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閑話 失われしベルストーナ 2/2
しおりを挟む眉目秀麗という言葉の意味を、王女は、この時に初めて知った。
美しいエルフの姿に、うっとりと夢を見ている気持ちになった。
積もったばかりの雪のように、柔らかく輝く白い肌。
ほっそりとした顔には髭もしみもしわもなく、王女がこれまで優美と思っていた男たちは野の獣同然だった、とまで感じた。
まっすぐ伸びた形の良い鼻梁、薄く色づいた唇、左右対称の高い頬骨、顎の形まで優美だ。
エルフの証とされる耳は見えないけれど、長い髪の隙間から尖った先端が覗いていた。
自称洒落者が何度も髪を酒に浸けて、色を抜いて作るぱさぱさの白金の髪は、生まれつきだと訴えるように艶々と陽光を反射している。
絹糸のように細く、さらさら揺れる髪は長く、うねる事なく腰まで伸びていて、伝説は本当だったのね、と姫の心を震わせた。
見慣れぬ作りの衣は、虹のように色を変え。
すらりとした長身は四肢長く、城に置かれている美貌の神像のように整っていた。
きらきらと内側から光り輝く髪を微風に揺らしながら、エルフは大粒の宝石のように美しい新緑の瞳を、ゆるりと王女へ向けた。
どっきゅぅん!
耳元で心が破裂した音がした。
……次に王女が目覚めてみれば、ベルストーナの街中にある迎賓館の客間に寝かせられていた。
突然倒れたのですよ、と勇んでやってきた医師に言われ。
全身を調べられそうになったが、どこも悪くない、と告げて追い出した後。
王女は体調を心配する侍女に告げた。
頬を染めて、恋する乙女の顔で。
昏く歪んで狂おしさに染まった瞳で。
ふんわりと微笑んだエルフさまが、わたくしに囁いてくれたわ。
とっても甘くって優しい声で「ぼくのかわいらしいおよめさま」って言ってくれたの。
わたくしは、あの御方を背の君に迎えるわ。
準備しなさい。
同じ時に同じ場所にいた侍女は、目を見開いて言葉を失い、しばらくしてから口を閉じ。
深々と頭を下げて「さようでございますか、かしこまりました」と震える声で答えた。
王女は、幸せでした。
迎えを騎士と衛兵たちに頼み、婚約者の愛しいエルフがやってくるのを待ちました。
騎士たちや侍女が何度か「一度王都に戻り、国王陛下に報告を致しましょう」と告げても。
報告なんて、婚約者を放ってすることではない、と王女は返答をしました。
騎士と兵を引き連れて戻ってきたエルフは、遠目で見た時以上に優美な立ち姿で、王女は妻に望まれた自分の幸運を天に感謝しました。
エルフが王女ではなく周囲を見回しているのを、緊張なさっているのね、と微笑ましく思う余裕すら持ち合わせて。
手持ちの装飾や服で可能な限り着飾って、誰よりも可愛らしく装った王女は、最愛のエルフに問いかけました。
幸せいっぱいの最高の笑顔で「美しいエルフの御方、わたくしの伴侶となり、これから共に暮らす地はどこがよろしいかしら、王都は外せないけれど、いくつでも別荘を用意させますわよ」と。
やっと周囲を見るのをやめて王女を見たエルフは、瞳をきらきらと輝かせながら、答えました。
「『バレラデディフェンサフィジカ』、『エスクリシャ』、『エレギストリランレペティデノゥボナレラシオジュンツメタスタジ』」
ぶわりと風が吹き。
騎士たちが、衛兵たちが、吹き飛びました。
エルフが、消えました。
突然、目の前から煙のようにエルフが消えたので、王女は首を傾げました。
照れてしまわれたのかしら、と。
姫を守ろうと、前に飛び出した侍女が痛みにうめいている事も。
エルフを囲んでいた護衛の騎士たち、協力を頼んだ街の衛兵たちが、倒れて傷ついている事も。
姫の目には入っていませんでした。
それから一月の間、王女は愛しのエルフの君の帰りを待ちました。
いろいろと楽しい未来を考えながら、待ちました。
求婚の腕輪を探し求めにいかれたのかも。
新居の用意を、考えてくださっているのかしら。
お友達の方々にわたくしの事を話しているのかも。
けれど、どれだけ待ってもエルフは戻って来ません。
王女は気がつきました。
この街の誰かが、夫であるエルフを、捕らえているのかもしれない、と。
あれだけ美しい方だから、手に入れたいと望む無法者がいるに違いない。
ベルストーナの街の雰囲気がひりついているのは、悪い人たちがいるからだ。
王女は王族として、無法を許すわけにはいかない、と思い。
この街にいる悪い人たちを退治しましょう、と言いました。
すると、王女に数人の騎士たちが言葉を返しました。
我らは王女の護衛です。
ベルストーナの街は、変えてはなりません。
視察の期間は過ぎております、陛下が心配しておられるので王都に戻りましょう、と。
王女は、愚かな偽物の騎士たちを、処分、させました。
役に立たないのは、偽物だったから。
偽物たちは無法者の仲間。
夫であるエルフが妻の王女の元へ戻ってこれないように、邪魔をしていた。
偽物が紛れていた事に顔色を悪くする侍女に、王女は告げました。
「ねえ、この街をそのまま、旦那様に贈り物として差し上げるなんてどうかしら、素敵よね、きっと喜んでくださるわ」
「さ、さようでございますね」
王女は微笑みました。
なんて素晴らしい思いつきかしら、と。
王女は王族らしく、残りの騎士と街の衛兵を動員して、無法者たちを追い立てさせました。
怪しい者たちの逃げ込んだ建物ごと焼いてしまいなさい、と命じました。
きちんと焼き終えたか、確認もしました。
エルフの外交役を名乗る者が、逃げ出したエルフからの連絡を受けとった里の命で介入した頃には、ベルストーナの街は七割以上が焼け落ちて、住民は散り散りになっていました。
逃げられない人々と、逃げ場のない人々だけが、物陰で怯えて震えていました。
「まあ、戻ってきてく……」
「『レペティデノゥボナレラシオジュンツメタスタジ』」
王女は、エルフの魔法で幽閉の地へ跳ばされて。
疲れきってひどくやつれていた騎士や衛兵たち、侍女たちは、後から街へ来る衛兵たちに任せられました。
数分で仕事を終え、転移の魔法で城へ跳んできた外交役のエルフに向かい、王や王子たちは、なにも知らなかった事を訴えました。
「知らぬ存ぜぬは、愚か者の言葉だ」
そう告げた外交役は、王女付きの侍女や騎士たちが王城へ送っていた嘆願書を、王の目前に突きつけて。
情報は届いていたのに、動かなかったのはお前たちだ、人種族の国の運営に関わらない外交役に、王女の幽閉なぞやらせやがって。
おれが少し歩いて聞いただけで、これらが届いていると知れたのに、なぜお前らは動かなかった?、と苛立ちを見せた。
王は、呆けていました。
なにかの間違いだと思いたかった、と。
王子たちは、泣きました。
妹が狂ったのは、おかしな術を使ったエルフが悪いのだ、と。
「あの街を訪れていた者は、いきなり伴侶になれと言われた事に驚いて逃げ出した、と聞いている」
外交役の言葉を聞き、王、王子たちは嘆きました。
そういうのは同種族相手の時にしてくれ、と外交役は呆れるばかり。
砂エルフの外交役は、人種族の情は尊ばれるべきものであり、同時に最も恐れるべきものである、と里へ報告を入れて。
エルフは人種族の国の運営には関わらない、故に此度の働きを記録に残すな、と告げて立ち去りました。
そして、ポルトネゲネラン王国の王家は挿げ替えられました。
街中で千人近くが焼き殺された忌まわしさから、ベルストーナは遺棄され。
エルフの不興をかったのか。
殺された者たちの恨みなのか。
人々を見捨てた報いなのか。
ポルトネゲネラン王国では二百十四年の間、長々と不作が続き、人口の流出が起き、民を繋ぎ止める画期的な方策もなく。
今も、ゆっくりと衰退を続けている。
===
『破裂』:威嚇兼攻撃
発動範囲:極小:衝撃波有りの極小規模爆発
騎士と衛兵は衝撃波と音に驚いて(自分たちで)吹っ飛び、侍女は庇った勢いで転んだ
エルフ側視点↓
なんかぞろぞろ来た、人種族は群れるのが好きなのか?
……うわ、一人だけ顔面すっごい白い、なにあれ
顔に塗っているやつは金属を含んでるみたいだけど、なんのために塗るのかな、風俗記を探してみるか
(次に街に来たら、門で鎧や揃いの服を着たのに声をかけられた)
しまった、前にじろじろ見てしまったのが良くなかったか
なんか人多い所に連行され……あ、白い顔面の人だ、え?、は?、婚姻?、なにそれ?
ええ、なんかこわい、どういうことか分からないけれど、とりあえず逃げよう
威嚇して森の拠点に転移、保存魔法をブッパして、自分に隠蔽かけながら脱出ぅ!
あ、里に手紙送らないとー(大騒ぎするほどではないよね、と軽いノリ)
当時190歳前後のエレンは長髪、見た目華奢な美少女、背が高いから男性?、と悩まれる外見
口数少ない上に高めテノールで、会話すると余計に悩まされる(声が低い女性と見た方が違和感ない)
一瞬で男性だと気がついた王女さまは、ある意味スゴイ人
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