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本編と補話
補話2 天は見ている :注意:汚いです
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あけましておめでとうございます
新年いきなり、いろいろと汚い話で申し訳ありません
*
やっと十日が過ぎた後、服ごと水をぶっかけられてへどろを落とされ、医療部に運ばれて処置を受けたものの、記憶が定まらない。
寝て、覚めて、寝て、覚めて。
朝も夜もなく高熱にうなされて、床と壁のへどろを削りつづける夢を見る。
気がつけば、手足の指を何本も失っていた。
切除するしかなかったと。
内臓がへどろに含まれていた物質で傷つき、固形物を消化できなくなった。
喉が飲み込んだ有毒物質で焼けただれて、声を出すことも難しい。
賠償させようと息巻いたが、懲罰の結果なので不可能と伝えられた。
信じられない怠慢だが、自費で義肢を用意するしかないそうだ。
軍人として必要な移植を受けているから知っているが、古代の技術を流用した義肢装具は高くつく。
とはいえ、うちは代々の名家だ
金を出させようと家に連絡させても、通じないと言われる。
それが何度も繰り返された。
なにが起きているのか知ることもできないまま、治療終了の判断を下されることになった。
誰も支払いに来ていないので、給料と積立から治療費が相殺されると言われた。
ふざけるな、なんだそれは。
貧乏人でもあるまいし、治療費を払いに来ないとはどういうことだ!!
しばらく留守にしていたせいで、使用人がたるんでいるようだ。
鞭で打って教育し直さなくては。
当日。
事前に連絡はさせたが誰も迎えに来なかったので、そこらにいた二等兵に移動車を出させようとしたが、できないと言われた。
普段なら殴りつけているが、指が足りずに弱った体では難しい。
体が元に戻ったら後悔させてやると誓い、辻馬車を拾って家に帰ったが。
家が、なくなっていた。
建物は残っているが、それだけだ。
先祖代々過ごしてきた、王都の高級住宅区画の一角。
鉄柵の中に見えている家を囲む庭は、何日も手入れをされていないのか、枯れかけている。
門には頑丈な鎖が何重にも巻かれて〝売却済〟と書かれた板がかけられていた。
なんだこれは、なんの冗談だ。
戻ろうとしていた辻馬車にもう一度乗り込み、軍本部に戻ったが、門兵が中に入れようとしない。
制服を着ていないから気づかないのか、二等兵風情が!、と声を張ろうとしたが、喉が傷ついているせいでかすれた声しか出ない。
家族はどこにいった。
使用人どもはどこに逃げた。
なにがあった。
聞きただそうにも声が出ない。
体は弱り、満足に歩くこともできない。
辻馬車が支払いをしろとうるさいので金を投げてやったら、即座に逃げやがった。
挙句の果てに、門兵に「もう閉門の時間だ」と追い払われた。
どこにいけば良い。
そういえば、階級章を見せればよかったのだ。
門兵に待てと告げて、荷物を開く。
指が足りないので、うまく開けられずに手間取った。
夕闇が迫る中で、気持ちが焦る。
このままでは、浮浪者扱いされてしまう。
だが、どれだけ調べても、退院時に渡された荷物の中に、階級章は入っていない。
なんだこの紙は……退役証明書?
軍人年金の、一括支払い済み証明書?
退役?
手続きをした覚えはないのに、どういうことだ。
年金が支払い済み?
そんなもの受け取ってないぞ、誰に払ったというんだ。
どういうことだ。
なんだこれは。
なにが。
一体、なにが起きている。
帰る家もなく、金もなく、頼れる相手もいない。
連絡は使用人にさせていたので、家か軍を経由しなくては近場の知人にすら連絡を取れない。
気がついた時には、なにもかも、無くなっていた。
健康な体、先祖代々の家、家族、豪華な暮らし、ほどほどに楽しめる仕事、人生のすべてを。
自分がなにをしたというのだ。
慰安兵を慰安兵として使っただけだろうに。
これは、慰安兵廃止促進派だというミーキルヴェイグ元帥の策略か?
