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加熱調理がしたい
しおりを挟む無事に目が覚めた時に、前回と全く同じ状態になっていることに泣きたくなった。
目が覚めて生きていたことに安心して、さあ伸びでもして、と思ったら下半身がなくなったように感覚がなくて動けない。
重たい目蓋を持ち上げると目の前が暗い。
まだ夜なのか、一日寝てしまったのかわからないが、またお世話され生活なのかよ!と顔をしかめて、そういえば今日はやけに暖かいな、と泣きすぎたせいで腫れ上がってしばしばする目を擦ろうとして。
目の前にぴくぴく動く穴が二つあった。
健康的につやつやと濡れた逆三の黒に、二つの穴。
……鼻?
「ぉっ?っ、ぅっ」
声を出したつもりが、喉が痛くて震える羽目になった。
最後の方はずっと叫んでいた気がするので、喉を痛めて声も嗄れてしまったのだろう。
それを思い出したことで、ギルにすがって女のような声を上げ続けていたことまで回想してしまい、穴に入りたくなる。
目の前に毛皮がなければ、いや、その前に自力で動ければ穴を探すのに!
「修也?どうした?痛むところがあるのか?」
耳元で聞こえたかすれ声の甘やかさに、感覚のない腰が疼いたような気がして、歯をくいしばる。
こっちは指一本動かせないってのに、随分と幸せそうな声だ。
「……修也?」
「ィル、っ、っ」
だめだこりゃ、当分声が出せないと喉の痛みに早々に諦めたが、ギルは慌てたように体を起こすと、俺を苦しいほど抱きしめていた手を離して喉へと添える。
俺の指よりも長い鋭い爪が生えているのに、器用に肉球部分だけで触れてくるのは、何度体験しても感心してしまう。
「 」
話している言葉とは違うのか、聞き取れない言葉をギルが口にすると、喉がじんわりと温かくなった。
性交の前に腹に触れてやるやつと同じか?
首元でシャラリと音がして、太い首輪をしていたことを思いだした。
あれ、元の世界に戻った時は無くなってたよな?
またはめられたのか?
足首の綱は外されても、これだけは外されないのに意味はあるんだろうか。
「まだ痛むか?教えておくれ、昨夜は酷く抱いてしまった、修也に嫌われるのはとても辛い」
耳元で落とされるギルの声は体が大きい割には高めで、若者らしい口調に聞こえる。
なんか、今までよりもさらに声が甘くなっているような、というか、あれ同時通訳はどこいった?
俺の名前が今までで一番、正しくしっかりと発音されているが、それを話しているのはツートンのイタチだ。
今までは気にしていなかったギルの口の動きまでも、聞こえる言葉と違和感なく動いているように見えて、にわかに混乱してきてしまう。
「……あし、の、かんかくが、ない」
ギルが何かしてくれたことで、喉の痛みが少し軽減し、声が出せるようになった。
うがいをした後のように感じる。
「なんてことだ、ああ、本当にすまない修也、今すぐクトルグルキョウを用意させるからな」
「くとる?」
「ん?クトルグルキョウは薬茸の名前だ、チグルルムに今までよりも多く頼んだ」
クトルくる……があの水切り石に使いやすそうな形の、灰色のキノコのことか?
そのあとに聞こえたチグ……ってのはカバの名前(推定)だったか。
ギル本人が発音しているように聞こえるのはいいが、固有名詞を出されると分からない。
二重音声で同時通訳が聞こえていた時は、意味不明の部分だけ通訳がなくなるのでわかりやすかったが、会話の中で突然聞き取れない単語が混ざると聞き漏らしてしまいそうだ。
これから知りたいことをまとめるために紙とペンが欲しいが、考えるまでもなく無いんだろうな。
自分の自由に動けるならタイムリストを用意したいが、これからも部屋の中に閉じ込められっぱなしになるのか。
……いや、ここは交渉所だと見た。
どうやらギルは行為中のことを覚えているらしい、つまり、罪悪感を煽って優位に交渉できる。
罪悪感を利用しなくても、簡単にいうことを聞いてくれそうな気もするが、一応な。
ギルといっしょにおそと行きたいなぁ(ハート)、と件の女性社員のようにうまく甘えることができれば、どこにでも連れ出してくれそうな気がする。
記憶がある限りでは生まれて初めて、自分の意思でかわいこぶりっ子をする精神的なハードルは超えられないほど高いが。
岩場での鍛錬を見学に連れ出してくれた時は、ルルクルさんのそばにいる、他の人(?)に近づかないという注意がされた。
目測で三メートル近いライオンもどきと話すまでもなく、その姿だけで恐怖を覚えたのでその時は何も言わなかったし、俺を思ってのことなら従うこと自体に文句はないが、どうせなら対等でありたい。
養われているからといって、支配されてペットのように繋がれた生活に戻るのは受け入れたくない。
普通はペットと本番の性交するやつなんかいないだろう?
