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番外 〝晋矢〟視点

3/3 変わらぬ人に変わらぬ愛を

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 俺には、どちらが両親にとって良い道か分からなかった。

 俺なら、本音を聞きたい。
 本音を聞いてから、みんなで一緒に考えたらって思った。
 でも、子供の俺には父親が背負わされた負債を、どうにかすることなんてできない。

 父親は〝借金〟ではなく〝負債〟と言った。
 どんなものかは教えてくれなかった。

 父親は無策に母親との別れを選んだのではなく、専門家と相談して決めたと言う。

 両親が働いて、どうにかできる負債ではない。
 母親が思いつめて、おかしなことを考えるかもしれない。
 体の弱い父親は無理ができないので、それを止められないかもしれない。
 能力者であることが判明している俺に、危害を加えられるかもしれない。

 色々と、要因はあった。

 母親は荒れに荒れたけれど、最後は離婚を受け入れた。
 死にそうに顔色の悪い父親が胸元を押さえて、俺とやつれた母親の乗ったタクシーを見送る姿は、一生忘れられない。

 誰も悪くないのに、誰も幸せになれない結末なんていらない。

 連絡を取る事は拒絶された。
 巻き込みたくないから離婚するんだ、と。

 俺は、他人に踏み込むのをやめようと、この日に決めた。
 何もかもに無関心でいれば、巻き込まれない。

 父親は血の繋がった家族の破滅に巻き込まれた。
 母親は巻き込みたくないと願った父親の愛情で、不幸のどん底にいる。

 俺に人を救う力があれば、と毎晩、泣きながら願った。

 実の両親が好きだ。
 大好きだ。

 心が弱いけれど、愛情深い優しい母親。
 体が弱いけれど、包容力のある父親
 まるで凹と凸がぴったりとはまるように、二人は仲が良かった。

 大人のくせに、子供のように拗ねる母親を「可愛い」と言う父親の緩んだ笑みを見て、呆れていた。
 軽い発作を起こしかけて、青黒い顔色の父親を必死で支える母親が、わたしがいないとダメね、と暗い愉悦に浸る姿を見ていても。

 お互いに足りないものを補い、依存を含んでいても、それ以上に愛しあっている。
 両親にとっての一番はお互いだったけれど、二番目は、順不動で俺だった。

 俺は、自分にも両親のように補いあえる人がいれば、周囲に関心を持てるかもしれない、と少しだけ期待していた。



 中学に入る前に、母親が再婚した。
 小学校高学年の頃に、俺の能力者としての訓練などが中学生から始まると決まり、母親が体調を崩してしまった。

 そこで支援団体に紹介されたのが、今の義父だった。
 子供を持つ片親同士で、少しでも共感し合えたら、母親が楽になると考えられたのだろう。

 今になって思えば、母親の精神面の揺らぎを、俺が無意識に抑えていたのだろう。
 そうでないと、母一人、子一人で、あの母親が何年も壊れなかった理由が思いつかない。
 干渉されたくない、と完全に周囲へ無関心を貫いていた俺は、新しい父親と弟を、新しい家具だと思うことにした。

 中学校に入ってからは地獄だった。

 心身ともに発達する途中の学生たちは、不安定さの塊だった。
 誘拐未遂に何度も出会い、年齢の離れた相手だけでなく、同世代にも警戒心を持つようになって。

 ある時、年上の女数人に「抱いてくれ」と、半裸で迫られた。
 何人もに、力ずくでどこかに引きずりこまれて、押し倒された。
 吐き気がした。
 吐いた。
 好意のない行いが、こんなに嫌悪を覚えるものだとは知らなかった。

 一人の女の父親が権力と金を持っていて、事件をもみ消そうとしてきたのを、義父が跳ね返した。
 この時に知った。
 家具だと思っていた義父は、四等級の能力者であり、かなりの社会的地位と広い顔を持っていた。