慰安兵が必要だから使ってやっているのに、枯れた爺に分かるはずがないのだ。
確かに、ボロストファへの蔑みがなかったとは言わない。
あれは頑丈なだけの役立たずのクズだ。
良いように使って何が悪い。
軍人と名乗るのも烏滸がましい雑魚を、死なないように飼い殺すのは当たり前だ。
手元に扱いやすい穴があったから、使ってやっていたのに。
娘の幸せを願って、使ってやっただけだろうが。
やはり、あの神官か。
あのガキか。
許せん、許さん、あのクソガキ。
従軍神官だと言っていたが、本部で見たことがない。
どこかの神殿にいるのか?
絶対に許さん!!
振り返れば、門兵はいつのまにかいなくなり、門は固く閉ざされていた。
◆
クソガキを探して、神殿を何箇所も巡った。
薄汚れた格好を貧民と勘違いされて衛兵に職務質問を受け、障がい持ちの支援団体に連れ込まれそうになった。
馬鹿にするな!
そう叫んで殴り倒したいが、できない。
声がまともに出ず、手足の指が足りなくては、距離を歩くことも難しい。
退院時に持っていた金は、三日もせずに底を突いた。
夜露を浴び、割れた石畳の上で寒さに震えながら寝る経験を、知りたくなかった。
生ごみは、腐っていなければへどろよりは食えることを知った。
飲食店の裏口に陣取り、ごみが出されるのを待っていると、浮浪者と奪い合いになる。
衛兵に見つかっては困るので、騒ぐことはできない。
退院時に渡された荷物を盗まれた。
鍛えあげていた体もうまく動かせない。
何もかも全て、あのクソガキのせいだ。
許さん。
それだけが原動力だった。
それから何日が経ったのか。
日に日に傷が増えていく痩せ衰えた体を引きずり、王都の西区画大神殿にたどり着いた。
王都に神殿が多いのは知っていた。
だが、小神殿を含めて百を超えているとは知らなかった。
クソガキの名前は、トリルトゥ・ヴィグォルウ従軍特務神官長。
あの時は思い出せなかったが、現時点で王都本部に従軍している神官の中でただ一人の戦争経験者だ。
他は引退した爺か婆、異動か死んでいる。
とんでもない肩書きを持つ神官だが、不意をつけば殺せるはずだ。
だが、どうしても所属している神殿が分からない。
軍内部で調べることができればわかったのだろうが、神殿内でトリルトゥ・ヴィグォルウ従軍特務神官長の名はあまり知られていなかった。
何箇所かで名を出したが、それは誰ですか?、という反応をされた。
かつてお世話になったので、直接お会いして礼をしたい、と告げれば簡単に情報を引き出せると思ったが、なかなかどうして、尻尾を出さない。
王都中をさまよっている時に、ふと思い出した。
あいつは、お久しぶりです、と言った。
そして儀式不履行がどうとか文句を言った。
儀式。
娘の婚姻儀式だ。
つまり、あのガキ神官は西区の大神殿にいる。
どうして思い出さなかったのか。
毎晩のように悪夢を見て、眠れないからだ。
なにを食べても腹を下してしまうせいだ。
責任をとらせてやる。
首を洗って待っていろ、と乗り込んだ神殿で、敬虔な信徒のふりをしてトリルトゥ・ヴィグォルウを呼び出した。
だが。
「大変申し訳ございませんが、現在、当神殿にトリルトゥ・ヴィグォルウという名の神官は所属しておりません」
なんだと、そんなわけがないだろう!
あれから何ヶ月も経っていないはずだ。
異動したのか!?
「どこにいどうされたのかをきいても?」
なんとか絞り出した声を聞き取ったらしい神官は、困った顔をした。
「いいえ、元からおりません、そのお方は本当に神官ですか?」
くそが。
くそがっ!!
くそがああああっっっ!!!
