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閑話 常緑のエルフ 1/2

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 多種多様な人々と文化があつまる王国〝シンネラン〟。
 その副都〝ホーヴェスタッド〟に、人の国では珍しい存在、短躯で筋骨逞しいドワーフと、見目麗しいエルフがいるというのは、大変に有名な話だ。

 どちらも神話に出てくる、生物というより自然現象に近い種族であり、深遠の森の奥や、遠山の地底闇深くに居を構える妖精種族。
 精霊と会話できるだの、息をするように森や坑道内を駆けるだのと、ひどく神々しく伝説の一部として伝えられている種族だ。

 ホーヴェスタッドの北西地区、職人と店が多く集まる第十三区画に、二百年ほど前から工房と居を構えているドワーフと、共に住まうエルフ。

 ドワーフの〝ブライト・イマグルン・シュモクロス〟は、複数の職人組合に所属する修理人であり、武具防具から鍋釜に至るまで、ありとあらゆる金属製品を修繕することを生業にしている。

 その手腕、神の如し。

 権力にも金にも興味がなく、組合が決めた正規の料金以上は受け取らない。
 過去の権力者が思い通りに動かそうとした際、国が機能不全に陥って諦めたという逸話がある。

 本人が矢面に出る事は少なく、とっつきにくい仏頂面の男だが、仕事は速く正確で丁寧であり、他工房からの短期弟子入りも許している。

 エルフの〝イェーリンクピロス・エレデティ〟は、薬種種苗、農作物種苗組合の果菜種苗採取依頼、中でも難物依頼のみを引き受けている。
 本人の希望で組合には所属していないが、専属採取人として不可侵扱いだ。
 その他にも細々と動いているが、どこにも所属はしていない。

 貴重な薬草、果実や山菜の苗や種を、生育する季節すら違えてどこからか調達する手腕から〝常緑〟と呼ばれている。

 背が低く色濃く、鉄塊から打ち出したような筋骨隆々のドワーフと、若い白木のように伸びやかで、色薄くしなやかな四肢持つエルフ。
 外見からしてあまりにも違う二人が、街角の店先や道端で寄り添う姿を時折見られる。

 近隣住民にとっての喜びであり、ホーヴェスタッドの平穏が守られている証、と言われている。
 二人の関係は定かではないが、人ならば二度は生まれ死ぬ年月を共に過ごしていると聞けば、無用な詮索はやめようというものだ。

 個々人では話しかける事ができない程の不機嫌顔と、ぴくりとも動かぬ冷え冷えとした美貌に怖気付いてしまうとしても。
 二人が揃った時に緩むように笑み崩れる姿に、誰もが見惚れるのである。

 妖精族とは、伝説や神話にあるように尊い存在であると。
 人々の幸せを守る守護聖人であるかのように、ホーヴェスタッドでは考えられている。

 そして、ここにも、隠れて二人を敬愛推し活する者がいた。



   ◆



 北西地区、第七区画で最も古い酒場。
 いつからあるかも定かでは無いが、店ができた当初にはホーヴェスタッドは街ではなく、村だったという噂のある酒場。
 その名は〝ブラ・エンよっぱらい

 店主のスミールが先代から店を引き継いで十年、冒険者御用達の酒場はいつでも大盛況。
 今夜も荒くれ者たちが大騒ぎをしている。

 店構えも品揃えも普通の古びた酒場が、多くの冒険者たちに愛されている理由、他の酒場と違う事はただ一つ。
 ここにはエルフの作る〝薬酒霊薬〟がある、という希少価値だ。

 シンネラン国中を探してもここにしかない、幻の酒にして霊薬。
 ブラ・エンは庶民冒険者しか利用しない店でありながら、同時に国家上層部御用達の献上品〝エルフの薬酒〟を扱う唯一の酒場だった。

 一杯飲めば、死にかけが棺桶から飛び起きるだの、十年若返る、寿命が伸びる、などとうそぶかれているが、エルフの作る酒の希少価値は、国への献上品として扱われている事からも疑いようがない。

