上 下
15 / 23

15 守護者とは

しおりを挟む
 

 そして宣言した通り、翌日。

 昨晩調べた城奥の書庫に、男同士で性的な交渉をする方法の書かれた書物はなかった。
 少しでも考えれば当たり前だ。

 城奥にいるのは、王族か城の奥で働く者ばかり。
 書庫を利用するのも同じ人々。

 つまり、城奥の書庫には城で働く者に必要な本しか置いてない。
 娯楽本や趣味に関するものは、公表区画に近い大書庫にあるのだろう。

 国の運営に必要な国法書に始まり、過去政策のまとめや兵法書、過去の王族史や重たい内容のものばかり。
 背表紙だけで判断したから、求めている書物のある可能性も残っているけれど、誰もいないまま探すのが大変過ぎた。

 知識を得るのは無理、ということで、おれは素直に教えを乞うことにした。

 自力でどうこうするのは諦めた。
 何をするのかすら知らないのだから、とっかかりの情報すら手に入らない状態で、どうしろと。


 起き抜けに、目の前にエト・インプレタ・エスト・コル・メウムがいて、おれは目を見開いた。

「頼む、優しくしてくれ」

 初めに出たのが、そんな情けない一言だった。

 泣きそうな声になってないだろうか。
 王が母にしていたように、はされたくない。
 側妃や愛妾みたいな振る舞いは、おれができない。

「もちろんだとも」

 いつでも洗い立ての香りがする寝台に、横になったまま。
 手足をきっちりと揃えなおしたおれを見て、なぜか困った顔をされた。

 まずは顔を洗って着替えた方が良いのか。
 着替えるとしても、なにに?
 このままで良いとしても、腰を上下に振るべきか?
 愛妾が上に乗った時に、王がそうしていた。
 とても格好悪いなと思ったが、必要ならやるしかない。

「……」
「そこまで緊張されると、やりにくいのう」
「緊張してないっ」
「そういうことでよいぞ」
「緊張してないって」

 ふっ!、と吹き出したエト・インプレタ・エスト・コル・メウムが、体重などないようにおれの腹にまたがった。
 子供の姿なのに、どうしてこんなに色っぽいんだ。

「ならば其方ソナタの、惚けた絶頂顔を見せてもらおうかの」
「おう!」
「……気合いなんぞいらんが、なんぞ、こうも可愛いのかの?」

 可愛い、っておれが?

「そうとも、其方が可愛くてならん、心根も姿も全てが愛おしい」
「……~っ」

 両手で顔を押さえた。
 言葉なんて出てこない、何を言うんだよ、と言い返そうとしたものの、声にする前に喉が詰まってしまう。

「まっこと初心だのぉ」
「……っ」

 ひ、否定できない。
 おれに好意的な言葉をかけてくる相手は、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムが初めてだ。
 未経験な事態に放り込まれて、それに対応できる柔軟さなんて持ってない!

「少しずつで良いから、慣れてくれよ?」
「……うぅっ」

 熱い顔を隠していても、しゅる、と帯を解かれる音が聞こえる。
 細くて小さくて熱い手が、おれの服を一枚ずつはがしていく。

 寝巻きと下穿きの二枚しか着てないけど。

「朝であっても初夜とは言い得て妙では有るが、全て我に任せるがよい。
 無知教育の一環として、夫は自らの手で開発した妻が快楽に狂い踊る姿も好むものである、其方もそうは思わぬか?」
「う……ぅぎゅっ」

 其方からも積極的に快感を望んで良いのだぞ、と囁かれて、喉から変な音が出た。

 自慰以外は、二本一緒ににぎって腰を振る以上を知らないのに。
 見てただけで、できるようになんて、ならない。

「ひやあっ!」

 ぬる、と腹に熱いものが触れた。

「其方の肌は、甘いのう」
「なな、な、舐めるなぁっ」

 腹は急所だ。
 内臓を守るために敏感になっている。
 御典医の爺さまがそう言っていた。

 そんなこと知らんと言いそうな様子で、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムがおれの腹を舐めていく。

