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16 旅路

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 達した余韻を逃せずに呆然としている間に、ブレーに後始末をされていた。
 いつの間にか汗まみれになっていた体を拭かれて、汚れた寝台の敷布をはがされて、掛布でぐるっと巻かれていた。

「エレン、食事はどうする」

 ささっと自分も体を拭いた全裸のブレーが聞いてきた。
 私は今すぐ寝落ちしたい気分なのに、一番傷ついて衝撃を受けて落ち込んでいるはずのブレーが元気そうに見える事に、心の底から安堵した。

「保存食でいい」

 これから調理しようにも……腰に力が入らない。
 今回は記憶が残っているけれど、もしかして記憶が残っていない時はこれ以上にすごい事になっているんだろうか。

 毎回、ブレーに抱かれながら達するのは、ちょっと私には無理かも。
 今だって、どんな顔してブレーの側にいれば良いのか分からない。

 とりあえず。

「ブレーの服を箪笥ごと出すから、少し避けて」

 全裸で目の前にいられるのは恥ずかしすぎるから、服を着てほしい。
 ブレーが着替えている間に寝台の敷布は新しいものを出して、私も着替えよう。

 落ち着けば、いつも通り会話できるようになるはずだから。


 と、思ったのに、箪笥をまるごと出す必要はなかった。
 旅荷物を入れたままだというブレーの鞄には、着替えが入っていた。

「はい」

 魔法道具ではない私の鞄に常備している保存食を取り出して、下履き一枚のブレーに渡す。

 穀物や木の実を炒って蜜で固めた保存食は、エルフの薬師の基本処方箋の一つ。
 人種族の街で外食をしようにも、確実に体質に合う食事を見つけるのは難しく、街で食材を手に入れて自作し、常に持ち歩いていた事が役立った。

「ありがとな」
「水も」

 ブレーはホーヴェスタッドの街では常に上下を着込んでいたけれど、窟のドワーフは下衣一枚も珍しくないらしい。
 鉱山の中というのは、とても暑いとかで。
 常に蒸し風呂の中にいるような故郷らしいが、話を聞けば聞くほど私は滞在できる気がしない。

 今は(運動後で)暑いから下履きだけで良いと言われると、筋肉質だから仕方ないと同意するけれど、目のやり場には困る。

 所々に火傷跡がある背中の筋肉が、複雑な木組み細工のように盛り上がり、天幕の中を照らしている光で濃淡を作り胸がときめく。

 繁殖行為中は、腹側しか見えないから。
 たくましい恋人の背中にどきどきする日がくるなんて、里を出る前には考えもしなかった。

 鉱石加工に一度でも携わったことのあるドワーフの体には、火傷の跡がある事が普通らしい。

 防護服を着ないのか、と聞いたら、暑さで倒れるぞ、と呆れられた。
 魔物の縄張りを、迷彩服を着ないで歩く者を見た感覚かもしれない。
 生まれた時からそれが当たり前、というのは、外から見ると理解できない事もある。

「こっちも食うか?」
「ありがとう」

 ブレーが鞄から出したドワーフの保存食を受け取る。
 生活圏が異なり食べるものが異なっていても、だいたいどこの種族も保存食の技術を持っている。

 エルフは森の恵みを使い。
 ドワーフは山の恵みを使う。

 丁寧にアクを抜いた木の実を粉にして、豆粉や穀粉と混ぜて焼いたこれは、私も好きだ。
 エルフの保存食は恵みの豊かさを感じるけれど、ドワーフの保存食は厳しい自然の中の優しさを思い知る。

 緑が少ない場所でも植物は実り、それを与えてくれる。
 それを求める命が、感謝を忘れてはいけない。

 ほんのりとした渋みと甘みに舌鼓を打っていたら、ブレーが困ったように呟いた。

「エレンの着替えは入れられんかったのか?」
「これは旅装だ」

 今の私は街で暮らしていた時のような、布の服上下ではない。
 最低限の私物しか入れられなかったので、荷物を旅仕様で決めてきた。

 植物系魔物の素材を使った服は、二百年以上前のものなので、今時の流行りとは異なるだろう。
 おじさんが流行を追う必要はないと思ったけれど、やはり似合っていないのか。