力が抜けて、石の床にへたりこんだその時。
天は正しき者に味方した。
「失礼、貴方がトリルトゥ・ヴィグォルウ神官を探しておられる方ですか?」
体がおかしくなってから、久しく反応しなくなっていた股間が喜ぶような美しい若い男が、こちらを見てにっこりと笑っていた。
巻き返しを始める時が来た。
それを悟り、口元に久方ぶりの笑みを浮かべることができた。
新年いきなり、いろいろと汚い話で申し訳ありません
*
やっと十日が過ぎた後、服ごと水をぶっかけられてへどろを落とされ、医療部に運ばれて処置を受けたものの、記憶が定まらない。
寝て、覚めて、寝て、覚めて。
朝も夜もなく高熱にうなされて、床と壁のへどろを削りつづける夢を見る。
気がつけば、手足の指を何本も失っていた。
切除するしかなかったと。
内臓がへどろに含まれていた物質で傷つき、固形物を消化できなくなった。
喉が飲み込んだ有毒物質で焼けただれて、声を出すことも難しい。
賠償させようと息巻いたが、懲罰の結果なので不可能と伝えられた。
信じられない怠慢だが、自費で義肢を用意するしかないそうだ。
軍人として必要な移植を受けているから知っているが、古代の技術を流用した義肢装具は高くつく。
とはいえ、うちは代々の名家だ
金を出させようと家に連絡させても、通じないと言われる。
それが何度も繰り返された。
なにが起きているのか知ることもできないまま、治療終了の判断を下されることになった。
誰も支払いに来ていないので、給料と積立から治療費が相殺されると言われた。
ふざけるな、なんだそれは。
貧乏人でもあるまいし、治療費を払いに来ないとはどういうことだ!!
しばらく留守にしていたせいで、使用人がたるんでいるようだ。
鞭で打って教育し直さなくては。
当日。
事前に連絡はさせたが誰も迎えに来なかったので、そこらにいた二等兵に移動車を出させようとしたが、できないと言われた。
普段なら殴りつけているが、指が足りずに弱った体では難しい。
体が元に戻ったら後悔させてやると誓い、辻馬車を拾って家に帰ったが。
家が、なくなっていた。
建物は残っているが、それだけだ。
先祖代々過ごしてきた、王都の高級住宅区画の一角。
鉄柵の中に見えている家を囲む庭は、何日も手入れをされていないのか、枯れかけている。
門には頑丈な鎖が何重にも巻かれて〝売却済〟と書かれた板がかけられていた。
なんだこれは、なんの冗談だ。
戻ろうとしていた辻馬車にもう一度乗り込み、軍本部に戻ったが、門兵が中に入れようとしない。
制服を着ていないから気づかないのか、二等兵風情が!、と声を張ろうとしたが、喉が傷ついているせいでかすれた声しか出ない。
家族はどこにいった。
使用人どもはどこに逃げた。
なにがあった。
聞きただそうにも声が出ない。
体は弱り、満足に歩くこともできない。
辻馬車が支払いをしろとうるさいので金を投げてやったら、即座に逃げやがった。
挙句の果てに、門兵に「もう閉門の時間だ」と追い払われた。
どこにいけば良い。
そういえば、階級章を見せればよかったのだ。
門兵に待てと告げて、荷物を開く。
指が足りないので、うまく開けられずに手間取った。
夕闇が迫る中で、気持ちが焦る。
このままでは、浮浪者扱いされてしまう。
だが、どれだけ調べても、退院時に渡された荷物の中に、階級章は入っていない。
なんだこの紙は……退役証明書?
軍人年金の、一括支払い済み証明書?
退役?
手続きをした覚えはないのに、どういうことだ。
年金が支払い済み?
そんなもの受け取ってないぞ、誰に払ったというんだ。
どういうことだ。
なんだこれは。
なにが。
一体、なにが起きている。
帰る家もなく、金もなく、頼れる相手もいない。
連絡は使用人にさせていたので、家か軍を経由しなくては近場の知人にすら連絡を取れない。
気がついた時には、なにもかも、無くなっていた。
健康な体、先祖代々の家、家族、豪華な暮らし、ほどほどに楽しめる仕事、人生のすべてを。
自分がなにをしたというのだ。
慰安兵を慰安兵として使っただけだろうに。
これは、慰安兵廃止促進派だというミーキルヴェイグ元帥の策略か?