「きのこいらない、ギル、がそばにいてくれるなら」
よし、ギルをうまく丸め込んで、生活圏を広げるぞ!
と考えました、そしてやりました。
生活圏を広げようと思った試みは思った以上にうまくいき、そして今現在、俺は命の危険にさらされているような気がする。
なんでこうなった。
◆
行為のあと三日ほどで、抜けた腰と下半身の麻痺は完璧に元に戻り、再度の発熱も落ち着いて体調がほぼ戻った。
キノコはいらないと言ったが、心配したギルにいくつか食べさせられ、それ以外は今まで通りヨーグルト風味なた豆もどきと数種類の草でしのいでいる。
ギルは毎晩必ず部屋に来るし、性交自体も三日か四日おきに落ち着いている。
今回のことをギルがしっかりと覚えていてくれたことで、俺が同意したんだから、腫れ物扱いやオナホ扱いをするな!と強気で言えた。
あれから数回、お互いにぎこちなくなりながらも体を交わして、理性がある時のギルはとんでもない早漏だったことが判明した。
初めは驚いたが、動物の性交って前戯なしの挿入で一、二分だとか聞いたことがあるような、ないような。
呪いのせいでおかしくなっている時が、動物らしくなかったのだろう。
ちなみにギルは入れてからは早いが、抜かないまま何度も放つようだ……垂れ流しなのか?
さらに挿入前には例の棒を大活躍させて、俺がもう無理だから!と泣いても、出なくなるまで腹の中の痺れるポイントを擦ってくる。
ギル曰く俺の精液が美味くてやめられないらしいが、自分の感覚や意思と関係なく精液が垂れるように溢れてくるのは、何度見ても怖いので控えてもらいたい。
あれは本当になんなんだろうな。
体が落ち着いて、ギルの様子も落ち着いていると判断した俺は、頼み事をした。
それは、加熱調理をしたものが食べたい、と言うことだ。
ギルは俺がキノコと一部の葉っぱと果物しか食べないので、草食だと思っていたようだが、人間は食べることにかけては最強の雑食動物だ。
動物植物関係なく食い荒らすだけでは飽き足らず、毒のあるものをわざわざ手間暇かけて無毒化してまで食べる貪欲さに、他の動物が追随できるはずがない。
肉でなくてもいいので、何かタンパク質を食べないといずれ弱って死んでしまう、が、生肉や内臓は体が受け付けない、豆などがあっても生では食えない、と言うことを半日以上かけてギルに説明して疲れてしまったが、理解してもらえたらしい。
最後の方には説明が面倒くさくなって「異世界人は生肉食わない!」と全国の生肉好きたちを敵に回した。
各地の◯◯牛の産地で食べられる、口の中で脂がとろける肉寿司は最高だと思うが、この世界で同じ水準の生肉は求められないだろう。
後先考えずに食欲に負けて生肉を食べたとして、血反吐吐いてのたうちまわって苦しむのは俺なんだから、そこはもう仕方ない。
すっぱりと諦めるしかないだろう。
ギルが外で食べ物を採ってくる!と言い出したところを、ルルクルさんが止めてくれたのは助かった。
血まみれの生肉や内臓を普通に食べる感覚で判断されて、また食べられないものを目の前に積まれそうだとしか思えない。
ギルなんて虫を丸かじりするし、イナゴみたいなものを持ってこられても食える気がしない。
佃煮にしてあっても、食べるのに覚悟がいるのに。
ルルクルさんが「すでに手に入る食物は全て試しました、本当にイソスーヤ様をお一人になさるのですか?今?」とギルに論詰めで言い聞かせていたのがちょっと怖かったんだ。
なんであんなにシリアスだったんだろうな。
一度元の世界に戻ったからなのか、痩せてしまっていた体は元に戻っているが、年齢相応にたるんでいても贅肉をたっぷりと蓄えているわけではないし、自分から望んで飢えたいとは思わない。
食べることに重点を置いた生活はしていなかったが、いつも空腹ってのは精神的にも辛い。
そして一昨日、加熱調理をするのに必要なものが、何度も話に出てきている手先の器用な種族の所にあるかも、という話が出て、話し合いの結果でギルと一緒に向かうことになった。
俺一人で外に出るのは無理ですと言い切られたし、ルルクルさんは戦えないので無理、宰相さんは当然同伴できない。
となると一緒に行くのはギルしかいない。
っておかしくないか?王子様なのに従者とかいないのか?と思ったが、ここで生活してかなり日にちが経つのに、俺はこの三人?三頭?以外にはカバくらいにしか会っていない。
もしかしてギルはぼっち王子なのか?
