31 / 72
三、歩み寄りたくても
29 志野木
しおりを挟むもしもこのまま、足腰が立たなくなったらどうしよう、って少しだけ、そう少しだけ怯えていた。
両手から腕を使って、全力を投入すれば寝返りを打てるようになって、下半身の感覚もある。
上半身を起こしてもらえば、座ることもできる。
それでも、まるで重石を持ち上げているような足が、自分のものだと思えなくて、今まではどうやって立って歩いていたのかが分からなくなりそうだった。
このまま立てなくなったら、東鬼に迷惑をかけてしまう。
俺のことを嫌いになるんじゃないか、と考えてしまった。
俺が東鬼へ恋心を持ってしまったのが直接の原因だとしても、東鬼にも責任はあるから、すぐには捨てられないだろう。
でも、東鬼の気持ちが俺から離れたら?
人じゃない東鬼に、責任取れよ!と迫らないといけない日が来たら?
そんな情けない真似はしたくないし、そんな日がいつかくると思いたくない。
安心したいんだ。
こいつの側にいるのが俺でいいんだって。
他のやつを押しのけて、誰かを不幸にしてまでこいつの横を奪ったんじゃなくて、お互いが選んで選ばれたんだって思いたい。
今の俺が東鬼に差し出せるのは、この貧弱で虚弱な体しかないんだ。
「……っ…………っはっ」
東鬼が慣れた仕草で、ボトルの中身を塗りたくった細い棒を、俺の尻へ押し当てる。
いきなり突っ込まれるのか、と体を強張らせた俺に気がついたのか、東鬼がへへ、と笑い声を漏らした。
「一回しかできねんだろ?ゆっくりやっから、な?」
その顔色は、まだ真っ赤だ。
目の色は黒に戻ったけれど、興奮は冷めていないのだろう。
尻の穴の周辺をマッサージするように、棒状のもので撫でられて、優しく押される。
ぬるぬるとした感触は慣れないはずなのに、霞んだ記憶の中に残っている。
これは、ダメなやつだ。
俺の考えていた以上に、俺の体は受け入れることに慣れて、快感として受け止めるようになっていた。
「ふぅっ…………っ」
腹痛の時に痛みを散らす要領で、口をすぼめて細く長く息を吐く。
大口を開けてハアハアと喘ぐのは、喉を痛めるし、過呼吸になりやすい。
息を吹くことに意識を向けて、東鬼が何をしているのかを忘れようとしても、耳に届く音が羞恥心を掻きたてる。
自分の意気地のなさに情けなくなりながら、酒があれば!と考えた直後に、やっぱり酒は無しだと考え直す。
酒が入ると、きっと際限なく甘えてしまう。
初めての時のように、抱き潰されることを受け入れてしまいそうだ。
だって、今も、すごく嬉しい。
「……っふぅ……っ」
「タク?なんで声出さねえんだ?」
ふと手を止めた東鬼が、不安そうな表情で覗き込んでくるのを見て、鼓動が跳ねた。
待てない、待ちたくないと。
東鬼に満たされたい。
「タッくん」
「おう、なんだ?」
「俺さあ」
「うん」
「タッくんが欲しい、今すぐ」
「……っ、おう、おう、そうだな」
身震いした東鬼が、息もつかせぬ勢いでのしかかってくる。
「おれはタクのもんだ」
低くひずんだ声が、人ではありえない縦に裂けた金色の瞳が、内側から光を放つように、俺だけを照らした。
「タクもおれのもんだ!」
「あ、ああっひっ……んん"ん"ーっっっ!!」
独占欲まみれの咆哮が耳に届いたと同時に、体を引き裂かれるような痛みを感じた。
覚悟をしていたので、歯を食いしばって悲鳴をあげるのは耐えたけれど、目の前が真っ暗になる。
尻が裂けたかなと苦く思いながら、意識を手放した。
ゆら、ゆら、と揺れている。
「あっっ、うっ」
「タクー?気がついたか?」
「……しのぎ?」
「タッくん、だろ?」
「たっくん?」
「いひひ、可愛いなぁ」
「ひぁ、なっ!なにっ?」
腹の中で何かが動く感触がして、同時に湧き上がるような快感を覚えた。
なぜか密着している東鬼の体にしがみついて、どうして俺とこいつは裸なんだ?と思ったその時、直前までの記憶が戻った。
「あ……」
「大丈夫か?ちょっと飛んじまったな」
恐る恐る自分の腹を見下ろしてみれば、俺の尻に東鬼の股間が密着しているように見える。
まだ入っているのか、いいや、入れたばかり?