 義父は、女たちの未来のために、もみ消しをさせなかった。

 能力者に影響を受けやすい人は、犯罪に巻き込まれやすいと言い。
 事前に知識を与え訓練を受けることで、成人後に影響してくる、と加害者側の父親に熱弁を振るう義父が、母を愛している、と昏く熱い目で語っていた実父の姿を思い出させた。
 曲がらない芯を持っている人だと、知った。

 この後、義父の勧めで、護身として空手を始めた。
 少なくとも、襲われた時に手も足も出ない、よりは良いだろうと。
 ただ、手を出すことが許されるのは正当防衛のみ。
 危険を感じたら、まず逃げなさい、と義父に諭された。

 俺は、義父を好きになった。
 人として尊敬できる人だ。
 仕事が忙しいらしくて、あまり家にはいないけれど、母親の連れ子である俺の将来を、真面目に考えてくれる人だった。

 口数が多くないので分かりにくいけれど、義父の内心は実父のように強くて、揺れやすい母親が歩み寄ることができれば、うまくいくだろうと思えた。
 俺が実父の遺言を果たさなくて良いと気がつき、とても楽になった。

 俺が育つにつれて、顔も体格も実父に似ていくので、母親が素っ気なくなっていく。
 遺言を守れる気がしなかった。
 父親を思い出したくないのだと分かっていたので、話をすることさえ無くなっていた。

 俺は、女性は全年齢で嫌悪、男性も迫ってくる相手には警戒をするようになった。

 女性へ嫌悪を覚えるのは、襲われたからだけではない。
 精通した時に悟っていた。
 俺は抱かれたい男で、恋愛対象も男だと。

 母親には言わなかった。
 義父に相談したら「お前の能力以外を慈しんでくれる相手にしなさい」とだけ言われた。


 高校に上がって、初めて恋人ができた。
 順調におつきあいして、体でもお互いに気持ちを確かめあって。
 でも、将来を共に生きたいと思える相手ではなかった。

 恋人は遠方の大学に推薦入学が決まって、卒業と同時に終わった。
 思春期を乗り越えた彼は精神的に安定してしまい、俺を必要としなくなった。

 この時点で、俺の恋愛対象になる相手は、精神的に不安定であっても俺を襲わない相手、という極少数しかいないと知った。

 大学に入ってからは、勉強と能力開発のみが生活だった。
 自分で慰める日々は虚しいけれど、相手を作っている暇がなかった。

 育ちきった俺の容姿も問題だった。
 能力が原因で声をかけられる事は多いけれど、寄ってくる奴等は加虐心を隠さない。

 不安定というよりも、頭がいかれてる。
 朝までたっぷり鳴かせてやるぜ、って誘われても困る。
 抱かれたい側でも、被虐趣味はない。

 護身のために始めた空手が原因とは言い切れない。
 ただ、デカくゴツく育ってしまうと、荒い抱かれ方を好むって勘違いされやすいようだ。
 なんでガチムチ=屈服させられたい、なんだよ、ふざけないでくれ。

 俺は優しくしたいし、優しくされたい。
 他者を癒す宿命を背負った者として、快感に痛みを伴う行為に興味が持てない。



「晋矢さんっ、もう、あの、出そうですっっ」

 テクニックなしに腰を突き上げるだけでも、経験の浅い弘さんには十分すぎるようだ。
 切なそうに眉を寄せて、呼吸を荒くしている姿には、普段の楚々とした静謐な雰囲気などなくて、俺がそうさせていると思うと、ひどく嬉しかった。

 4、弘さんは俺と愛を交わすことを嫌がっていない。

 これが、二度目で得られた一番の収穫だ。
 前戯で戸惑って、キスにすら照れるようなそぶりを見せる。
 盛り上がった俺の股間を見るなり、目をそらして戸惑う姿が、愛らしすぎて悶える。

 年齢は三十路過ぎでも、弘さんの中の性知識は、そこらの中学生と変わらない気がする。
 本棚にはDVDも入っていたけれど、パケ偽装されたエロDVDではなさそうだった。

