【R18】かみさまは知らない

Cleyera

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9 おれ

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 悲しくて涙が止まらない。
 鼻水が垂れて、息ができない。
 胸が詰まって苦しくて目の前が真っ暗になって……ふと思い出した。



 『幸せになって』



 いつかどこかで、誰かに言われた。

 助けてくれと。
 力を貸してもらうその代わりに、幸せになって欲しいと願われた。
 望んで叶えて良いと告げられた。

 これまでずっと、おれの幸せは旅をする事だと思ってた、でもそれだけじゃなかった。

 知ってしまったんだ。
 おれを愛してくれる人と、おれが愛してる人と一緒に旅をしたい。

 おれは旅が好きだ。
 家族の誰かが山好きで、他の誰かが海好きだった、はずだ。

 おれは自転車旅が好きだった。
 きつい日差しに焼かれて泣き言を言いながら、向かい風に吹かれて戦ってる気持ちになりながら、急な雨に毒づきながらペダルを踏み込むのが好きだった。

 暑くても寒くても、雨が降っても強風が吹いても、故障しても転倒しても風邪をひいても、おれは自転車を嫌いになれなかった。
 手間をかけて整備して、修理されて帰ってきた愛車が誇らしくて、自分の体も大事にしなくてはいけないと気がつかされて。

 一人旅しかした事がなかった。
 けれど、それは付き合ってくれる相手がいなかっただけ。
 いつか誰かと旅をしてみたかった。

 でも今は、知らない誰かではなくて、愛する二人とする旅が好きだ。

 自転車が無くても。
 おれは旅が好きなんだ。

 この世界に来てから、居場所がなくてさまよってた。
 旅じゃなくて、どこにもいられなかっただけ。

 そんなおれを二人が守ってくれるから、好きだった事を思い出せた。

 見たことのないものを見て、聞いたことのないものを聞いて、知らないものを知る。
 美味しいものも不味いものも味わって、異国の匂いを嗅いで。

 刺激が欲しいんじゃない。
 知らないを知って。
 知らないものがある幸せを知って。
 知らないものを知る事ができる幸せを、知る事ができる。
 二人がいてくれるから。

 これからも二人と一緒が良い。
 夫たちと旅がしたい。
 いつか帰る場所を探しながら、そんな旅がしたい。

 これが、今のおれの望みだ。
 おれが欲しい幸せだ。

 おれをおれだと認めてくれて、おれを甘やかしてくれて、わがままを聞いてくれて、大事にしてくれて。
 おれも二人を守りたくて、助けたくて、力になりたくて。

 力の問題なのか、未だに完璧な火起こしすら出来ないけど、おれにだってできる事はあるはずだ。

 異世界の知識が使えないかなと思った事がある。
 自転車の構造ならよく知ってるから、それを元に荷車の足回りを改善するとか、井戸に滑車をつけて普及すればって考えた。

 でも、怖くてできなかった。
 捨てられたくなくて言えなかった。
 おかしな者だと思われたくなくて逃げた。

 おれは頭がおかしいだけで、この世界の人なんじゃないのか、って。

 伝えなきゃ。
 二人に、おれの言葉で。
 これまでに何度も伝えたけれど、もう一度。
 信じてもらえるまで、二人がなんか怖くなってる状態が解消されるまで。
 おれは逃げたりしない、どこにも行けない。
 ずっと一緒にいてほしいと望んでるのは、本心だって。

 おれは、この世界の者じゃないけど。
 この世界で、二人と生きていきたい、って。


 不意に目の前に、ぼんやりとした虹色の光が見えた。
 目の前に真っ白な誰かがいた。
 触れられないのに触れられる距離に、誰かがいた。
 にっこりと笑って言われた。

 『この世界の一部になってくれて、助けてくれてありがとう』って。

 ずっと助けて欲しいと泣いてた  の笑顔が見れて、おれは安心した。
 おれがこの世界に来たのは偶然だったかもしれないけれど、  にとっては必然だったから。
 良かった、と思えたんだ。





 目が覚めたら、横になっていた。
 真っ暗だけど体の上に使い慣れた毛布の存在を感じるから、テントの中だろう。

 記憶が飛ぶくらいセックスしまくったのかな、と思ったけれど、体を動かしてみて違うとわかった。

 いつもよりも疲労が軽い。
 筋肉痛にもなってない。
 幸せホルモン、出てない?

