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三、歩み寄りたくても
28 志野木
しおりを挟む再会してからの東鬼の言動が時々アホだな、と思っていたけれど、まさかここまでとは思っていなかった。
正確には違う。
東鬼はアホじゃない。
後に引けなくなった俺が、あまりにも軽く「アホ、アホ」って言いすぎているのは分かっている。
懐の大きな東鬼が怒らないとしても、これは罵倒の言葉でしかない。
失礼すぎると分かっているし、やめないといけないと思ってるのに、つい、あいつがアホなことばっかりするから、って、また思ってしまった。
俺が知る限り、東鬼の知能の高さは人間関係に特化していると思う。
人じゃないからこそ、距離間を大切にしていたのかもしれない。
大勢がいる時のまとめ役として、その場を盛り上げる手腕、孤立する者が出ないように、人同士の間をとりもつリーダーとしての資質。
それらを考えれば、間違いなく人の上に立つべき男、いいや鬼だと思う。
だが、興奮すると……特に性的な方向で興奮すると、途端に周囲が見えないまっすぐすぎる思考になってしまうようだ。
もしかすると俺だけが、東鬼の残念な面ばかり見ているのかもしれない。
それを嬉しいと思ってしまう俺も末期だな。
気付けの薬を飲む前に、ジョウタさんが知ってから決めろ、と鬼という妖(妖怪と言ったら妖だと訂正された)についての基本的な情報を教えてくれた。
鬼は色によって違う。
東鬼は赤鬼だ。
赤鬼の特徴は、猪突猛進で快楽に弱くて刹那主義……あとは獰猛とか、傲慢とか強欲、なんだか物語の登場人物のように聞こえるな。
とにかく、やる!と決めたら、深く考えない!ということだ。
そして今、俺はまっすぐすぎる思考に陥った東鬼に、マットレスに押し付けられていた。
「タク、突っ込まねえから、痛くしねえから、触って舐めて良いか?自分でちんぽしごくからっ」
発声と寝返りと、自分で座る、手指のリハビリに精一杯で、まだ自立歩行ができない。
そんな俺に、目の色を文字通り金に変え、瞳孔も開いているように見える東鬼が「ハアハア」と息を荒げて詰め寄ってくる。
この状況は、性的虐待ってやつじゃないのか。
早く動けるようになりたい、このままだと、東鬼の思うがままだ。
そして、それでも良いかも?と思っている自分に腹がたつ。
以前に思った、東鬼になら何をされても構わないって気持ちは、未だに健在だ。
俺は情けなくなるほどに、こいつが好きだ。
ついに、人間じゃないってことまで知ってしまったというのに、どうして俺はこいつが好きなままなんだろう。
東鬼に骨を折られたらしい隆仗さんって鬼が、東鬼の嫁にと望まれていた、要さんっていう女性のおひいさまで、どうやら丸く収まったと聞いた時に感じたのは、喜びと安堵だった。
東鬼を取られなくて済むって思ってしまった。
俺はいつからこんな最低最悪な考え方をするようになったのか。
他人の不幸を喜ぶなんて!!
東鬼が隆仗さんを痛めつけたことを、全く反省していないのは気がついてる。
どんな事情があろうと、人を傷つけては駄目!と言うつもりはない。
喜んでやり返したいとは思わないけれど、一方的に痛めつけられるのを無視したり許容できるほど、寛容にはなれない。
俺がもっと早く、東鬼へ応えていれば、今の事態を避けられていたかもしれない。
ひどい目にあったとはいえ、東鬼と向き合わなかったことを引け目に感じてるから、自分が被害者だとも思えない。
東鬼に対しては、俺が加害者ですらある。
あんな風に絶望した顔を、二度とさせたくない。
起き上がれるようになるまでは、巨大な布団かと思っていた分厚いマットレスの上には、何本もの男根を模した棒状のもの、コンドームの箱、使いかけのローションのボトル、使う前のボトルが何本も転がっている。
寝室の飾りだとすればひどい趣味だ。
普段の東鬼は、鬼の姿で暮らしているんだろう。
抱き上げられた時に見回したら、俺が寝かされていたマットレス以外、二階まで吹き抜けになっている広すぎる部屋の中には家具が殆どない。
フローリングなんてものじゃなく、丸太から削り出した分厚い無垢板を敷き詰めたような部屋で、東鬼は枕も使わず布団も被らずに半裸で転がって眠っている。
直近一ヶ月分の記憶がほとんどないけれど、今は十二月の下旬。
つまり冬の真っ只中で、室内は俺の付近だけ灯油ストーブを炊きっぱなしで暖められているけれど、東鬼は下半身に布一枚を巻いただけで暮らしているようだ。
文字通り〝鬼のパンツ〟姿だ。
灯油ストーブのタンク部分に〝管理人室〟って大きく書いてあるから、普段は暖房すら使っていないのかもしれない。
人の姿の時に着ているのを見たことがある上着は、壁に打ち込まれた釘にハンガーでかけられている数着しか見当たらない。
他はその下にあるプラスチック製の三段の衣装ケースの中か?
