもりが、身籠ってしまったらしい。

 浮かびながら見ていると、同時進行で大勢の男に股を開いているから、相手を特定して堕ろすことができなかったのだろうなと思う。
 国王に似た容姿の子供が生まれるかも、とか考えてたのかもな。
 ちなみに、国王はきれいな男が好きみたいだ。



 国王以外の男を、数え切れないほど寝所につれこんでいるのに、王妃が産んだ子供は兄とおれのみ。

 兄が生まれる前には妾妃もいたそうだが、王妃がみんな暗殺させたようだ。
 証拠も残さずに何人も死ねば、妾妃がいなくなるのは当然だろう。

 最低限の国交は持っているものの、この国で嫌われている獣人に股を開き、獣人の子を産んだ王妃を、国王は切り捨てた。

 王妃が処刑されないのは、新しい妃を迎えることになった結果として、国王が一方的に執着して、愛玩している兄を暗殺されたら困るからだ。

 男好きの国王が、新しい妃を抱きたくないから、かもしれない。
 理由なんてどうでも良い。

 そんなことを、浮かんだまま見聞きして知っていく。

 国王は、兄がおれを可愛がっている間は見逃すつもりだ。
 おれを兄のおもちゃだと思っているから。
 見逃すだけで、王妃からは守ってくれやしない。

 王妃からの暗殺のみを気にすれば良いとしても、国王の部下である護衛を動かすのに、王子にすぎない兄には交渉材料がない。

 後宮にひとりぼっちのおれを、世話したいものなどいない。
 だから兄は自分の周りのものに、頭を下げて頼みこんでいた。

 後宮には使用人すら用意されていなかった。
 入り口を守る門番もいない。
 出入り自由なのに、おれは同じ敷地内の王城に行きたくない。

 幼児を全力で蹴飛ばす母親に、誰が会いたいと思うものか。

 育つ過程で、兄は護衛や使用人たちに、国王や王妃が押し付けてくる諸々を渡して、弟を守ってくれと頼み、望まれれば肉体まで差しだしていた。

 どうせ父と母に汚されている体だから、誰に触れられても変わらない、とでも思っていたのか。
 男も女も、相手の身分も関係なく体を差し出していても、王妃のような享楽はそこになかった。

 それを知ってか知らずか、国王と王妃は兄の体調も予定も関係なく、強引に寝所に連れこんで欲を発散した。

 兄が美氷の王子と呼ばれ出したのは、情事の最中であっても表情を変えなくなった頃から。
 どれだけ手荒く扱われても感情を外に出さず、悲鳴すらあげない姿をあざけり、護衛たちが兄を犯しながらそう呼ぶのだ。

 上が上なら下も下だ。
 この国は腐ってる。

 時が経つごとに兄の表情が削れていく。
 なくなっていく。
 おれなんかを、守ろうとするから。

 なんで、おれなんかを守るんだよ。

「かわいいスノシティ、いつかお前を自由にするよ」

 何も知らずに寝こけている、薄汚れて痩せたおれを、無表情のままなのに優しく見つめてつぶやく兄。
 「ぼくは汚くなってしまったから」とつぶやき、おれに手を伸ばしても、決して触れてくれない。

 ……おれは何も知らずに、破滅への道を自分で切り拓いたのか。

 なんてことだ。
 やり直したい。
 やり直して、兄を救いたい。

 兄が男も女も関係なく抱かれて、抱くように強要されていた目の前の光景が、おれの処刑の日に進んでいく。
 護衛が取り囲む処刑場に連れてこられた時でさえ、無表情だった兄。

