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楽園 3/4
しおりを挟む判明したこと、知ったこと。
肉のかたまりの言葉を全て信じるなら、という前提付きで。
ここは、次元の狭間、この渓谷はどこまで進んだとしても、どこにもつながっていない。
永遠に続く渓谷。
もちろん、生き物なんていない。
抜け出すには、帰る場所の記憶といくつかの条件が必要。
いくつかの条件が何かを聞く前に、僕には帰る場所の記憶がない。
僕の知識によると、記憶封じの首輪ははめた術者以外が外そうとすると、大爆発して、頭が吹っ飛ぶ代物。
いくらなんでも凶悪過ぎるのではないだろうか、どうしてそんなものを僕ははめられているんだ!?
全く覚えていないのが、ひどく辛い。
僕は凶悪すぎる首輪をはめられるようなことをしてきた、極悪人だったのか?
肉のかたまりはここが次元の狭間だと知っていても、ここで生まれた生き物のような生き物でないようなもので、首輪を外したりはできないという。
もちろん、僕だって首輪の外し方は知らない。
何も思い出せないから、帰れないってことだ。
帰る場所があるのかも知らないけれど。
「……うぅ」
ああ、ここで飢え死にするしかないのか。
いいや、飢え死にの前に水がなくて渇死する方が早いかも。
岩に膝をつき、心が折れたことを隠すこともなく泣く。
どうせ見ているのは肉のかたまりだけ。
自分がどこの誰なのかもわからないまま、ここで死ぬんだ。
誰にも死んだことを知られず、悲しんでももらえない。
犯罪者扱いされているなら、そんな相手がいたのかと疑問にさえ思う。
『……』
僕が泣いている間、肉のかたまりはその場に居座っていた。
ぷるり、いいや、ぶるりともしない。
喉がカラカラでお腹も空いていては、涙が止まるのは早かった。
体の中の水が足りない。
見上げた遥か彼方の細い空?は真っ白。
前も後ろもどこまでも続く渓谷。
死ぬな、これ。
『休むことを勧めるよ』
ぼんやりとしていた僕に、肉のかたまりがぞる、ぞると近づいてきて、ゆっくりと指先に触れた。
中身の詰まった動きは鈍重に見えたけれど、這っているように動いて見えるから仕方ないのだろう。
転がった方が速そうだ。
肉の表面は、思った以上にすべすべだった。
本当に赤ん坊の肌みたいだ。
触れればふんわりと柔らかくて、産毛一つ感じないほどなめらかで、むちむちと指を押し返してくるのに、中身が詰まってパンパンになっているようでもない。
すべすべでむちむちで、つい指先で押してみればぷにぷにと柔らかい。
まるで、僕のために用意された救いのようだ。
一度でもそう思ってしまうと、心が折れてしまった。
こんな所で生きていけるはずがない、何もないのだから。
「……」
目の前には、暖かくて柔らかい温もり。
泣き疲れて絶望していた僕は、肉のかたまりに倒れこむように、抱きつくようにして意識を手放した。
もう二度と、目が覚めないことを祈って。
◆
目は覚めた。
最悪だ。
空腹すぎて、目が覚めた。
もう、飲み込む唾液も出ない。
カラカラの喉からは、風が漏れるような呼吸音が聞こえて、もう、長くは生きられないな、と感じた。
音のない渓谷の底で、僕は肉のかたまりの上に乗り上げるように伸びていた。
どうしてこの肉のかたまりは、僕の寝台のように振舞っているんだろう、重たいだろうに。
触れれば、どこまでも肉だ。
中身の詰まった肉の上に乗っている。
骨の硬さは感じないけれど。
指先で触れれば、すべすべと滑らかで、むっちりと心地よい。
暖かくて柔らかくて気持ちいい。
……ああ、僕が死んだ後に、食べる気か。
こんなに何もないところで、肉のかたまりが生きていくのに、食べ物があると思えない。
それなのに僕の下敷きになっているすべすべでむちむちの肉は、栄養が足りている赤ちゃんの肌のように柔らかくて暖かい。
水分含有率が高くて、すごく癒される。
甘い香りがしたりはしないけれど、思わず頬ずりしたくなるくらい魅力的な肌触りをしてる。
このままゆっくりと、苦しまずに死んでしまいたい。
泥沼に沈むように、ズブズブと肉に沈み込んで、意識が戻らなければ良いのに。
ぐるるるるる。
お腹の音が、さっきから鳴り止まない。
何も食べてない飲んでないのに、どうして胃腸が動くのか。
目を閉じて、背中を包んでくれている温もりに全身を預けていると、ゆらん、と揺らされた。
『食べるかい』
「……何を?」
こんなところに、食べ物があるのか。
ひび割れた声をなんとか返せば、再び体がゆらゆら揺れて、僕に向かって、肉のかたまりが、ぬ、ぬ、ぬ、と指ほどの太さの肉を伸ばした。
潰れかけた肉まんじゅうに似た形から、変わることがないと思っていた僕は、思わず飛び起きてしまう。
『食べられたことは、ないから、不味かったらごめんよ』
彼は、自分を食え、と僕に言った。
目の前に差し出された肉が、一瞬だけ、腸詰めに見えてしまう。
「い、いいや、いらない、あなたの親切はもう十分いただいた、これ以上は頂きすぎだ」
そうだ、僕は、食べたいと思った。
でも、もしもだ。
飢えに負けて、この肉まんじゅうを全て食べてしまったら、その後はどうすれば良い?と考えてしまった。
話す相手を失って、食べるものもなく、一人きりの絶望と孤独の中で死にたくない。
相手が肉のかたまりであっても良いから、誰かに側にいてほしい。
肉まんじゅうに看取られながら渇死。
肉まんじゅうを食べてから孤独に渇死、もしくは餓死。
人によっては究極の選択かもしれないけれど、僕にとっては違う。
悩む必要もない二択だ。
無理して生き延びた先の未来が同じなら、孤独は嫌だ。
『それなら、交換するかい?』
「交換?」
肉のかたまりの言葉に、飢えと渇きに耐えかねていた僕は、一も二もなく頷いた。
話を聞きもせずに。
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