あまりにも物がないから、本当にここが東鬼の部屋なのか疑いたくなる。
それと同時に、この部屋じゃ俺を呼べないよな、とも思った。
ミニマリストを目指しているのかもしれないが、鬼に環境や経済に関する懸念があるのか?
それとも物欲がない?
……鬼の体で使えるものが少ないだけかもしれない。
人に化けるのが下手みたいなことを、言い訳のように繰り返していたから、自室にいる間くらい、鬼の姿でいたいのか。
それなら、なんで俺の部屋に泊まりに来たんだ。
人のベッドでグースカ寝てたくせに。
って今は現実逃避している場合じゃないよな。
「タク、触らせてくれ、頼むよ」
東鬼の顔色は、人ではありえないほど赤く染まっていた。
体はまだ大きくなっていないけれど、人の姿になる時の逆回しのように鬼になるのだとしたら……見たくないな。
部分ごとに順番に縮んでいくのはちょっと、いいや、かなり気持ち悪かった。
あんな風に体を変化させられるところを見てしまうと、鬼なんだなと思う。
東鬼の姿を見る前に散々な体験をさせられたせいで、人に化けることなんて大したことじゃない気がしているけれど、普通に考えたら人間じゃないって大概なことだよな。
「触るだけで良いのか?
入れれば良いだろ」
「ええ!?」
素直な気持ちだ。
体力も筋力も戻っていないから激しくされるのは困るけれど、我慢させたくもないと思いながら口にしたら、東鬼の目が金色に光った。
俺は、こいつが、東鬼が好きだ。
好きな相手と体を繋げたいって思うのは、おかしなことじゃないだろう?
「嫌なのか?」
俺の言葉に、東鬼がもげそうな勢いで首を振る。
体が動かなかった間、東鬼の声はいつも頭上から聞こえていたし、俺が動けるようになってからも鬼の姿だった。
そして、鬼の姿の東鬼の股間にあるものは、見たことのない大きさだった。
勃った時なんて、股間に腕が生えていると言ってもおかしくない。
握り拳を口に入れられる人なら、咥えるくらいはできるかもしれないけれど、あれを受け入れるのは無理だ。
鬼の姿で迫ってきたなら拒否するしかないけれど、今、俺の目の前にいるのは人の姿の東鬼だ。
まさか、鬼の姿になりたいとか言わないよな?
「入れて、良いのか?」
「鬼の姿でないのなら」
「本当に良いのか?」
「なんで何度も聞くんだよ、人の姿のお前としたことあるだろ?……あるよな?」
「ある!おれがタクの初めてバッコンバッコンもらった!超感激した!!思い出すだけで一晩抜ける!!!」
「……」
「ここでイチャラブぱこぱこ生活突入して良いのか!?」
「……」
「なあ、良いのかよぉっ?」
やっぱり、東鬼はアホだ。
もしくは絶倫鬼畜だ。
いちゃなんたらってなんだろうな。
「駄目に決まっているだろ。
前に言ったはずだ、何度もしないって」
「あーあー、あー↓」
「そんなに落ち込むようなことかよ!!」
言動が残念すぎるのに、こいつが好きだ。
東鬼が言うように、俺の男の趣味が悪いってことで良い。
人間ですらない東鬼に、俺は本当に首ったけなんだ。
「一回、だけか?」
「一回、だけだ」
今の俺は両手をついていても自分で座るのがやっとで、そんなところで何日も寝込むようなことをしたら、本当に寝たきり生活になりかねない。
職場に連絡はしたけれど、復職の時期が未定ってのは、落ち着かない。
そういえば、俺の借りてるアパートはどうなっているんだろう。
まだ家賃光熱費は引き落としができているとしても、冷蔵庫の中は見たくないな。
「優しくしろよ」
「任せとけ」
そんな所だけ、男らしい笑顔を浮かべる東鬼を見ながら、少しだけ胸の奥にあった恐怖が薄れていくのを感じた。
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