 ……ふ、二人はどこだ?!

 急いでテントの外に出ると、小さな焚き火を囲んでスペラとディスがいた。
 良かった、いてくれた。

 安心しながら近づくと、項垂れていた二人がなめくじが這うような速さで顔を上げた。

 色の白い肌は、作り物めいて青白く見える。
 まるで石膏像のように硬質で、血が流れているのか疑うような無表情だ。

 この二人、こんなんだったか?

 近づきづらいような。
 まるで見知らぬ誰かのような。

 いいや、気のせいだ。
 スペラとディスはおれの夫たちだろ。

「スペラ、ディス?」

 地獄で仏でも見たような顔で、二人がおれを見た。

「ゼンさま」
「どうして……?」

 凍りついていた表情が動いたことにホッとしたけど、なんだその顔、イケメンが台無しだぞ、と思いながらテントの前に敷かれている絨毯を裸足で踏む。

 ふかふかの絨毯が気持ちいい、と座ると尻が絨毯に直接触れて驚く。
 見下ろしたおれの視界に股間の息子さんがこんばんは~していて、思わず膝を抱えてしまった。

「ぇ!?」

 なんでっっ、おれはなんで全裸で寝てたんだ?
 いつもは二人が服を着替えさせてくれてるのに。

 体はすっきりしてる。
 疲労もない。
 筋肉痛も。
 セックスした後って感じじゃない。

 股間を隠した姿勢で、まじまじと二人を見つめた。

 本当に作り物みたいにきれいな顔してる。
 人形ですと言われても信じてしまいそうだ。

 頭の中でそんな事を考えていたら、口から勝手に言葉が出た。

「おれさ、この世界の人間じゃないんだ」
「……存じております」
「知ってる」

 んーえー、あーれー?、ほんとに?
 なんだよやっぱりかぁという気持ちと拍子抜けに、同時に襲われて力が抜けた。

 ごろりと背中側に倒れると、二人が慌てて立ち上がった音がした。

「ゼンっ」
「ゼンさま!」

 ちくしょー、おれの悩んでた時間返してくれよぉ。
 いつの間にやら星だらけの夜空を見上げながら、声だけ二人に向けて口を開いた。

「帰る気ないから、ずっと一緒にいてくれる?」

 たぶん、帰れないんだけどさ。
 物は言いよう伝えようってやつだ。

 どうやらおれ、必要とされてこの世界に迷い込んだみたいだ、って所だけは思い出せたから。

 あの虹色で真っ白な  がどこの誰かは思い出せないのに。
 必死で助けを求めてた事は、思い出してしまったから。

「まさか」
「そんな」

 二人が同時に地面に伏せて、土下座した。
 驚いていると、ぐず、ぐずと鼻を啜る音がスペラから聞こえる。

 また泣いてるのかよ、最近は泣いてないと思ってたのに、やっぱり放って置けないな。
 泣き虫坊やは嫁がいいこいいこしてやんないと。

「おれ、二人が好きだよ、この世界で一番な」

 そこは頼むから同率一位にしてくれ。
 二人の夫に上下をつけると、おれがどっかでおかしくなる気がする。
 きちんと二人とも好きだから。

 カレーとライスを別々で食べるとわびしいように、二人とも一緒にいたいんだ。
 おれは皿とかスプーン、それがダメなら福神漬けか水で良いからさ。
 二人がカレーとライスで、おれはそれのおまけだけど、無いとちょっと困る立場とかどうよ?

「御意志のままに」 
「望みのままに」

 へりくだったと言うのが正しい態度をとられるたびに、なんか変だとは思ってた。
 絶対に、二人が勘違いしてる気がするんだけど。
 まあ良いや。

 へらっと笑っていたら、体を起こして額の砂をはらった二人にあんぱんのあんこのように包まれた。
 体温高くて温かいなぁとうっとりするおれは、これから先も二人と過ごしていくんだろう。

 とりあえず、おれは幸せだ。
 よく分からんけど、これで良いんだろ?

 名前も思い出せない、  さん。

 
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