 世界の美術館シリーズと、古めのアクション映画、コメディ映画と落語。
 極端すぎて、好みがわからない。

 他にあるのは画集と絵本。
 エロ本の一冊もない。
 これまでの感じでは潔癖ではない、性欲が減退して枯れるには早い。

 単純に、性行為に興味がないのかと思えば、俺が触れると簡単に反応してくれる。
 キスの音はどうやって鳴らすのか、なんて聞かれて、返事に困りすぎて襲いそうになった。

 弘さんのアンバランスさが、危うさが、俺を惹きつけてやまない。

「し、晋矢さんんっっ」

 快感の縁に追い詰められて、薄い腹を震わせている姿が愛おしくて。
 苦しそうに俺の名前を、救いを求めるように呼んでくれるから、奥が切なくて辛い。

 始める時にゴムをつけてあげていたので、遠慮なく体重を乗せて根元まで飲み込むことにした。

「奥にください、弘さん」
「あ、ああ、気持ちい、い、晋矢さっあああっ」

 体重をかけすぎないように気をつけつつ、ぐりぐりと押しつけるようにして腰を振ると、腹の中で弘さんが震えて、出してくれるのを感じた。
 薄皮越しでも気持ちいい。
 弘さんが気持ち良さそうにしているのが、心地よい。

 俺の中で気持ちよくなってくれた。
 好きな人が。
 そう思うとすごく極まってくる。

「俺も気持ちいいです、一緒にイきますね」

 弘さんと一緒にイきたくて、自分で前をしごいた。
 気持ちの問題で軽くはイけても、体への刺激は足りなかった。

「イく、イくっ」

 後ろでの絶頂ではない。
 それでも弘さんと一緒に、一つになっている充足感でいっぱいになる。
 ぎゅうぎゅうと尻の中の弘さんを締め付けながら、次も抱いてもらえる機会はありそうだ、と思った。

「晋矢さん、晋矢さん」

 布団を汚さないように、自分でつけたゴムの中に精液を噴きだす間、ぎゅう、と子供がしがみつくように俺の胸にすがりつく弘さんが、恍惚とした表情で鼻を鳴らしている。

 俺の匂いを、必要としている。
 俺の匂いで、弘さんの傷が癒される。
 俺の匂いが、弘さんを満たす。

 弘さんを癒すことで俺の能力は高まり、俺に癒された弘さんの能力が高まる。
 俺が側にいれば、弘さんは能力者として働けるだろう。
 俺が弘さんを安定させられるのは、能力があるからで、離れてしまえばそれもなくなる。

 弘さんの能力の不安定さは、脳の個人特性の一つであり、訓練や年齢でどうにかできるものではない。

 弘さんが、能力者として生きていきたいと願っていたことを知っているから。
 俺の口からは言えない。

 「俺と一緒にいれば、能力者として生きていけますよ」なんて。

 弘さんがどんな道を選んだとしても、俺はそれを一番近くで見守るだけ。
 どれだけ辛くても苦しくても、傷だらけのまま、自分の足で立っている弘さんが、俺には世界で一番美しく見えた。

 途方に暮れて立ち尽くしているのに、傷ついてボロボロになっているのに。
 諦めきって疲れきって、逃げて逃げられなくて、それでも膝を折らない。

 人によっては弘さんは負け犬に見えるかもしれない。
 でも違う。
 弘さんは、どこまで行っても変わらない人だ。
 変われない人だ。
 優しくて穏やかで行動が読めなくて、そして物凄く頑固な人。

 頑固な弘さんだから、この先も変わらないだろう。
 俺がどれだけ徹底的に甘やかしても、きっと全てを預けてはくれない。
 寂しいけれどそれで良い。

 俺の望みは、一目惚れをした時の弘さんと一緒にいること。
 この人を変えることではない。

 その姿は、折れかけているのに、必死で天を向いて咲き続ける花だ。
 花の美しさを知るのは俺だけで良い。

 折れてしまいそうなのに、決して折れないこの人に、俺は惹かれ続ける。
 癒したいと望んでしまう。

 決して癒しきれないからこそ、いつまでも側に居られる。





  了

 
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