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09 嵐の後

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 気が付いたら、自室の狭い寝台で正面からブレーに抱きしめられていた。

 鎧戸まで閉められている暗い室内は静まりかえっている。
 視線だけで見回しても、昼か夜か判断が難しい。

 ……はて、昨夜は……。
 途中までは覚えている。
 身じろぎしただけで、酷使されたとしか思えない尻の穴の違和感を感じたので、なにがあったのかは勘違いのしようもない。

 勘違いできないけれど……困ったことに、繁殖行為の最中の記憶がない。

 まるで初めての時の再現だ。
 というか、二百年の間に数えきれないほど再現している。
 つまり、また、またまたまたまた、やってしまったと言うべきだ。

 覚えてないのが悔しい。
 これを防ぎたくて魔法道具を作ったのに。
 二百年も経つのに、こんな不甲斐ない恋人では呆れられてしまうな、とため息をついて体を起こそうとしたが、がっちりと抱きしめられているせいで動けない。

 動かせるのは手と視線くらいか。
 あ、掛け布団の中の指先にブレーのブレーらしき柔らかさを感じる。

 動けない、と思いながらブレーの柔らかいブレーを指先でふにふにと揉み込んでみる。
 この柔らかくて頼りないものが、私の記憶を消してしまうなんて、本当に不思議だ。

 動けなくて静かな部屋の中でやれる事もないため、私の首元にあるブレーの寝顔を見下ろしながら、ふにふにと柔らかい先端や竿を撫でて揉み続ける。

 なんだか可愛らしい。
 普段はふにゃふにゃと柔らかいのに、いざという時は地盤固めの杭のように太く硬く聳えて私を、っとこれ以上はやめておこう。

 以前に同じように触れていたせいで起き抜けから再開された時は、腰が抜けた上に記憶も残らなくて、情けなくて泣いたものだ。

 する事がなくて、すぐ近くにある顔を見つめ続ける。
 生い茂った柴のようにもじゃもじゃとごわつく髪と髭はいかにもドワーフで、目を閉じていても金気と焦げたような匂いを感じる。
 体温が高いので、むわりと熱さも。

 決して心地よさを感じているわけではないのに、ひどく落ち着く。

 なるほど、と思った。
 ここ一年近くうまく眠る事ができなくて、健康面に不安を覚えていた。
 寝過ぎたり眠れなかったりして、だんだんと疲労が抜けなくなり、生活に支障が出ていた。

 魔法を使ったり、眠り袋を作ってみたり、香を焚いてみたりしたけれど、全てはブレーがいなかったから、か。

 今この時、全身が重だるくて、腰ががたついて、股関節が外れそうで、尻の穴も腫れている気がするけれど、寝起きは悪くない。
 むしろ満たされた。
 とてもすっきり世界が見える。

 私はブレーがいなくて寂しかったのだ。
 変わり者でも、私も恋人に寄り添うエルフだった。
 離れる事に耐えられないのか。

 さて、これに気づいてしまった以上、次の里帰りを黙って見送れる気がしない。

 かといって、私がドワーフの窟に行くのも迷惑だろう。
 自然がない場所でエルフは暮らせない、と両親はいまだに心配して手紙を送ってくるし、街で暮らしていても仕事以外で森に行きたくなる。
 ブレーの故郷は岩山や荒地ばかりらしいから、体調を崩さないか試してみてから話を持ちかけてみたらどうだろう。

