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五、受け入れて、受け入れられて
56 志野木
しおりを挟む日常を取り戻す。
そう決めた俺は、アパートに戻ることにして、復職を見据えながら数日おきに東鬼の部屋を訪れることを決めた。
お披露目の日まで、独身寮で暮らすことを提案されたけれど、それは断った。
家賃を払っているわけでもないし、もう、俺を誘拐するような鬼はいないだろう?と確認したら、渋々とはいえ東鬼もそれを認めたからだ。
お礼としてのお披露目も済んでいないのに、世話になりすぎている。
すっぽかすつもりはない、ってのは、ちゃんと伝えておいて欲しいと東鬼に念を押しておいた。
二度も誘拐されて、自室であっても一人になるのを怖いと思う気持ちはある。
前は怖くて、アパートに戻ろうと思えなかった。
それでも、俺は負けないと決めた。
東鬼に甘えて、守られながら過ごすのは終わりだ。
あの時の、狂っていたとしか思えない黒い鬼がどうなったのかは、聞いていない。
巻き込まれた身として気にはなっているけれど、あの時に起きたことを聞こうとするたびに、東鬼が打ちのめされたような顔をするからだ。
あの黒鬼が二度と俺に危害を加えることはない、と断言しておいて、どうしてそんな顔をするんだ?なんて聞けなかった。
五鬼助さんに聞けば、教えてもらえるのだろうと、思っている。
それでも、東鬼が教えてくれるその時まで、聞いてはいけないような気がして、問いかけたい気持ちに蓋をしている。
自分だけの時間を取り戻したことで、心の奥のモヤモヤは消えたけれど、まだ、俺の中には解消しきれないものがある。
東鬼と一緒に過ごしていたら、絶対に消せない気持ちだ。
俺は、自分の意思で東鬼の側にいる。
それを実感することで、俺は迷わずにいられる。
一緒に暮らさないと言った俺に、東鬼が寮で暮らせないのなら、ウラサマの縄張りのもっと中の方に引っ越してきて欲しいと頼んできた。
俺のアパートがある地域は、縄張りの端っこだから危ないかもしれないと。
やっぱりこいつはアホだな、と思ったけれど、俺を心配してのまっすぐ思考だから、嬉しかった。
それでも無理だと断った。
そして、これから二人で暮らすための資金を貯めないといけない時に、あまりにも無駄な出費すぎると説明したら、東鬼が仕事に燃えた。
「資格を取るから給料を増やしてくれ」と言いだしたらしく、五鬼助さんから「何て言って発破をかけたんだ?」と連絡が来た。
普段の東鬼は、勤務態度が悪いのか?
原因が何にせよ、やる気があるのは良いことだ。
俺も自分にできることから始めた。
食事の量と回数を増やして、内容も見直した。
筋肉と体力をつけないと、東鬼に付き合いきれない。
健康な体を手に入れることは諦めているとしても、投げやりになるより、前向きに行動すべきだ。
気分転換のドライブも忘れない。
車をいじる時間と金がないのが残念だ。
ウォーキングと筋トレの傍で、勉強する時間がとれなかったスキルアップ関連の勉強も始めている。
仕事の幅が広がれば、所長や首長さん、先輩たちに迷惑をかけた分も取り戻せる……と良いな、という希望的観測だ。
そんな生活を送っているうちに、俺の体は、鬼の東鬼を受け入れることに慣れていった。
お披露目に向けて、時間と手間をかければ、痛みなく東鬼を受け入れられるようになった。
とはいえ、とても疲れることに違いはない上に、まだ根元までは入れられていない。
オニグルイを使った時の行為が原因なのか、すぐに絶頂に押し上げられてしまうようになったのは、困るところだ。
腕ほどもあるものを受け入れることを、快感だと感じる自分が恐ろしい。
絶対に無理だと思っていたのに、人間ってのは本当に何でも慣れてしまうんだな、と悟った。
俺の体がもたないから、と東鬼は無理をさせようとはしないけれど、行為の途中から、快楽の記憶しか残っていないことがほとんどだ。
毎回、うわ言のように「好き、好き」って言ってる自覚も記憶もある。
それを覚えているってことを、東鬼に教える気はない。
快感か飲酒でおかしくなってる時しか、言いたい放題に〝好き〟なんて言えない。
毎回、東鬼と愛しあった後は疲れきって、足腰が立たなくなるので、その日は泊まらせてもらう。
