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剣聖ラエスパダ・マス・フエルテ

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 ぼくは先祖返りとして生を受けた。

 代々騎士を輩出する男爵家の次男として生まれた時に、頭に耳が生えていて尻尾もあったぼくだけど、不義の子だと疑われることはなかった。

 祖母が女傑だったから。
 両親が政略結婚だったから。
 理由はいくつかあるけれど、ぼくは生かされた。

 とにかく、父方の祖父にそっくりな真っ白な髪と血赤の瞳のぼくを見て、祖母が叫んだらしい。
 産後すぐで弱ってる母のすぐ近くで「両家の家系図を調べなさい!」って。

 男尊女卑が当たり前の時代に女性騎士として働いて、格上の伯爵家の三男だった祖父を口説き落とした祖母は、我が家の女帝だった。
 誰よりも豪放磊落ゴウホウライラクって言葉がよく似合う祖母。
 父も母も、祖母の苛烈さを知っているから逆らわない。

 ぼくの生国で革命が起きて、獣人を追放する政策がとられて百年ちょっと。
 生まれた子供に、獣人の特徴が出るってことが、たまにあるらしい。

 両家が総動員で家系図を調べて、父方の祖父の祖父がウサギ系獣人だったってことが判明した。
 父方祖父の髪色と瞳の色も先祖返りだった。

 獣人が迫害される世論の中で、普通なら捨てられてもおかしくない状況で、獣人は身体能力が高いといわれる一点に期待されて、ぼくは育てられた。

 代々騎士を出す家の人間として、只人よりも強くなるのではないかと。
 奇形の姿を知られないようにすれば、何も問題ない。

 そう決めた祖母の手ずからで、ぼくは鍛えられた。

 辛くても誰も助けてくれない。
 両親は祖母を恐れてる。
 使用人は仕事を失いたくない。

 お前ならできるはずだ、ってできるようになるまで、言われ続ける。
 肉の塊なんて食べたくないのに、食べ終わるまで見張られる。
 つらいのに、本当にできるようになってしまう。

 できないと叱責されて、寝る時間以外を全部鍛錬にされて、体を作るために肉を食えって強要される。
 ……そして鍛錬がさらにキツくなる、悪循環の日々。

 身近に獣人がいない環境がいけないんだと考えて、父方の祖父に頼んで、文献を頼りに自分の体質をなんとか把握しようとした。
 アナウサギ系獣人、ってところまでは分かった。
 でも、それ以上の情報がない。

 努力して、自分の居場所を手に入れようとした。
 できるようになると、やらないといけない事がさらに増える。
 居場所ができた気がしない。

 認めてもらいたかった。
 剣の才能や腕前をじゃなくて。
 獣人であるぼくを。
 生臭い肉なんて食べたくないし、戦うのも嫌いだ。

 騎士団に、見習い団員として入れられたのが八歳の時。
 祖母の圧力があったのか、普通の団員と同じように、魔物の討伐に参加させられた。
 ぼくの髪の色と瞳の色から、首狩兎ボーパルバニーなんて呼び名がつけられた。

 死にたくないから戦って、望んでもないのに剣の腕が上がり、異例の十歳で正式な騎士になることが許された。
 肉なんか食べさせられてるからなのか、獣人の血なのか、大人と同じくらいの体格になるのも早かった。
 死んでたまるかって、鍛錬にも任務にも喰らいついた。

 魔物だけでなく、人を殺すことさえ平気になっていく。
 血や肉の匂いで吐き気を覚えるのが普通になった。
 ついに、肉が、食べられなくなった。
 騎士団が寮生活で良かったって、感謝した。

 頭頂の耳と尻尾を隠しての騎士生活の中で、現実逃避で剣を振り続けている内に、先代剣聖から次の剣聖に任命された。
 祖母の圧力かと思ったけど、剣聖に圧をかけられるような権力と金はないはずだ。

