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27 教えを説く、つまり説教
しおりを挟むいきなり人種族の国シンネランに両親がやってきた。
うちの親は里長をしていたはずだ。
責任者が里を出たら駄目だろう。
【長は?】
【去年から隣のキッケが里長役だよ、引き継ぎは万全さ】
百五十歳上のキキツィース兄さんか。
しっかり者の嫁さんが来たと聞いていたな、里長就任のお祝いを贈らないと。
今現在、両親は人種族の国に来ているのに、通訳の魔法を使っていない。
人種族への隔意を持っていない証明に、会話が通じるようにする決まりなのに。
使わない理由を聞くべきなのか。
両親を案内してきた召使いと、この部屋にいた召使いは、エルフの言葉が分からないようで、動揺している様子が見てとれる。
さっきまでは置物に徹していたけれど、突然エルフが二人も乱入してきたのだから、慌てているのか。
魔法の『収納』から母が焼き菓子を取り出し、父が流れるように薬草茶を用意する。
茶を淹れ終えたら、自然に母の横に沿うように座る所も相変わらずだ。
母もごく自然に長椅子の片側に寄って、父の座る場所を開けている。
家にいた頃に数えきれないほど見た、言葉のない連携を久しぶりに見て、二百五十年が経っても両親が深く愛しあっている事を誇らしく思う。
必要以上に触れる事はないけれど、常にいつでも一番近くに。
里一番いちゃいちゃする両親を見て育った私は、自分も同じようになれると子供の頃は信じていたんだよな。
触れたがり癖のせいで、故郷での実現は諦めたけれど。
薬草茶の香りを堪能した母が、思い出した様に口を開いた。
【ところで、エレン、ドワーフのブレーくんはどこにいるんだえ?】
【母様、まだ再会の挨拶も満足にしてない】
突拍子のない会話の始まりが、母らしい。
【……変わってない息子の姿に安心しすぎて、忘れてたねぇ】
【うっかりなナポスは愛い】
【ふふ、しっかり者のヌーは素敵さ】
【息子の前でいちゃつくなよっ】
私が変わっていない?
そっちもまったくこれっぽっちも変わっていないのに、なぜ私だけが変わったと考えるのか。
両親は私を深く愛してくれている。
それは疑っていない。
だが。
両親のお互いへの愛情は、底が抜けてしまっているのだ!!
このせいで両親は子の前でいちゃつくのが普通だと、幼い頃は信じていた。
ちなみに、ここまで間の抜けた会話をしていても、人種族にエルフの表情の変化は分かりにくいらしく、召使いたちが「なんと麗しい」とか「典雅な話をしておられるのでは」とか言っている。
私は通訳魔法を使い続ける事が面倒になって人種族の言葉を覚えたので、聞き取れてしまう。
なんだかとても辛い。
【ブレーは他の客室に案内されてる、会おうとすると、理由を聞かれて会いにいけない】
【恋人に会うのに理由が必要なのかえ?】
【……人種族には、私とブレーの関係を明かしてない】
両親が、揃って目を細めて口元を歪めた。
あれ、もしかして、これが不機嫌な理由だったりする?