 きっと自分が処刑されると伝えられたとしても、兄は泣かなかっただろう。
 それくらい、兄は追い詰められているように見えた。

 兄の凍りついている表情は、ぼろぼろのおれの姿を見つけるなり歪んで、おれの首が切り飛ばされる所まで時間が進んでいく。

 叫んで崩れ落ち。
 普段の無表情を失い、顔をぐしゃぐしゃに歪めた兄は、立ち上がったその足で、高みの見物を決め込んでいる国王と王妃の元へと進んだ。

 周囲にいた護衛たちに、下がれと言い捨てる姿は、それまでの兄とは違っていた。

「これで城内をうろつく獣が駆除できたな」
「ええ、そうですわね陛下、本当に獣臭くていやでしたわ」

 自分の血を引かない王子に価値はない。
 獣の見た目だから殺しておきたいけれど、第一王子が気に入っているからと放置した国王。

 自分が産んだ息子に一切の愛情を向けず、暗殺者だけを次々と送り込んだ王妃。
 二人の言葉に、兄の顔が、歪む。

 一度も見たことがない、憎しみの表情に。

「おお、愛らしいイズドルザティ、どうした、新しいおもちゃ、っ?」

 国王の怪訝そうな表情は、そのまま苦悶の表情に変わる。
 王子の正装の一部として腰にはいていた儀式剣を抜いた兄が、国王の胸になまくらの切先キッサキを突き立てたのだ。

 国王から噴き出す血を浴び、凄艶な美しさを増した兄は、見たことのない笑顔で、驚きで固まる王妃にも剣を突き刺し。
 最後に、自分の胸を貫いた。

「あいしてい、たよ、スノし……てぃ」

 兄がつけてくれたおれの名前が、死にゆく兄が最後に口にした言葉だった。










「うわああああっっっっ!!」

 飛び起きて、ほこりまみれの寝台の下に潜り込む。
 狭くて暗いところは安全だ。

 ふぅ、ふぅっと威嚇しながら周囲を見回して、ふと気がついた。
 おれって、処刑をされたはずでは?

 自分の頭と胴体がくっついてるのを確認。
 周囲の匂いを嗅いでみれば、ここは間違いなくおれが押し込められている後宮の一室だ。

 おれの呼吸の音以外は静まり返っている。
 空気からは夜の匂いがする。

 ……なんで、首が吹っ飛んだのに生きてるんだ?

 夜の後宮には、王妃の放った暗殺者以外は入ってこない。
 おれは暗殺者に見つからないように、その日の気分で、適当な部屋にもぐりこんで寝ている。

 後宮の中の部屋は、みんな空っぽで誰もいない。
 家具も動かせないような作り付けの寝台や、クローゼットくらいしか置いてないから、がらんとしている。

 周囲を警戒しながら、部屋を抜け出す。

 真っ暗な廊下は静かだ。
 後宮には、夜の廊下に明かりを灯してくれる使用人などいない。

 夜目がきく獣人のおれには、明かりは必要ない。

 浮かんでいる間に兄が行き来することで知った道のりを、足音を消して進み、後宮を出た。
 この国の王城は、最奥の後宮を内包する形で建てられているから、簡単に移動できる。

 距離は近いけれど、巡回している護衛に見つからないように注意は必要だ。

 こそこそと兄の寝室に向かう。
 廊下の暗闇にもぐるように、四つん這いで頭を低くして進んでいくと、兄の部屋の前には誰もいなかった。

 絶対に兄についているはずの護衛がいない。
 つまり?

 まさか、そんな。

 夢なのか走馬灯なのか、兄が国王に強姦される光景を思い出した。
 足音を潜めることも忘れて扉に体当たりをして、はじめて違和感を覚えた。

 あれ、おれの体って、こんなに小さかったか?

「何者だ」
あにぃえ兄上ーっ」
「!?、やめろっ」

 三者三様の声が混ざり、しん、と静まった。

「……出ていけ」

 幼いのに、りんとした響きを持つ声が静かな部屋の中に満ちて、苦々しい顔をした護衛がゆっくりと部屋を出ていった。
 なんで室内にいるんだよ、おまえ護衛だろうが!

 ま、まさか、もう手遅れだったのか!?
 そう思いながら見上げた兄の姿。

「ふぇっ?」

 獣人の体質なのか、おれは十を過ぎたあたりから、まともな食事を食べられなくてもズンズン身長が伸びた。
 兄よりも大きく育ったはずなのに、見上げてるってどういうことだよ。
 それに、目の前の兄の姿が。

こりょも子供!?」
「どうしたの」

 おれの目の前には、ほんわかとした微笑みを浮かべる、子供にしか見えない兄の姿があった。

 
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