 ドワーフが原因で国が傾いた経験から、直接エルフのエレデティに酒を献上せよ、と言わぬだけの分別がシンネラン王国の上層部にはついていた。
 神の手を持つドワーフと共に、霊薬を作れるエルフまで国外に出て行かれては困る、と密かに手回しされていた。



 若い頃、スミールは冒険者だった。
 不運にも魔物の毒を受けて死にかけ、薬酒で一命をとりとめた。
 小さな酒盃一杯で家が買える値段のつく薬酒だが、命あっての物種だ。

 スミールは紆余曲折の後、ブラ・エンを引き継いで店主になった。
 すべてはエルフの薬酒が繋いだ縁から。

 毒に侵されている時に飲み込まされた薬酒の味を思い出すだけで怖気が走り、血の気が引いて気が遠くなるため、二度と飲みたくないというのが本音であっても。

 目の前に座っているエルフ、イェーリンクピロス・エレデティは、酒を飲ませたスミールの名前さえ覚えていないだろうが。
 間違いなく命の恩人であり、崇拝対象であった。

「大丈夫ですか、エレデティさん」
「……ああ」

 店を継いで取引相手として十年、助けられた時を基準にすれば、もう数年長い顔見知り。
 けれど、エレデティが客としてブラ・エンに入ってきたのは初めての夜。

 天災でも起きるのかと内心恐々としながら、スミールは可能な限り穏やかに声をかけた。
 いつもの冷え冷えとした美貌は変わらぬまま、どこか心あらずの様子で、エレデティは果実水を注文した。

 いつもなら、夜の酒場に一人で来ておいて、まともなつまみや酒を頼まぬしみったれた客は許さないスミールだが、相手が恩人ではなにも言えない。

 そもそも薬酒の納品時に会うだけで、個人的な会話はほとんどない関係だ。
 スミールが勝手に崇拝しているだけとも言う。

 他人との線引きがしっかりしているのか、エレデティはドワーフのシュモクロス以外には素っ気ない。
 無愛想とはまた違い、人種族に興味がないのだろうと思わせる振る舞いだ。

 そも伝説上の生き物であるエルフとはそういうものだろう、と誰もが思ってしまうほど、その素っ気なさは近寄り難く冷涼で明晰な美貌に似合っていた。

 スミールは、しばし一人で俯いているエレデティの様子を見ていたが、疲労を抱えていたり怪我をしている様子ではないか、と仕事に意識を戻した。

 冒険者時代の伝手とコネを惜しみなく使って、百戦錬磨の給仕係を揃えているとはいえ、現役冒険者たち相手に気を抜く事は危険だ。

 彼らはいつでもどこでも暴れられる機会を探して、その身にたぎる暴力性を解放できる場を求めている。
 酒が入れば、それはさらに顕著になる。

 スミールだってそうだったから分かるのだ。
 酔っ払いや机や椅子が店内を舞ってからでは遅い。
 酒やつまみが舞えば、スミールは激怒する。

 冒険者たちの挙動に目を光らせながら、スミールは内側から光り輝いているように美しいエルフを盗み見た。

 果実水で喉をしめらせながら、夕食というには少なすぎる豆を、たおやかな指先で摘んでいるエレデティの姿は、宮廷彫刻家が命懸けで彫り出した、美貌持つ神の像と言われても信じられる。

 意図せず、周囲の耳目を集める美貌のお陰か、不思議と、今日は冒険者たちが大人しい。

 エルフは長髪である、という伝説に残る描写をひっくり返したいのか。
 形よく美しい側頭部からうなじにかけて短く刈られている白金の髪は、長めの前髪だけ毛先に薄紫を残し。

 すらりとのびやかに続く首は日焼け知らずで白くしなやかで、喉仏が見えているにもかかわらず、そこらの女性よりも艶と色香を感じさせる。

 半分伏せられて何事か考えているように見える、切れ長でありながら形のよい瞳は新緑。
 細面も透き通るように白く、しみもしわも、たるみ一つ見えない肌は内側から光り輝いているように見える。

 ほっそりとした肢体を包むのは、絹織りの衣と布の靴。
 蝋燭のゆらめきで色を変え、布自体が生きて動いているように見えるのはエルフの魔法なのか。

 
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