二百五十年ぶりに会った両親に、こんこんと説教された。
【なにやってんだい、お前たち二人が恋人だから、今回の使節を任せたのに】
【聞いてない】
四百歳過ぎてから、親に説教される日が来るなんて。
【ドワーフもエルフも、お前たちが恋人である事を知っていて、人種族だけが知らないと考える訳がなかろうが!】
【エレン、良くない判断だよ】
普段、とても口数の少ない父にまで叱られ、椅子の上で小さくなる。
両親に知らされた。
何故、私とブレーの部屋が分けられ。
何故、両親がシンネラン国に来たのか。
全て、私がブレーとの関係を、人種族に言っていなかったから。
【外交役の里へ、エルフ式の婚礼儀式の依頼が入ったのさ。
この国の公女とエレデティのイェーリンクピロスが結婚する、と聞いたが本当か?、と確認されて、口から心臓が飛び出そうに驚いたもんだよ】
【恋人がいると聞いていたからね】
両親は、私がブレーと死別した、もしくは捨てられて廃人になり、人種族に付け込まれているのではないか、と心配してやってきた。
とか、言われても。
公女?、と会った事、ない、よな。
名前も知らない。
【エレンだけではなく、ブレーくんも他の娘と婚礼をあげるそうさ】
【ええっ!?】
どうやら、私とブレーにそれぞれ、人種族の偉い人?、が押しつけられる計画が進んでいたらしい。
私は手紙を届けただけなのに。
支部長経由で城に送った二つの警告書が発端で、人種族が暴走したようだ。
エルフとドワーフからの援助が必要だから、手っ取り早く婚姻関係を結べば良い、と考えたとしか思えない。
王都までの道中で絡まれなかったか、と聞かれて、ずっとブレーと一緒の部屋で結界張ってた、と伝えたら、【そんなん人種族でなくても部屋を分けるだろうさ】と母に呆れられた。
【周囲に徹底して知らしめておかないと、最愛を奪われては後悔もできないよ】
エルフの情は深くて重くて、沈んだら浮かび上がれない淵なのだから。
父にそう告げられ、思い当たりすぎる感情に呼吸が詰まった。
【さあて話はついた、そろそろブレーくんに挨拶したいねぇ?】
母の視線と共に向けられた言葉に、召使いたちがびしりと背筋を伸ばした。
【本当に気がつかなかったんだねぇ、エルフには性欲が無いと思わせているから強硬手段をとらなかっただけだろうよ】
この召使いは、男をたぶらかす役目の女、らしい。
どこがだろう?
真面目に壁と同化して凄いなと思っていたのに。
【ブレーくんは、大丈夫かね】
【ええっ!?】
【ブレーくんにも女を用意してるに決まってるだろうよ】
【な、や、うそっ、ぎゃっ】
勢いよく立ち上がって、机に足を引っ掛けて盛大に転んだ。
壁際の召使いたちが向かってくるのを、手を上げて止める。
魔法で動きを止められて、目だけを動かしている姿を見ても、なにも感じない。
【……うそだ!】
【泣いても状況は変わらない、今すぐ全身を磨き上げなさい】
【はいっ】
いつも冷静な父の言葉にどこか焦りが含まれているようで、私はいつの間にか濡れていた頬を手のひらで拭いながら立ち上がり、浴室へと繋がる扉を開いた。
【エレン、人種族に見せられる最上の冠婚葬祭用の盛装を着てきな】
【はい】
母の言葉に背を押されていても、情けなさに胃が重たくなった。
◆
全身をエルフの里で使われる精霊石粉末練り込みの石鹸で洗い、収納の中にしまい込んであった盛装に袖を通す。
装飾品は、人種族に見せても問題のない貴石飾りまで。
里の冠婚葬祭で使われる魔法道具の飾りは、人の目に触れさせられない。
付き合い始めてすぐの頃にブレーが贈ってくれた、金属製の指輪があるけれど、長時間つけていられないので、腰帯の留飾りに結びつけておく。
小枝を曲げた額冠と背丈より長い杖は、世界樹の恵みであり、授かってから二百五十年以上が経つ今も青々と繁っていた。
魔蚕の糸で紡がれた衣は、呼吸や心拍と共にわずかにもれる魔力で緩やかに色を変える。
襟の高い長衣に紐結びの上着に腰帯、下衣はゆったりと靴を覆いかくし、足には植物膠で固めた布靴。
久しぶりに着た盛装姿が、堅苦しいように思える。
私は、いつの間にか人種族の街にすっかり馴染んでいたらしい。
【行くよ】
【母様、父様、ごめんなさい】
【責任を果たさずにいた事を反省したのなら、まだ取り返しがつくさ】
【最愛を決して手放さないようにしなさい】
【……はい】
私は責任から逃げすぎた。
里に帰れば、エルフの一員として働かなくてはいけない。
面倒だなと問題を先送りにして来た。
私は、ブレーが私より早く亡くなる覚悟はしていても、誰かに奪われるなんて、考えもしなかった。
お願い、私を捨てないで。
ほろりとこぼれそうな涙を、目を閉じて散らした。
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