東鬼に抱きついて眠ると寒さ知らずで、疲労も原因なのか、夢も見ずに朝までぐっすりだ。
翌朝は名残惜しそうにする東鬼を、言葉で追い立てて仕事に行かせる。
夜までには、なんとか立てるようになる、いいや、立つ。
東鬼が帰ってくる前に部屋を出ていかないと、前夜と同じことを繰り返してしまうので、這ってでも帰る。
翌日は勉強とトレーニング、買い出しも済ませておく。
そして翌日も午前中は勉強やドライブをして過ごし、夕方以降に仕事から帰ってきた東鬼を尋ねるという流れだ。
事後に、東鬼が嬉しそうに俺を丸洗いするのも、毎回のことで慣れてきてしまった。
拒否したところで、自分で風呂に入る体力も気力も残っていない。
◆
平穏と呼んで良いのか悩むような日々が続いて、三月も半ばに入った頃。
その日も事後に腹の中まで洗われた後、東鬼の膝に乗せられて、湯船の中に沈まないように支えられていた。
不意に東鬼が思い出したように口を開く。
「お披露目だけどよ、次で良いか?」
「急に決まったんだな」
「おう、ヒルさんがやっと起きたからな」
「ヒルさん?」
「ここの管理人で冬眠してたんだ、暖房借りる代わりに、お披露目は待っててくれって言われてよ」
「……」
初めて聞いたぞ、そんな話。
何か理由があって、お披露目をやらないのかと思っていた。
暖房に〝管理人室〟と書かれているのは知っていたけれど、借りてしまったせいで冬眠をしていたってことだよな?
冬眠……ってあたりが、間違いなく妖の管理人なんだろうなと思わせるけれど、世話になった相手が人でも人外でも関係ない。
「そういう大事なことを、どうしてお前は俺に言っておかないんだ?」
「えー大事か?」
「大事だろう!」
暖房を借りっぱなしにしていたから、管理人さんが不在になっていたってことだろう?
その間、誰がこの独身寮を管理していたんだよ?
あまりにも多くの人、というか妖に迷惑をかけすぎじゃないか!
ということを東鬼にも分かるように語ると、ようやく納得したらしい。
「あー問題ねえよ、ブスいるし」
「……」
ブス?ってなに……誰?だろう。
俺が理解していないと気がついたらしい東鬼が、なぜか俺の首筋に鼻を突っ込みながら呟いた。
「管理人の手伝いしてる奴だよ、まあヒルさんの舎弟みたいな?」
「その人は冬眠しないのか?」
「ブスは住人だから、自前で暖房くれえ持ってんじゃねえの?」
……お互いの価値観が違うって、本当に大変だ。
尻を撫でてくる手をはねのけながら、そう思った。
◆
三日後。
お披露目自体は、あっさりと終わった。
あっさり。
そう、あっさりだ!
終わった。
終わったんだ。
思い出したくない。
語りたくもない。
東鬼のアホ。
もう二度としないからな。
よくもあんな……思い出したくない!!
次は~、とか言い出したら許さないからな。
とにかく、鬼の東鬼とのお披露目を終えた後も生きていた俺は、所長に言われたよりも少し早く復職できることになった。
二人で住む家探しは東鬼に一任している。
東鬼が鬼の姿で過ごせて、つっかえない広さのアパートや借家なんて、そうそう見つからないと思うけれど、探す気になっているので、任せることにした。
候補が見つかったら二人で内見しようと話しているけれど、二階まで総吹き抜けになっている賃貸物件なんて、見つからないだろう。
そんな変わった物件、聞いたこともない。
かと言って、座るのがやっとの狭い部屋に、東鬼を詰め込みたくはない。
そして俺は、思っていたよりも平穏な形で復職を果たした。
これまで知る機会も、知ろうとも思わなかったけれど、うちの事務所は妖関連では有名らしい。
やはり所長と首長さんは妖らしい。
先輩方は人間だったけれど、以前から妖に関わりがあるらしく「これからが大変だろうから、無理しないで」と慰められた。
所長に、なぜ、これまで全く妖に関係のなかった俺が採用されたのか?と聞いたら「なんとなく?」という一言が返ってきた。
やっぱりこの人は信頼できない、って思った俺が間違っているのか?
首長さんのフォローによると、妖の直感というものらしいけれど、そんなふわふわした理由で採用されたのかと思うと、やるせない気持ちになる。
今としては、所長の直感に助けられたのかもしれない、とも思うけれど。
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