【R18】すべすべでむちむち

Cleyera

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楽園 3/4

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 判明したこと、知ったこと。
 肉のかたまりの言葉を全て信じるなら、という前提付きで。

 ここは、次元の狭間、この渓谷はどこまで進んだとしても、どこにもつながっていない。
 永遠に続く渓谷。
 もちろん、生き物なんていない。
 抜け出すには、帰る場所の記憶といくつかの条件が必要。

 いくつかの条件が何かを聞く前に、僕には帰る場所の記憶がない。
 僕の知識によると、記憶封じの首輪ははめた術者以外が外そうとすると、大爆発して、頭が吹っ飛ぶ代物。

 いくらなんでも凶悪過ぎるのではないだろうか、どうしてそんなものを僕ははめられているんだ!?
 全く覚えていないのが、ひどく辛い。
 僕は凶悪すぎる首輪をはめられるようなことをしてきた、極悪人だったのか?

 肉のかたまりはここが次元の狭間だと知っていても、ここで生まれた生き物のような生き物でないようなもので、首輪を外したりはできないという。
 もちろん、僕だって首輪の外し方は知らない。

 何も思い出せないから、帰れないってことだ。
 帰る場所があるのかも知らないけれど。

「……うぅ」

 ああ、ここで飢え死にするしかないのか。
 いいや、飢え死にの前に水がなくて渇死する方が早いかも。

 岩に膝をつき、心が折れたことを隠すこともなく泣く。

 どうせ見ているのは肉のかたまりだけ。
 自分がどこの誰なのかもわからないまま、ここで死ぬんだ。
 誰にも死んだことを知られず、悲しんでももらえない。
 犯罪者扱いされているなら、そんな相手がいたのかと疑問にさえ思う。

『……』

 僕が泣いている間、肉のかたまりはその場に居座っていた。
 ぷるり、いいや、ぶるりともしない。

 喉がカラカラでお腹も空いていては、涙が止まるのは早かった。
 体の中の水が足りない。

 見上げた遥か彼方の細い空?は真っ白。
 前も後ろもどこまでも続く渓谷。
 死ぬな、これ。

『休むことを勧めるよ』

 ぼんやりとしていた僕に、肉のかたまりがぞる、ぞると近づいてきて、ゆっくりと指先に触れた。
 中身の詰まった動きは鈍重に見えたけれど、這っているように動いて見えるから仕方ないのだろう。
 転がった方が速そうだ。

 肉の表面は、思った以上にすべすべだった。
 本当に赤ん坊の肌みたいだ。
 触れればふんわりと柔らかくて、産毛一つ感じないほどなめらかで、むちむちと指を押し返してくるのに、中身が詰まってパンパンになっているようでもない。
 すべすべでむちむちで、つい指先で押してみればぷにぷにと柔らかい。

 まるで、僕のために用意された救いのようだ。

 一度でもそう思ってしまうと、心が折れてしまった。
 こんな所で生きていけるはずがない、何もないのだから。

「……」

 目の前には、暖かくて柔らかい温もり。
 泣き疲れて絶望していた僕は、肉のかたまりに倒れこむように、抱きつくようにして意識を手放した。

 もう二度と、目が覚めないことを祈って。



  ◆



 目は覚めた。
 最悪だ。
 空腹すぎて、目が覚めた。

 もう、飲み込む唾液も出ない。
 カラカラの喉からは、風が漏れるような呼吸音が聞こえて、もう、長くは生きられないな、と感じた。

 音のない渓谷の底で、僕は肉のかたまりの上に乗り上げるように伸びていた。
 どうしてこの肉のかたまりは、僕の寝台のように振舞っているんだろう、重たいだろうに。

 触れれば、どこまでも肉だ。
 中身の詰まった肉の上に乗っている。
 骨の硬さは感じないけれど。

 指先で触れれば、すべすべと滑らかで、むっちりと心地よい。
 暖かくて柔らかくて気持ちいい。
 ……ああ、僕が死んだ後に、食べる気か。

 こんなに何もないところで、肉のかたまりが生きていくのに、食べ物があると思えない。
 それなのに僕の下敷きになっているすべすべでむちむちの肉は、栄養が足りている赤ちゃんの肌のように柔らかくて暖かい。
 水分含有率が高くて、すごく癒される。
 甘い香りがしたりはしないけれど、思わず頬ずりしたくなるくらい魅力的な肌触りをしてる。

 このままゆっくりと、苦しまずに死んでしまいたい。
 泥沼に沈むように、ズブズブと肉に沈み込んで、意識が戻らなければ良いのに。

 ぐるるるるる。

 お腹の音が、さっきから鳴り止まない。
 何も食べてない飲んでないのに、どうして胃腸が動くのか。

 目を閉じて、背中を包んでくれている温もりに全身を預けていると、ゆらん、と揺らされた。

『食べるかい』
「……何を?」

 こんなところに、食べ物があるのか。
 ひび割れた声をなんとか返せば、再び体がゆらゆら揺れて、僕に向かって、肉のかたまりが、ぬ、ぬ、ぬ、と指ほどの太さの肉を伸ばした。

 潰れかけた肉まんじゅうに似た形から、変わることがないと思っていた僕は、思わず飛び起きてしまう。

『食べられたことは、ないから、不味かったらごめんよ』

 彼は、自分を食え、と僕に言った。
 目の前に差し出された肉が、一瞬だけ、腸詰めに見えてしまう。

「い、いいや、いらない、あなたの親切はもう十分いただいた、これ以上は頂きすぎだ」

 そうだ、僕は、食べたいと思った。
 でも、もしもだ。

 飢えに負けて、この肉まんじゅうを全て食べてしまったら、その後はどうすれば良い?と考えてしまった。

 話す相手を失って、食べるものもなく、一人きりの絶望と孤独の中で死にたくない。
 相手が肉のかたまりであっても良いから、誰かに側にいてほしい。

 肉まんじゅうに看取られながら渇死。
 肉まんじゅうを食べてから孤独に渇死、もしくは餓死。

 人によっては究極の選択かもしれないけれど、僕にとっては違う。
 悩む必要もない二択だ。
 無理して生き延びた先の未来が同じなら、孤独は嫌だ。

『それなら、交換するかい?』
「交換?」

 肉のかたまりの言葉に、飢えと渇きに耐えかねていた僕は、一も二もなく頷いた。
 話を聞きもせずに。

 
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