慰安兵が必要だから使ってやっているのに、枯れた爺に分かるはずがないのだ。
確かに、ボロストファへの蔑みがなかったとは言わない。
あれは頑丈なだけの役立たずのクズだ。
良いように使って何が悪い。
軍人と名乗るのも烏滸がましい雑魚を、死なないように飼い殺すのは当たり前だ。
手元に扱いやすい穴があったから、使ってやっていたのに。
娘の幸せを願って、使ってやっただけだろうが。
やはり、あの神官か。
あのガキか。
許せん、許さん、あのクソガキ。
従軍神官だと言っていたが、本部で見たことがない。
どこかの神殿にいるのか?
絶対に許さん!!
振り返れば、門兵はいつのまにかいなくなり、門は固く閉ざされていた。
◆
クソガキを探して、神殿を何箇所も巡った。
薄汚れた格好を貧民と勘違いされて衛兵に職務質問を受け、障がい持ちの支援団体に連れ込まれそうになった。
馬鹿にするな!
そう叫んで殴り倒したいが、できない。
声がまともに出ず、手足の指が足りなくては、距離を歩くことも難しい。
退院時に持っていた金は、三日もせずに底を突いた。
夜露を浴び、割れた石畳の上で寒さに震えながら寝る経験を、知りたくなかった。
生ごみは、腐っていなければへどろよりは食えることを知った。
飲食店の裏口に陣取り、ごみが出されるのを待っていると、浮浪者と奪い合いになる。
衛兵に見つかっては困るので、騒ぐことはできない。
退院時に渡された荷物を盗まれた。
鍛えあげていた体もうまく動かせない。
何もかも全て、あのクソガキのせいだ。
許さん。
それだけが原動力だった。
それから何日が経ったのか。
日に日に傷が増えていく痩せ衰えた体を引きずり、王都の西区画大神殿にたどり着いた。
王都に神殿が多いのは知っていた。
だが、小神殿を含めて百を超えているとは知らなかった。
クソガキの名前は、トリルトゥ・ヴィグォルウ従軍特務神官長。
あの時は思い出せなかったが、現時点で王都本部に従軍している神官の中でただ一人の戦争経験者だ。
他は引退した爺か婆、異動か死んでいる。
とんでもない肩書きを持つ神官だが、不意をつけば殺せるはずだ。
だが、どうしても所属している神殿が分からない。
軍内部で調べることができればわかったのだろうが、神殿内でトリルトゥ・ヴィグォルウ従軍特務神官長の名はあまり知られていなかった。
何箇所かで名を出したが、それは誰ですか?、という反応をされた。
かつてお世話になったので、直接お会いして礼をしたい、と告げれば簡単に情報を引き出せると思ったが、なかなかどうして、尻尾を出さない。
王都中をさまよっている時に、ふと思い出した。
あいつは、お久しぶりです、と言った。
そして儀式不履行がどうとか文句を言った。
儀式。
娘の婚姻儀式だ。
つまり、あのガキ神官は西区の大神殿にいる。
どうして思い出さなかったのか。
毎晩のように悪夢を見て、眠れないからだ。
なにを食べても腹を下してしまうせいだ。
責任をとらせてやる。
首を洗って待っていろ、と乗り込んだ神殿で、敬虔な信徒のふりをしてトリルトゥ・ヴィグォルウを呼び出した。
だが。
「大変申し訳ございませんが、現在、当神殿にトリルトゥ・ヴィグォルウという名の神官は所属しておりません」
なんだと、そんなわけがないだろう!
あれから何ヶ月も経っていないはずだ。
異動したのか!?
「どこにいどうされたのかをきいても?」
なんとか絞り出した声を聞き取ったらしい神官は、困った顔をした。
「いいえ、元からおりません、そのお方は本当に神官ですか?」
くそが。
くそがっ!!
くそがああああっっっ!!!
力が抜けて、石の床にへたりこんだその時。
天は正しき者に味方した。
「失礼、貴方がトリルトゥ・ヴィグォルウ神官を探しておられる方ですか?」
体がおかしくなってから、久しく反応しなくなっていた股間が喜ぶような美しい若い男が、こちらを見てにっこりと笑っていた。
巻き返しを始める時が来た。
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