「もう痛くねえか?」
「ん?うん、多分、あっ……っ……ふぅっ……ふぅ」
動かなければ大丈夫だろうと返事をすると、途端に、ゆさ、ゆさと体が揺さぶられる。
「タク、それって腹下してっときにやってる呼吸だろ、イテェのか?」
「痛くない、でも、慣れなくてっ」
腰を柔らかく揺らされると、気持ちがいい。
腹の中をこねるように小刻みに擦られる感覚を、なぜか快感だと感じている。
尻の中のどこが気持ちいいのかなんて、知りたくないけれど、気持ちがいい。
でもそれを認めるのが怖いというか、なんでこんなのが気持ちいいんだよ!とか、東鬼のが入っているのが嬉しいとか、色々な感情が混ざって、うまく言葉にできない。
「聞き方を変える、気持ちいいか?」
「……黙秘するっ」
「へへへ、それ答えてねえか?」
嬉しそうに顔を脂下がらせた東鬼が、俺の両足首を自分の腰へと回す。
「あのさ、タク?」
「なんだよっ、この状況でなんの話をする気だよっ」
「なんかお前さ、ちんぽ勃たなくなってねえ?」
「……っ」
「なあ、なんで目ぇ反らす?答えろよ、なんか知ってんのか?」
「後でな」
「なんだよそれ、すっげー気になんだけど」
そう言いながら上半身を倒し、太い両腕だけで体重を支える。
前以上に細くなった、俺の腕の倍はある隆起した筋肉の塊が、純粋に羨ましい。
腕立てをするように顔を近づけてきたかと思うと、首筋を舐められた。
「舐めるなっ!」
「もしかして、オニグルイのせいで勃たなくなったのか?」
不安そうな東鬼の言葉に、重たい腕をわざわざ持ち上げて、頭を叩いてやった。
ぺちん、と間の抜けた音がしてから、お愛想で東鬼が「いてぇ」と言うのが聞こえる。
「違うからな、俺の意識が戻ってない間は反応してただろ?」
「うん、してたな」
そうか、やっぱりオニグルイとかいう薬?が効いていた時には、生殖能力が残っていたのか。
ジョウタさんから聞かされていた情報に確認が取れたことで、東鬼に話す時がついにきた、と気がつく。
「この状態で話す話題じゃないと思うんだけどな?」
「そうかもな」
「萎えたらどうするんだよ?先に抜いてくれよ」
「それはやだ!タクの中に突っ込んでる時に萎えることだけはねえ!」
「……アホだ、アホすぎる」
このまま動かないでいてくれるなら、尻に出しかけのものが挟まっているような、不安になる感覚はあっても耐えられる。
動かれた時の、未経験なのに馴染み深い快感には、うまく反応できそうにない。
「俺が選んだことだから、お前の責任じゃない」
「どういう意味だ?」
不安そうな東鬼の首に腕を回して、大きく息を吸うと、どちらも動いていないのに快感を感じて、尻の中が蠢いたような気がした。
東鬼の汗の匂いを嗅いで、気分を落ち着かせる。
やっぱり好きだ、こいつの匂い。
勃たなくなった。
俺の、男としての生殖機能は失われた。
おそらくこの先ずっと、一生涯。
これが、ジョウタさんに使わせた気付け薬の後遺症だ。
他にも後遺症が出ている可能性があるけれど、今はどこもかしこも不調しか感じない。
体調が戻った後で、後遺症だと考えられる症状が増える可能性は高いそうだ。
薬を使わせる前に、ジョウタさんに服薬指導を受けていて、これが出る可能性が高いことは知っていた。
可能性が高い後遺症の一つだと説明を受けていたので、朝勃ちしていないことを毎朝確認している。
性的な興奮や刺激があれば、と考えていたのは甘かったらしい。
内臓疾患を起こす可能性も高いと言われていたが、こちらはまだ分からない。
あの劇薬を調合してくれた、ウラサマという人(?)の言では出てしまった後遺症は治らないそうだ。
生死に関わる病気や薬の使用で、精子を作る能力が低下することがある、と聞いたことはあるけれど、勃起機能まで失われたと聞いてショックを受けた。
男としての価値、プライドが全部失われた気がした。
でも、リハビリをしながら、時間だけはあるから考えた。
同性愛者で、どうやら受け入れる側になってしまったらしい俺に、その機能は必要ない。
精子も勃起も、必要になる予定がない。
そう結論付けたのは、逃げだとわかってる。
開き直っているだけだ。
まだ諦めて受けいれるには時間が足りない。
こうならなければ、俺が東鬼を抱く機会だってあったかもしれないのに。
それはもう望めない。
それだけじゃない。
一人っ子だから、結婚しないといけない、子供を残さないといけないと思っていた。
だから無理して女性と付き合っていたのに、やっぱり無理で、東鬼と再会してしまって。
人生はうまくいかないな、と辛かった。
この責任を東鬼に求めるつもりは無い。
薬を飲ませろ!と願ったのは俺だ。
気のせいだろ?と誤魔化したかったのに、東鬼が気がつくのが早すぎて、困ってしまう。
本当に俺のこと見てくれているなって、こんな時なのに嬉しくなった。
東鬼には、嘘がつけない。
本当のことを話したら、今以上に傷つけて苦しませるって分かっているのに。
ごめんな、東鬼。
俺は、自分が最低なことを知っているんだ。
0
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ゆるふわメスお兄さんを寝ている間に俺のチンポに完全屈服させる話
さくた
BL
攻め:浩介(こうすけ)
奏音とは大学の先輩後輩関係
受け:奏音(かなと)
同性と付き合うのは浩介が初めて
いつも以上に孕むだのなんだの言いまくってるし攻めのセリフにも♡がつく
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが
古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。
女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。
平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。
そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。
いや、だって、そんなことある?
あぶれたモブの運命が過酷すぎん?
――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――!
BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる