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閑話 支部長(四十路独身)の生き様 2/2
しおりを挟む街に暮らす一般人には通達されていなくても。
エルフやドワーフが援助をやめるという話は、百年以上前から出ていた。
街で働いてなにがしかの組織に所属して、ある程度の肩書きを得れば、一度は聞いた事がある話だ。
聞いた事がある、だけではない。
援助がなくなった後で、これまで受けていた援助の代わりになるものの開発まで、エルフやドワーフに協力してもらいながらなので、大変気が長い話だった。
寿命が長いからなのか、ドワーフもエルフもその辺は悠長だった。
「魔物の体内から摘出される核石を安定させりゃ、魔石の代わりになるだろが」
「精霊石の代替品は見つけられておらんから、流通はなくさんと聞いとる」
からから、と変化を受け入れる事に苦もない様子の職人たちに、ハッタルベイドナ支部長は思わず怒鳴った。
「それでも民間人の生活が苦しくなるのは、目に見えてんだろ!!」
手に職持つ奴らは気楽でいいな!
と、逆恨みのように。
「はあ?」
なにを言っとるんだ、こいつは。
と、いう目で見られたハッタルベイドナ支部長は、自分が間違っているのかと不安になった。
「これまでが助けられ過ぎとるんだ、良き隣人にと望まれて喜ぶべきだろうが」
「赤ん坊扱いから、友人扱いだぞ、大出世だろう?」
別に国に払う税金が倍額に上がる訳でも、飢饉が来たわけでもないからな、と呑気な支部長たちに、ハッタルベイドナ支部長は目眩を覚えた。
こいつらとは、決して分かりあえない。
子供の頃から職人見習いとして衣食住が保障される生活しか知らない、こいつらとは!!
その日暮らしの親の元に生まれ。
国の定めた最低限の学び場にすら通えず。
死なずに育っても定職につけるだけの技術も学もなく、親と同じその日暮らしの道を進むしかない。
そんな貧しい若者たちを知っている。
自分がその一人だった、全てに怯える日々を知っているハッタルベイドナ支部長は、がっくりと肩を落とした。
確かに彼らの言う通り、生活できなくなるまで困窮する人が急激に増えたりはしないだろう。
けれど、援助がなくなれば、いずれは確実に生活苦に陥る人々が増えるのも間違いない。
聞いても理解できない、と初心者講習すら受けずに、冒険者登録手続き直後に魔物駆除の依頼を受けようとする若者を止めるのは、大変だ。
熟達の受付係たちが、一見でその手の若者を見抜いて「講習を受けなければ依頼は受けられない」、と口八丁手八丁で転がしてくれるが。
どうしても、取りこぼしは出る。
講習を受けさせたからと言って、無謀な若者は止まらない。
不意に、麗しい美貌持つエルフの言葉を思い出す。
普段は人に興味ないと言わんばかりの態度をとっているくせに、時折「私欲ない貴方がたの行いは、好ましい」とか言って、こちらの承認欲求をくすぐってくるのだ。
宝石のように澄んだ新緑の瞳をきらめかせ、「貴方なら使い方を間違えないだろう」と酒瓶を手渡される度に、見惚れてしまうのもやめられない。
何度も心を破り砕かれ、引き裂かれ、かち割られているのに、心が勝手に望んでしまう。
自分はこのエルフに気に入られているのだ、と心が喜びに沸き立ち、認められている事を誇りに思ってしまう。
清廉として楚々としているのに、凛と背筋を伸ばして立つ容姿も。
口を開けば、なんだかずれている所も。
貴方は美しいのだから注意してほしいと、何度言っても自覚してくれない所も。
生きるために冒険者になったばかりの頃から、ずっとずっと見てきたから。
なにも知らない若者がエルフの知識と技術を分け与えられて、生き延びてしまったから。
敗れた初恋から何百回、惨めに胸を痛めても。
全て知っているのに、諦めきれない。
燻って煮詰まって原型が分からなくなった想いを、完全な賛美に落とし込めないのは、ドワーフに見せる微笑みのせいだ。
あの顔を、向けられたい。
羨ましくて眠れない日が未だにあるのだと、誰にも知られたくない。
エルフやドワーフからの援助が国の末端まで届いていたかと聞かれれば、いいえと答えるだろう。
技術や援助物資の分配は、地位や権力を持つ者が決めるからだ。
それでも、魔石や精霊石を使う技術や道具が広がり、生活が楽になった事は間違いない。
壊れたものを安価に直せる修理技術の教授や、魔術道具が普及した事で助かった者がいる。
国が援助を続けてもらいたいがために、エルフとドワーフになにをしたか。
濁されていても流れて来た話を繋げてみれば。
貴族のお嬢様を押し付けようとした、とか。
爵位や領地を与えようとした、とか。
エルフやドワーフの外交役との間に入らせて、面倒を押しつけるつもりだった、とか。
どう考えても、愚か者の所業としか思えない国の杜撰な計画しか、聞こえてこない。
本人から小鳥型の手紙が飛ばされてくるのに、知ったのは人伝だ。
信用を失ったのではないかと、恐ろしくて仕方ない。
相手が人種族なら、どうにかなったかもしれない。
シンネランで生まれて、育った者でなくても。
相手は寿命の違う妖精族だ。
価値観がそもそも違いすぎる。
二人がこの国に長期滞在してくれている理由を、国の上層部は知っていると思っていたが。
知らなかったらしい。
ホーヴェスタッドを訪れ、一度でもドワーフとエルフが寄り添う姿を見た事がある者が上層部にいたなら、さらに偉い人々に伝えなかったはずがない。
あの二人は、爆発しろと言いたくなる関係だ、と。
見ていればわかる。
寄り添う姿が、相思相愛のそれだと。
お互いにのみ見せる表情が、愛ある距離感のそれだと。
友人でも恋人でもなく、例えるなら長年連れ添っても恋が続いている夫婦。
そうとしか言いようのない、言葉のない連帯感を見せられれば、恋心も砕け散るというものだ。
砕け散った側から、新しい思いが育ってしまうのを止められないとしても。
美しいエルフが、筋肉と毛の塊のドワーフと恋仲であると信じたくなくても。
自分の目で見て思い知っている現実を否定する事は、難しい。
ハッタルベイドナ支部長は、お前たちは技術も学もない貧民の相手などしないものな、と各種組合の長たちを睨みつけた。
職人が相手にするのは、金を支払える者相手が多い。
だからこそ、満足に支払いも出来ない初心者冒険者に優しくしない。
優しくしても、儲からないから。
初心者冒険者が十年後の優良顧客になる可能性より、目先の儲けを見るから。
一番苦労しているのは自分だという自負がある。
苦労を背負い込んでいる自覚もある。
けれど、ハッタルベイドナ支部長は先代支部長から、先代支部長は先先代支部長から、と代々受け継いできた仕事と立場を守らなくてはいけない。
良い親も学も伝手も金も技術も持っていない若者たちを守れるのは、国ではなく、同じ立場を知る自分たちだと誇りを持っているからこそ。
百年以上にわたって、ただ同然の講習料で解体講座を受けてくれているエルフへの礼として、冒険者組合を破綻させるわけにはいかない。
「ちぃちぃ」
「!?、うぎゃあ、また来た!!」
どこからか飛んできた白金の小鳥が軽やかに鳴き、目の前でぱらりと手紙になるたびに、泡を吹いて倒れる事になろうとも。
ハッタルベイドナ支部長は、諦めない。
なんとかして、妖精族からの援助を切られないようにしてほしい。
やっぱり、破滅したくないので。
ハッタルベイドナ支部長は、挫けられないのだ。
諦めが悪すぎて、元がどんな色や形だったか思い出せない初恋の残骸を、何十年も胸に抱えながら。
頭が硬くて話にならない支部長たちとの会合を、何度も続け。
頭の中が花畑な発言を繰り返す新人冒険者たち相手に、怒号を響かせる。
いつか、この想いが別のものになる日が来る事を、望みながら。
失う事を恐れながら。
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