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2 駆け引き無情
しおりを挟む人の姿になっている時のリサンデの身長は、おれよりかなり高い。
見た目だって、美しすぎるのに浅ましい。
金属のように硬く、つややかな長い黒髪。
濁った乳黄色の瞳。
瞳孔の奥で燃えたぎる青い炎。
この辺りでは見かけない、浅黒い肌。
陶器のような質感の肌に触れると指先がぴりぴりするのは、毒らしい。
俺には効かないらしいが、人の姿でも毒を分泌しているのか、と初めは驚いた。
竜王国と名乗っているが、ヒデランテが飼い慣らしているのは地竜のみ。
伝説上の存在で、空を駆ける炎毒竜を、手に入れたいと思うやつは多いだろう。
それを知った上で、リサンデが俺以外には砂粒ほども興味がない、って態度をとる姿を見ると、臨戦体制になってしまうわけだ。
騎竜騎士として与えられた屋敷にいる時なら、大喜びで相手をしてもらうさ。
俺はリサンデにベタ惚れしてる。
けれど今現在、俺はこの国で唯一の、神話にも登場する高位竜に乗る騎竜騎士として、認定お披露目の打ち合わせで登城した所だ。
たしか、そうだった。
国王陛下の名前で呼び出されたから緊張して、間違えてるかもしれない。
いくらリサンデが可愛くても、城の廊下で押し倒して、ぱこぱこはできない。
初めてリサンデに乗ったのは城の客間だった。
覗き見用の穴があって、めちゃくちゃ見られてた、と知ったのは全部やることをやった後。
見られた後だけど、隠そうとしてます、って態度は必要だと思う。
俺は、露出趣味じゃない。
竜の姿をしている時のリサンデの言葉は俺にしか聞き取れないとしても、恋しい相手の可愛い姿を他人に見られたくない。
口の中で舌を転がしているように見えるリサンデの手を引いた。
飲み込んだと思ったのに、味わってるの?
やめて、恥ずかしいから。
「行こう、本当に間に合わなくなる」
「はぁい」
毎日、リサンデが可愛くなっていくように見えるのは、気のせいだろうか。
すらりと長い足で歩かれると、背の低い俺は小走りにならないと追いつけない。
他人への気遣いなんてしないリサンデは、俺だけを気にする。
「抱っこする?」
「城内ではしない」
「おんぶは?」
「城内ではしない」
気遣いの方向性は、おかしいけど。
下手に同意すると、このままなし崩しで乗ることになって、搾り取られるのは間違いない。
たとえ俺が搾り取られること自体は嫌でなくても、今は出来ない。
廊下だからな。
たまには、格好良い所を見せたいんだよ。
どうしてリサンデが俺を番に選んだのか、分からないから。
不安な気持ちがいつもある。
地竜と同じで、選ぶ基準が分からない。
本来、城内を歩き回る時には、案内係がつく。
迷子になるし、調度品泥棒を防がないといけないし、こそこそされると困るだろう。
つけてもらうべきなんだけど。
リサンデの垂れ流した毒で、三人目の案内係が泡吹いて倒れた時に、国王陛下に頼んだのだ。
できるかぎり城に呼ばないで欲しい、今後は案内係もいらない、と。
もちろん、不敬罪での首チョン覚悟で。
俺は孤児で、礼儀作法どころか、まともに読み書きもできない。
報告書の作成に必要な単語や、団規は何十回も読み込んだから分かるが、経理の仕事や、本を読むのは難しい。
俺の来歴は隠されていない。
孤児が地竜ではない、本物の竜を駆る騎士となり。
性的な意味でも、竜に乗っている。
それを、素直に受け入れられる権力者がいるはずがない。
俺からリサンデを引き離そうとするのは、ある意味当然の動きだ。
貴族や王族こそが、本物の竜の番に相応しい、と。
竜王国のお偉いさんのくせに、忘れてるのだ。
〝竜が人を選ぶ、人は竜を選べない〟って大前提を。