 くすぐったい。
 でも、ぞわぞわする。
 なんだこれ、おかしい。

「ふ、開発のし甲斐があるというものよ」

 ぞくぞくするような色っぽい声が落とされて、どういう意味だ、と顔を両手で押さえたまま悩んでいると、熱い手が腹を撫で回してきた。

「~っっ」
「どこに触れられても、性感帯のように感じられるようにしてやろうな」
「ぅああっ」

 もどかしい。
 気持ちいいのに、足りない。
 もっともっと、気持ち良くなりたい。

 へその周りを撫で、みぞおちをくすぐり、胸の先端には近付かずに鎖骨のくぼみへ。
 下穿きの縫い目が陰茎を押さえて食いこむ痛みに、歯を食いしばる。

 信じられない。
 腹から首元までを撫でられただけなのに、勃起した。

「さあ、其方も我に触れて良いのだぞ?」

 え、え?
 もしかして、ここでお預け?
 ……いいや、お預けというか、まだ腹とか撫でられただけで、服も前を開かれただけだ。

 なのにおれだけ、臨戦態勢とかっ。

 ま、負けてたまるか!
 おれも触ってやる!

 がばりと体を起こして、にこにこしているエト・インプレタ・エスト・コル・メウムに手を伸ばして……。



 そっと頬を両手で包んだ。

 目の前には子供の姿。
 本性は龍だと知っていても、どうすれば良いのか。

「なんだ?、其方の眼前で脱衣して見せつけて欲しいのか?」
「ん……ちがうよ、エト・インプレタ・エスト・コル・メウムの人の姿は幼いから」

 他人と触れ合ったことなんて、ない。
 蹴られ殴られる時か、傷の治療か、母にまじないいたいのとんでけ~される時か。

「すまんが、この姿は今は変えられんようだ。
 其方の望むままにせよ、なんであっても喜べる自信があるからの」

 あっさりと許しが与えられて、おれは呆然とエト・インプレタ・エスト・コル・メウムを見つめた。
 そんなおれの表情が面白かったのか、小さな手が伸びてきて、おれの胸に押し当てられる。

「其方の望みであれば、どのようなことでも好ましかろう」
「……くちづけ、したい」

 寝床にいた時の穏やかさとは違う。
 暴れる胸の奥の熱を、どうにかしたい。
 でもおれは知らないから。
 この熱が、なにかを。

「もちろんだとも」

 微笑む瞳は、黒く虹の色にきらめいた。



 触れるだけ。
 撫でるだけ。
 優しくなだめるように。
 慰めるように。
 痛みも苦しみも、全てが溶けていく。

 ちゅ、と微かな音とともに離れた唇を追って、起き上がったおれは少しだけ前のめりになる。
 寝台に足を伸ばして座った体勢のまま、股間の窮屈さは変わらないのに、心が満たされる。

「まずは足りておらぬ精神の器を満たさねば、体がついてこんのであろうな」
「ん?」
「心配いらぬよ、我は其方に触れたいが、それは肉欲だけではない。
 番に触れることで、魂の在り方の確認になり、傷を癒すことができるから望むのである。
 いずれは、子も望んでもらいたいが」
「……どうして、子供?」

 おれに子を産ませたい、が一番の望み?

「世界が揺れておる」
「世界?」
「守護の任を与えられし種が失われ、神秘がツイえて、世界の根幹が失われつつあるのだ」
「それは困ることなのか?」
「今すぐには困らぬが、後になればなるほどに世界から命が絶えていくであろうな。
 龍として在るからには見過ごせぬ事態だ」

 我が別個体として分裂する術を持っておれば、其方に無理を強いる必要もないのだが、と落ち込む姿を見て、不安が薄れた。

「龍だから?」
「左様、子を残せと叫ぶ義務感ばかりは、我にはどうしようもし難い」

 ようやく口説き落として番になれたのに、ゆるりと愛しあう時間を望むたびに、頭の奥で焦燥が囁いてくるので鬱陶しい、とぶつくさ呟く姿は、愛おしかった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...