 久しぶりに着たけれど、体型があまり変わっていなくて良かったと思ったのに。
 おじさんが若い時の服を着ると痛々しいという事か。
 腹回りが緩いのに尻がきついのは、加齢太りしたのだろう。

「そうか」
「別荘に着いたら、布の服もあると思う」
「二百年前のか」
「そう、二百年前の服が残っていたら、ある」
「成り行き任せか」
「街を出る予定ではなかったにしては、準備は十分だろう?」

 私の本業は薬師、魔法師としては三流。
 攻撃魔法はほとんど使えない。

 二百年前に人種族の王族の伴侶になれとか世迷言を言われた時も、無駄な抵抗はせずに一目散に逃げ出した。
 魔力量はそれなりに鍛えてあるので、収納は困らないつもりだったのに。

「建物さえあれば、どこででも店が開けるな」

 私が収納に入れたものを読み上げていったら、途中でブレーが言った。
 ありがとう、と。

 その言い方がさっきの重くて苦しい礼とは違った事が、とても嬉しい。


 食事の後に就寝前の身繕いをして、最後のとどめとして天幕を中心に遮蔽結界を張り巡らせる。
 なんとか魔力回復が間に合って良かった。
 
 これが、私の使える中で最上級の全方位防御魔法になる。
 魔物や動物はもちろん、雨や飛来した種、鳥のフンや落ち葉まで防ぐ。
 長時間張っておくと、結界にいろんなものが貼り付いて目立つため、普段は使い道がない。

 敵地での野営でもなければ使わないこれを、「覚えなければ、里から出させない」と言い張った母は一流の猟師で、慧眼持ちだ。

「眠い」
「おう、おいで」

 久しぶりに魔力を使い切った上に、回復した分まで全部使った。
 疲れている上に体を交わしあってしまったので、腹が満たされて気がついた、もう動けそうにないと。

 寝台の上で手招きするブレーに寄り添って、横を向いて転がった。
 太い胸に片腕を回して、胸いっぱいに金気を帯びて焦げた香りを満たし、温かいと思いながら意識を失った。

「すなおだな」

 なにかブレーが言った気がしたけれど、聞き取れなかった。



   ◆



 旅路は順調で、人種族の街道を離れる判断が良かったのか、追手の気配もない。
 去る者は追わずと見逃してくれたら良いけれど、反妖精運動とやらが他国にまで広がっていたら、人種族の勢力図内にいる事は危険かもしれない。

 久しぶりに二人きりでいられる事が嬉しくて、旅が楽しくて、私は幸せだった。
 どこにいても、好きな人といられる事を幸せに思ってしまう辺り、変わり者とは言え私もしっかりとエルフだ。

「肉が食いたい」

 夜の天幕の中、道中で得た木の実を炒ったものを刻んでいたら、ブレーが呟いた。
 そういえば、旅に出てから十日ほど経つけれど、ブレーは手持ちの干し肉しか食べられていない。

 ドワーフはエルフと同じ妖精族だけれど肉をよく食べるので、干し肉では足りなかったのか。

「私は獲物を狩って捌くまでは出来るけれど、調理はできない」

 母が猟師だったので、調理の前段階まではできる。
 エルフの猟師は、里に迷い込む獣や縄張りを広げようとする魔物の駆除が仕事で、肉を得るのはおまけくらいでしかない。

 里の猟師として母が作った燻製は、周辺に住むゴブリンやコボルトとの物々交換に使われていた。

「獣を狩れるのか?」
「よほど凶悪な魔物でなければ」
「エレンは街で暮らしとる時は我慢しとったんか?」

 刻んだ後に、木の実に豊富に含まれる油でねっとりと練薬のようになるまで練り続ける予定が、私は一旦、手を止めた。
 きちんと答えた方が良いと思ったからだ。

「私はいつだって我慢なんてしない」

 ブレーに甘やかされてきたから、したくない事を渋々する選択肢すらなかった。
 私を甘やかしてきた本人に、自覚がないとは思わなかった。

 
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