これが現場と議場の価値観の相違なのか、と悲しくなった。
リサンデは、俺に向けられる悪意にとんでもなく過敏だ。
俺に向けられる視線が〝リサンデの隣に立つには相応しくない〟なのか〝孤児上がりの卑しいチビ〟なのかは関係ない。
俺に悪意を向けていると感じたら、毒を垂れ流してしまう、らしい。
本当か嘘か判断できない。
それで、俺の目の前だけでも三人がぶっ倒れた。
把握していないだけで、もっと大勢がぶっ倒れてる気がする。
そっと見上げてみれば、リサンデはご機嫌な様子で歩みを進めている。
シャラシャラと揺れる髪の周りに、ぽ、ぽ、と青い火の玉が浮かび、ふわん、と燃え尽きていく。
これはきっと、俺と手を繋いでいるからご機嫌なんだろう。
リサンデは俺を甘やかすくせに、自分も甘えてくる。
お世話しろ、と言いながらお世話してくる。
向けられる好意は疑いようがないとしても、ずっとこれが続くなんて思えない。
自信がない。
「えーっと、野花ちゃん、ここでよかったっけ?」
色彩豊かな豪勢な飾りの施された両開きの扉の前で、近衛兵なのか衛兵なのか知らないが、槍を手にしてまっすぐに立っている。
「遅くなってすいません、お待たせいたしました」
「……」
話しかけたけれど、返事はない。
そういう仕事だから、だよな?
本来なら、案内係がいろいろやってくれるはずだ。
俺がいらないって言ったんだけど。
動かずに話さずに眠らずに立ち続けるって、きっついよな。
そういう懲罰あったもんな。
「もしかして、遅れてしまいましたか」
「……」
無言の兵士の顔が、一瞬だけ引きつった。
やっぱり遅刻か。
途中で口淫されている姿を、見られたかもしれない。
竜に口淫をさせるなんて、とでも思われているのか。
リサンデが自分の意志で咥えてるのに。
きっと、困るべきなんだろう。
中から開けて頂けるのを待て、外から扉を開けてはいけない、って最初の時に教わった。
「入らないの?」
「うーん、たしか、こういう時は〝入れない〟だった気がする」
「それなら帰ろう野花ちゃん、巣穴に戻れば乗ってくれるよね?」
人同士なら通用する礼儀作法や、駆け引きの手口が、リサンデには意味がないと、多くの人が認めない。
見た目だけは人だから。
一緒にいるようになって気がついたけれど、リサンデが人の姿をとってくれているのは、俺と一緒にいるためだと思う。
思い上がってるだけかな。
「そうだな」
俺は上流階級の常識を知らない。
これまでの案内係に関しては、どうして初対面の俺をそんなに褒めてくれるんだろう、恥ずかしいな、と思っていたらぶっ倒れた。
つまり、遠回しに嫌味を言っていたのでリサンデが怒った、ってことだ。
俺を褒める案内係に嫉妬した、訳ではないと思う。
結果として、城に長居すると倒れる奴が増える。
間違ってないよな?
「ふふっ、嬉しいな、早く帰りたいから抱っこして良い?」
「いいよ」
「大好きだよ、野花ちゃん」
背は低いけれど、筋肉で膨らんでいる俺の体は重い。
それを羽でもつまむような様子で、ひょい、と抱き上げるリサンデ。
竜の姿でない時でも竜なんだよ。
人の世の金も名誉も地位も、竜を縛ることはできない。
城にいる人々がそれを受け入れてくれたら、助かるのにな。
「お、お待ちくださいっ」
背後から呼びかけられたのは聞こえたが、うきうきとステップを踏む勢いで歩き出したリサンデは、足を止めなかった。
つまり、俺も一緒に城の外までひとっ飛び。
扉の前までは行ったから、一応、呼び出しには応じたってことで。
国王陛下には許してもらいたい。
やっぱり駄目かなー?
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