「……えれン?」

 しぱしぱと夜闇が落ちる寸前の色をした瞳を見せて、ブレーがうめいた。

「ここに」
「んむ」

 もごもごと返事をして、私を抱えなおして再び眠ろうとしたブレーの頬に、布団から引っ張り出した手を添える。

「手洗いに行きたい、離して」
「……おう」

 方便でも、これが一番効果がある。
 このまま布団の中にいたら、もう一度眠ってしまうかもしれないし、繁殖行為を再開される恐れもある。

 気持ちはともかく、腰も尻も限界だ。
 とりあえず、患部に塗る、貼る、飲む、傷薬や痛み止めを併用すれば、なんとかなるだろう。

 あと、体を洗いたい。
 全身がみしみしべたべたして気持ち悪い。

「えれ……ん……」

 もぞもぞと動いて、ブレーは再び目を閉じた。
 その様子から、今は午前中かもしれないと推測した。

 他のドワーフは知らないけれど、ブレーは夜の方が元気だ。
 だから嵐になってしまうのか。

 もう一度、ブレーに抱かれながら達したいという願いが叶う日はくるのか。
 また二百年後だったら困るな、さすがに老年と呼べる年齢でそんなに頑張れると思えない。

 そんな事を考えつつ、私は壁を支えにしながらふらつく足を浴室へ向けた。



   ◆



 からん、と鐘の音をさせながら店の扉を開くと、顔馴染みの店主が顔を上げた。

「……いらっしゃい!」

 あの後、私は体を清めて、腫れていた患部に薬を塗って、軋む患部に湿布を貼って、痛み止めも飲んだ。

 ぎしぎしと音がしそうな全身の筋肉痛と、骨がずれているような腰と股関節の違和感。
 ずっとなにか挟まっている感じがしている、あらぬ所。

 水鏡を使って確認したら胸元や背中、股間の周辺に大量の内出血が出来ていたが、服で隠せる場所ばかりだったのは救いだ。

 一年近くの不在でご無沙汰だったせいか、ひどく激しい行いだったのか。
 筋肉痛はあっても打身や捻った痛みはないので、私もきっと嬉々として一緒にふけったのだろう。

 覚えてないとか、本当に、どういう事なんだ!
 大抵記憶が飛んでいる時は、激しかったと分かっているけれど、その時の私がブレーにどんな態度をとっているのか分からない事が不安だ。

 気を取り直して、薬が効いて動けるようになった私は、食材を放置していた事に気がついた。
 調理台の上、一晩放置されて乾きかけていた野菜は、そのまま干し野菜にする事になった。

 という事で、外食だ。


「邪魔する」

 ブレーのいない約一年で、私は薬草酒を納品するばかりだった店の常連になっていた。

 ホーヴェスタッドの中でも古い、歴史のある酒場。
 私より若いけれど、そこは競うところでもない。

 ここの料理人は豆の炒り方がうまい。
 果実水も良い。
 店主の奥方の自作というが、入れる果物や薬草の配合塩梅が絶妙だ。

「良い店だ」
「そうだろう?」

 店の中の燻されたような壁や床の風情や、酒を飲み呑まれている男たちをぐるりと見回して、ブレーが満更でもなさそうに言った。
 思わず自分を褒められたように嬉しくなった。

 この店に愛着を持つには私は新参すぎるけれど、人種族の平均寿命より長く続く店なのだから、客が途切れることなく営業を続けられる理由があるはずだ。

「ここは豆が美味しい」
「他は?」

 重大な秘密を打ち明けるように言ったのに、ブレーは共感してくれなかった。

 人種族の食事を食べると体調を崩しやすいので、豆しか注文したことがない。
 私が獣脂や肉、味の濃いものを苦手にしていると知っているのに、ブレーは私が酒場に通っている事が珍しいと好奇心から聞いてきたようだ。

「……食べたことない」
「なんだそりゃ、そんなら酒は?」
「飲んだことない」
「酒場になにしに来とるんだ?」

 なにしてたって良いだろう!?
 一人で過ごすのが辛い時の余暇潰しだ。
 騒がしい中にいる間は、落ち着かない気持ちが誤魔化せる。

「なにをお出しいたしましょう?」

 私たちのやりとりを目をきらきらさせながら見ていた店主が、満面の笑みで声をかけてきた。
 嬉しそうに目を細めて、頬を丸く持ち上げて、なんか、見守られてる感じ。

 ちくしょう、見せもんじゃねえぞ、このやろう。

 不意に、酔っ払った人種族の若者が使っていた乱暴な言葉を思い出した。
 こういう時に使うものなのだろう。

「彼には酒精の強い酒とつまみは適当に、私は果実水と豆を頼む」
「はい」

 ものすごくご機嫌な店主の反応に解せぬ思いをしながら、ブレーが背の高い椅子によじのぼるのを手助けしして、私も横に座った。

 
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