 みんな、頭がおかしい。

 十四歳の子供に、何を与えているのか。
 今のぼくならそう言える。
 でも、死にたくなくて言いなりになることしか知らなかったぼくには、剣聖の肩書きを受け入れる道しかなかった。



 次代の剣聖として姿を広めるため、旗印になれと言われて与えられた初仕事が、貧民窟スラムの一斉摘発だった。
 不衛生で臭い。
 こんな所で暮らしてる人がいるのか、と衝撃を受けた。

 これまでのぼくの苦労が、安っぽく思えた。
 食べ物、住むところ、寝るところに困ったことがない。
 つらいと思っていたぼくは、甘かったんだろうか。

 貧民窟スラムは、仕事すら持たない貧しい人々が住む場所なのに、春を買う店だけはたくさんあった。
 売春宿に閉じ込められていた人々は、痩せ細ってぼろぼろで、見ていられなかった。

 憐れむなんて感情すら抱けなかった。
 助けたいとも、助けられるとも思えなかった。
 どうしたら、と立ち尽くすぼくの前に、その子が連れ出された。

 骨と皮だけの痩せて小さな体は、下着すらつけてなくてひどく汚れていた。
 全裸の男の子は、全身から精液と淫液の臭いをさせていた。

 でも、その瞳は……毎年の避暑で行くのを楽しみにしていた、森と湖を思い出させた。

 ぼくは獣人だ、って痛感してしまうのは、森の中で過ごす時間が最高だから。
 ごみごみした街中では感じられない、安らかな心持ちになれるから。

「たすけてくれてありがと」

 一瞬だったけれど、確かにその子はぼくを見た。
 ぼくに、お礼を言ってくれた。

 途端に、ぼくの股間が跳ね上がった。
 この子を抱きたい。
 この子の中をぼくで満たしたい。

 それしか考えられなくなって、何も返事できなかった。

 落ち着いてから、自分の愚かさに怒りが湧いた。
 ぼくは、何をしているんだろう。
 あんな幼い、ひどい目にあってる子に覚えたのが、初めての欲情だなんて。

 現実から目を背けてなんていられない。
 剣聖って肩書を与えられて腐るなんて許されない。
 ぼくには、あの子みたいな子を助ける力と肩書きが与えられたんだ。
 命懸けで戦わなくては。

 鍛錬と仕事の合間に、あの時の子の情報を求めた。
 あの子の名前を知った。
 エスフォルタ。
 苗字がないってことは、庶民。
 愛称で呼ぶならエスかな、エッタだと女の子みたいって思われそう。

 エスは貧民窟スラムの生まれかと思ったら、犯罪の被害者だった。

 顔をあわせる勇気はないのに、エスの力になりたい、と名前を出さずに給金を送った。
 祖母に求められているのは騎士、剣聖としての活躍で、金銭報酬じゃないから、自分の給金をどう使おうとも黙認された。
 それでも怪しまれないように、貧しい子供たちの未来のために、って給金のほとんどを継続的に寄付し続けた。

 ぼくの望まないところで、ぼくが慈悲深いとか、聖人のようだ、とか評価が一人歩きしていく。
 耐えられない。
 ぼくは、森に行きたい。
 森で、休みたい。

 鎧姿のまま寮を抜け出して、森にたどり着く途中で行き倒れた。
 水くらい持ってくるんだった。
 そこで、城で文官をしていて、帰省先から戻る途中だった、男爵家長男のグアルディア・トラバヤドゥに拾われた。

 トッドゥトラバヤドゥはぼくが獣人だと知っても、目つきの悪い顔を驚きに歪めたりしないで「だからなんだ」と言ってくれた。

 やんちゃな弟ばかり、三人もいると言うトッドゥトラバヤドゥは面倒見が良かった。
 家が貧しくて貴族教育を受けていないから、庶民の学校に通って勉強して、文官試験を実力で通ったすごい人だった。