確か見た目が違うとか聞いたし、それとも強すぎて孤立もあり得るのか?
それをギル本人に聞くのは失礼な気がしたので、配慮のできる社会人として口は閉じたまま、俺は部屋の外の景色をしっかりと目に写した。
眼下には一面に赤土というよりも血の色と言ったほうが正しい、乾いた赤い大地が広がっている。
どこまでも赤黒い地面が続いているので、かなり怖い光景だ。
初めは自力で歩こうとしたが、尖った石や棘のある木々が周囲にあることを理由にギルに抱えられて、歩いて進む。
俺よりも身長があるのに、俺よりも足の短いギルは二足歩行だと遅い。
二人で並んで歩いたことはないが、歩幅は子供くらいか。
四つ足で戦うときは見惚れるほどしなやかで素早いのに、と思いつつも俺は、白銀坊ちゃん刈りで黒顔のイタチが、よちよちと近づいてくるのを正面から見るのが好きだ。
だが、抱えられて進むとなると遅い。
一見すると動物の姿のギルだが、普段は二足歩行で歩く姿しか見ていないので、四つ足ついて背中に乗せてくれとは言い出せなかった。
偶然見たアニメ映画で、大きな犬に少女が乗って駆けるものがあったが、ギルと俺の身長差はそこまでない。
布巻き姿のおっさん、白黒イタチに乗って荒野を行く!とか、絵面が酷すぎるし、胴体の長いギルの背中に乗るのは負担が大きそうだなと思った。
競馬の騎手は俺よりも背が低い上に体重も軽い、つまりサラブレッドよりも小さいギルの背中に俺が乗るのは無理だろう。
自分で歩いていないので文句を言えない、と強い日差しで熱いほどに温められたギルの毛皮に包まれて汗をかきながら、頭からすっぽりと被った布の位置を確認する。
乾季というだけのことはある。
どこまでも続く大地を灼く強すぎる日差しが、何もかもを乾かしてしまうようで、この地で生き物が生きて行くのは過酷すぎるように見えた。
視界には赤すぎる土と石、棘だらけの枯れ木だけが延々と続く。
オーストラリア内陸部の平原によく似ているが、あれよりも赤くて日差しがきつくて植物が少ない、ってところだ。
……外がこの環境なのに、ルルクルさんはどこから食べ物を調達してきたんだろう。
ルルクルさんが布を頭から被って行け、というのに素直に従ってよかった、と思う。
これだけ強い日差しの下で肌を出していたら、確実に熱傷になって大事になっていただろう。
後ろを振り返れば、空を突き刺すような高い崖に何箇所も穴が空いているが、確かインド?中国か?それともチベット?だかにこんな仏教系の遺跡みたいなものがあったよな、と思い出す。
重機も岩を削る道具もないのに、誰が岩をくり抜いて家のようにしたのか、が気になる。
「修也、大丈夫か?」
「まあな、外がここまで暑いと思ってなかった」
ルルクルさんが布を被れともう一つ、水の入った皮袋のようなものを持っていけ!と譲らなかった理由が分かった。
四つ足で走るギルだけなら、あっという間に駆け抜けられるだろう距離も、俺というお荷物がいると倍以上の時間がかかる。
靴までの完成度でなくていいから、何か足に履くものを用意してもらわないといけないな、と思った。
自作なんてできない。
出来るとしたら布を巻くくらいだろうし、ハサミもナイフもないのにどうやって布をちょうどいい大きさにすればいいんだ。
手先が器用だという種族がどれくらいの技術と知能を持っているのか、怖いくらい期待してしまっている。
ギル達は動物そのものの体なので、生活を楽にする道具などをあまり必要としないのだろうが、知能は高い。
会話していても、ちゃんと大人と会話している、と違和感なく話せる程度には。
俺から見るとちぐはぐに見えるが、この世界ではちゃんと成り立っているのだろう。
物理法則とかおかしかったりして。
あーそういえばSFの『世界同士の戦争』みたいに異世界から来た俺のせいでパンデミックが起きたりするのか?
そんな益体のないことを考えながら、ギルの毛皮が日差しで熱い、でも石だらけの地面を裸足で歩ける気もしないから降ろされても……と代わり映えのしない風景を眺めていたら、ギルが足を止めた。
「……まずい、修也、囲まれた」
「え、なんで?」
そして、話は現在に至る。
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