 実力はあるのに、顔立ちが強面で庶民喋りしかできないから、他人に誤解される。
 トッドゥトラバヤドゥもぼくと同じだ。
 望んでないことばかり、周りが評価する。


 ぼくはトッドゥトラバヤドゥに副官になってほしいと頼んだ。
 根は真面目で善良なのに、悪人ヅラのせいで出世できそうにない、って腐りかけてたトッドゥトラバヤドゥは、話に乗ってくれた。
 出世できないなら、肩書きなしの文官より、剣聖の副官の方が給金が高いだろう、って

 十歳近く年上で、文官としての経験豊富なお目付役兼交渉人副官が同伴してくれたら、国外に単身で遠征に行けるし、他国に派遣されても大丈夫。
 本来、剣聖ってそういうものだ。
 国の中にとどまってるのは、ぼくが若すぎて経験が足りないから。

 前任剣聖の騎士団統括総団長に頼んだら、あっさりとぼくとトッドゥトラバヤドゥが派遣されることになった。

 周辺国家に恩を売りたいって、王様が許可してくれたらしい。
 性格が悪いって名高い超越級魔術師のオンブレ・デマシアド・エルモソも同伴させろ、って言われて、不安になりつつ、ぼくらは国を出ることに成功した。

 旅をして。
 いろんなものを見て。
 戦って、発情して、死にたいほど辛くて。
 戦って、発情して、何とか自分で発散して。
 戦って、発情して、夢の中で瞳の色だけ覚えてるエスを抱いた。

 ぼくはおかしくなっていく。
 いっつもおかしいぼくに「発情の衝動を発散しろ」って魔術師エルモソが言う。

 「無理だよ、ぼくが望むのはエスだけ」って答えたら「そいつを探してあげる」って。
 エスの居場所は知ってる。
 でも、エスの夢を邪魔したりしないよ、ぼくは。

 戦って地面に埋まる。
 戦って自分で朝までかけて発散する。
 いつまで、続くんだろう。

 交渉や駆け引きは全部、トッドゥトラバヤドゥと魔術師エルモソがやってくれる。
 ぼくはただ戦うだけ。
 殺すだけ。
 奪うだけ。
 斬り殺して踏みつぶすだけ。

 何箇所も国を巡って、戦場で暴れて、魔物を殺して、市街地で犯罪集団を蹴散らして、剣聖ラエスパダ・マス・フエルテの名前だけが有名になっていく。

 本当のぼくは、ただの十七歳の男。
 なんの面白みもない。

 寄ってくる女性に体は生理的に反応するけど、抱きたいと思えない。
 ぼくが欲しいのは、ぼくが抱きたいのは、ぼくがめちゃくちゃにしたいほど欲しいのは、エスだけ。

 トッドゥトラバヤドゥに渡された、獣人の生態研究の本を読んで、気が付いた。
 ぼくは、エスを伴侶にしたいんだ、って。

 獣人にとっての伴侶は、とっても大事なもの。
 唯一ではないけれど、きっとぼくにとっては一度に一人。
 エスがいたら次の伴侶は見つからない。
 もし、もっと早く知っていたとしても、ぼくはエスを手元に置こうとしなかっただろう。

 エスは何も悪いことなんてしてないのに、十分すぎるほどに苦しめられてきた。
 もう誰も、エスを苦しめるべきじゃない。
 ぼくの気が狂うまで、剣聖として働こう。
 夢の中ではエスを抱ける。

 そう決めてから数日もしないうちに、ぼくはエスが国家魔術師育成学院を辞めたという手紙を受け取った。
 一年近くも前のことで、旅から旅で国から国を渡っていたから、届くのが遅れた。

 エス、今、どこにいるの。

 肝心な時に伴侶の側にいられない、伴侶を助けられないなんて。
 違う、ぼくはエスフォルタの伴侶じゃない。

 探して。
 求めて。
 情報を集めて。
 何ヶ月も不安定に揺れ動いていたぼくは、魔術師エルモソの望みで滞在することになった、とある地方の領主の館で、懐かしい姿に気がついた。

 女性の服を着てる。
 でも。
 ……見つけた。
 ぼくの、伴侶。

 もう、手放せる気がしないよ。

 
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